表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きらり奔る  作者: 濱野乱
4/6

act3 さらば愛しき人

 

篠山秋穂は仏壇の前に正座し、胸の前で手を合わせた。線香の沈むような香りが部屋を満たす。

剣道の面は畳に置いてある。素顔の彼女は目を閉じて、故人に思いを馳せているようだった。

仏壇には、剣道着姿の少年の写真が置いてある。

しばし後、秋穂は眩しそうに目を開け、剣道の面をかぶると、仏壇のある部屋の障子を開けた。狭い廊下に出て、そのまま玄関に行き、靴を履いた。

「秋ちゃん・・・・・・」

秋穂が振り返ると、彼女の母が探るような目つきで様子を伺っていた。足音で感づかれたのであろう。

「おでかけ? 制服着てるけど」

「うん、ちょっと学校に借りてた本を返しに行くの。それから友達と出かけるから」

ベージュのPコートを制服の上から羽織っていると、母は秋穂から視線を逸らそうとせず、何か言いたそうにじっとただ立っていた。

秋穂は母の沈黙に我慢ならなくなり、急くように尋ねた。

「何か用事? お母さん」

「えっ・・・・・・?」

母は弾かれたように体を動かしたが、秋穂は特に気にとめることなく、玄関の花瓶にいけられた花に目をやっていた。花は力なくしおれていた。

「もうそろそろいいんじゃない?」

秋穂は、母が花の話をしているのかと思った。しかし、母は花を見ずに秋穂をしっかり見据えて懇願した。

「もう三年も経ったのだから、もう外して・・・・・・お願い」

母はこの剣道の面を見るのも嫌なのだろう。秋穂はそれを知っていた。

秋穂は面をつけたまま家を出た。母に対する嫌がらせではなく自分自身へのけじめのために。

外は雲行きが怪しく、襟元からも寒さが忍び寄ってくる。マフラーをしてくればよかったが、今更家の中には入りづらい。

早々とあきらめ、秋穂は学校へ向けて歩き始めた。時刻は午前九時半を回ったところである。十時半にはきらりたちと合流する予定になっている。この日のために秋穂もプレゼントを用意していた。鞄の中にはラッピングされたミトンが入っている。

揚々と歩きだした秋穂だったが、カラオケでの、きらりの様子を思い出していた。

安心極楽会が結成されてからというより、白崎美優が現れてから、きらりの変調は始まったように感じる。

美優にある種の陰のような部分を察する機会がないではないが、人気者に味噌をつけたくなるような心理だろう。事実、美優は才色兼備なのだから仕方のないことだ。きらりも秋穂と同じような小さな嫉妬に振り回されていると彼女は思っていた。

学校に着くと、まっすぐ図書室に向かった。図書室には誰もおらず、受付で名前だけ書き、カウンターに本を置いた。

しばらくすれば誰か来るだろうと、適当に書架を巡る。

冬馬の影響からか、秋穂も本を読むようになっていた。お気に入りはレイモンドチャンドラー、さらば愛しき人よ。

「しーのやまさん」

背後からの聞き覚えのない声に振り返ると、茶髪の女子が通路をふさぐように立っていた。扉が開く音がしなかったので、彼女は初めから図書室にいたのだろうか。嫌な感じがした。

「アハハ、マジで剣道じゃん。ウケる」

名前も名乗らず、人を小馬鹿にしたように笑うこの娘の非礼に秋穂は不快に感じる。それでも返事をしないのも礼儀にもとると思い直す。

「何か用ですか? 失礼ですけど面識がないと思うんですが」

相手は舌打ちして、一歩前に踏み出した。

「あんたさあ、最近、つかさと仲良くしてくれてるみたいだね?」

「・・・・・・武藤さんは単なる同好会の仲間で先輩です。そういう貴方は誰なんですか?」

勝ち誇った笑みを浮かべ少女は、秋穂の足元に写真を数枚ばらまいた。写真には秋穂とつかさが私服で手をつなぎ歩いている姿が写っていた。

「あたしは、蛯原有紀。武藤つかさの正式なカノジョなんだけど」

秋穂は動揺を悟られまいとし、面を脱いで即座に頭を下げた。

「失礼しました。今後は武藤さんと二人きりにならないよう心がけます」

由希は髪をいじっており、秋穂に目もくれなかった。それでも秋穂はただ頭を垂れ続けた。

「貴方のことは存じ上げませんでした。知っていたらこんなこと・・・・・・」

途端に有紀の声が怒気を含んで鋭くなった。

「あんた何? つかさのせいだとでも言うつもり?」

「違・・・・・・、そんなつもりじゃ」

肩を突き飛ばされ、秋穂は顔を上げた。威圧するように細められた有紀と視線が交差する。

「違うでしょお? だったらやらなきゃいけないことわかってるよね?」

「え・・・・・・?」

顔面を蒼白にした秋穂に、有紀は歯を見せ笑う。その笑顔は暗い悦楽をはらんでいるようで不気味だった。

恐怖を感じ、背を向けようとした秋穂の鳩尾を有紀は蹴り上げた。

「ぐっ・・・・・・」

うずくまる秋穂を見下ろして、有紀は少し溜飲を下げたのか、にやにやと笑っていた。

「けじめつけろってこと。こんなもんですむと思うなよ」



同日、午前十時、冬馬は待ち合わせ場所である駅前コンビニの前に到着した。服装はダッフルコートにジーンズ、トートバックを提げていた。

浮き足立っていて、家でじっとしていられなかった。きらりに先日のことを直接謝りたいと思ったのである。冷静になり、よくもまああんな口論をしたものだと後悔した。何とかきらりだけ先に現れないかと都合のいいことを考えていたのだが、まだ誰も現れない。

寒いのでコンビニに入ろうとすると、つかさが雑誌コーナーにいるのが、外から見えた。紺のパーカーに袖なしのダウン、細身のカーゴパンツを履いていた。手には紙袋を持っている。向こうは冬馬に気づかないようだ。

「おはようございます、武藤先輩」

「おう、お前か。他の奴はまだみてえだな」

肩を竦めるつかさに冬馬は半ば義務的に笑みを浮かべた。

「最近の雑誌は立ち読みできねーように封がしてある。世知辛い世の中だぜ」

冬馬はつかさの愚痴をあまり真剣に聞いていなかった。ただコンビニの外の景色に集中していた。

「おい!」

つかさに強く肩をつかまれて冬馬は我に返った。

「何か顔色悪いぞ、お前。どうかしたのかよ」

「すみません。大したことじゃないですよ」

「そっかー、お前の心配したって一文の得にも何ねーしな」

つかさは舌打ちして、コンビニの入り口へと歩いていった。冬馬もうつむきがちに後をついていく。

コンビニを出た途端、つかさは冬馬の胸ぐらを掴んで引き倒した。眼鏡が地面に落ちた。

「・・・・・・何のつもりですか!?」

痛みを忘れるほどの羞恥と煮えたぎるような怒りに震えながら、冬馬は叫んでいた。

「いらつくんだよ、ウジウジしやがって」

「ウジウジなんてした覚えはありませんよ。貴方は何だってそんな・・・・・・」

眼鏡を拾い、かけるまでの間、つかさは腕を組んだままじっと冬馬を見下ろしていた。

「きらりと何かあったのか?」

つかさに腹のうちを見透かされるようでは、いよいよ自分も地に堕ちたなと冬馬は憂鬱になるのだった。

「いずれにしても、貴方に関わりはないでしょう。それに僕はもうあの人に嫌われているんです」

「お前とあいつじゃ不釣り合いだもんな」

冬馬とつかさの、にらみ合いは五分ほど続いたがどちらとも目を離すことなく永遠に続くかと思われた。

やがてつかさが大きく息を吐いて、冬馬に手を差し出したが、その手は取られることはなかった。冬馬は自分一人で立ち、何事もなかったように、服の埃を払い、つかさに背を向けた。

つかさは天を仰ぎ、ため息をついた。

「天気はわりいし、寒いし、とんだクリスマスになりそうだ」

「僕は今すぐ帰りたい気分です。せっかくの祝日が台無しだ」

「そんなにきらりに振られたのがショックか? くよくよすんなよ。誰もが通る道さ」

「僕は振られたわけではありませんよ・・・・・・、そういえば貴方は派手に振られてましたね」

きらりにどれほどつれなくされても、つかさのきらりに対する愛情には揺るぎがないようである。男としての器の大きさは、つかさの方が上なのは冬馬も認めざるを得なかった。

「せっかくのきらりの誕生日なのにどうしてこんなことになっちまうんだろう」

「は?」

つかさの嘆きはそのまま冬馬の驚愕へと変わる。

「その様子じゃ聞かされてなかったか? 十二月二十五日は、きらりの誕生日だ。あいつは、どうせ遅かれ早かれ知るんだから、言わなくていいと思ったんだろうな」

つかさは、鼻の横をしきりに掻いていた。バス停からは人がバスに乗り込み大勢掃けていた。誰もいなくなった。

「きらりのこと、知りたいか?」

冬馬は顎を胸にぴったりとつけて、何とも返事をしなかった。つかさから聞きたくなかったし、きらりの過去は彼女の傷に深くつながっていると感じていたからだ。

つかさは携帯を開き、時間を確認していた。

「まだ約束まで二十分くらいあるな。寒いし、どこか落ち着けるところはないのか? 俺はこの辺の地理に詳しくない」

「それなら・・・・・・」

冬馬が提案したのは喫茶フラウだった。あそこなら、ここから十分くらいの距離だろう。皆が来る前に少し気持ちを落ち着かせるのは悪くない話だ。念のためフラウを知る美優に店に向かう由のメールを送っておいた。

フラウに案内すると、つかさは店が気に入ったのかとても上機嫌になった。

「あー、うめえな、このコーヒー。お前良い店知ってるな!」

「それはどうも・・・・・・」

体が暖まってくるにつれ、気持ちもほぐれるのを冬馬は感じた。つかさの提案は正解だったのかもしれない。

「それで、お前はきらりのどこに惚れたの?」

つかさの無遠慮な質問を冬馬は冷静に受け止めて咀嚼するような間を置くことができた。

「そんなのわかりませんよ。これって変なんでしょうか?」

つかさは首を横に振った。

「いや、別に変じゃねえだろ。恋に堕ちるのはいつだって突然さ」

「貴方が言うとどうにも説得力があるようなないような」

二人はカップを同時に傾けた。店内ではジャズ喫茶のはずなのにショパンの『別れの曲』が流れていた。店主が新聞を読む振りをして聞き耳を立てていた。

「恋をするのは案外簡単かもしれない。何なら一人でもできるからな。ただ、愛し続けるのが難しいんだ」

つかさは訳知り顔でそう言いだした。

「何です? それは誰かの受け売りですか」

「おう、恋愛のマニュアル本に書いてあった」

「口で言うのはたやすいみたいですね、愛っていうのは」

「だが行うのは難し。俺が思うにきらりは誰かを本気で愛したことがないんじゃないかな」

きらりが誰かに愛されたがっていることと、彼女が主体的に誰かを愛せるかどうかの可能性については相当の開きがある。

ある時は秋穂に、またある時はつかさに。冬馬にお鉢が回ってくることもある。誰かがきらりを愛することができるかもしれないが、きらりが誰かを愛せるかどうかは保証の限りではなかった。

「貴方は彼女の信者じゃなかったんですか? そんな言い方はあまりに不憫だ」

「誰も絶望的だとは言ってないだろ。どっかに王子さまがいてあいつを見初めるかもしれない」

「彼女がその人を愛せると? 都合の良い話ですね」

気づけば冬馬は身を乗り出し議論に熱中していた。

「少なくとも俺じゃないってことは確かだろう。お前でもないかもしれない」

どこかに自分を認めてくれる誰かがいる。楽観的だが、地球にこれだけ人間がいれば、と考える人間が少なくないのは事実である。きらりもその誰かを探している最中なのだろうか。

「倉科先輩は愛されて幸せなんでしょうか? たとえば貴方に」

つかさは渋い顔をしてコーヒーをすすった。早速、冬馬は自分の質問を後悔し始めていた。

「きらりはどう思ってるか知らんが、俺はあいつが喜ぶとうれしいんだ」

顔を綻ばせるつかさは見るからに清廉で、冬馬は意外な驚きに打たれていた。

「俺はきらりが誰を好きになろうと構わんよ。ただ、あいつが幸せになってくれさえすれば」

つかさは真剣だった。冬馬は彼と同じように、あるいはそれ以上にきらりを愛せるかどうか自問した。他人に逃げるなと言っておいて、冬馬自身がきらりと向き合うことなく逃げているような気さえしてきた。

つかさの態度に新しい光明を感じていると、店の扉が開き、誰かがやってきた。

白のAラインコートにスカート、ストッキング。頭にはふわふわのベレー帽を被っていた。

「お二人で密談でしょうか。私も混ぜて頂いてよろしいかしら?」

おっとりとした言葉遣いで、白崎美優がテーブルに近寄ってくると、反射的に冬馬の鼓動は予期せぬ収縮をし、それを誤魔化すように明後日の方を向いた。

「お嬢様のお気に召すような話はしてないよ。それより一人かい?」

「はい、時間になっても会長も篠山さんもいらっしゃらないものですから。つい誘惑に負けてここに来てしまいましたの」

つかさは携帯を覗き、立ち上がった。

「・・・・・・おいおい、もう四十分過ぎてるじゃねえか。つい話し込んじまった。きらりは多分寝坊だろ、ちょっと電話してくるわ」

つかさは冬馬の肩を軽く叩き、店の外に出ていった。電話ならこの場ですればいいものを。気を利かせたつもりだろうか。

「・・・・・・ここ座りますか?」

冬馬が美優に尋ねると、彼女は小さく頷いて、さっきまでつかさのいた場所に腰を下ろした。

冬馬は何も言えず、美優の頭の上辺りに視線を泳がせていた。

「残念ですわ」

美優の顔に視線を下ろすと、彼女の憂いを帯びた瞳とぶつかった。

「このお店は真田君と私の秘密の場所にしておきたかったのですけれど、もう逢い引きもできませんね」

避難の声も冬馬の堅い態度を崩すに至らなかった。美優はため息をついた。

冬馬は努めて平静を装い、美優を諭そうとする。

「会うのはどこでだってできますよ。部室でだって会えますし」

「本当にそう思っていますの?」

美優の言葉には脅す調子が含まれていた。冬馬だって美優と二人でいることに喜びを感じる。けれど、どうしてもきらりを意識してしまう。

「僕は貴方に謝らなくてはならないことが・・・・・・」

その時、冬馬の携帯が一度鳴った。美優で電話を取るように勧めてくれた。

メールの着信は秋穂からだった。件名もなく本文にはただ、

「+」

とだけ記されていた。意味が理解できないので、すかさず返信したのだが、五分たっても秋穂からの返事はこなかった。焦る冬馬の表情を美優は察して尋ねてくる。

「どうかなさいましたの?」

携帯からはっと顔を上げ、冬馬は美優を困惑した顔で、見つめた。

「もしかして篠山さんからでしょうか? 何か不都合でも」

「それがよくわからないんです。ちょっとこれを見てもらってもいいですか?」

携帯をのぞき込んだ美優が首を傾げた。

「これは十字? プラス・・・・・・? でしょうか。篠山さんは何のためにこれを・・・・・・」

美優の柔軟そうな頭を以てしても、このメールの解読はできなかったようだ。

「単なるイタズラかもしれないですけどね。それにしても篠山がこんなことするかどうか・・・・・・」

「そうですわね・・・・・・」

秋穂の面体こそ異様だが、礼儀や約束に関しては意外と厳しい考えを持っていることを皆が知っている。

美優は携帯画面を横にしたり逆さにしたりしていたがやがてあきらめ、冬馬に携帯を返した。

つかさが店内に戻ってきたのはちょうどその時だった。

「きらりの奴、やっぱ寝坊だってよ。篠山には連絡つかなかった。真田も連絡してみてくれよ」

「それなんですが、武藤先輩気になることが」

冬馬に事情を説明されたつかさは目の色を変え、ひったくった。

「どういう意味だ? これは。お前らわかるのか」

冬馬と美優は同時に首を振った。つかさは失望して側の席にどかっと腰を下ろした。

それから彼らは+について、考えうる限りの情報を精査したが、良い結論は得られなかった。

最終的にはきらりにもメールしてみたが、明るい返事はこなかった。

「真田、篠山が行く所に心当たりはないか?」

昨日まで秋穂とメールのやりとりがあったのは冬馬だけだった。

「・・・・・・そうだ、確か僕らと合流する前に学校へ本を返しに行くと言っていました」

つかさは素早く席を立つと、店の外に吹っ飛んでいった。

冬馬は半ばあっけに取られていた。

「やけに熱心だな。まだ何かあったと決まったわけでもないのに」

冬馬はまだそれほど重く事態を受け止めていなかった。秋穂がメールを打ち間違えたことも考えられる。

だが美優もつかさと同じく、事態は深刻だと考えているようだった。見ていた冬馬の携帯から顔を上げた。

「真田君、これをプラスではなく、たす、と見たらどうでしょう?」

「それは、さっきも話したと思いますけど、単なる打ち間違いでは?」

「ええ、確かに打ち間違いかもしれません。けれど可能性としては、たす・・・・・・けてとか」

無理矢理なこじつけだとは冬馬も思いたかったが、悪い考えの方が頭を巡るのが早い。

仮にこれが秋穂のSOSの信号だとしたら、しかも暗号で送らなければならない程、差し迫った状態に秋穂が置かれていたとしたら・・・・・・。

「すみません、僕も篠山が心配になってきました。武藤先輩の後を追いたいと思います」

「私も・・・・・・」

「いえ、白崎さんは倉科先輩と合流してここで待ってもらえませんか? 何かわかったらすぐ連絡しますから」

美優を危険なことに巻き込むわけにはいかないし、きらりを引き留めておいて欲しいという冬馬の個人的な願いもあった。

「篠山さんにもしものことがあったら私・・・・・・」

美優は胸の前で手を組み合わせた。

「大丈夫、きっと杞憂で済みますよ。倉科先輩のことよろしくお願いします」

冬馬が店の外に出ると銀色の風が容赦なく頬を打ちつけた。

「雪か・・・・・・」

雲行きが怪しいとは家を出る前から思っていたが、雪がふることは、予想していなかった。学校行きのバスには駅前から乗らなければならない。雪で交通渋滞が起こる可能性もある。冬馬は走り出した。

冬馬が店を出ていってから五分ほどして、きらりが店の扉をやかましい音を立てて開いた。全力で走ってきたのか息を切らし、汗ばんだ顔をしていた。

「あ、秋穂! 無事なの?」

きらりは店内をぐるりと見回したが、美優しかおらず、携帯を開いた。

「きらり、ちょっと落ち着きなさい」

「あ?」

美優を見ずに携帯を操作しながら、物騒な声で返事をする。

「篠山さんは無事よ」

きらりは携帯を閉じて、目を閉じた。こういう場合、感情的になってはいけないということを今までの経験から知っている。秋穂は無事、秋穂は無事と胸の内に言い聞かせた。

「本当に? 秋穂は無事なの?」

美優にすがりつくようにきらりは訊ねた。信じてはいけないと思いつつもかつての癖がまだ抜けていない。美優の言葉なら信ずるに足るという刷り込みがまだ残っているのだった。

「ええ。私が貴方に嘘をついたことがあって?」

きらりは安堵し、同時に自分を殴りつけたくなった。美優の言う無事ときらりの考える意味は違うかもしれないのだ。秋穂の状態を一刻も早く知りたい。

「皆、一足先に出かけたのよ。私たちも行きましょう」

「本当? 本当に?」

「聖夜に野蛮な行いなんかしませんわ。私は・・・・・・、ね」

きらりは身を固くし、いくつもの悪い考えが、稲妻のような早さで頭をかけめぐった。

「さ、行きましょう」

美優はきらりの手を引き、踊るような足取りで雪の降る戸外へと誘う。

灰色の天井。

蛍光灯の数を数えて、秋穂は何とか意識を保っていた。

カラーコーンやマットが詰まれた場所に彼女は仰向けで倒れている。

外は小雪のふりかかり、摂氏零度近くの場所で誰も好き好んで寝ているわけがなかった。秋穂は制服を着ていなかった。白いブラウスが申し訳程度に体の上にかけられていた。靴下は右だけ履いていた。目視できる範囲の傷としては顔の擦り傷、太股は真っ赤に腫れ上がっていた。

秋穂は先ほどまで、この場所で激しい暴行を受けた。蛯原有紀と後二人の女子に制服を脱がされ、棒のようなもので滅多打ちされたところまでは覚えている。気を失い、冷水を全身にかけられてからはまた殴られ、蹴られ頭を庇うことだけで必死だった。一時間ほどして有紀たちは気が済んだのか秋穂を置いてこの場所を立ち去った。それから秋穂は角まで這っていき、有紀たちが置き忘れたと思われる秋穂の鞄(制服はなかった)の携帯から、冬馬にメールしたのである。それが今までに秋穂の身に起こったことのおおよその内容であった。

有紀の肉を焦がすような憎しみは理解できないこともないと秋穂は思った。

秋穂がつかさのバイトをする中華料理店に行くにつれ、家まで送ってもらうようになった。端的に言ってしまえば、それだけの関係である。

つかさにとっては、秋穂もその他大勢の女子の一人に過ぎないと彼女は思っていた。秋穂もそれ以上の関係になるのを望まなかったし、きらりの代わりになるつもりもなかった。

秋穂は恋を瞬間で楽しむことができた。ただ十分程度、手を繋ぎ歩いて、手を離せばそれで終わり。ただその瞬間とも言える短い時間、秋穂は満ち足りていた。

秋穂にとって誤算だったのは、有紀の怒りをもっともだと捉えるほどに、自分が武藤つかさに恋をしていたことかもしれない。

体勢を仰向けから横向きに変え、膝を抱くようにして暖をとろうとした。背中には鬱血した傷が青あざになり、無数に残っている。既に手足の感覚はなくなっていた。

痛みは耐えることができても、寒さはいかんともしがたい。ここに来る前、天気が悪化していたから、雨かひょっとすると、雪が降り始めているのかもしれない。ますますひどくなる冷え込みに納得のいく理由をつけていた。

扉は外からつっかえでもしてあるのか開けることはできなかった。凍え死ぬ可能性が出ても、冬馬にしか連絡しなかったのは、きらりと、つかさにだけは自分の今の姿を見て欲しくなかったためである。

しかし、冬馬に今の姿を見て欲しいかと言えばそうでもない。むしろ個人的にお願いした方が冬馬は変に責任を感じ、黙っていてくれると思ったのである。

果たせるかな、誰かが扉を開けようとする音がした。安心するのはまだ早い。有紀たちが戻ってきたのかもしれない。そうなった場合、秋穂の命はないだろう。光が差し込み、足音が耳に入る。

秋穂は扉に背を向けているので、誰が来たかはわからない。足音は一人のようだ。

「・・・・・・篠山、なのか?」

投げかけられた少年の声はいたく控えめで、空耳かと思われるほど儚かった。

「うん・・・・・・」

秋穂は声に振り向くことなく答えた。小さく控えめに。

駆けつけた冬馬は目の置き場所に困り、横たわっていたハードルの汚れに視線を注いでいた。

「大丈夫・・・・・・何だよな?」

秋穂は返事をする代わりに首を曲げて冬馬を見ようと試みた。冬馬は今にも泣き出しそうな顔をして立っていた。

「こんなこと聞いている状況じゃないなよな、ごめん。とりあえずここを出よう、立てるか?」

「鍵、かかってなかったの?」

「え・・・・・・? かかってなかったぞ。そんなことより、これ着て」

冬馬はコートを差し出したが、秋穂は身じろぎもせず横たわったままである。冬馬は顔色を変え、うろたえた。

「と、とりあえず、武藤先輩を呼ぼう。一緒に来てるんだ」

「だめ!」

秋穂は大声を出したつもりだったが、実際はつぶれたような声になってしまっていた。

「あの人には知らせないで・・・・・・関係ない」

「意地張ってる場合じゃないだろ。それとも救急車を呼ぶか?」

実は学校に来る以前、バスの中で冬馬はつかさに秋穂との関係について聞き知っていた。

「貴方の頭は一体どうなっているんですか。ある意味尊敬しますよ」

「いや、それほどでも」

「ほめてない!」

冬馬は反射的につかさを怒鳴った。一本気でないようで、不義に感じたのである。

「キレるなよ。お前もお嬢様とよろしくやってるみたいじゃないか」

「下品な言い方はよしてください! 僕と白崎さんの関係は貴方が思っているような・・・・・・」

冬馬は舌がもつれるのも構わず続けた。

「そんな関係じゃないんだ・・・・・・絶対、誓って」

「なら俺も。誓って浮ついたような気持ちじゃない」

つかさは冬馬の口調をそっくり真似て言った。

「お前、迷ってるだろ? だから、きらりとうまくいかなくなったんじゃないのか」

つかさに苛立つのは、自分もまた毅然とした態度を取っていないことに起因することに冬馬は気づいていた。

「別にいいじゃないか、難しいこと考えないで。それに篠山と俺は付き合ってるわけじゃない」

冬馬はあらん限りの懐疑の眼差しを向けた。

「僕にはそうは思えませんね。不純だ」

「お前もお嬢様のお宅に招待されたそうじゃないか。黙ってるなんて水くさいねえ。何でそれをって顔してるが、吹聴してるからな、お嬢様自身が」

「・・・・・・あの人は何を考えているんでしょうか」

「お前も言ってたろ、ちょっと変わってるってよ。お嬢様の変わりようは、きらりとまた違う気がするが」

つかさは苦笑していた。

冬馬はこれを契機に気になっていたことを口にする。

「ずっと気になっていたんですが、貴方は白崎さんだけは口説きませんでしたね、高嶺の花だからですか」

つかさは座席に背を押しつけ首を後ろに倒した。

「あー・・・・・・それもあるが、何ていうか・・・・・・、何でもねえ。つまんねえ理由さ」

つかさの歯切れの悪い回答に冬馬がもやもやしている内に、バスは高校前に停車していた。

外の雪はみぞれ混じりで湿っぽかった。風もあれよという間に強くなってきた。学校は休みだが、校門は開いている。秋穂のような生徒や、部活をしている生徒のためだ。

道路をまたいで、校門の前に着いた時、つかさが突然立ち止まった。

「俺はお前が、きらりを選ぼうとお嬢様を選ぼうと責めたりしねえぜ。本当はそれが一番気になってだんだろ?」

冬馬が何か言う前につかさは学校の敷地に進入していった。つかさの行く先には派手な容姿をした女子が三人いた。彼女たちは、つかさを認めた途端、姦しい声を上げる。

つかさは先に行ってろという合図を目で送り、冬馬もああいう手合いが苦手なので素直に従った。

校舎は厳然としていて人をこばむ風情があった。休みなのだから致し方のないことかもしれない。冬馬が図書室に入ると司書が本を揃えているところに出くわした。

「す、すみません。その本、ちょっと見せてもらっていいですか?」

司書が持っていた本に冬馬は見覚えがあった。秋穂が借りていたと思われるレンモンドチャンドラーの本である。

秋穂の借りた本がここにあるということは、彼女が図書室には立ち寄ったことを意味していた。それ以外にめぼしいヒントはなかった。

機嫌の悪い司書を適当にあしらい、冬馬は図書室を出た。

続いて職員室に顔を出し、顧問の頼川先生が一人でいたので、秋穂を見なかったか聞いてみた。

「篠山さんですか・・・・・・、いえ、見ていませんねえ」

「そうですか」

「僕が会ったのは補習を受けに来た生徒くらいでして。彼らは熱心な生徒ではありませんで、漱石のこころをやったんですが、素直に耳を傾けてもらえるはずもなく、君好きですか、夏目漱石」

「えっ? はい、あらかた読んだと思いますが」

「君みたいな子が減って、文学の未来は暗胆としていますね。安穏としていた我々の罰なのでしょうが、どれ一つ、三四郎の話でも・・・・・・」

「すみません、先生! せっかくですが、急用がありますので」

頼川先生は江戸の敵を長崎で討つつもりらしい。事態を鑑みて、辞退せざるをなかった。美優もこの場にいたら話も弾んだと思うが、秋穂の所在を確認することが最優先だ。後ろ髪を引かれる思いで職員室を出ようとした所、つかさが現れた。彼は目をつり上げ、髪を逆立てていたように冬馬は思った。

つかさの後ろに先ほど立ち話していた三人組が続いていた。何故か先頭の茶髪の娘が泣きじゃくっていた。後の二人もバツが悪そうにうつむいて入ってきた。

「頼川先生、こいつら、しばらくここに置いてもらっていいっすか」

怒気のこもった低い声で三人を室内に押しやると、つかさは重い足取りで職員室を出ていってしまった。

事情を訊くのが何となくはばかられ、冬馬は三人に一瞥をくれてから、つかさを追いかけた。

つかさは傍目に見てもわかるほど四肢に力を入れて歩いていた。

「ちょっと待ってくださいよ、何があったっていうんです。篠山のこと、何かわかったんですか」

つかさが突然、勢いよく振り向き、冬馬はつま先でふんばって止まった。

「真田、すまん」

「意味が分かりませんよ。分かるように説明してもらえませんか」

つかさはぐっと歯を噛みしめ、口を真一文字に結んでいた。話すことを恐れているというよりも怒りで自分の意志がままならない印象を与えた。

埒が明かないので冬馬から質問することにした。

「あの三人が篠山に関わっているんですか?」

つかさは押し黙り、近くの壁を痛いほどの力を込め殴った。

「あいつら、篠山をリンチしたんだそうだ」

冬馬は喉をならして唾を飲む。自分の中でフィクションでしか存在しえない言葉に現実的な意義を与えるために時間が必要であった。

「彼女に暴行を加えたってことですか? どうしてそんなことを・・・・・・」

肝心なことはつかさも、掴みかねているようである。ただ俺が悪いと繰り返すばかりで、判然としない。

「とにかく今、重要なことは篠山の身柄を確保することじゃないんですか? 違いますか?」

つかさが気を持ち直すように自分の頬をぴしゃと叩いた。

「・・・・・・違わねえ。迎えにいかねえとな、篠山のこと」

と、口では威勢いいことを言ったものの、秋穂を発見してもなお、つかさは体育倉庫に入ってこない。秋穂は秋穂で強情を張り、半裸で横たわったまま籠城でもするみたいにだんまりを決め込んでいる。

ここのところ気持ちを揺さぶられることの多かった冬馬は疲れはて、勝手にしてくれと座り込んだ。

「私は間違っていたのかもしれない」

秋穂がぽつりと言った。背を向けているので表情はわからない。

「君も災難だな。同情するよ」

「喧嘩売ってるの? 真田君」

「そう聞こえたって否定はしないさ。馬鹿げているって思うんだよ」

場の空気に当てられたように、冬馬の口調は刺々しいものになっていた。

「私が? それとも武藤先輩」

冬馬は間を置いた。言葉を慎重に口中で反芻した。

「武藤先輩も君も、それに海老原って人も、一時の感情でそんな意地の張り合いみたいなことして・・・・・・」

うまく言葉にできず、冬馬は声を絞った。

「そうだね。私は一時の感情に流されていたのかもしれない。でも後悔はしてないよ、きっと海老原さんもそうだと思う」

冬馬は納得がいかず、また秋穂を責めたくなってしまった。

その時、地を踏みしめる音がしたので、冬馬が振り向くとつかさが入ってきた。

「・・・・・・出るぞ。篠山」

「・・・・・・」

秋穂はつかさに逆らわなかった。つかさからパーカーを受け取り、冬馬のコートをその上から羽織った。

つかさは秋穂を背負って体育倉庫を出た。その一連の動きにあまりに無駄がなかった。

「ごめんな」

背に向けて、つかさは言ったのだが、秋穂はまた返事をしない。

「怒ってるよな・・・・・・、まあ当然か。それとも失望してるか」

秋穂の怪我を見てもらうために近くの病院へ行くことになった。冬馬は病院の場所を携帯で調べ、二人の先を歩いて案内をしていた。

秋穂は唇を僅かに痙攣させるように動かした。つかさはしばらく気づかずに歩いてしまった。なので、

「私、空手やってたんですよ」

と聞こえた時、空耳かと思って立ち止まった。

「どうして今、その話を・・・・・・篠山?」

「空手、柔道、剣道、昔から色々やってたから、致命傷を受けないように立ち回ってたんですよ。多分骨は折れてないと思います」

「そうか、よかった・・・・・・うぐっ」

秋穂は、突如つかさの首を締め上げた。けが人とは思えない腕力である。完全に油断していたつかさは秋穂の行動にあらがうことができずに前に倒れそうになった。

「どうかしましたか?」

前を歩いていた冬馬が駆け寄ってきた。すると秋穂は万力のような力をふっと抜いた。

「な、なんでもねえよ。それより病院は見つかったか?」

「ええ、この交差点を右に曲がれば着くようです。顔色悪くないですか? 少し歩くようですが、タクシーに乗りますか?」

「多分平気、武藤先輩は頑丈だから。ねっ?」

秋穂が代わりに返事をした。

つかさは寒気を感じ、それを誤魔化すようにおかしな笑い方をする。

「そ、そうなんだ。健康だけが俺の取り柄だからな、アハハ・・・・・・」

冬馬は特に気にとめることなくまた前を向き、歩きだした。

つかさは、秋穂を背負い直して冬馬についていく。ほっと胸をなで下ろしていた。責められた方がまだ気持ちが楽なのだった。

「蛯原さんとは長いんですか?」

秋穂の問いに、つかさは唇をなめた。

「中学からの幼なじみって奴かな」

「・・・・・・」

秋穂の長い沈黙に戦々恐々としながらも、つかさは嘘をついていなかった。蛯原有紀とはクラスも同じで時々、遊びに行くだけの間柄である。つかさは、有紀が秋穂に何を言ったのか知らなかったが、おおよその見当はついている。

有紀が嫉妬のあまり秋穂にヤキを入れたということだろう。

有紀の行いは許されざるものだし、ひどく憤慨していたが、男としては悪い気はしないものである。

にやけて油断していると、不意打つようにまた秋穂の首締めが始まった。

「そんな人がいながらどうして、きらりちゃんを口説いてたんですか。許せない、うそつき!」

「う、うそじゃない・・・・・・」

秋穂の怒りはきらりに起因するらしいと分かると、つかさの喜びも半減した。でも必死に秋穂を納得させようと少ない酸素を使って考えたのがこれだ。

「有紀は・・・・・・そうだ! 都合のいい女だ! きらりは最愛の女。篠山は・・・・・・」

「もういいです」

感情のない声でそう言うと、秋穂は首を絞める力を緩めた。

秋穂を傷つけてしまった事実につかさは、己の無力を悔いる。こんなはずではなかったのに、秋穂を元気にするにはどうしたらいいだろう。

 ない頭を必死に動かし、あらん限りの気持ちを伝えようとする。

「一番大事なのは篠山だ・・・・・・」

秋穂の腕の力がふいに強くなり、心持ち彼女の体温も上がったのを感じた。苦し紛れの言い訳だと秋穂は勘ぐっているのかもしれない。火に油を注ぐ結果になりはしまいかと内心ひやひやするつかさである。

「大事・・・・・・? 私のことが? それってどういう意味ですか?」

囁くように秋穂は訊ねた。

つかさは歩きながら考えた。正直、秋穂と付き合えるとは思っていなかった。だが友達以上の仲になれたらと期待はしていた。ここで秋穂の心証をよくしておけばと、まだ暢気に構えていたのである。

「私がそういう嘘嫌いだって知ってますよね、武藤先輩?」

「いや天地神明に誓って・・・・・・いや本当だって!」

首だけで勢いよく振り返ったつかさの鼻と秋穂の鼻が音が鳴るほど強くぶつかった。

痛みのために二人は悶絶する。秋穂は目にためてつかさの背中を殴った。

「最低! 下ろしてください。一人で歩きます」

「はあ? 何言ってんだ、 あれだけ怪我してたろうが!」

つかさがもう一度慎重に振り向いた時には、秋穂の顔はほんのり紅に染まっていた。

「・・・・・・見たんですか?」

「ナンノコトカナ」

秋穂はつかさの肩をほんの少しの力で叩いた。それから身を預けた。単に疲れただけのようだ。

つかさはやっとまともに歩けると思い、だいぶ先を行く冬馬に追いつこうと足を早めた。遊歩道で信号待ちをしている冬馬は振り返らず前を向いたままだ。

秋穂は安心極楽会をやめてしまうかもしれない。つかさが原因で死にかけたのだから本当は顔を合わせたくもないだろう。仮につかさに愛想をつかしても、きらりの側にはいて欲しかった。

「さっきはどうして謝ったんですか」

秋穂が眠たそうな声で言った。

「起きてたのか? もうちょっとだから大人しくしてたらどうだ、怪我に響くよ」

「ごめんなさい、でも大事なことだから」

つかさは素直に頷いた。秋穂はつかさと二人きりの時だけ、幼い子供のような振る舞いをすることがあった。手をつないだのもそうだったし、今のおんぶもそうだ。

きらりもそうすることがあったが、きらりの場合、多かれ少なかれ、見返りを求める媚態である。

秋穂の場合は芯から童心にかえるようで、つかさを楽しませていた。今まで遊んだ女子とは毛色が違い、新鮮だった。

「私に兄がいたことは、前に話しましたよね」

「ああ、言ってたっけそんなこと」

つかさは思い当たるような思い当たらないような曖昧な返事をした。本当は覚えていないのだ。秋穂の兄貴の存在なんておもしろいわけがない。仮におもしろい男だとしても、兄はつかさをよくは思わないだろうくらいの予想はついた。

「お前のお兄さん、スポーツマンっぽいな。スポーツ刈りで、夏はタンクトップが似合う体か?」

つかさは和ませようと冗談を飛ばしたが、秋穂の反応は薄かった。

「兄は武藤先輩に似てたんです」

「俺に? 光栄だね」

内心参っていたつかさは少し怒ったような声を出していた。

「兄は昨年、亡くなりました。交通事故だったんです」

「それは・・・・・・、気の毒な話だな、うん」

何気なく口に出してから、後悔した、あまりに思いやりがなく、まるで犬か猫でも死んだような口振りだと思われても不思議ではない。

「あれも兄のものなんですよ」

秋穂が指さしたのは、冬馬が持っている剣道面だ。

「私、特に兄が好きだったわけではなかったんです。むしろ嫌いでした」

「なら俺も嫌いか?」とは聞かずに黙って秋穂の話に耳を傾けるつかさ。

「兄は私より三つ上で大学生でした。剣道が得意だったんです」

ここまで聞いてつかさは気落ちした。燃え上がりかけた気分も水をかけられたように消えてしまい、ただ歩く足も重たくなるばかりであった。

男とは現金なもので、ものにできるかもしれない女性とそうでない女性に対して態度に落差がでてしまうものである。つかさもご多分に漏れず、早くも以前より秋穂と距離を感じていた。

「どうしてか、兄と武藤先輩が重なることがあって、自分でも不思議な感覚なんです、見た目も性格もそんなに似てたわけでもないのに」

「お前、お兄さんのこと本当は好きなんだろ? やけにしゃべるじゃないか」

「そんなことあるわけないですよ。武藤先輩なんか、だいきらい」

秋穂のだいきらいは、語らずとも雄弁につかさの心を捕らえていた。

「嫌いな兄貴の形見、何年も肌身離さず持ってるバカがいるかよ、どうなんだ?」

「・・・・・・」

「篠山、もしかしてきらりとか、有紀に気兼ねしてる? そうならそうと早く言ってくれれば・・・・・・」

残念そうな秋穂のため息を聞こえてきた。

「私、そんなに安くないです。バカにしないで」

女の子ってなんだかずるい。きらりも秋穂も決定的な選択をつかさに委ねるふりをして結局手のひらを返してしまう。

「私は兄の死に納得していません。両親は呆れてますけど、私は兄の形見をまとうことで、それを否定しています」

また、つかさは参ってしまった。今日何度目か知らないが、そろそろ背中がむずがゆくて仕方ない。冬馬やお嬢様の好みそうな話題になり、彼らにバトンタッチしたくなる。

「難しいことはわかんねえけどさ。いいんじゃねえの? お前が納得するまでさ、周りはやかましいかもしれんが」

つかさは無難な意見で話題を終わらせようと考えた。

「武藤先輩は人が死んだらどうなると思いますか?」

つかさは唾を飲み込んだ。

秋穂の質問は答えを求めているというより、つかさを困らせてやろうという魂胆があるようだった。それでも無碍にに茶化すことのできない問いであった。つかさは身内の死に直面したことがない。祖父は彼が生まれる前に亡くなっていたし、その他の家族もつかさと同じように健康だけが取り柄である。

「天国とか、行くんじゃないかな? きっとそうだよ、お前の兄ちゃんは天国に行ったんだ」

「真面目に考えてますか? とりあえず兄のことは忘れてください」

どうやら秋穂は冬馬にそそのかされ、哲学ガールになりつつあるようである。美優もそれに近いし、うかうかしていると、きらりまで仲間に引き込まれかねない。流されやすそうだし。つかさは孤立し、安心極楽会は安心ディベート会にでも変わってしまうだろう。

つかさは膨れ面になって言う。

「俺は真面目だってば。天国の存在を信じてもいいだろ? 悲観するよりかはさ、死んだ奴らが安らかにあって欲しいってのが人情ってもんさ。違うか?」

「違う違わないの問題じゃないですけど、つかさ先輩らしくてまあいいです」

皮肉っぽい口調まで冬馬に似てきて、小憎らしくさえ思えてしまう。

「でもそれって生きてる人間から見た理屈ですよね、亡くなった人はどう思うんでしょう」

「それは・・・・・・」

さしあたって、つかさは臨死体験もしたことないし、死んだ人間の立場を考えろと言われてもいよいよ手詰まりだ。

「意地悪してごめんなさい。ただどうにもならないことに思い巡らせることも必要かと思いまして」

「それも時と場合によるものかもな。まあ、お前自身の気持ちが大事だよ」

「主観と客体、あの世とこの世、二元論に纏めると何だか気詰まりです」

「でもだからこそ男と女がいるわけだし、俺は悪くないと思うがね」

「・・・・・・話そらそうとしてます?」

「してないよ。お前と俺がいて世界が成り立つんだ。それでいいじゃないか」

「・・・・・・やっぱり武藤先輩は肝心なことから目をそらそうとしてます」

一周回って、つかさの責任問題に逆戻りしたようである。腹をくくる必要があるようだ。

秋穂を地面に下ろし、つかさは土下座をした。

「すまなかった!」

「謝ってもらっても何にもなりません。謝るなら蛯原さんにどうぞ」

秋穂はすげなく言うと、片足を引きずるようにして、つかさの前から立ち去った。

つかさは、額を地面につけたまま、しばらく動かなかった。結局、秋穂には許してもらえなかった気がする。

病院で診察を待つ間も、つかさは冬馬とほとんど会話らしい会話はしなかった。

やがて冬馬の方が気詰まりになり、きらりに連絡すると言って病院の公衆電話に向かった。

つかさは胸の前で手を落ち着きなく、こすり合わせていた。秋穂の怪我の具合がどの程度なのか予想もつかない。本人は大丈夫だと言っていたが、体に傷が残るかもしれない。入院も必要かもしれない。

つかさにとって永遠にも感じられた秋穂を待つ長い時間は、彼女が診察室から戻って、終わりを告げた。

秋穂はそっぽを向いたまま、つかさのいる長いすに近づいてきた。足を引きずってはいたものの、顔色は良くなっていた。

「やっぱり骨折はしてませんでした。打ち身と擦り傷、全治一週間くらいですって」

つかさは立ち上がると秋穂を壊れんばかりに抱きしめる。秋穂は悲鳴を上げた。

「いたっ・・・・・・痛いです」

「よかった・・・・・・! よかったよ」

嫌がる秋穂を無理に抱き寄せ、人目をはばからず、つかさは泣きむせぶのだった。秋穂は怒るに怒ることができず、されるがままになっていた。

冬馬が二人の前に現れると、秋穂はつかさを半ば突き飛ばすようにして椅子に座らせた。

「怪我、思ったより軽かったみたい。色々ありがとう、真田君」

「ああ・・・・・・、それはよかった」

冬馬は物思わしげに返事をした。彼にとってそれはよくあることだが、普段と様子が違っていて憮然とした様子である。

「今度は倉科先輩に連絡が取れないんです。それに白崎さんにも」



きらりと美優はとあるホテルの最上階レストランで昼食をとっていた。

窓からの景色は絶景で、車や人が細かい動きをしている。

きらりは、ここに来る前にお店に立ち寄って黒のドレスにお着替えさせられていた。美優もまた白いドレスに着替えている。

きらりの携帯電話はホテルのエレベーターで美優に取り上げられた。

食事の間だけと言われたが、美優を全く信じていないきらりは気持ちが急くばかりである。

最上階につくとすぐに窓側の席に通された。美優は物怖じすることなく胸をはって歩いていた。きらりは少し背を丸めて、後に従った。

普段なら決して訪れる機会のない高級な店である。女子高生が二人きりでやってきたので、否応なく好奇の目にさらされた。

席に落ち着くなり、美優は興奮した面もちで言う。

「このお店、半年前から予約してたの! ねえ、びっくりした?」

「そりゃあねえ・・・・・・」

きらりは疲れたように薄笑いを浮かべた。十年来親友だった女の狂気を改めて思い知ったのだった。

秋穂のことも美優の差し金に違いない。冬馬とつかさが捜しに行ったのも計画に織り込まれているのだろう。平静でいろというのは無理がある。

「お口に合わないかしら?」

前菜が運ばれてきても、ナイフとフォークに手をつけないきらりに美優が言った。自分のもてなしは正当なのだからと、まるでたしなめるような言い方だった。

「だめよ、食事中は目の前のことに集中するの」

そうこうするうち大きなケーキがきらりたちのテーブル側まで台車に乗って運ばれてきた。

小さな子へのクリスマスケーキかと思ったのだが、ケーキの上に乗っているチョコレートにfor kirariと書いてあるのを認め、きらりはうろたえた。

「きらり! お誕生日おめでとう!」

満場の客からも拍手が巻き起こり、きらりは血の気が引きそのまま倒れそうになる。天井が独楽のように回りだす。店内が落ち着くのを待ってから美優をにらみつけた。

美優はきらりが当然喜ぶだろうと確信しており、今もそれを待ちかねるようにしていた。

「気は済んだだろ? もういいかげん秋穂のところに行かせてよ」

「きらりは、篠山さんが本当に大切なのね」

美優はきらりのグラスに自分のグラスを軽く寄せてから口に含んだ。

「そうだよ、私は高校で変わったんだ。あんたなんか怖くない」

膝の上に手を置き、きらりは背筋を伸ばす。指先が情けないほど震えている。

「他人を思いやることは素晴らしいわ。でも、私は寂しい・・・・・・」

美優はおもむろに、バックから自分の携帯を取り出していた。

「きらりが私を見てくれない。悔しい、あんな娘より私の方がずっと長い時間を過ごしてきたのに」

「ねえ、ちょっと何携帯いじってるのよ」

美優はきらりを忘れたように携帯に目を落とし、うわごとをつぶやいていた。

秋穂を害する何らかの指図をしているのではないかと、きらりは推測し、制止する。

「私の友達にひどいことしないで! 何でもするから・・・・・・」

美優はきらりを、しかと見つめた。その頬に見たくもないえくぼが浮かんだ。後の祭りだったが、きらりにはどうすることもできなかった。

「きらりの友達は私の友達。どうしてひどいことができましょう。真田君からメールが着たわ。篠山さんを見つけたそうよ」

きらりは腕をだらりと垂らして愕然とした。歓喜と失望がない交ぜになった心は行き場を失い、ぎしぎしと軋むようだった。

「もう、きらりったらひどいわね。私が何をすると思ったのかしら」

美優はぷりぷりしながら、フォークを口に運ぶ。

「今日は聖夜ですわ。もっと楽しんでくれないと意味がないじゃない、きらり。そうでしょう?」

 4


 篠山秋穂が襲撃された事件は、冬馬の心に大きな衝撃を与えた。人を愛することは、自身を傷つけることを厭わない勇気である。その覚悟を示した秋穂は美しく気高い。つかさもその覚悟を知り、それに応えようとしていた。

冬馬が自分の気持ちに何らかの帰着をするのは、そう遠くない将来に訪れることであろう。

きらりは秋穂以上に衰弱してしまった。秋穂の無事を目で確認するや、泣き崩れたというからよほど応えたのだろう。きらりと美優に連絡がついたのは夕方過ぎのことだった。きらりと美優も学校に駆け付け入れ違いになったのだと、冬馬は美優から聞かされた。

「私は大丈夫だよ」

秋穂はそう言って、逆にきらりを励ました。改めて秋穂の胆力の強さを強調する話となったが、明くる日、彼女は床から起きあがることができずに難儀した。

きらりは篠山家に泊まり込み秋穂の身の回りの世話をした。実際は誕生日以来、衰弱していたきらりを秋穂が勇気づける結果になってしまっていた。

冬馬は美優と相談して年末に大勢で行っても迷惑だからと、少し間を取ってお見舞いに行くことに決めた。

そしてきらりの誕生日から三日たった十二月二十八日、冬馬の元に秋穂から電話がきた。

「元気してる? 真田君」

「君の方こそ、電話しても平気なのか」

受話器の向こうの秋穂は必死の暴行を受けた者とは思えない暢気な調子である。

戸惑う冬馬に秋穂は意外な提案をする。

「きらりちゃんの誕生日を祝ってあげて欲しい」

「それは構わないけど・・・・・・」

冬馬は即答しかね、考えを巡らせた。きらりの誕生日の予定は延期となり、来年に持ち越すのだと思っていた。

「真田君? 聞いてる?」

「あ、ああ・・・・・・聞いてるよ。でもどうしよう、あの人が喜ぶ場所って」

電話口から笑い声が漏れた。

「何かおかしいか?」

「ううん、まるで恋人をデートに連れていくみたいだったから。その調子で考えて、何なら武藤先輩とも相談して」

冬馬の頬にうっすらと血が上る。

「そうすることにするよ、君もお大事に」

動揺を悟られる前に大急ぎで電話を切った。

きらりのことだから世話をやくより、篠山家のお荷物になっていそうだった。口実を作って家から追い出してしまうつもりのようだ。

だが悪い話ではない。きらりの誕生日がつぶれたのは事実だ。秋穂はその責任を感じているのだろう。埋め合わせはされるべきだ。

冬馬は、とりあえず美優に連絡してみた。

「まあ! それはいいですね。私にも協力させてくださいまし」

美優は微塵も迷惑がる様子を感じさせなかった。冬馬は恐れ入ってしまった。

「あまり無理はなさらない方が。年末ですし、用事があるのならそちらを優先してくださっても」

「いいえ。さっそく計画をたてませんと。これから会えますか、真田君」

前のめりな美優と、つかさとも協議して三人で計画を立てた。

問題はきらりをどうやって篠山家から誘い出すかということになった。それは秋穂にお願いし、つかさと冬馬が迎えに行くことになる。

一日経過した十二月二十九日、計画は実行に移された。

「きらりちゃん、買い物行ってきてくれる?」

「ううん・・・・・・、外寒いよ」

きらりは秋穂の部屋に横になり、少女漫画を読みふけっていた。万事がこの調子である。動くのはトイレ、ご飯、お風呂の時だけ。

「もしかして私がいたら迷惑?」

きらりは上目遣いで訊ねた。秋穂はとっさに目をそらす。

「えっ・・・・・・? いやそんなことないよ。でも退屈じゃない? 私と家にいても」

「秋穂となら三百六十五日一緒にいても退屈しないよ」

「そう言ってもらえるとうれしいけど・・・・・・」

きらりは、篠山家から一歩も外に出ない。秋穂もきらりとの生活を楽しんでいたのは事実だったが、いつまでもいてもらうわけにもいかない。母の視線が痛い。

きらりが家にいるおかげか、つかさは一度来たきりでやってこない。今は顔を合わせたくないので、好都合であった。

秋穂は少しわざとらしく言う。

「今日、部屋の掃除しないと。じゃあ、きらりちゃん掃除手伝ってくれる?」

「えー!? やだ、掃除嫌い」

きらりは悲鳴を上げて漫画を放り投げた。

「じゃあ買い物してきて。その間に掃除しちゃうから」

秋穂が布団から這いだしてパジャマを脱ぎ始めると、きらりは手伝いもせずに渋い顔をして部屋を出ていった。

外は雪の名残もなく乾いた風が吹き荒れていた。きらりは秋穂から借りたコートの前を合わせた。コートだけでなくスカートも秋穂のものだ。クラッチバックは自分のもの。

民家のそこかしこから慌ただしい物音が聞こえてくる。

今頃、祖母も愚痴を言いながら、家の掃除をしているだろう。きらりはまだ祖母の家に帰りたくなかった。今、祖母の家には父と母がいる。正月くらいは家族で過ごそうという。しかし、きらりには家族という観念が薄れつつあるのだ。両親は大切だったが、不自然な鋳型にはめられるような違和感がどうしてもつきまとう。

きらりが篠山家を出て、数十メートル先の角を曲がった途端、道を塞ぐようにつかさが立っていた。その脇に冬馬もいた。

「な、何してるの・・・・・・? 二人とも」

身を竦ませるきらりの前に黙ったままの二人。

きらりは不吉な予感がして、元きた道を引き返そうとしたが、つかさがその肩を掴んだ。

「遊びに行こうぜ、きらり」

少し気持ちが揺れたきらりだったが、それが罠だとわかった。家に連れ戻されるのだ。

「私行けないよー、秋穂がつらい思いをしてるのに」

「お前だって籠もりきりじゃ疲れるだろ? っていうかなんで自分ちに帰んないの、お前」

「それは・・・・・・」

至極全うな質問をされても、まともに答えられない。家に帰れば、両親のことだけでなく、また美優に付きまとわれるかもしれないとは言えなかったし、誕生日にあったことは秋穂にも打ち明けられなかった。

「貴方はどこまでも自己中心的ですね」

冬馬はあきらめたように口にすると、きらりは憤然とした。

「はいはい、邪魔者は自分の家に帰りますよーだ。わざわざご苦労さま」

「案外元気そうですね。ではそうしてください、篠山も迷惑してますよ」

「何をー!?」

冬馬に飛びかかろうとしたきらりをつかさが押し止めた。

「いい加減にしろ! 真田、もう少しソフトに言えねえのか。何しに来たんだ、てめえはよ」

「・・・・・・すみません。でもこれで僕の役目は終わりですね。武藤先輩、後は頼みます」

「あっ、おいこら!」

きらりは引き留めようか迷った。わざわざ自分を心配してここまで来てくれたのである。かっとなった自分にも非があったし、このままの気持ちで年を越したくない。

きらりは叫ぶ。

「ま、待って、真田。誕生日来てくれてありがとね」

冬馬が足を止めたので、きらりはほっとした。

結局、冬馬とつかさにと共に、駅の方角へ向かって歩いた。

「ねえ、どこ連れて行ってくれるの?」

きらりはつかさに腕を絡ませ訊ねた。冬馬は後ろから苦々しい顔で見守っている。

つかさはウインクして答える。

「それは着いてからのお楽しみ。お前も気に入る場所さ」

きらりは、つかさの澄ました態度におもしろくないものを感じ取る。

秋穂がつかさをどう思っているか、家にいる間に探りを入れたが、恐らく秋穂はつかさにぞっこんだという確証はますます深められた。鈍いきらりにもそれがわかった。

駅前に着くと、つかさは誰かを探すように首を左右に向けた。きらりも同じ動作をしたが、最も見つけたくない人物を発見してしまった。

「白崎さん!」

真っ先に駆け寄ったのは冬馬だった。美優は待ちかねたという風に小走りで冬馬に近づいてきた。

「おはようございます。あら、会長もお元気そうでなによりですわ」

きらりはにこりともせずに、つかさの後ろに隠れる。

つかさは、澄ました顔で今日の趣旨を説明し始める。

「では、先日延期した、きらりの誕生会を行いまーす。場所は九重島シーパラダイスです」

「わーい。私、水族館大好き!」

きらりは子供のようにはしゃいだ。もちろん演技である。今はどこにも出かける気力が湧かない。ことに美優が側にいるとなれば尚更だ。だが、つかさも冬馬も自分を心配し、忙しいのに骨を折ってくれていると思うと、気を遣うきらりだった。

駅構内には帰省するのか荷物を持った親子が溢れている。きらりは、切符売り場の前で無心に人の流れを眺めていた。

「倉科先輩、置いてきますよ」

冬馬があらでも探すように佇んでいる。きらりは不機嫌な顔でクラッチバックから財布を出そうとしたが、冬馬が見計らったように切符を差し出したので受け取った。

電車は少し混んでいて、席はあらかた埋まっていた。中学生くらいの男の子が三人ほど座っていたが、美優に気づくとざわついた。

美優は堂々と、その集団の真向かいに座った。その隣につかさが座り、きらりと冬馬はその側で吊革に掴まった。

「倉科先輩、水族館好きなんですか?」

「うん。子供の頃、パパとママと一緒によく行ったんだ。ねえ、ハリセンボンいるかな、ハリセンボン!」

「多分いると思いますよ。調べてみましょうか?」

「行くまでの楽しみに取っときたいの。調べちゃだめ」

「わかりましたよ、あんまり大きな声を出さないでください。子供じゃあるまいし」

きらりは久かたぶりにくつろいだ会話を楽しめたように思った。肩の力を抜いて、気軽に口をきけたので、これからの旅路も楽しいものになる予感がする。

「実は俺は占いができる。興味ある? 占い」

「人並み程度には・・・・・・」

つかさと美優の不穏な会話に、きらりは耳をそばだてた。

「手相を見れば、今後の人生の指針がわかるんだ。一つ試してみない?」

「え、ええ・・・・・・、お願い致しますわ、武藤先輩」

さすがの美優もつかさの扱いを計りかねているのか珍しく言いなりになっている。だが明らかに笑顔が固い。

普段、他人を上から見下ろしている美優のことだから見せ物になって、さぞかし屈辱だろうと、きらりは良い気持ちになった。

「倉科先輩、違う車両にいきませんか?」

「私も今、同じことを考えていたところだ」

他人のふりをするのに異存はなかった。つかさの非常識ぶりは今に始まったことではないが、きらりと冬馬も巻き込まれるのはたまったものではない。

「はあ・・・・・・全くあきれたね、あの調子じゃ秋穂が心配だよ。帰ったら言いつけてやる」

「そうした方がいいかもしれません。少しは熱も冷めるでしょうね」

二人は隣の車両に移動し、顔を見合わせ笑いあった。

その時、電車がカーブを曲がり車両は大きく傾いた。きらりはよろめいて、冬馬の肩にぶつかってしまった。

「わっ・・・・・・、ごめん」

「大丈夫ですか? 意外と揺れますね」

二人がいる車両は空いていて、サラリーマンがうたた寝しているくらいだ。車窓は寂しい田畑が流れていく。叙情性がないこともない。

「どれくらいで着くんでしょうか、あれじゃ白崎さんも迷惑だ」

「だったら助けに行けばいいじゃない」

冬馬は反論するどころか、驚いたような顔をした。

「あの人なら僕がいなくても、うまく切り抜けますよ」

「ずいぶん信頼してるんだね」

冬馬は少し寂しそうに笑う。

「どうなんでしょうか、あの人は、あまり本心を見せたくないようだから」

冬馬は今まできらりが会ったことのある男とは少し違っていた。さりとて美優の異常性に感づいている風でもない。

「白崎さんって、時々、心ここにあらずっていう事があって・・・・・・、そういえば倉科先輩もそういうところありますね」

「あの娘はお嬢様だからぼけーっとしてても生き残ってこれたの、一緒にしないでもらえる?」

「それはまるっきり貴方にも当てはまるケースなのでは?」

「そう、私こそ真のお嬢様。だから私を大事にするのだ」

きらりは冬馬の顔を見ることができずに前方の窓だけ見るように努めた。自分の発言が急に気恥ずかしくなったのである。そっと冬馬を伺ったが彼は大して気にも留めていないようだ。

「あまり気を落とさないでくださいね」

きらりは、冬馬の意図を察することができず、その先を黙って待った。

「篠山の怪我のことです。気に病むことないですよ」

「ああ、そのことか・・・・・・」

不意打ち的に励まされ、きらりは動揺する。今日のことも秋穂から聞かされてのことだろう。要らぬ心配を皆にかけている。

「落ち込んでたのは、秋穂のせいばかりじゃないよ・・・・・・、私ね、訳あってパパとママと離れて暮らしてるんだ」

冬馬は真摯に耳を傾けてくれたので、きらりは身の上を偽ることなく話すことができる気がした。

「それでね、今パパとママがこっちに来てるの。だからあまり顔合わせたくなくて。でも秋穂に迷惑かけてるのはわかってる、今日帰るよ」

「そうした方がいいですよ。ご両親も貴方の顔を見れば、喜びます」

「そうかな、でもやっぱり怖いよ。今夜は、真田の家に泊まりに行っちゃおうかな」

「は?」

冬馬は顔を真っ赤にして、椅子から転げ落ちそうになっていた。きらりの方が怖くなるくらい動転している。

「バカ、ちょっとなんて顔してんの? 冗談に決まってんじゃん、あはは」

「で、ですよね・・・・・・、すみません、取り乱して」

気まずい空気になり、二人は前方に顔を向いていた。

つかさと違い、冬馬と交わす言葉は、水の中にいるようにもどかしい。でもそこが楽しいと今気づいた。

「真田、もし私がつかさ君に手を握られたら怒る?」

「ええ、まあそれは・・・・・・」

冬馬は若干口ごもりながら答えた。

それを見たきらりの胸は、大げさな程動いていた。何でこんなこと口走ってばかりいるのだろう。

「みっともないですから。田舎のカップルみたいで見れたものじゃないでしょう」

一瞬息の根が止まりそうになった。今度はきらりが椅子から転がり落ちそうになったが何とか踏ん張る。

「このバカー! もう最悪、私帰る。それから田舎のカップルにも謝罪しろ!」

冬馬は電車を降りるまで謝りどうしだったが、きらりは口もきかなかった。

冬馬が照れ隠しで言ったのに気づいていたきらりだが、それを指摘するともっと恥ずかしいことになってしまう。

九重浜駅で電車を降りると、つかさ、美優と合流する。美優の鋭い目と目が合い、冬馬ときらりは同時に息を飲む。

「あっ・・・・・・水族館には東口から出るといいみたいですよ」

冬馬が目ざとく看板を見つけ、先頭に立った。美優は俯きがちに冬馬のすぐ後ろについた。その様はまるで美しい亡霊のよう。

きらりとつかさは不思議そうに顔を見合わせてから二人の後を追う。

東口を出ると、イルカの描かれた看板と矢印があって水族館へ客が道に迷わないようにしてくれている。

この近辺は、二十年ほど前にできた埋め立て地である。九重浜シーパラダイスは長く集客の少なさに悩み、経営に困難をきたしていたが、大胆な展示方式を行い、ここ数年はテレビに取り上げられたり映画になったりして、知名度はなかなかのものである。

と、冬馬がどこかで聞いたような話をしていたが、誰も聞いてはいなかった。

美優の迫力に、一同小さくなるばかりである。

水族館のアーチを通り、建物に入ってからも、彼らの沈黙は続いた。

「わあ・・・・・・、きれい」

上方に魚群が通過する水中トンネルにきらりは感嘆した。

美優は、ずんずん先を歩いて奥に行ってしまう。冬馬とつかさは、きらりに気づかれないように内緒話を始める。

「いやあ、参っちまった」

「自業自得ですよ、早めに謝った方がいいんじゃないですか」

冬馬が素早くやっけると、つかさは少し肩を落とす。

「悪気はなかったんだよ、喜ぶと思ったんだけどさ」

「それは一部の人間だけですよ。よく思わない人もいるんです」

つかさは秋穂との初対面の時にも、手を握っていた。きらりも恐らくご多分に漏れず。つかさの論法でいくと出会う全ての女性の手を握ることになりそうだった。

「君は、両親のように円満な家庭を築くでしょうって言っただけなんだけどな」

「うわ・・・・・・」

何気ないその一言が美優の心に衝撃を与えたのかもしれない。つかさは知る由もないが、冬馬は美優の家庭を僅かながら覗きみた者として思い当たる節がある。

他人のような義母、帰りの遅い父親、居間の古いピアノ。

「わりいが、もうお手上げだ。真田、お嬢様のご機嫌取りしてきてくれよ」

「わかりました」

泣きついてくるのは予想していたので、快く承諾する。

冬馬はそれから、きらりの姿を確認する。常世の幸福を夢見るように少女は魚の群を追いかけていた。

「きらりのことは任せてくれ。今日の主役を退屈させはしないぜ」

冬馬は美優の姿を探して歩き回った。水槽の中身を気にかける余裕などない。年末で客は少ないが薄暗いので時折ぶつかりそうになった。五分程探しただろうか、美優はとある水槽の前にいた。

「皇帝ペンギンの母親は子供を残して狩りをするそうです。もし、母親が帰らなかったら子はどう思うのでしょうね」

美優は冬馬に気づいても、水槽から目を離さずに言った。

水槽は外からつながっていて、屋外からペンギンが飛び込んできて眼前をすいすい泳いでいく。

「何も思わないでしょう」

「どうしてそう冷たいことをおっしゃるの。ご自分だって、虐げられたら不満を言うくせに」

「ペンギンが不満を漏らすことに僕が不服だとでも? いいですか、ペンギンは・・・・・・」

美優が笑うので、冬馬は我に返り議論を思いとどまった。

「やっと私を見てくださいましたね」

美優はそう言って、歩いていってしまう。

「あの、まだ武藤先輩を怒ってるんですか?」

「私は、あの方を怒ってなどおりません」

突き返された答えに冬馬はかける言葉が見つからず慌てる。美優は歩くのを止める気配がない。客観的に見てひどく滑稽な光景だろう。これは美優の復讐だ。衆人環視の元で、冬馬を連れ回し、屈辱を与えることが狙いなのだ。

「私が許せないのは、貴方よ」

小さな水槽の中に蟹がいた。手にまるでボンボンを持っているような不思議な蟹だった。

「あの時、石があったら貴方の背中にぶつけていたかもしれないわ」

「すみません・・・・・・」

「どうして謝るの? 会長とやましいことでもしていたのかしら」

「どうしてそう勘ぐるんです、貴方を置いていったことは・・・・・・」

「違うわ」

美優が感情的で、張り裂けそうな声を上げる。冬馬はたじろいだ。

「貴方は私が手を握られても、何も感じなかったんでしょうね? 真田君にとって私はその程度だったんだわ」

冬馬は先ほど同じ問いをされたのを思い出した。おもしろいわけがない。不愉快だ。たとえ、きらりでも美優でも。自分以外の誰かがそれをしているのを見るのは

「嫌ですよ、そりゃあの人の品のない行いを間近で」

「そうやって言葉を濁すくせ、改めなさいな。さもないと誰からも省みられなくなりますわ」

剣先を突きつけられいよいよ冬馬は進退窮まる。決着はつけなければならない。冬馬は息をのんだ。

内心の自分が囁く。美優が望む言葉を告げればいい。そうすれば、何かを得て、何かを失う。冬馬は得ることよりも、失うことを何より畏れていた。その瞬間が訪れようとしていた。


きらりは口を開けて水槽をのぞき込んでいた。惚けているのか周りの景色は完全に意識の外のようだ。

ハリセンボンがまだ見つからないうちに、きらりはマンボウに浮気心が湧いていた。

「マンボウはかわいいなあ、えへへ・・・・・・」

きらりの体より、一回り大きいマンボウがたゆたうように浮いている。後でマンボウのキーホルダーを買ってもらおうと、つかさの方を振り返る。

きらりのおねだりのまなざしに、つかさは苦笑いで応えた。きらりの考えなどお見通しだと言わんばかりだ。

「ご機嫌だな、楽しいか? きらり」

「うん、今日はありがと」

「礼なら真田に直接言いな。あいつが言い出したんだから」

きらりはマンボウの観察に戻る。

「真田は、秋穂への義理から動いたんじゃないかな。礼を言われる筋合いなんかないって言われそうだよ」

「お前なあ・・・・・・」

つかさはきらりの隣に立つ。

「あいつが義理で動く野郎に見えるか? 日本の侍か?」

きらりはあっさり首を振った。

「いや、サムライジャパンじゃないね」

「だろ? そうだとしたら、導き出される答えはなんだ」

「さあ・・・・・・」

きらりは口をすぼめて、まんぼうみたいな顔をした。

「じゃあ、あいつといると楽しいか?」

「ううん、つかさ君といる時より楽しくない。ただ・・・・・・」

つかさは辛抱強く、言葉の続きを待った。

「苦しい。真田といるとなんかおかしいよ、私。不思議なんだ。喧嘩ばっかりしてるのに」

きらりは戸惑っていた。美優が突然現れたり、秋穂が暴行されたりで気が高ぶっているのかもしれない。

「私、お花摘みに行ってくる。ここで待ってて」

「おう、気をつけて行ってこい」

きらりはハミングしながら、トイレを探しに行った。道すがら、見たこともない蟹のいる水槽があったが立ち止まらず、先に進む。

冬馬はつかさのように、女子に気が利くわけではない。何でも笑って許してくれたりしない。きらりの痛いところを正確についてくる。

「なんだ、嫌な奴じゃん」

それでも冬馬のことばかり考えていた。

きらりは突然、足を止めた。体が硬直し、目だけがある一点を凝視する。

その視線の先には冬馬と美優の後ろ姿があった。きらりのいる場所からは十メートルほど隔たっており、二人は気づかないようだ。

薄暗いので、二人の表情までは判別がつかない。それでも打ち解けた雰囲気を感じる。

冬馬が水槽を指して何か口を開くと、美優が笑ったのか、口を押さえている。二人は寄り添うように立ち、まるで恋人同士のように睦まじく手を握りあっていた。

きらりは足音を立てないように、ある程度後ろに下がってから急いで元来た道を引き返した。

「あ、あれ・・・・・・?」

しかし途中で道に迷って、つかさに見つけてもらうまで、きらりは半分迷子の状態になっていた。

「おお、いたいた。トイレ見つかったか」

きらりは、つかさの胸を突然殴った。

「いって! 何だよ」

「何でもない、ハリセンボン探しに行こ」

結局、昼まで別行動は続いた。合流した四人は、海辺のレストランで昼食をとった。冬馬と美優が現れた時、手は繋いでいなかったものの、親密さは一目瞭然だった。

美優は水族館に着いた時とは、別人のように愛想が良くて、つかさときらりを唖然とさせた。席も冬馬と美優は並んで座り、その向かいにつかさときらりが座った。

店は個人経営の小さなお店で、新鮮な魚貝類を出すのが、売りのようだ。事前につかさが予約しておいてくれたらしい。

きらりはシーフードパスタを頼み、つかさも同じものにした。

「ねえ、これおいしそうじゃありません? 私これにするわ」

「え? どれですか」

美優がメニューを冬馬に近づけ相談している。たったそれだけのことが、きらりを苛立たせた。

「早く決めなよ、お腹空いた」

「せっかく来たんだから、慎重に決めたいんです。子供じゃあるまいし、少し待ってくださいよ、倉科先輩」

結局、冬馬は美優と同じものを頼んだ。それから料理が来るまで、美優とばかり話している冬馬をきらりは剣呑な目つきで眺めていた。心配したつかさが、きらりに話しかけてもまともに返事もしない。

「あっ、そうだ。ハリセンボンは見つかりましたか?」

急に冬馬に話を振られても、きらりは返事をしなかった。

つかさが肘でつついても、ふてくされたような顔をして、水を飲んでいた。

「私と冬馬君は見ましたよ、ジンベエザメの水槽の側の・・・・・・」

美優は冬馬の下の名前で呼んだ。今までになかったことだ。きらりを除いた誰もが特に気にもとめなかった。

「ねえ、提案があるんだけど、午後も別行動にしない?」

「ちょ、それはないと思うぞ」

きらりの提案につかさは異議を申し立てる。今日この日は、一体何のためのしきり直しなのか。きらりの変化に敏感な彼は、すぐに原因を察したようだがあえて言及せずにおいてくれた。

「会長の思うがままになさったらよろしいと思いますけれど、それで本当によろしいんですの?」

美優の白々しい態度に、きらりは皮肉っぽい笑みで応える。

「楽しみ方は人それぞれだからね、私は私で楽しませてもらうわ」

冬馬は平静を装っていたが、完全には動揺を隠し切れてはいなかった。グラスを持つ手がわずかに震えていた。

お店を出てから、きらりとつかさは沿岸を当てもなく歩いた。風が強くて立ち止まると体が芯から凍えそうだ。

「本当に良かったのか、これで」

「たまには二人きりも悪くないじゃない。それともつかさ君はもう私じゃ満足できないのかな?」

つかさには負担を強いている。自覚はあってもつい甘えてしまっていた。

「お前らしくねえな。不満の一つくらい言ったって罰はあたらんだろ」

「不満なんてないって、勘ぐりすぎだよ、つかさ君。私は十分楽しんでるよ」

つかさは納得していないようで、ぶつぶつ文句を言い続けていた。

「あっ、ジェットコースターあるよ、乗ろ」

「えっ・・・・・・? 俺そういうのはちょっと」

青ざめたつかさを半ば引きずるようにして、きらりは絶叫コースターに乗り込んだ。つかさは高所恐怖症で良い悲鳴を上げてくれたので、きらりを大いに楽しませた。

日が暮れて、満身創痍でへろへろになったつかさと共に水族館の入り口に着いた時、待ち合わせの場所に冬馬たちはまだいなかった。

きらりは笑顔を浮かべようとしたが、うまくいかない。

「あんま無理すんなよ」

ベンチで伸びていたつかさが、ふいに真面目な顔をしていた。きらりは知らぬ顔を通す。

「俺はお前の選択をどうこう言うつもりはねえ。後悔して欲しくないだけだ」

つかさの危惧は概ね正しくて、冬馬の姿を遠目で見た途端、きらりの心は暗い影に覆われた。沸き立つ泡のような恐怖に、衝動を抑制することができなくなった。

きらりは、冬馬に近づき、衝動の赴くまま顔に平手打ちをしていた。

そのまま下を向いたまま誰の顔も見ずに、くるりと振り返ると足早にその場を離れた。

早足から走り出すのにそう時間はかからなかった。

駅に着いて、電車が出発してからやっと後悔する時間が与えられたと思った。美優も殴れば良かった。今頃優しい声で、冬馬を慰めているのではないだろうか。

篠山家に到着すると、時刻は七時半を過ぎていたが、きらりは真っ先に荷物を纏め始めた。

「ご飯くらい食べていけばいいのに」

秋穂は夕食を食べずに待っていてくれた。きらりはお礼を言って、帰り支度を淡々と進める。

秋穂はつかさからメールで水族館で何があったのかきっと知っている。そしてきらりの気持ちも見抜いているので余計なことは言わない。

「私ね、秋穂の気持ちわかった気がするの」

きらりの瞳から一筋の涙が伝っておとがいまで落ちた。それから秋穂の胸で声を上げて泣いた。その日は結局祖母の家には帰らなかった。


冬馬は元旦早朝、落ち着きなく部屋を歩き回っていた。机に携帯を置いては、また手に取る行動を機械のように繰何度も繰り返した。

 昨夜のお祭り騒ぎが嘘のような静寂、元旦特有とも言うべき恭しい空気が世間を取り巻いていた。それは部屋の中にいても感じられた。

 きらりに殴られた頬にそっと触れてみる。あの日から、ただ何もせずそうやって頬に触れていることが多い。

 きらりがあの瞬間、どんな顔をしていたのかどうしても思い出せない。

 あまりに唐突過ぎて、真意もわからず意義を問い正すこともできなかった。当初沸いた感情は不条理に対する怒りだった。一夜明けてからは後悔に取って代わった。

 自分が何かしでかしたことはわかったし、美優の手厚い慰めもありがたいことではあったが、効き目はあまりなかった。

 元旦に日付が変わると同時に、つかさ、秋穂、美優からメールが届いたが、きらりからは届かなかった。虚しいことと知りつつ寝ないで、きらりからの着信を待っている。

 午前七時を少し過ぎた頃、唐突に携帯が鳴り、冬馬は取り落としそうになった。

内容は安心極楽会のメンバーからの初詣のお誘いであった。秋穂も来るという。不安と期待の混じった気持ちのまま、目的の神社まで一人で電車で行き、他のメンバーの到着を待った。

晴れ着を着た若い女性たち、両親に挟まれて歩く小さな子供、大学生のカップル、皆一様に新年への期待に胸を輝かせているように見える。

大きな鳥居の側に立って、冬馬は見知った顔を探したが、気もそぞろで、見逃しているのかもしれない。きらりと背格好が似ている女性は避けていた。

初めに現れたのは秋穂だった。時節を弁えることを覚えたのか仮面はしていない。代わりに頭をすっぽり覆うキャスケットを被っていた。

「明けましておめでとう、真田君」

「おめでとう」

冬馬から一メートルくらいの距離に秋穂は立った。

「怪我の具合どう?」

「おかげさまで、だいぶ良くなった」

秋穂からは話を振ってこない。冬馬は気詰まりになり、雑踏の調査に戻った。

「きらりちゃん、今日来れなくなったって」

「えっ・・・・・・?」

秋穂は平坦な声で告げたのに冬馬は大げさに反応してしまった。

「きらりちゃん、風邪引いたみたいだよ・・・・・・どうしたの真田君、そんなに驚いた顔して」

「いや、何でもない。ただ新年早々災難だなって思っただけさ」

冬馬の中身を見透かすような秋穂の冷めた視線が刺々しいものに感じられて仕方なかった。目も合わせないように冬馬は努めた。

「何か言って欲しいみたいだね」

「どういう意味だよ」

「私からは何も言わない、わかってると思うから」

 秋穂が暗に非難していることを冬馬はすぐに思い当たる。針のむしろのような状況下で、いつまでも忍耐が続くわけがない。逃げ帰りたくなった。

助け船かは知らないが通りから、つかさが歩いてくるのが見えた。つかさのすぐ後ろからフードを被った誰かがついてきていた。

「よう、お前ら。・・・・・・何だ篠山、晴れ着着てこなかったのか?」

つかさは至極残念そうなうなり声を漏らした。それに対して、あくまで秋穂の態度は冷静である。

「そんなこと言いましたっけ。見たかったんですか?」

「うーん、そりゃまあなあ」

つれない秋穂とつかさの関係は客観的には、以前と全く変わりないようである。

そのことより、冬馬はつかさの背後に控えている何者かが気になっていた。フードを目深に被り、俯きがちでマスクまでしている。秋穂よりは身長があるが、男性にしては小柄だ。だいたい予想はつく。

「あの、武藤先輩。そちらの方は?」

意を決して、冬馬が訊ねるとつかさはおもむろに謎の人物のフードを取った。

フードから現れたのは、赤い顔をしてマスクをした、きらりであった。小さくせき込むと、冬馬をねめつけた。

秋穂が悲鳴を上げて、きらりの前に飛び出し、額に触れた。

「きらりちゃん! どうしたの? 風邪引いたって言ったじゃない! ・・・・・・すごい熱」

「俺もやめろって言ったんだけどな、どうしても行くってきかないんだ」

つかさは手に負えないとばかりに、困ったような笑みを浮かべた。

「悪化したらどうするの? きらりちゃん、もう帰ろう、私、送ってくから」

「い、いい・・・・・・、お参りしたらすぐ帰るから」

きらりはしゃがれた声を吐き出すと、苦しそうに咳をした。案じていたのは秋穂だけではない。つかさも冬馬も我が事のように胸が締め付けられた。

「そんな様子じゃ、あの階段も上れないでしょう? 武藤先輩にでもおぶってもらいますか?」

「・・・・・・」

きらりは冬馬を無視して秋穂の肩に寄りかかっていた。秋穂に今はやめておけと目で合図を送られた。

「おお! いいなそれ、どれさっそく」

秋穂はつかさの腕をつねった。

「冗談だって。ほら、病をおして来たんだ、言いたいこと言っとけ、きらり」

つかさは、きらりの背を押して、冬馬の前に立たせた。

初詣に来たのは口実で、冬馬に謝るのがきらりの本当の目的だったようだ。いじらしいことを考えるものだ。冬馬はただ黙って背筋を正す。

「あ、あのね、真田・・・・・・」

「は、はい」

きらりがせき込んで、話を続けられなくなったが、冬馬はそのままの体勢で見守る。

その間に一人の女性が、冬馬たちのいる場所に真っ直ぐ近づきつつあった。振り袖姿に髪をアップにしていた。

まず、つかさが気づき、秋穂に肘で伝える。秋穂は振り返り、眉根を寄せた。

「あら、皆様お揃いのようで。あけましておめでとうございます」

きらりにとって招かれざる客、白崎美優が最悪とも呼べるタイミングで現れた。



「ささ、皆様、参りましょう。遅れて来た私が言うのもおかしいですけれど」

場の空気は急速に白けきった。きらりはフードを被り直し、冬馬の側を離れてしまった。美優は、目ざとくきらりの異変を察知すると、顔をのぞき込んできた。

「あら、お顔の色がすぐれませんわね」

「うっさい・・・・・・」

きらりの言葉は言葉にならず、喉元で消えた。それからは力が抜けたようによろめいてつかさに抱き止められた。

「日を改めよう。きらり、それでいいな?」

きらりは黙って頷いた。

「全員揃ったとこで悪いが、きらりを家に送ってくるよ」

「じゃあ私も。送り狼が怖いし」

秋穂が小さな手を上げた。その顔に少し意地の悪い笑みが浮かんでいた。

「アホか、俺だって時と場所くらい選ぶぞ。そんじゃな、真田、羽目を外しすぎんなよ」

「ばいばい」

二人は、きらりに手を貸し、ゆっくりとその場を後にした。

残された冬馬は美優の横顔を窺う。美優が気分を害しても不思議ではない。一人でそのフォローをしなければならない。かける言葉を探すのに必死になった。

「何をそんなに焦ってらっしゃるの?」

「あっ、いやその・・・・・・」

美優には何の非もない。冬馬の不審な態度が彼女に伝わったようだ。

「会長のことは残念ですが、私たちだけでお参りすることに致しましょう」

「でもいいんですか、僕と二人で」

「少し寂しくはなりましたけど、その分冬馬君が埋め合わせてくれますわね」

美優は上機嫌でで先を歩いた。きらりのことを気にかけてはいないようだ。

「振り袖似合いますね」

冬馬の言葉に美優は固い笑みを浮かべる。

「え? 嘘でしょう? どうしたんです、冬馬君。これは初夢の中なのかしら・・・・・・」

現実だとなかなか認めさせるのは骨が折れたが、美優はとても喜んでくれた。

冬馬はきらりの後を追うことで頭が一杯であった。境内でお参りをしている間も、あの時もう少し話ができていたら、誤解も解けていたかもしれないと考えていた。

「ねえ、おみくじ引きましょう。冬馬君」

美優に急かされ冬馬はおみくじを引き、内容もろくに確かめないで、木に結ぼうとした。

「私、末吉でしたわ。冬馬君は?」

「まあ、僕もそんな所です」

冬馬の曖昧な答えに納得いかないのか、美優は冬馬に自分の手を広げて見せた。こうなると冬馬は従う他ないのである。おみくじを広げて渡す。

「凶だわ。どうして嘘をおっしゃったの?」

「災いが降り懸かるのは僕だけでいいと思っただけで、他意はないですよ」

「災いは伝染りませんわ、冬馬君」

二人は堪えきれずに笑った。美優がふと真顔になる。

「ねえ、これから私の家に来てくださらない? おせちを作りすぎてしまって」 

冬馬も笑顔を引っ込め、美優の目を正面から見つめる。

「せっかくのお話ですが。災いは伝染らなくても、風邪は伝染るようです。何だかさっきから熱っぽい」

美優は驚いて、冬馬の額に手のひらで、そっと触れた。

「確かに少し熱がありますわ」

「今日は失礼させて頂いて、またの機会にでも」

美優は冬馬の身を細やかに案じてくれた。冬馬は罪悪感を覚えた。熱はほとんど平熱だった。風邪の兆候もなかったのだ。美優の側にいたから体温も上がったのだろう。

帰りの電車の中で、冬馬はきらりにメールを送った。

「お体大事になさってください。学校で会うのを楽しみにしています」

その夜、冬馬は本当に熱を出した。因果応報、自分にそう言い聞かせながら、風邪と戦うのだった。



新学期明けての登校日の朝、冬馬が初めて会った人物が、きらりであった。表面上、彼女の体調はすぐれて見えた。部室前で二人は出食わした。

「オハヨ」

きらりは落ち着きなく歩きまわっている。冬馬も口を開こうとしていたが警戒して何もいえない。

きらりが、こわごわと小声で話し出す。

「何か言ってくんない?」

「・・・・・・、何か」

「またそうやって、私をバカにするし」

「風邪よくなったみたいで、よかったです」

「うん・・・・・」

きらりの顔は眠りに落ちる前のように穏やかになる。きっかけを見つけ、冬馬は持っていた袋を手渡した。それはクリスマス前、買っておいたマフラーである。

 「これ、私に?」

 「ええ、また風邪をひかれてはたまりませんから」

 「今更言うかな。でもどうしてももらって欲しいっていうなら仕方ないね」

きらりはさっそく断りもなく袋を粉砕すると、カシミアのマフラーを首に巻いてポーズを取った。鼻をふくらませ、えらくご機嫌だ。

「あのさ、つかさ君が安心極楽会のホームページを改良したいって言ってたから、真田の小説載せてもいいよ」

「本当ですか?」

冬馬が熱心に詰め寄ると、きらりはこくりと頷く。

「早速、白崎さんと相談しないと」

 きらりは、今にも走り出そうとする冬馬の首を押さえる。

「それ却下」

「何故ですか」

「最高責任者は私だ。まず私が目を通すのが筋じゃない?」

きらりに適切な批評ができるのか疑わしい。美優の方が普段から馴れているし、効率的である。だが、きらりの頑固も美優に負けていない。多くの人間の意見を聞いた方がプラスになるのは、間違いないだろう。

「わかりましたよ、始業式終わってから持っていきます」

「わーい。真田の小説が読めるー」

きらりは、諸手を挙げて喜びを露わにした。美優とは違った反応に照れくさくなる。

「読んであげるから、あのことはもうチャラね」

「何恩着せがましく言っているんです? そんなの通るわけないでしょう。結構痛かったな、あれは」

「本当? ゴメンね、私どうかしてた」

きらりは冬馬の左頬にいたわるように触れた。しっとりと温かい手であった。冬馬はじっ動かず、きらりの目を見つめていた。きらりは、すぐに恥ずかしそうに目を背けていたがやがて二人は顔を近くに寄せあい、無言の会話に没頭した。

チャイムが鳴って、二人は弾かれたように距離を取った。

「あはは・・・・・・、何か変だね私たち。どうしちゃったんだろ」

「全くですよ、とにかくあの件よろしくお願いしますね」

冬馬は会話を続けられなくなり、早口でまくし立ててから、その場を後にした。

きらりは立ち去る冬馬の背を見送り、ふんと鼻をならしたが、満更でもなさそうな顔をしていた。

その後、秋穂が教室に悠然と現れた。秋穂を暴行した海老原有紀はお咎めなしのようである。秋穂が告発しなかったためだが、冬馬には納得がいかなかった。

有紀によると、件の写真はげた箱に入っていたそうである。彼女を焚きつけたとされる人物がいるのが何となく不気味であった。

唯一の変化が秋穂が素顔で現れたこと。クラスメートはおろか担任すら彼女の素顔を知らなかったから驚きだ。

午前で行事は終了し、安心極楽会のメンバーは部室で談笑した。美優だけがいなかったが、クラスでも人気の彼女のことだから、遅れてくるのだろうと誰もが思った。

冬馬は約束していた小説のコピーを、きらりに渡した。二人のわだかまりも解け、久しぶりに明るい兆しが差すようだった。きらり小説を受け取ると、貪るように読んでいた。

冬馬が手持ちぶさたに携帯を開いたのは、照れ隠しだったが、メールの着信があったため、無駄ではなかった。冬馬は席を立った。

「ちょっと出てきます」

「どこ行くの?」

小説に没頭していたと思われていたきらりがいち早く反応した。冬馬から目を離さない。

「・・・・・・、トイレです」

「そう」

きらりは短く返事をして、原稿の確認に戻った。

冬馬はやましいことでもしているかのような感覚に陥っていた。

冬馬が向かった先は保健室であった。今すぐ来て欲しいと美優のメールにあった。

「失礼します・・・・・・」

保健室には人の気配がなかった。保健医もいなかった。カーテンがしかれたベッドを確認すると美優が仰向けで寝ていた。顔色が病的なまでに青白い。冬馬に気づくと、弱々しい笑顔で出迎えてくれる。

「すぐ来てくれましたわね、さすが冬馬君」

美優はベッド体を起こそうとしたが、冬馬が止めた。冬馬はベッドの側に椅子をひっぱってきて座った。

「今度は白崎さんが風邪ですか、僕のせいかもな」

「風邪じゃありませんわ。私、時々こういうことがあるんです。年に何回か」

「だとしたら尚更、病院に行かないといけないじゃありませんか」

美優は人差し指を口に当て、冬馬を制した。

「でもこうして倒れてみるのも悪くないかも」

「何言ってるんですか、人の気も知らないで」

「そうやって心配してくれるからいいんです。そうだ、冬馬君、お熱計りたいんですけど」

「わかりました、今体温計を持ってきます」

「いえ、動かないで結構よ」

美優は半身を起こすと、身を乗り出してきて冬馬の額と自分の額をぴったりくっつけた。冬馬は呼吸を止めた。

「どう・・・・・・ですか? 私、熱あります?」

美優が喋るたびに熱い吐息が、冬馬の鼻先にかかる。目を背けようにも、美優の顔だけが視界を占拠していた。

「あら・・・・・・、真田君熱あるんじゃありません?」

冬馬は美優の肩を掴むと、ベッドに強引に寝かせた。きゃあとか普段聞けないような変な悲鳴が聞こえた。

「僕に熱なんてありませんよ、もう少し横になられたらどうです?」

美優は無防備に口を開けてあくびをした。

「ふぁ・・・・・・、そうします。冬馬君、手握っててもらえますか?」

「いいですけど、眠れますか、それで」

「ええ、とても落ち着きますから。そうしててくださいな、ずっと私の側で」

左手を預けたまま、美優は瞼を閉じた。突然のことだったが、呼吸は規則正しく穏やかで、冬馬を安心させた。

「この人も色々大変なのかな・・・・・・」

美優の屈託のない寝顔を見下ろして冬馬は呟いた。当初、万能に思えた美優も、人並みに無理をして、傷つき、迷うことを知った。そんな彼女だからこそ、もっと周りに心を開いて欲しいと冬馬は願うのだった。

「誰かさんと同じくらいわがままになってもいいのに」

「ならもっとわがままになっちゃいますよ、私」

美優がいつの間にか目を開けている。きらりを思わせるような有頂天さが何となく新鮮である。

「起きてたんですか、人が悪いな、白崎さん」

「冬馬君が何かしてくると思って、待ってたんです、私」

「それこそ、邪推ですよ。武藤先輩じゃあるまいし」

美優は忍び笑いを漏らす。

「どうかしら、冬馬君も鼻の下を伸ばしている時があるわ。ほら、さっきの・・・・・・」

美優が右手で自分の額に触れると冬馬は思い出して顔から火が出そうになる。この人にはつくづくかなわない。

「小説はどうですか? できました?」

「え、ええ・・・・・・」

今度は冬馬の肝が冷えることになった。原稿はきらりに預けたままだ。

「今、読んでくれませんか? できたところまででいいから」

美優の冬馬に対するわがままは健在だった。冬馬は焦りを露わにしてしまう。

「寝てなきゃ駄目ですって。何か飲みますか? 僕買ってきますから」

冬馬は早口でまくし立てて、ベッドから離れた。

美優は冬馬の手を強く掴んで容易に離してくれなかった。病気は仮病だったのか、どうも判然としない。

保健室から出た途端、きらりが原稿を片手に怖い顔で立っていた。

「待ってる間に真田の小説読んじゃった。長かったね、誰かお見舞いしてたの?」

きらりが保健室をドアの隙間から覗こうとしたので冬馬は後ろ手で素早くドアを閉めた。

「え? 何? 何で隠すの?」

「いや、寝てる人がいますから、静かにしないと」

きらりは冬馬をドアの前から力任せに押し退けようとさえした。

「ちょっと退いてよ、隠すことないじゃん」

「いやいや・・・・・・」

きらりを美優と会わせるのは良くない。美優は具合が良くないらしいのだから。しばらく押し問答が続いた。

 「中に白崎美優がいるんでしょ? そうなんでしょ」

 きらりは確信を込めてそう言った。冬馬は思わず扉に込める力を強めた。

「別にいるならいるでいいよ。私、関係ないし」

きらりは素っ気ない言い方をしていたが、保健室の中が気になるようだ。チラチラ見ている。

「そんな言い方しなくたっていいじゃないですか、白崎さんは病気なんですよ」

きらりが強く上履きを踏みならした。きらりの覚悟が現れていた。

「ねえ、真田と白崎って付き合ってるの?」

きらりの目にも声にも、尋常ではない迫力がこもっている。

冬馬が口を開こうとした時、保健室の中から美優の咳払いが聞こえた。きらりはやっぱりねと納得したような顔をした。

「別に真田が誰と付き合っても私気にしないよ。良かったじゃない、オメデトウ」

「え? 違・・・・・・」

冬馬がまごついている間に、きらりは原稿を押しつけ、一歩下がった。

「それ、結構おもしろかったよ。彼女に読んで上げたら喜ぶんじゃない? それじゃ」

「待ってくださいよ、話を・・・・・・」

きらりは後ろを振り返ることなく、足早に冬馬から遠ざかった。その背はついてくるなと言わんばかりの剣幕だ。

誤解を解く機会を失い、冬馬は意気消沈した。

追いかけようとすればできたはずだ。だが、足は重く、一歩を踏み出せずにいた。情けなくて情けなくて、保健室に戻るのも嫌だった。五分ほどたってから、保健室に入り、美優の枕元へ。

「まあどうかされましたの? 今にも泣きそうなお顔」

美優はやさしく声をかけてきた。

「何でもありません、これ、小説です。おもしろいそうです」

「はい?」

原稿を半ば押しつけるように美優に渡すと、冬馬は椅子に座りうなだれた。考える時間が欲しかった。

「会長はもう帰りました?」

美優は原稿に目を通しながら言った。冬馬は泰然としている美優とは対照的な自分がひどく矮小なものに思えた。

「あの会長にとっては、自分だけが愛おしいの、冬馬君の愛はどんなにがんばっても届かないわ。可哀想」

 美優はベットから起きて、冬馬の頬に両手で触れた。

「でも私、会長を愛する冬馬君が大好きですの。貴方は私を愛してくれる?」

冬馬は唇を震わせた。美優は微かに頷いた。言葉にならない何かが電流のように二人の視線の間を交錯した。

「僕は、うまく言葉にできないけど、貴方がここにいてくれて良かった」

美優は膝立ちになり、冬馬の唇に触れるか触れないかの距離に自分の唇を近づけた。冬馬は拒絶することなく、その甘い吐息を貪るように自分から彼女の唇を奪った。

冬馬の原稿がベッドから床に音を立てて落ちた。無音の時間がどれほど経っただろう。美優がゆっくりと顔を離した。

「今度は逃げませんでしたわね、私から」

冬馬は喉を鳴らして、美優の額当たりを見ていた。本当はどこにも視点を合わせていなかった。完全に美優とのキスに惚けていた。

「あらあら、とっても幸せそうですね。でもこのくらいでは満足できませんわ、もっと・・・・・・・、付き合ってもらいますからね」



 音に近い音楽が店内を流れる。きらりは、学校帰りにゲームセンターに立ち寄った。

自分と似たような風貌の学校帰りの学生が目立っていたが、一人でいるのはきらりだけだった。

きらりは、同じUFOキャッチャーの前で悪戦苦闘していたが、お金が少なくなってきたのでもう帰るつもりでいた。

きらりが狙っていたのは、オズの魔法使いに出てくる、案山子。だが、ライオンやら、ブリキが邪魔で取ることができない。

「私と代わって」

きらりの背後から美優が音もなく現れた。きらりはすぐ脇に退いた。

「具合悪かったんじゃないの?」

美優は病み上がりとは思えない正確な手さばきで、クレーンを操作していた。

「おかげさまで良くなったわ」

クレーンの先端の爪が、案山子人形をがっちりと掴み、持ち上げる。

「ねえ、きらり、私わがままになっていいって言われたの、信じられる? 」

クレーンに掴まれた人形がゴールである穴に落とされた。美優が機械から人形を取り出す。

「私、今とっても幸せよ、確固たるものを手に入れたの」

人形を大事そうに抱える美優は、満ち足りていて見るからに隙がなさそうだった。

訊かずとも、きらりには解っていた。美優はいつでもきらりを容赦なく谷に突き落とす。這い上がってこれなくても構わないという風に。

「そうなんだ。大事にしてね」

きらりはそれだけ言い残すと、ゲームセンターを後にした。潔いと言えば、聞こえは良いが、きらりは戦わずして逃げた。

自分が傷つくのを恐れ、美優と向き合うのを恐れ、自分の過去を恐れ、そして、冬馬を恐れて、失って。

美優は一人でUFOキャッチャーを続けた。業と邪魔な人形を退けてから、取りにくい人形に挑戦していた。

まずは、ライオン、次にブリキ、それから、案山子を取りのけ、最後に残ったのは、ドロシー人形。

「ふふっ・・・・・・、本命を手に入れる作業はなかなか骨が折れますわ。でも・・・・・・」

美優が手に入れた二つ目の人形は埋もれていたためか、皺が寄っていた。美優はそれを愛おしそうに抱きしめた。

「これも試練と考えれば楽しいものです。さあ、始めましょう、きらり。今度も私の手元に引き寄せて見せますわ」


安心極楽会のホームページには冬馬の小説と、秋穂の俳句(?)が載せられた。その他美優が学校図書室に新しく入った本の書評を載せた。

「春はたんぽぽ。茎は辛い」

味があるのかないのか判然としないが、きらりが許可すれば、危険な扇動文でも載るのだから気にならない。

アクセス数が伸びる気配はないが、冬馬は何気なしにパソコンを開いては眺めるのが日課になっていた。

きらりが部室に現れなくなった。冬馬は露骨に避けられている。それが関係しているのか知らないが、つかさと秋穂とも疎遠となっている。当然、彼らの耳にも冬馬の醜態は伝わっていた。

美優と冬馬が保健室にいたことが問題ではなく、きちんとした説明をしなかったことが原因だった。

「別に真田君が気にすることじゃないと思う」

秋穂は案外冷静だった。冬馬は、てっきり責められるかと身構えていた。秋穂はきらりの理解者である。冬馬はもはや敵なのではないか。

「でも曖昧な態度は良くないよ? わかってるよね」

「あ、ああ・・・・・・」

美優との関係は維持したいが、きらりの機嫌もどうにかしたい。一線を越えずにこれまでの関係を維持できるのなら彼は喜んでそうしたことだろう。

だが、事態はそれを許さない。美優のアプローチに冬馬は屈してしまいそうだった。

放課後は部室に寄らず、そのまま帰宅することにした。部室棟の建物に立ち寄ったが、中に入らず横切るだけだった。

「あら、ごきげんよう」

耳慣れた声と足音に冬馬はゆっくりと振り返る。

「やあ、白崎さん。これから部室ですか?」

「いえ、今日はテスト勉強をしようと思って、帰る所でしたの」

「そうでしたか。僕も寄らずに帰る所だったんです。どうせ活動実態のない怪しい会ですけどね」

冬馬は一人で笑ったが、それが虚しいものであることに自分で気づいていた。

「冬馬君、会長とはあれからお会いになりました?」

「いいえ、特に話すこともありませんし、倉科先輩には、武藤先輩や篠山がいますから」

「そうかしら」

美優は同意を示さず、謎めいた微笑みを浮かべた。

「どういうことですか」

「武藤先輩と篠山さん、例の事件の後から浅からぬ情を通じ合っているみたいですの」

「情だなんてそんな・・・・・・」

「わかる者にはわかるんです。そう、今の私には」

美優は自分の胸に手をやってからその手を冬馬の胸に置いた。貴方はどう? と挑発され冬馬の内奥は否応なく熱くなる。

「僕にもわかる気がします」

美優は満足そうに笑う。冬馬は彼女のえくぼに安らぎを感じていた。

「冬馬君、これから時間は空いていて? せっかくですから一緒に勉強しましょうか」

「でもご迷惑じゃないですか? 学年が違いますし」

「復習がてら、教えるのも悪くありませんわ。場所は私の家でも、図書館でもよろしくてよ」

「じゃあ図書館にしましょう! 行きましょう」

「潔癖ですわね」

美優は冬馬の素早い答えに嫌みで返したが、二人は手を握り歩きだした。

安心極楽会の部室の窓から、きらりが一部始終を見下ろしていた。冬馬たちが立ち去るのを見届けてからきらりも窓辺から離れた。

「あーあー、見せつけてくれちゃって」

部室にはきらりの他には誰もいない。秋穂もつかさもあれこれ言い訳を繰り返し、部室に寄りつかないのである。

冬馬と美優もあの様子では帰宅組だろう。待っていた甲斐がない。美優の前で冬馬をからかう作戦が台無しだ。

「私は奔る・・・・・・、お前の手を離れ、自分の足で」

きらりは冬馬の小説の台詞を口ずさんでいた。現実では奔り出したのは彼の方で、きらりを置いてどこかに行ってしまった。

「別にいいもん、真田はただの後輩なんだ、わたしは大人の女だから失恋なんて気にしない・・・・・・」

きらりは制服の袖で顔を乱暴にこすった。きらりは、今まで当たり前のように差し込んでいた光を失った。もう手探りで闇を歩く気力が湧いてこないような気さえしていた。

落ち込むきらりだったが、美優の思惑をまだ完全に理解していなかった。

美優の最後の贈り物は、悪意の渦を形成し、きらりを飲み込むべく周到に準備されていたのである。



その後、きらりの食欲は急に減退し、一度戻りかけた体調も崩しかけていた。一度、ひどい咳をしていたのを見かねた祖母が休んだらどうかと提案したが、きらりは無理をして学校に通った。

冬馬にもらったマフラーはタンスの奥深くに封印された。首を無防備にしたまま、外を出歩くのは久しぶりだった。

きらりが教室に入った途端、クラスメートたちが一遍に口を噤んだ。

何となく奇異に感じながらも、まっすぐ自分の席に着いた。その時にはクラス内の空気は元通りになっていた。お喋りは再開されており、きらりの気のせいだったのだろう。

ぽつねんと座っていると、黒板の前にいた複数の女子の一人と目が合う。何となく目を逸らすことができなかった。

その娘ときらりはほとんど口を利いたことがない。きらりから視線を外し、仲間内でクスクス笑いあってふざけていた。

いつもなら気のせいで済ませるところだったが、彼女たちが何を話しているのか妙に気になった。

その女子たちが、きらりの席の方に姦しくふざけあいながら、やってきた。きらりは窓側に体を向け、身を堅くして側を過ぎるのを待ったが、彼女たちはきらりの側にたむろしていた。やめなよーとか、あんたが訊きなよとか耳の側でやられて堪らないので、きらりは笑顔で彼女らの方を向いた。

さっき黒板の前で目があった娘が体をかがめ、小声で訊ねてきた。

「倉科さんってさあ、中学生の時、援交してたって本当?」

「えっ・・・・・・?」

きらりはまともに返事ができなかった。頭の中には何故としか考えられず固まっていた。

「倉科さんって、あんまり喋んないけど男子に人気あるよね。男心を掴むコツとかあったら教えて欲しいなー」

「バカ、あんたそれ関係なくね? つーか、今時珍しいことじゃないでしょ。可愛い顔してやるじゃん。ねえ、倉科どんぐらい稼いでたの? ここだけでいいから教えてよ」

なれなれしく肩を叩かれ、きらりはよろめいた。

彼女らの目には一様にきらりに対する蔑視があった。きらりはかつて彼女たちのような視線に幾度も晒されていた。安穏とした日々に埋もれかけていた恐怖がフラッシュバックする。

きらりは否定しなくてはならないのに口が動かないくて、ああ、とか言葉にならないことしか言えない。崩れそうな意識の中で美優の笑顔だけを思い出していた

きらりは教室から逃げるように飛び出すと、部室棟に向かった。安心極楽会、きらりの最後の居場所。

部室の鍵は開いていて、中には美優が背を向け立っていた。

「ごきげんよう、きらり。良い朝ね」

窓が開いており、冷たい風が吹き込んでいた。美優は窓に目を向けたままである。

きらりは美優の背中を拳で何度も打った。何度も何度も、力が入らなくなり、床に座り込むまで。

「何で、どうして、どうして、どう、して・・・・・・」

涙を滂沱と流し、鼻水も垂れていた。きらりは床に拳をうつけていた。

美優がきらりの隣に座り込み、肩に寄りかかる。

「全部なくなっちゃったね」

美優の声はきらりの心の隙間にすっと入り込んできた。拒絶することなどもうできはしない。

「でも、私がいればそれでいいよね? ずっと一緒にいるからね」

美優は占有する。何故なら物心つくころからきらりの神様だったから。

「う・・・・・・、うああああああああああああああああ」


「えー、初の安心極楽会緊急会議を始めるぞ。議長はきらりに代わり、俺、武藤つかさ。書記は篠山」

「ふざけてる場合かよ・・・・・・」

冬馬が毒づくのも無理はない。誰かに怒りをぶつけないと頭がおかしくなりそうだった。

今朝、きらりが過呼吸になり、部室で倒れているのを発見された。

理由は明白だった。きらりの中学時代の情報が明るみにされたのである。よりにもよって、何者かの手により安心極楽会のホームページが改竄された。曰く、倉科きらりは中学時代、援助交際を行っていた。そればかりでなく、大規模なデートクラブを組織、運営していたというのだ。

これだけの情報なら、誰も相手にしなかっただろう。高校に入ったきらりは協調性はないが、どちらかというと地味で、友達も少なく静かな生活をしていたからだ。

しかし、ホームページは当時のものと思われる週刊誌、インターネットに拡散した情報を細かく転載し、説得力のある内容に仕上げられていた。きらりの通っていた名門中学に同様の事件の報道があったのを覚えている者もいて、噂はますます真実味を増し、増長していった。

ホームページは閉鎖、削除された。生徒だけでなく、父兄の耳にまで届く事態になり、安心極楽会は岐路に立たされていたのである。

きらりが倒れた日の放課後、きらりを除いたメンバー全員が部室に集合していた。誰かが号令をかけたわけではなかったが自然と集まっていた。それだけにきらりがいないのが皮肉めいたものを感じさせた。

「ふざけてねーよ、俺はいつでも真剣だろうが!」

「場合を選べと言ってるんですよ!」

冬馬とつかさは我を忘れ、怒鳴り合う。

会議にならないと誰もが初めからわかっていた。

つかさの目に余る貧乏揺すり、話に加わらず唇に手を触れてばかりいる秋穂。美優は窓の外ばかりに目をやっていた。

日が暮れてもなお、彼らは今日ここに集まった理由に触れずにいた。触れればもう引き返せない。その均衡を破ったのは美優だった。

「会は・・・・・・解散するしかないのでしょうか」

冬馬と取っ組み合っていたつかさが、動きを止め、肩を落とした。

「それは避けたかったがな。でも仕方ないか・・・・・・」

つかさの弱腰に冬馬が憤慨し、再びつかさの肩を強く揺さぶる。

「何でそんなことしなくちゃいけないんですか? まるで倉科先輩がやましいことしていたと認めるみたいじゃないですか」

「俺だって、こんなことしたくねえさ! だが前みたいにきらりが俺たちと一緒にバカやって笑顔になれると思うのかよ。あいつの重荷になるならいっそ・・・・・・」

秋穂が俯いた。小さな手を力一杯握りしめていた。彼女も屈辱を感じて、喚きたいのを堪えているのだ。静かに立ち上がると、冬馬とつかさを引きはがした。

「私も・・・・・・、武藤先輩に賛成。これ以上きらりちゃんの傷口が広がらない手を打つべきだと思う」

悔しさからか秋穂の肩が震えている。部を始めようと言い出したのは彼女だ。最もこの件で堪えているのは秋穂だったのかもしれない。

それからは誰一人口を開くことなく散会となった。

帰り際、冬馬はつかさと話した。

少し冷静になった冬馬はつかさに謝罪した。つかさも熱くなり過ぎたと謝った。

「それにしても意外だったな、お前があんな大声出すとはよ」

「そんなに大声出してましたかね」

「お嬢様、ドン引きしてたぞ」

「うわ・・・・・・」

美優に気を使う余裕はないが、事態の深刻さは美優もわかっているだろう。冬馬はそう捉えることにした。

「なあ、真田、変じゃないか?」

「何がです?」

「ホームページの改竄だよ。一応、俺だってこういうケースを想定してパソコンの対策は抜かりなくやってたつもりなんだぜ。それなのにこうもあっさりと、やられちまうとはな」

つかさは頭を掻いていたが、責任を感じて冬馬に話したのだろう。とても悔しそうである。

「パソコンに詳しい人間なら、セキュリティーを破るのはわけないんじゃないですか? 貴方のせいじゃない」

「お前に心配されるとはヤキが回ったな、はは・・・・・・・」

つかさがこんなにも力なく笑うのを冬馬は見たことがなかった。これ以上自分が弱気になるべきではないと気持ちを強く持つ。

「僕らが弱気になってどうするんです? 今一番苦しいのは倉科先輩なんですよ」

「お前、情報がどこから漏れたと思う?」

「えっ?」

「あの情報が全部正しいなんて俺も思ってない。ただ、あいつの通ってた中学や、あいつの父親が大学の教授だったことは本当だ。前に聞いたことがある」

「犯人は倉科先輩を良く知る人物・・・・・・」

「だろうな、だがもう二年経つんだ。何で今更・・・・・・・」

「実は気になっていることがあるんですが」

冬馬はきらりと初めて会った時のことを話した。コートとカメラを無くしてさまよっていたきらりのことを。

「はあ!? 何でそんな大事なこと黙ってたんだよ。あいつイジメられてたのか?」

「倉科先輩も話してなかったんですか、変だな」

きらりの身にあれから何事もなかったようなので、冬馬も忘れかけていた。

「ってことは、犯人はこの学校にいるのか? この学校にあいつの過去を知る奴なんかいねえだろ」

「そうですよね・・・・・・」

きらりに友人、知人は限られている。冬馬たち、安心極楽会のメンバーだ。

「僕らの中に犯人がいるってことですか? まさか」

「そのまさかだよな・・・・・・」

だが、つかさはそのまさかの可能性も疑っているようである。

冬馬は冷や汗を拭っていた。

「やめませんか、そんな人いませんよ、我々の中に」

「けど、パスワードを知ってるのは俺らだけだ。十分に可能・・・・・・」

「やめてください!」

つかさが黙る。冬馬は冷静になろうとした途端に我を忘れた自分を悔いた。仲間を疑うストレスが予想を上回っていた。安心極楽会は冬馬にとってなくてはならない居場所になっていたのだ。

「とにかく我々だけでも団結しないといけません。例え会が解散になったとしても、倉科先輩を支えることはできるはずです」

「お前、変わったなあ」

つかさが感嘆の声を上げた。冬馬に自覚はなかったが、彼が人前で感情を露わにするのはこれが初めてだったのかもしれない。

「貴方は変わりませんね、倉科先輩が貴方を信頼していたのもわかる気がします」

「バーロー、俺は世界を敵に回してもきらりの味方だ。てめえもそうだろ? 真田」

冬馬とつかさは無言で握手を交わした。できればこんな形で結びたくなかった同盟であった。

土日を挟み、期末テスト一週間前になった。部活動はなりを潜め、にわか混じりのガリ勉が急増する時期でもある。時期を同じくして、気温と湿度が低下し、インフルエンザが蔓延した。マスク族がばっこし、きらりもまたその一人だった。

「ねえ、倉科きらりってあの娘でしょ?」

自分のことを話している声には耳を貸さない。きらりは毎朝鏡の前で自分にそう言い聞かせている。

「お父さん、大学の教授だったのに娘のとばっちりでやめちゃったんだってー、カワイソー」

「あの娘いつも違う男子と一緒にいたよね、ビッチじゃん、ウザ」

「てゆうか、変な同好会やってたんでしょー? ヤリサーだったんじゃね?」

きらりは声が聞こえなくなるまで、背筋を伸ばして歩いたが結局、上の階に行くことができず、トイレにこもった。予鈴がなって人がいなくなってから保健室に行こうと思う。



冬馬は少し人数の少なくなった教室をぐるりと見回した。インフルエンザの影響からか、先週から二割程の人間が出席していない。

クラスの誰かしらがきらりの噂をかまびすしくしている。冬馬もきらりに関することを朝から聞かれ通しだ。秋穂はうんざりしたのかイヤホンをして教科書を広げていた。冬馬もそれに倣うことにした。

「おい、真田、ちょっと訊きたいんだけどさ」

冬馬に話しかけてきたのは坊主にニキビ面の男だった。多分、同じクラスだが、冬馬は彼の名前も知らなかった。

「何か?」

冬馬は取り澄ました顔で返事をした。訊かれるだろう内容を頭の内でリストアップしておいた。

「なあ、お前倉科って先輩とヤったことあんの?」

ところが、坊主の彼が言い出したことは冬馬の予想を上回り、下劣だった。秋穂が隣で歯ぎしりするような音がするし、冬馬が平静を保たなくてはならないだろう。

冬馬は爽やかな笑みを浮かべ答える。

「倉科先輩に色恋の話は縁遠いんじゃないかな、何せ子供っぽいから。武藤先輩は彼女の保護者みたいなものなんだ。同好会は彼女のわがままが間違って承認されただけさ、活動内容は新聞を作っていたけどそれは知っている他の人間に訊いてくれ」

冬馬と秋穂はこの同じ内容の話を今朝何度したかわからない。大抵の相手は納得するかしないかするうちに引き下がるが、今回の相手は違った。ニヤニヤして冬馬の前から去らない。

「とぼけんなよー、ここだけでいいから言ってみ。な?」

「僕から言えることはもう何もないよ。勘弁してくれ」

冬馬は苦笑いで対処した。秋穂のページをめくる動きが止まっていた。耐えてくれ篠山と冬馬は気を揉んだ。

「倉科先輩、結構可愛いよなー、一回で良いからヤラせてくれねーかなー、なあ、お前から口利いてくれよ。できるだろ?」

篠山、こいつを殺したら駄目だ。犯罪者なんかになって人生を棒に振るな、倉科先輩もカナシム。もう僕はこれ以上仲間が傷つくところを見たくない。だから・・・・・・。

冬馬はおもむろに立ち上がり、ニキビ面の鼻っ柱に拳を命中させた。一拍置いて、鼻から血が垂れた。

教室中がしんと静まり返った。秋穂が教科書を閉じ、イヤホンを置いた。

冬馬は限りなく押し殺した声を出す。多分自分以外聞き取れないくらいに。

「お前にあの人の何がわかるんだよ・・・・・・、わからないだろ、なあ? 僕だってわからないんだ、お前にわかるわけがない・・・・・・」

「は? 何言ってんの、こいつ。つーか痛ってーんだよ、コラ!」

そこからは一方的に冬馬が殴られた。喧嘩など姉としか、したことがない冬馬には無理からぬことだった。秋穂が間に入ってくれなかったら、悲惨なことになっていたかもしれない。

職員室に冬馬と喧嘩相手が呼ばれ、説教をされたが、相手は反省などしておらぬようである。冬馬は溜飲下げやらに気持ちであった。

帰り際、頼川先生と目が合い、冬馬は挨拶に向かった。

「どうもお騒がせしました・・・・・・」

頼川先生は同好会の件で相当責任を追及されたはずだ。そんなことおくびにも出さず、先生はいつも通り落ち着きを見せていた。

「いや、結構。男子たるもの怪我の一つや二つせずにどうします。僕は胸がすく思いですよ、あはは」

「笑ってもらえたらまだ救われますよ、ありがとうございます」

殴られて少し腫れた頬に冬馬は手をやった。らしくないことをしてしまった。我を忘れていたのは秋穂ではなく自分だったのだ。

「真田君、倉科さんの様子はどうですか?」

「実はまだ今週に入ってから会えていないんです。登校はしているようですが」

「そうですか・・・・・・」

多くの教師がきらりを見放しているのに対して、頼川先生は変わらぬ愛情を持ち続けているようだった。

「先生はどうして同好会の顧問になってくださったんです? つっぱねることもできたでしょう」

頼川先生は返事をせずに空を見つめていた。冬馬は辛抱強く待ったが、不安になってきた。

「先生? どうかされたんですか?」

頼川先生ははっとして冬馬の顔をまじまじと見た。

「いや、何でもないよ。それより保健室に行った方がいい。怪我の消毒をしてもらいなさい」

「あっ、はい・・・・・・」

冬馬はそのままの足で保健室に向かった。そういえば、きらりとは保健室で喧嘩別れしてから話をしていない。嫌な思い出が蘇る。

ノックをしても返事がないので、冬馬は中に入った。

「失礼します」

冬馬は入った途端、金縛りにあったように立ちすくんだ。こちらに背を向けて座っているのがきらりだとわかったのだ。

「先生いないよー、ベッド空いてるから好きに使ってね」

きらりは背を向けたまま言った。入ってきたのが冬馬だと気づかないようだ。

冬馬が何も言わずに立ち尽くしているのを変に思ったのか、きらりが振り返る。

「あっ、真田だ! 怪我してる」

きらりは普通の驚きようをして、ぱたぱたと救急箱を持ってきた。

「座って、消毒してあげる」

冬馬は大人しく指示に従った。きらりは意外と手際よく消毒の準備をしていた。

「いたた・・・・・・」

口の周りが切れていたところをピンポイントで消毒するきらり。いかにも事務的というか真剣な表情である。

「もしかして、つかさ君と喧嘩しちゃった?」

「違いますよ・・・・・・、知らない相手です」

「えっ、知らない相手と? ロックじゃん、カックイー」

貴方のためにやりましたとは口が裂けても言えなかった。

そうこうする内、はいおしまいときらりは消毒を終えて、救急箱を仕舞いに行った。冬馬がそのまま座っていると、きらりはまだいたのかという風なちょっと迷惑そうな顔をした。

「消毒終わったから戻りなよ。授業中でしょ?」

「いや、そうではなく」

「何?」

きらりは机を指でトントンと叩き、冬馬の言葉を急がせた。机の上には本が何冊か広げて置いてあった。どれも英語で書かれていて、冬馬には何の本かすらわからない。

「倉科先輩はどうしてここに?」

「最近勉強してなかったからさー、ちょっと真剣にやってみようかなって思って。ここなら集中できるし」

きらりが見せてくれた本は理学書のようだったが、浅学の冬馬にはチンプンカンプンで、少し恥ずかしくなった。

「二年生の試験ではこんな高度な内容が出題されるんですか?」

きらりはきょとんとした。

「え? 学校の奴じゃないよ、だって勉強するって専門分野をドンドン掘り下げることでしょ?」

「それはそうですが、てっきり期末試験の範囲をやってるのかと思いました」

「範囲? 試験って範囲あるの? 私わかんない」

冗談ではなさそうである。きらりは不安そうに手を握りしめていた。

冬馬が学校の試験は学期ごとの単元を確認する作業だと説明するとやっときらりは納得したようだ。

「なるへそ。基本問題しか出ないなーと思ってたんだ。前に通ってた学校だとだいぶ先のことまでやってたから・・・・・・」

きらりの表情が翳る。過去を思い返すように目を閉じため息をついた。

「私の過去知っちゃったんだね、真田」

「はい・・・・・・」

きらりは唐突に笑いだした。呆気にとられる冬馬を嘲弄するように笑い続けた。

「何がおかしいんですか?」

「だってあれは本当のことだからさ、私はそういう女の子だったの」

「嘘だ」

「嘘じゃないよ、君が私を美化するのは勝手だけど、事実はそういうことだったのさ」

きらりは本を閉じたり開いたりして、冬馬の方に体を向けない。

「お金が欲しかったの、貰ったお金でブランドのポーチを買った」

ぱたんと本を閉じ、きらりは完全に冬馬から背を向けた。

「そういう女の子なの、私。ごめんね、軽蔑したでしょう? だからもう放っておいて、忘れて」

関係の根絶という恐るべき手段をきらりは示している。

冬馬はきらりの背中を無意識に抱きしめていた。縋るような気持ちからだったのかもしれない。この人を失いたくなかった。

きらりは冬馬に身を委ねていた。

一分程して、冬馬はしがみついてる自分を恥じ、黙ってきらりから手を離した。

「気が済んだ? 可愛いとこあるんだね、真田」

「すみません、こんなこと・・・・・・、今のは忘れてください」

「ううん、忘れない」

きらりはベッドに腰かけて冬馬にも隣に座るように促した。

「二人でどっかに逃げちゃおうか? 駆け落ちしよ」

「いいえ、僕は逃げません」

「そう、嫌か・・・・・・」

きらりはベッドに寝ころび、諦めきったように力のない目をして天井を見つめていた。

「貴方が部活をしたいと言った時、僕が何と言ったか覚えてますか?」

「・・・・・・さあ」

冬馬もベッドに倒れ込み、きらりの横顔を見つめた。きらりも顔を倒し、冬馬と顔を付き合わせた。

「僕は貴方に面倒なことから逃げるなと言いました。そう言いつつ、僕は肝心なことから逃げていた。だがもう逃げない、だから貴方も逃げないで下さい」

「あっ・・・・・・」

冬馬はきらりの手を握る。ちょっとだけ逃げる素振りをしたきらりだったが、目に涙を溜て冬馬の手を握り返した。

「どうして・・・・・・? あきらめてくれないのかな?私、駄目な子なんだよ? 真田が思っているような子じゃないのに」

「貴方が駄目なのは初めから知ってますよ、それでも側にいたいから・・・・・・、ああええと・・・・・・」

言葉を濁す冬馬をからかうように、きらりは耳を近づける。

「ふふっ、何? もう一回言って」

「口が滑りました。何でもないです」

「何でもないなら、もう一回くらい言えるでしょ? もう一回でいいから」

「じゃあ、もう一回・・・・・・」



終業のチャイムが鳴り、冬馬は目を覚ました。いつの間にか眠ってしまったようだ。傍らできらりが穏やかな寝息を立てて眠っている。

誰かが入ってきたら、きらりをますます窮地に陥らせるところだった。

「起きて下さい、風邪ひきたいんですか?」

「うーん・・・・・・、はっ! 私、真田とまさか・・・・・・」

きらりは飛び起きてスカートを押さえた。赤くなって部屋の隅にそろそろと移動していった。

「何にもしてませんから、落ち着いてくださいよ。僕は教室に戻ります。それじゃまた」

冬馬が何事もなかったように言って出ていくと、きらりはまたベッドに倒れ込み、足をばたばたさせた。

「いくじなしだなあ、もう」

その表情は先ほどまでとは打って変わって、多幸感に満ち溢れていた。

教室に戻ると、どうにもならない居心地の悪さを我慢して、冬馬は授業を受けなければならなかった。

冬馬を殴った男は何かとこちらを睨んでくるし、気が休まる暇がないのである。周りも目に見えて冬馬を避けている。

秋穂は授業中もため息をついて、休み時間は一人でどこかに行っていた。恐らくきらりの所だろう。彼女に任せればまず安心だ。

帰りは目立たぬように、学校から出る集団の後についていった。校門までは何事もなかったのだが、寸出の所で見つかりたくない相手と出会ってしまった。美優が膨れ面をして校門の脇にいる。冬馬は立ち止まらずに流れのまま進もうとした。

「お疲れ様です、お先に失礼します、白崎さん」

「お疲れ様じゃありません、ちょっと待ちなさい」

美優は冬馬の腕を掴んでいともたやすく動きを封じた。

「篠山さんから聞きましたよ、喧嘩したんですって」

「喧嘩なんて大層なものじゃありません。僕が一方的に殴られただけです」

美優は冬馬の顔に自分の顔を近づけて、まあ痛そうと無遠慮に眺めていた。往来の邪魔になるので、冬馬は美優の手を取り、人目につかない校舎脇に移動した。

「こんなこと言いたくありませんけれど、少し会長とは距離を置いてはいかが?」

「そんな薄情なことはできませんよ、いくら貴方の頼みでも」

少し怒ったような冬馬の声に美優は俯いた。美優が自分の身を案じてくれているのはわかる。それでも今のきらりを一人きりにはさせたくないのだ。

美優は話題を切り替えるべく、明るい表情になった。

「それで今日はどうしますか、冬馬君。図書館でお勉強? それとも別の場所にします?」

「それなんですが・・・・・・今日は家で一人で勉強したいんです」

今日だけはどうしても一人で学校を出なければならなかったのだ。

美優が目を丸くしている。失望させてしまうのは仕方ないとあきらめていたが、時間が長く感じる。

「私の教え方がまずかったのかしら?」

「そんなことはありません、大変わかりやすくて、得るものは多いです」

「それならいいじゃない。学校ではあまり話せませんし、もっと冬馬君と一緒にいたいですわ。駄目ですの?」

美優の素直な態度に冬馬はうっかり首肯しそうになる。だが美優が断念するまでぐっと堪えた。

「わかりました、もう結構です」

美優のゾッとするような美しい低音が冬馬の耳に届くと、これで果たして良かったのだろうか、という疑問がもたげてくるのだった。

「決して貴方を蔑ろにしているわけではありません。今日だけです」

冬馬の必死の弁明にも美優の表情の陰りは薄れなかった。

「今の冬馬君の心には、会長が占められているのですね、でもそれは同情に近い愛情じゃないかしら。私が会長なら貴方がそんな気持ちを抱いていると知ったら耐えられないわ」

「意地が悪いなあ、今日の貴方は」

「そうさせているのは貴方じゃなくて? でもまあいいでしょう。そんな貴方だから・・・・・・」

美優は背伸びをして、冬馬の頬に口づけた。彼女の情熱的な大胆さに圧倒されっぱなしであった。今後も冬馬は馴れることはないだろう。

「それではごきげんよう」



冬馬ときらりは学校にいる間に頻繁にメールでやり取りをしていた。

主に冬馬が愚痴を聞くだけだったが、少しでもきらりの慰めになればと苦にはならなかった。

そして放課後、きらりと落ち合う約束をした。きらりからは大事な話があるとしか聞かされていない。場所は喫茶フラウだ。

冬馬が美優に捕まっていたので約束の時間からはだいぶ遅れてしまった。

店に着いた時、きらりはコーヒーに砂糖を入れている最中であった。冬馬に気づくと手が滑って、うっかり砂糖を多く入れてしまったようだ。

「遅れてすみません」

「あっ、カノジョといちゃついてたな」

冬馬はきらりの向かいに腰を下ろしたが、そわそわして注文するのも忘れていた程だ。

冬馬に前にコーヒーが置かれてからきらりが話し出した。

「何かドキドキするね、こういうの浮気っていうのかな」

「べ、別に貴方と会うのは問題ないですよ。それに白崎さんは恋人ではありませんし」

「は?」

きらりは冬馬にとうとうと説教を始めた。曰く、女子の心を弄ぶなと。美優との関係も突っ込んで訊かれたが、キスしたことは言えなかった。

「真田、君はあっちこっち良い顔をして一体どういうつもり? はっきりしてよ」

「わかりませんよ、そんなこと!」

冬馬はテーブルを乱暴に叩いた。

「白崎さんは人の気持ちを無視するけど、それも最近何だか悪くなくて、それに流されていた僕が悪かったのは事実ですけど、貴方も悪いんですよ、僕の話も訊かないし、武藤先輩と仲良くするし・・・・・・すみません」

「人に押しつけてるし。むかつく」

きらりは憂さを晴らすように砂糖をコーヒーにぶち込む。

「君が寂しかったのと同様に私も寂しかった。恥ずかしいけど言っちゃうね、美優と手を繋ぐ君を見てすごくムカついてた」

だからあの日、殴った。

「君も同じこと考えてたんだね。あの日、電車で話したよね、私がつかさ君と手を繋ぐの嫌かって」

「武藤先輩でなくても、誰が貴方の隣にいても僕は嫌だ」

「私も真田の隣に美優がいるの嫌。私の言いたいことわかるよね?」

冬馬はきらりを見つめ、しっかりと頷き、はいと言った。

きらりは満足げにコーヒーに口をつけ、何かを思い出したようにカップを置いた。

「砂糖入れすぎたんですか? 僕のでよければ、どうぞ。まだ口をつけてないですし」

「ううん・・・・・・」

きらりはカップに目を落として暫く固まっていた。顔を上げた時には元通り明るい表情を見せた。

「真田には誰にも話していない私の過去を知って欲しくて今日はここに呼んだの。秋穂もつかさ君も知らない話」

きらりが畏まったので冬馬も気を引き締めた。

「これから話すことは私の中学時代の話。それを聞いて真田がどう思うかは自由だよ、もしかしたら失望させるかもしれないけど」

きらりが語ったのは、どこにでもいるような二人の少女の物語。その二人が憎しみ合うようになった物語だ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ