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02.暖かい場所

本編完結後、1ヶ月後くらいのお話。

 ある日の昼下がり。

 グレンとアイリスは、庭で一緒にお茶を飲んでいた。ラングリーに許可をもらい、庭にはテーブルと椅子が置かれている。グレンに時間があるときには、庭で花を見ながら、一緒にお茶を飲むのが定着していた。

 ただ、今日のグレンは朝から様子がおかしかった。どこか物憂げで、アイリスが話しかけても曖昧な返事しか返ってこない。先ほどから、カップに入った紅茶は、ほとんど減っていなかった。なにかあったのだろうかと、思っていると。


「アイリス。」


 グレンに呼ばれ、アイリスはピンと背筋をのばした。


「はい、グレン様。」


「これから、少し、行きたいところがあるんだが……、ついて来てくれるか?」


 グレンは少し、不安げな表情だった。これを言うのに、朝から様子がおかしかったのだろうか。アイリスは首を傾げたが、考えてもわからないので、考えるのをやめて笑顔を向けた。


「はい、喜んで。」


 アイリスの笑顔に、グレンは安堵の表情を浮かべた。


* * *


 グレンはあらかじめラングリーに花束を作るよう頼んでいたらしく、それを受け取るとアイリスの手を取って歩き出した。


「どこへ行くんですか?」


「うん? ああ……」


 グレンが行き先を言わなかったので聞いたのだが、グレンは言葉を続けてくれなかった。


「……あの、グレン様…?」


 どうして言ってくれないのだろうか。アイリスが小首を傾げると、グレンは眉尻を下げた。


「……王家の墓地だ。今日は、両親の命日で……お前と一緒なら、両親に会いに行けそうだから。……俺も、父上と母上と向き合おうと思う。」


 命日ということは、17年前に処刑が行われた、あの、雨の日。グレンがずっと、夢にまで見てとらわれ続けたあの日。それに、彼は向き合おうと言うのだ。アイリスは微笑み、グレンの手を握っている手に、そっと力を加えた。


「私、ちゃんとお側にいます。」


「ああ。……お前のことも、紹介しないとな。」


「はい、お願いします! 私も、グレン様のご両親に挨拶させていただきますね。」


 笑顔で言うアイリスを見て、グレンは彼女がいてくれて良かったと心から思った。

 それから二人の間に会話はなかったが、穏やかな空気に包まれながら、歩いていた。


「ここ、ですか?」


「ああ。」


 辿り着いたのは、城の北の端だった。そう言えば、一度も来たことがなかったなとアイリスは思った。


「明るいところですね。なんだか、墓地という感じがしません。」


 建物の中は植物園のようになっており、天窓からあたたかな日差しも降り注いでいた。その中に、名前の彫られた石碑が置いてある。


「ラカントではどこの墓地もだいたいこんな風だ。」


「そうなんですね。」


 アイリスはグレンを見上げ、にっこり笑った。


「とってもあたたかくて、素敵だと思います。」


「……俺も、そう思う。」


 そう言って、グレンも表情を和らげた。


「両親の墓は、もう少し先だ。」


「はい。」


 グレンに手を引かれながら、アイリスは墓地を進んだ。


「……父上、母上。」


 両親の墓前に立ったグレンは、そう呟いたきり、固まってしまった。


 ここに来たのは、両親の墓ができた時にルクシオに連れられて来たのが最初で最後だった。

 きっと、二度と来ないと思っていた。両親の願いならせめて生きようと決めた、その決心が揺らいでしまいそうだったから。生きるのを、諦めてしまいそうだったから。

 けれど、こうしてまたここに来られた。それは、生きることをやめようと決めたからではなくて。


「グレン様。先にお花をお供えしましょう?」


 暖かい、陽だまりのような妻と、生きていこうと決めたから。


「……ああ、そうだな。」


 そう言ったグレンの目は、アイリスが愛しいと、愛しくてたまらないと、訴えているようだった。


――父上、母上。


 アイリスと共に花を供え、墓前に立って思う。


「父上、母上、お久しぶりです。今日は、妻のアイリスと一緒に来ました。俺も、結婚したんです。……アイリスは、周りを拒絶し続ける俺とも向き合ってくれました。そうして、人を愛する喜びを思い出させてくれました。だから……アイリスと共に生きていこうと思えました。もう死にたいとは、思いません。……父上、母上。」


 グレンが涙ぐんでしまったので、アイリスはグレンの手をぎゅっと握って口を開いた。


「安心して下さいね、お義父様、お義母様! きっと、グレン様と幸せな家庭を築きますから!」



――父上、母上。……俺を産んでくれて、ありがとう。



「ねっ、グレン様!」


「ああ、きっと。……いや、絶対だ。」


 グレンはアイリスを抱きしめた。


「絶対に、幸せにする。」


「ふふ、はい。じゃあ私も、グレン様のことたくさん幸せにできるよう頑張ります!」


「ああ。」


 アイリスが抱きしめ返すと、グレンは顔を綻ばせた。


「……暖かいですね、グレン様。まるで、お義父様とお義母様が側に居てくださっているみたいです。」


 アイリスは顔を上げた。グレンと目が合って、思わず笑顔になる。


「……そうだな。暖かい。」


 グレンも笑顔になると、アイリスの肩口に顔を埋めた。


「ご両親の前だからでしょうか。グレン様、子どもみたいですね。甘えん坊さんです。」


「……うるさい。」


「ふふ。いいですよ、もっとたくさん甘えて下さい。」


 アイリスが笑うと、グレンもつられて笑った。

 このままずっとこうしていたいと思うほど、暖かかった。本当に、両親が側に居てくれているような気がした。


* * *


「アイリス、今日はありがとう。」


 帰り道。グレンとアイリスは、行きと同じように手を繋いで歩いていた。両親と向き合えて安心したのか、グレンの表情は行きよりも柔らかい。


「きっと、お前が居なければ行けなかった。本当に、ありがとう。」


「いいえ、グレン様、気にしないで下さい。私は、妻として当然のことをしたまでですから!」


 神妙な顔つきで言うアイリスに、グレンは声を出して笑った。


「あ……でも、グレン様。」


「うん?」


「ご褒美に、一つ、お願いを聞いていただいてもいいですか?」


「ああ、もちろん。俺が叶えてやれることなら。」


「ありがとうございます。……あの、子どもが生まれたら、お義父様とお義母様のお名前をいただきたいんです。」


「名前…?」


「はい。男の子にはアレン、女の子にはルピナスと名付けたいって、さっき思いました。」


 アイリスが立ち止まったので、グレンも立ち止まり、彼女と向かい合った。


「とても暖かくて、幸せだったから……子どもたちにも、たくさんそういう気持ちになって欲しいなって。」


「……ああ。」


 グレンは柔らかい表情になった。それに、アイリスは嬉しくなる。


「そうしよう。父上と母上も許して下さるだろう。……むしろ、諸手を挙げて喜んでいるかもしれんな。」


「ふふ、そうだと嬉しいです。」


 アイリスの額に口付けると、「行こう」と言ってグレンは彼女の手をとった。


「また、会いに行きましょうね。」


「ああ。」


「次はクッキーを焼くので、あそこで一緒に食べましょう!」


「それもいいな。」


「早く子どもができるといいですね。お義父様とお義母様に報告するのが楽しみです。」


「ああ。」


 グレンが口元を緩めたので、アイリスも笑顔になった。


 優しくて暖かい時間をグレンと過ごせることが、とても嬉しかった。


「……幸せ、だな。」


 ぽつり、グレンがこぼした言葉に、アイリスの頬は自然と緩んでいた。


「グレン様が幸せなら、私も幸せです。」


「そうか。」


「はい。」


 こうして、小さな幸せをいっぱい積み上げていきたい。


 アイリスが微笑むと、グレンは足を止めてアイリスに口付けた。


――幸せ、だな。


 グレンの言葉を頭の中で繰り返し、アイリスはそっと、目を閉じた。

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