異世界酒場のおやじ 酒場経営は男のロマンなんですよ
酒場のおやじってのは男の憧れだ。
自営業の中でもロマン中のロマン、元の世界じゃ好き好んで道楽でやるやつもいた。
だから俺もやってみようと思ったんだよ。
せっかくの機会だからこの迷宮都市で、冒険者どもの稼ぎを目当てに、わいわい楽しくやれたら良いんじゃねぇかなってさ。
「おいおやじ、ツケにしてくれ」
説明が前後するが、半年前に俺はこの世界に迷い込んだ。
で、目の前の客からオーダーを取ってみれば、飲む前からふざけたこと言いやがる……。
「せめてそこは悪びれるか、後から申し訳なさそうに言っちゃくれませんかねお客さん」
「悪い。だが次の探索でまとめて払うからよ、頼むよ、なっ?」
「しょうがないですねぇ……。次はよろしくお願いしますよ」
「ありがてぇ、ありがとよおやじ!」
冒険者は荒くればかりだ。
金を持ってるやつも多いが、それをすぐに使っちまうやつも同じくらい多い。
そんなしょうがねぇ連中だが俺はそこが好きだ。毎日が騒がしくて良い。
だからこそこうして好き好んで、わざわざやつらをターゲットにした酒場を開いたんだ。
「また迷宮での武勇伝、聞かせて下さいね。私そーいうのに目がないんですよ」
「そりゃもちろん最初はこの酒場で自慢するに決まってるじゃないの! ま、迷宮が見つかったらの話だけどよ」
「わかってますよ、期待しています」
ここより南の荒野には、迷宮と呼ばれるものがどこからともなく現れたり消えたりする。
見つけるまでが大変で、見つけた後も大変だが、差こそあれど大小の財宝がそこに眠っている。
俺ももうちょっと若ければこいつらに付き合ったんだが、この歳じゃ今さら無理だ。
「そういや聞いたかおやじ、魔王が復活したんだってよ」
「はぁ……それは迷惑な話ですねぇ。今回も早く片付けば良いんですが」
「いやそれがよぉおやじ、なんかその魔王……向こうの都市長に取り入って仕事手伝ってるとか何とか……」
魔王を倒すと新しい魔王が現れる。
それがこの世界のルールらしい。だが聞くところだと今回のヤツは妙にチープだ。
せめて取り入るなら国レベルでないと盛り上がらない。
「でもどうせ倒されるんでしょう?」
「まあそうだけどよ。おかしなヤツもいるもんだな」
「魔王にしては地味ですねぇ……」
おもしろい話のお礼として、新しいグラスに芋の蒸留酒を注いで出してやった。
酒好きの俺からすれば芋焼酎が無いなんて味気ない。
幸いサツマイモだけは品種改良されたものが流通していたので、製法を知り合いの酒蔵に教えたところ……。
一時期市場から芋という芋が消えるほど流行った。
ん? まさかとは思うけど、その魔王って……。
・
その魔王、都市長に取り入るのがよっぽど上手かったらしく全く討伐される兆しすらなかった。
確実にその地盤を固めて、その都市をどんどんと発展させているらしい。
これはもしかして……いや間違いないな。
こんなことが出来るのは他にいない。
いずれその魔王が、俺の広めた芋焼酎からたぐって俺の前に現れるに違いなかった。
いや、それがすぐに現れたんだ。
「これはどうも、魔王様」
まだ高校生くらいの子供でした。
すっかり魔王趣味に染まって痛々しかったが、そこは見ないでおいてあげることにした。
「アンタ日本人だろ?」
「……貴方もね。活躍しているようで何よりですよ」
俺は酒場のおやじ。
ひーひー我が身をすり減らして働くサラリーマンでは断じてない。
彼もまた平凡な男子高校生ではない。そう望んでいることだろう。
「……でもよおっさん、何で酒場なんだよ? 他になかったのか?」
「いえ、酒場のおやじもなかなか楽しいですよ?」
グラスをキュッキュと磨いておっさんスマイルを向ける。ガラス製品が最近安いのも彼の仕業なのかもしれない。
……まあわからないかもしれないな。
酒を飲んだこともない若者には、そりゃ酒場のおやじの良さってものがわからんか。
「変わってんな……」
「ああそうそう、お酒飲みます? 未成年はダメとかそういうルール無いですしここ」
「いや、俺は酒とかあんまり……」
「……でしょうね。楽しめるようになったらお出ししますよ」
代わりに柑橘類の絞り汁を使ったジュースを出してやった。
彼みたいに後ろ盾のある生活なら、砂糖入りのもっと良い物を飲んでいそうだが。
「いやそれよりさ、それよりおっさんさ!」
「……なんです?」
「元の世界に帰る方法知らねーか……?」
「ああ……知りませんね」
失望させてしまったようだった。
このくらいの年頃だと色々とあるのだろう。
俺の存在がホームシックを誘ったのかもしれない。
「俺……家に帰りてぇ……。母ちゃん……」
「……わかりますよその気持ち。なら良い機会ですし、試してみてはどうでしょう?」
コポコポコポ……とグラスに自慢の芋焼酎を注ぐ。
それに柑橘類の汁を加えて水で割って、初めてでも飲みやすくしてやった。
「え……え、試すって酒かよっ?!」
「そうですよ? 何言ってるんですか決まってるじゃないですか。ここは酒場で、私は酒場のおやじですから」
「なんだよそれ……ああわかった……。ん……うッッ、苦っ、やっぱ、まずぅぅぅ……」
せっかくの良いお酒を、味もわからない少年はやけくその一気飲みで喉の奥に処分してしまった。
ああもったいない……でもまあ、ここ酒場だからこれで良い。
「帰れるといいですね。私ここで商売ずっと続けるつもりですから、お酒飲みたくなったり、グチりたくなったらまた来て下さい。慣れない人でも飲みやすいお酒、増やしておきますから」
「アンタ、やっぱ変だ……。はぁぁ……今のもう一杯出してくれよ」
若い少年を、魔王を酒の道に誘う俺。世間体悪いなーこれ。
そんな世間もう存在してないんだけど。
「いいですよ。ここ酒場ですし、私、酒場のおやじですから」
悪い子じゃなさそうだ。
奮発して果汁を多めに絞り、彼のグチをうんうんとうなづき聞き続けた。
こういう客もたまには悪くない。
俺はただの酒場のおやじ。酒以外の知恵もなければ若い肉体もない。
ただただこうして酒をお出しして、面白い話を聞かせてもらうのが生き甲斐だ。
スピリッツのジンが好きです。
あのそのへんの葉っぱみたいな風味が好きです。
そんなひんしゅく買いそうなあとがきでした。