勇者にいきなり殺されかけた話について
アホな勇者とリアの息ぴったりの漫才をぜひお楽しみください。
黒い髪に、赤い瞳をした私は、幼い頃から魔女だと恐れられていた。
私をよく知る人は、私をちゃんとした人間だとわかってくれた。しかし、魔女だと言って石を投げられたり、何かが起こると私のせいにされたりすることはよくあった。
そんな中、とある噂を聞いた。退魔師が私を殺そうと狙っているらしい。
え!私、ついに殺されてしまうのか。
何も悪いことをしていないのに……。
たったの18歳で人生が終わるなんて嫌だ。
私は、お世話になったアンドレイ家に事情を話して匿ってもらうことにした。
アンドレイ家は、お金持ちである。
孤児であった私を拾い、8年間も世話してくれたのだ。
私を守るために、多くの兵士を用意し家じゅうを取り囲んだ。
お昼を過ぎた頃、退魔師らしき人はやってきた。
退魔師は思いのほか強く、用意した兵士は次々にやられているらしい。
そして、周囲が騒ぎだしてから30分くらい経ったとき、いきなり、ドアが叩き殺された。
入ってきたのは、とても綺麗な男だった。
ホワイトプラチナの髪、エメラルドグリーンの瞳。長い睫毛、形のいい鼻、うっすらとした唇、白く陶器のようになめらかな頬。人形のように整った顔立ちをしている。これほど完璧な美は初めて見た。絶世の美男子だという言葉が彼にピッタリだ。
悪魔のように美しい人だと思った。
そしてこの人はきっと悪魔のように残酷なのだろう。
「あなたは私を殺しにきたのね」
彼は一体どのように私を殺すのだろうか?
どんな殺し方をするにしろ私にはもう逃げる術はない。
男は、首をかしげて呟いた。
「あれ、何しにきたのだろう……」
……。
「忘れちゃった、てへ」
そう言って彼は頭を傾け、右手で自分の頭をポンと叩いた。
しーん。
辺りが静寂で支配される。
はあああああああ!
バカだろ、こいつ。
「とりあえず、これはこれとしてお腹がすきました。お菓子でもください」
「あなたにそんなものあげる義理はないわ」
「お菓子をくれなかったら、この家に住み続けます」
なんて嫌な奴だ。今すぐ窓から落ちて死体になればいい。
とりあえず、私は、引き出しにしまってあったクッキーをあげた。
男は、モグモグと食べた。
何だか餌付けしている気分になった。
「あなたの名前は?」
「……ああ、何だっけ。ああ、そうだ。忘れやすいから、ちゃんと手に書いていた。
えっと……ルーカス・ダナフォール。俺は、ルーカスというらしいです」
……らしいって何?こいつ、自分の名前を忘れていたのか……。
そうか、バカなのか。バカだよな。きっと、バカだな……。
こいつの名前ってどっかで聞いたことがあるな。
「あ、勇者だ」
思わず声に出してしまった。
「ええええええええええええ!あなたがあの勇者!」
ルーカス・ダナフォール。血も凍るような絶世の美男子と言われている。
頭脳明晰、神から授かったような美貌、凄まじい剣の腕、歴代勇者トップクラスの魔力の保有者。
「ありえない。ありえない、ありえない、ありえない……」
こんな人間が人類の最後にして唯一の希望である勇者だなんてことがあってはいけない。
そうだ。ただの人違いだ。
ただの同姓同名だ。
「じゃあ、あなたはどうしてここに来たのよ?」
「えっと……道に迷ったので、誰かに聞こうと思って」
それで、この家を破壊してしまったのか。こんな人間がこの世に生まれてきたなんて。
……世界の神秘だ。
「でも、みなさん、ひどいのです。私はその辺を歩くたびにみんな『死ねえええええええええ』って言いながら襲い掛かってきて」
……ひどいのはお前のKY度だ。猫や犬だってもう少し空気が読めるのに。
ルーカスは、なんてかわいそうな自分とでも言うように泣いていた。
まるで悲劇の美少年気取りだ。
「ようやくまともに会話できる人間に会えてよかったです」
そう言って花のような笑顔を浮かべた。
全然、よくないわよ。
私の心の中のツッコミは届くことがなかった。
「というわけで、あなたの名前を聞かせてください」
「私の名前は、リア・ローレンス」
それを聞いた勇者の顔から、笑顔が消えた。
「思い出した。俺は、今日、君を殺しに来た」
おいっ。そんな重要なことを忘れるなよ。
「俺は魔女という存在がずっと憎かった。
魔女のせいで、お母さんが死んだ。
あの日からずっと、大嫌いだった。殺そうとしていた。
魔女に復讐するために今まで生きていた」
いつか、こんな日か来ると思っていた。
理不尽に死ぬことは嫌だけれども、仕方がないことだ。
覚悟はできている。
「だけど……リアがお菓子をくれたから憎しみがなくなった。あなたはいい人だ」
「お前、ちょろすぎだろう!」
チョロインとか言われているヒロインだってもっと粘るぞ。
犬の方がまだメンタルがしっかりしている気がした。
「というより、親の仇はどうなった!すっごく大事なことじゃないか」
「大丈夫です。俺は、母親を殺した魔女の復讐をしました」
「勇者にもそういう心があるのね」
勇者だって人間なのだ。
ひどいことをされれば憎しみを抱くし、復讐をしたいと思うのだろう。
「はい、ちゃんとバナナの皮をそいつが通る道においておきました」
「……」
「見事にあいつは滑って転んで頭を打ちました。計画通りです。自分が天才過ぎて怖い」
勇者は、キメ顔でそう言った。イケメンなので彼の回りがキラキラして見えた。
「勇者ああああああああああああ!」
つい勇者に刺される大魔王みたいな悲鳴をあげてしまった。
「母親が報われないだろうが!」
勇者の肩を掴んでガシガシと揺すった。
「大丈夫です。ちゃんと報われますよ」
「それはお前の脳内だけだろう」
「ちゃんと滑って転んだあいつの頭蓋骨を足でぶっ潰しましたから」
何この人、怖い。
容赦ないな。倍返し以上のことをしている気がした。
そしてゾッとするほど冷たい声でこう呟いた。
「復讐する義理もない、最低な母親でしたが」
こいつはどんな人生を歩んできたのか……少しもわからなかった。
静寂が訪れた。
気まずくなって下を向いた時に、剣が目に入った。
「その剣……。王家の紋章がついているわ。
まさか、あなたは本当に伝説の勇者だったの?」
「はい。勇者パーティーを『ルーカス様とゆかいな下僕達(笑)』と名付けて、魔物を倒す度をしているのです」
私は勇者パーティーのメンバーに同情した。
あなた達は、こんな生き物の面倒を見ながら生きているのか。
読んでくださりありがとうございます。