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03.幸福な知らせ

「アイリス様。」


 朝、グレンが執務室に行ってしまった後。部屋にアイリスと二人きりになったので、カーネラは口を開いた。


「ん? どうしたの、カーネラ。」


「ここのところ、体調が悪いのではありませんか?」


「えっ?」


「殿下も心配しておられましたよ。」


「えっと…、その、確かにちょっと体がだるいなと思うことはあるけれど、大丈夫よ?」


 カーネラにじーっと見つめられ、アイリスは思わず目をそらしてしまった。


「それと。昨日の夜、トイレに行っているのを見かけたと衛兵の方から聞いたのですが。」


「あ、えっと、うん。」


「苦しそうにしていて、口元をおさえていたとも聞きました。」


「……えっと……」


 まるで尋問されているようだと思いながら、アイリスは言葉を濁す。


「もう一度聞きますよ。体調、悪いですよね?」


 もちろん、カーネラは見逃してくれるはずもなかったが。


「……そうかも、しれない。……最近ちょっと体が暑いなって思っていて。でも、風邪とはちょっと違うし大丈夫かなって思っていたの。昨日の夜は、なんだか吐き気がして……」


「そうですか……」


 カーネラは腕を組み、なにか考えているようだった。


「や、やっぱり風邪かな? うつしちゃいけないし、グレン様としばらく別々に寝たほうがいいのかな?」


 そんなことを心配していたのかと、カーネラは苦笑した。


「その必要はないかと。ああ、お医者様には診ていただかなければならないと思いますが。」


「え? どういうこと?」


「アイリス様。最近月のもの、きておりませんよね?」


「えっと……言われてみれば、きてな……」


 カーネラに言われて最近のことを振り返ってみると、確かにきていなかった。言いながら、アイリスはある可能性に気付き、言葉が途切れた。


「カーネラ、私、もしかして…、妊娠……?」


「はい。ご懐妊された可能性が高いですね。」


 ふわり、柔らかい笑顔で言われ、アイリスは思わずお腹に手を当てた。


「グレン様の赤ちゃんが、ここに、いるかもしれない……」


「はい。」


 まだ全く実感はない。それでも、可能性だけでも、それはとても嬉しいことだった。


「医務室に連絡しなければなりませんね。あとでアーサーさんに診ていただきましょう。」


「うん、お願いね。」


 グレン様も喜んでくださるかな。アイリスはそっとお腹を撫でた。


* * *


「おめでとうございます。」


 アーサーからの言葉に、アイリスは笑顔になった。


「3ヶ月といったところでしょうか。」


「3ヶ月、ですか。」


 アーサーの言葉を繰り返しながら、アイリスはお腹に手を当てた。


「グレン様の赤ちゃんが、ここにいるんですね。」


「ええ。私にまで孫ができた気分です。」


「ありがとうございます。」


 アーサーの喜ぶ顔を見たアイリスは、グレンに言った後は、一番にラングリーに知らせようと思った。グレンのことを孫のように大切に思っているラングリーは、喜ぶに違いない。


「元気な子を生まないといけませんね。」


「我々も、でき得る全てのことを致しますよ。」


「はい、よろしくお願いします。」


 母になる。その喜びに、アイリスは顔を綻ばせた。


 医務室を後にしたアイリスは、自室に戻り、ソファーに腰掛けた。

 もうすぐ、昼食の時間である。毎日グレンと一緒に食べることにしているので、もちろん今日も会うわけなのだが。


「……グレン様になんて言ったらいいのかしら。」


「そのまま言えば良いのでは?」


 側にいたカーネラが言うと、アイリスは少しだけ不満そうだった。


「それは、そうだけれど。……少し、緊張するの。」


「緊張ですか?」


「喜んで下さるかなって思ったら、ドキドキしてきて。」


「なにをおっしゃっているのですか、喜んでくださるに決まっていますわ奥方様!」


「ええ、むしろ、すぐに知らせなかったことに不満をもらすご様子がありありと想像できます!」


「今晩はご馳走を用意しなくてはなりませんね!」


 カーネラが答える前に他の侍女たちが口々に答え、カーネラは思わず吹き出した。


「……カーネラ? 私たちおかしなこと言ったかしら?」


「ふふ、いいえ。アイリス様は皆から愛されて幸せだと思って。……アイリス様。きっとお腹の子も、みんなに祝福されて生まれてきますよ。」


 カーネラの言葉を理解すると、アイリスは笑顔になった。


「うん、ありがとう。」


 カーネラたちに励まされ、先ほどまでの緊張はほぐれ、アイリスは早くグレンと喜びを共有したいと思えた。


* * *


「アイリス!」


 部屋に戻ってくるなり、グレンはアイリスの元へ駆け寄った。


「午前中、医務室に行っていたと聞いたんだが、体調はどうだ? どこか悪いのか?」


 アイリスと目線を合わせるために少しだけかがみ、グレンは右手でアイリスの頭を撫でた。


「あ…、ご心配をおかけしてすみません。体調が悪いわけではないので大丈夫ですよ。」


 アイリスがにっこり笑って言うと、グレンは安堵の表情を浮かべた。


「そうか。……それなら良かった。」


 言いながら、グレンはアイリスの額に口付けた。


「アーサーになにか用でもあったのか?」


「えっと…、はい。」


「ん?」


 アイリスの為に椅子をひいてやりながら、グレンは首を傾げた。


「アーサーさんに、少し診ていただいたんですけれど。」


 アイリスはお腹に手を当て、グレンを見上げた。


「ここに、グレン様の赤ちゃんがいるそうです。」


 ふわりと笑ったアイリスに、グレンは数秒見惚れていた。


「……赤、ちゃん…、赤ちゃん?!」


「はい。」


 グレンは驚き、アイリスの顔と彼女のお腹を何度も交互に見た。


「お、れの、子が…?」


「はい。」


 アイリスはグレンに近寄ると、彼の手をとり自分のお腹に当てた。


「まだ触っただけでは全然わからないんですけれど、ここに、確かにいるそうです。3ヶ月ですって。」


「俺の…、俺とアイリスの子どもが、ここに……」


「はい。」


 まだ、お腹は膨らんでいない。それでもここに、確かにいるのだ。血の繋がった、自分の子が。

 グレンは、アイリスを抱きしめた。


「……ありがとう、アイリス。」


 アイリスはグレンの背中に手を回した。


「ありがとう。」


「グレン様。……嬉しい、ですか?」


「ああ、嬉しい。自分に子どもができたことも、その子をお前が生んでくれることも。」


 グレンの腕の中で、アイリスは微笑んだ。


「私も、嬉しいです。グレン様の赤ちゃんを授かれたことが、とても。」


 グレンは少し体を離すと、アイリスに口付けた。幸せだ、とても。口付けが、深いものになりかけた時。カーネラの咳払いが部屋に響いた。


「殿下、アイリス様。昼食が冷めてしまいますが。」


 アイリスは顔を真っ赤にして口元をおさえていたが、グレンはそんなアイリスを愛おしそうに見つめていた。カーネラの二度目の咳払いが響いたのは言うまでもない。


* * *


「子ができたことは、ひとまずアルディーンにだけ伝えておいた。」


 寝る支度を整え、ベッドに腰掛けたグレンが言った。


「そうなんですね。」


 言いながら、アイリスも隣に腰掛けた。


「ああ。ルナリアには自分で伝えたいだろうし、ラングリーや兵士たちには、二人で一緒に言いに行けたらと思ってな。明日の午後、時間をとるつもりだ。」


「ありがとうございます。」


 同じことを思っていたので、アイリスは笑顔になった。自分の気持ちを考えて優先してくれたことが、嬉しかった。


「お義父様とお義母様にも、報告に行きましょうね。」


「ああ。義父上にも手紙を書かないとな。」


 アイリスとグレンは顔を見合わせて笑った。


「男の子でしょうか、女の子でしょうか。」


 お腹に手を当て、アイリスは言った。


「どちらだろうと嬉しいことには変わりないが……。お前に似た子が生まれるといいなとは思う。」


「え? 私に似た子、ですか?」


「ああ。……自分に似た子がお前に四六時中ついて回ると思うと、少し妬ける。」


 グレンが言ったことを理解すると、アイリスは笑った。


「グレン様、自分の子どもにやきもちですか?」


「……笑うな。」


 少しだけ拗ねたように言うグレンが可笑しくて、アイリスはまた笑った。


「じゃあ、グレン様に似た男の子と女の子と、私に似た男の子と女の子と。少なくとも四人は生まないといけませんね。」


 アイリスは真面目に言ったのだが、今度はグレンが笑う番だった。


「ええ? 私おかしなこと言いました?」


「いや…、まさかそんな結論に達するとは思わなかった。」


 首を傾げるアイリスを見て、グレンは目を細めた。


「でも…、想像してみると幸せそうだな。」


「はい。私も、そう思います。」


「……まぁ、そのことはおいおい考えていけばいい。」


 グレンはアイリスのお腹に手を当てた。


「今は、生まれてくるこの子を精一杯愛そう。」


「…っ、はい。」


 きっと、愛に溢れた、温かい家庭になる。そんな気がして、アイリスは微笑んだ。


「さぁ、そろそろ寝よう。あまり体を冷やすと良くない。」


「はい。」


 アイリスをベッドに横たわらせると、グレンは明かりを消した。


「あ。グレン様、アルディーン様みたいに過保護になりすぎないで下さいね?」


 ルナリアが妊娠している間、彼女に付きっきりで、ユリウスやグレンに怒られてばかりいたアルディーンを思い出してアイリスは言った。最後には、ルナリアからも怒られていたような。


「ん? うん…、そうだな、善処する。」


「もう、グレン様ったら。」


 グレンが笑うと、アイリスも笑った。そして、アイリスの頬を優しく撫でた後。グレンはそっと、彼女に口付けた。


「……おやすみ、アイリス。」


「はい、おやすみなさい。」


 アイリスが布団の中でグレンに擦り寄ると、グレンは抱きしめてくれた。とても温かくて、アイリスはすぐに眠りについていた。

 それに気付いて、母になると言ってもこのあどけなさはなくならないのだろうな、と思い、グレンは思わず笑っていた。


「……そういうところも、愛しいわけだが。」


 ぽつりと言葉を零すと、グレンはアイリスの髪を梳いた。そうして、すやすやと眠るアイリスの瞼に口付けると、グレンも目を閉じた。アイリスを優しく抱きしめながら。

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