act0 エリ・エリ・レマ・サバクタニ
「神様って本当にいるんですよ」
ひどく蒸し暑い小さな部屋の中に、三人の人間が座っている。空調は壊れていたが、誰もがその事に触れず、一人の少女に目を注いでいた。
テーブルの上で、一匹の蠅が這い回っている。少女は首を曲げて、その様子を観察していた。彼女は紺のブレザーを着ており、中学生くらいのまだあどけない容貌をしている。先ほど口を開いたのは彼女だ。暑さの為か、少し癖のある髪の先端から汗が滴っていた。
少女の傍らにはグレーのスーツを着た彼女の母親がハンカチで汗をしきりに拭っている。
二人の向かいに座る背広姿の若い男性が、机の蠅をうるさそうに払いのけた。蠅は不平を漏らすようなうなりを立てて、天井へと移動した。
少女が思い出したように口を開く。
「お金は封筒に入っていたんです。置いてある場所はだいたい決まっていました」
「君は、どうして封筒のある場所を知っていたのかな?」
男性がどこか探るように尋ねた。
少女が目を離した隙に、蠅は消えていた。窓を締め切っているため、逃げ場はないように思える。
母親に肩を強く叩かれると、少女はスイッチが入ったように現実に引き戻される。
「神様が教えてくれたんです。でも、もう駄目です。私、罰が当たったんですよ」
母親がハンカチで顔を覆って、大仰に泣き出した。その直後に、少女の父親が部屋に荒々しく入ってきた。お前は何をしているんだと怒鳴りつけながら、父親は少女の肩をつかんで、壊れんばかりに揺さぶった。
揺れる景色の中で少女は、自分の神様に見捨てられたことを悟る。
蠅は蝶になれない。
少女は大人になるのをあきらめた。