03.幸福な知らせ/おまけ②
「ラングリーさん、こんにちは!」
アイリスの明るい声に、ラングリーは振り返って頭を下げた。
「こんにちは奥方。おや、今日は殿下もご一緒でしたか。」
「ああ、お前に会いに来た。」
「わたしに、ですか?」
グレンは柔らかい表情で頷いた。
庭に植える花の希望でもあるのだろうか。ラングリーがいろいろ考えを巡らせていると、手に肥料の袋とスコップを持ったまま、ハグナーが駆けて来た。
「殿下、奥方、おはようございます! …っ、あ、違った、こんにちは!」
ラングリーの孫で、見習い庭師として働いているハグナー。だいぶ仕事も様になり落ち着いてきたのだが、まだまだそそっかしいところがある。
「ふふ、こんにちは、ハグナーさん。」
「相変わらず慌ただしいな。」
「す、すすすみません…!」
「あ、いや、違うんだ、悪かった。責めているわけじゃない。」
「あああああ殿下に謝らせたりしてすみません…!」
「は、ハグナー、落ち着け。」
「わああああすみません、すみません、申し訳ありません!!」
ペコペコ謝るハグナーを必死でなだめるグレン。二人の様子がおかしくて、アイリスとラングリーは顔を見合わせて笑った。
「ハグナー。いい加減よさんか。殿下ははじめから怒っておられんよ。」
「いや…、あ、でも……」
ラングリーに言われ、ハグナーはペコペコ下げていた頭を上げ、グレンを見た。
「ああ、怒ってなどいない。」
「ハグナーさんを見ていたら微笑ましいですねって、よく話すの。弟みたいな感覚って言ったらいいのかな。」
実際にハグナーはアイリスの一つ年下で、もうすぐ十七になる。
「いつも頑張っているのも知っているのよ? ですよね、グレン様。」
「ああ。」
グレンの柔らかい表情を見て、ハグナーは顔を綻ばせた。
「あっ、ありがとうございます…っ」
グレンとアイリスは顔を見合わせて微笑んだ。
「あ、じゃあ俺、仕事に戻ります、失礼しました!」
「ちょっと待って、ハグナーさん。」
「へ?」
「せっかくだから、ハグナーさんにも聞いて欲しいの。だから、ちょっとだけ、いい?」
「? はい、それは全然大丈夫です! でも、どうしたんですか?」
グレンとアイリスの顔を見た後、きょとんとした顔のままラングリーを見た。ラングリーも何も分からないので、首を傾げていた。
「二人に、報告があって。」
アイリスがお腹に手を当てると、グレンが彼女の肩を抱いた。お互いに顔を見合わせて、幸せそうに微笑む。
ラングリーは、ああ、そういうことか、と目を細めた。
「殿下、奥方、おめでとうございます。」
「ああ。」
「ありがとうございます、ラングリーさん。」
「え? あの、どういうことですか?」
何も分からずきょとんとしたままのハグナーを見て、三人は笑った。
「子が出来たんだ。」
そう言ったグレンの声音は、優しくて、柔らかくて。
「俺と、アイリスの子が。」
――とても、幸せそうだった。
「ほ、本当ですか…! おめでとうございます!!」
「ありがとう。」
「ラングリーさんとハグナーさんなら、そうやって喜んで下さると思って、一番に言いに来たんです。」
「そそそそんな、もったいない…!」
慌てふためくハグナーを見て、ラングリーは表情を和らげた。
「お生まれになったら、お祝いに、ハグナーに花束を作らせましょう。」
「本当ですか? 楽しみだわ。よろしくお願いしますね、ハグナーさん。」
「あ、はい……って、ちょっとじーちゃん?!」
アイリスに目を見て言われたので思わず頷いていたが、会話を理解したハグナーはラングリーのほうを見た。
「なんで俺なのさ、じーちゃんがいるじゃないか!」
「うん? そうじゃなあ。儂は第二子がお生まれになった時に作らせていただこうかのぉ。」
「どんなプレッシャーだ。」
グレンが真顔でそう返したので、ラングリーは笑みを深めた。
"おじいちゃん"の顔をしたラングリーを見て、アイリスは微笑んだ。一番にここに言いに来て、正解だったと。
「子を生むということは、言葉以上に大変です。妻や娘の出産を見て、そう思いました。」
穏やかな声で、ラングリーがアイリスに言った。
「身体的にも、精神的にも、辛いことがあったら、溜め込まないで下さいね。情緒不安定になるのも自然なことのようですから。お優しい奥方は、そのことでご自分を責めてしまわないか心配です。」
「ありがとうございます、ラングリーさん。」
グレンはアイリスを抱き寄せている手に力を込めた。自分のほうを見た妻の額に、口付けを落とす。ハグナーが顔を真っ赤にしていたが見なかったことにして、瞼にも口付けた。
「まぁ、殿下がいらっしゃれば問題ないかもしれませんな。」
ラングリーに言われ、グレンは少し照れたように、アイリスは嬉しそうに、顔を見合わせて笑った。
「だが、妊娠や出産のことは、俺には分からない。アイリスの辛さを、取り除いてやることもできないし……」
「そんなに心配なさらずとも、母というのは強いものですぞ。」
「そうですよグレン様! 私きっと、元気なお子を生んでみせますから!」
グレンは顔を綻ばせ、アイリスの頭を撫でた。アイリスは気持ち良さそうに目を細める。
「……ここが、奥方の癒しの場になるように努めさせていただきます。」
「お、お生まれになるのは春になりそうですから、春の花の種や球根を、沢山用意しておきますっ」
ラングリーに続き、顔を真っ赤にしていたハグナーも言った。
――温かくて、優しい場所。
「はい。ありがとうございます。」
来年の春が、待ち遠しい。
笑顔で二人に答えるアイリスを見て、グレンも微笑んだ。