01.二人の子育て 後編
しばらくすると、パタパタと駆けてくる足音が聞こえてきた。誰が来たのか察したグレンは、そっと口元を緩めた。
「グレン様…! アレンを見ていませんか?! 部屋に行ったら、いな、く、て……!?」
息を切らしながら部屋に入って来たのはグレンの予想通り、アイリスだった。
「アレン!」
「ははうえ……」
「どうしてここに?」
「だ、だって……」
アイリスが側に寄って来るのを見て、アレンは困惑した表情になった。それを見たグレンは、少しの間ぎゅっとアレンを抱きしめると、アレンと目を合わせた。
「アレン。言いたいことは、ちゃんと言った方がいい。」
「でも、ぼく……」
「大丈夫だ、アレン。父上が、ちゃんと見ていてやるから。」
「う……はい。」
「あの、なにがあったんですか?」
不思議そうに聞くアイリスに、グレンは笑いかけた。
「アイリスも、アレンを抱きしめてやるといい。」
「ち、ちちうえっ」
グレンは慌てているアレンを抱き上げると、アイリスに抱かせた。アイリスは息子をしっかり抱きとめると、ぎゅっとしてから、口を開く。
「アレン、どうしてここにいたのか、教えてくれないの?」
「……。」
アイリスに目を見て言われ、アレンは口をつぐんだ。
「アレン?」
「……ははうえは、ぼくがきらいですか?」
「まさか。そんなわけないでしょう? アレンのこと、大好きよ。」
「ほんとうですか? ルピナスよりも?」
「え? どうして比べるの?」
「だって……」
アイリスはふふふと笑うと、アレンをぎゅっと抱きしめた。
「ごめんね、順番はつけられない。アレンもルピナスも、二人とも可愛いもの。」
体を少し離すと、アイリスはアレンの顔を覗き込んだ。
「二人とも大好きよ。とっても。……それじゃ、だめ?」
しばらくきょとんとしていたアレンだったが、ふるふると首を横に振った。
「だ、だめじゃない、です。」
先ほどのグレンとの会話で安心感を得ていたアレンは、アイリスの言葉を聞いても、不安にはならなかった。自分が愛されていると、彼なりに感じることができていた。
「よかった。」
アイリスが微笑むと、アレンも嬉しそうに笑う。それからグレンの方を見たアレンは、父にもにっこり、笑いかけた。
「……でも、ははうえ。」
視線を元に戻すと、アレンは母を呼んだ。
「ん? なあに?」
「ちちうえが一ばんすきなのは、ははうえじゃなくてぼくなんですよ。」
アレンは、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。それは、とても、可愛い、のだが。
「え?」
アイリスは、一瞬固まってしまった。
「ぼくも、ちちうえが一ばんすきですっ」
「え、あの、ど、どういうことですか、グレン様!!」
困惑した表情のアイリスと、満足そうなアレンを見て、グレンはくすくすと笑った。
* * *
「そうだったんですね……」
夜、グレンとアイリスは二人でベッドに腰掛けて話をしていた。ベッドではアレンがすやすやと寝息を立てており、ルピナスはつい先ほど寝付いたので、ベッドの横にあるベビーベッドに寝かせたところだ。
「私、アレンに寂しい思いをさせてしまっていたんですね。」
グレンから昼間のことを聞いたアイリスは、眉尻を下げた。
「……だめなお母さんですね、私。」
「そんなことはない。」
グレンはアイリスの肩を抱き寄せた。
「アイリス。一人で抱え込もうとしないでくれ。」
グレンがこめかみより少し上のあたりに唇を寄せると、アイリスはくすぐったそうに身をよじった。
「もう、グレン様。」
「……アイリス。」
いたずらっぽく笑っていたグレンだったが、アイリスの頬に手を当て、真剣な表情で言った。
「もっと頼ってくれて構わない。愛しいお前が生んでくれた可愛い子供たちだ。俺も一緒に育てたい。」
アイリスは目を細めると、自分の頬に触れているグレンの手の上に自分の手を重ねた。そうして、そっと目を閉じる。
「ごめんなさい、グレン様。私、一人で突っ走っていました。……でも、グレン様のこと、信頼していなかったというわけではないんですよ?」
「ああ。」
「ちょっと、余裕がなかったみたいです……。これからは、もうちょっと甘えますね。」
「もちろんだ。疲れたら疲れたと言ってくれたらいい。」
「はい。」
アイリスが笑顔になると、グレンも微笑んだ。
「……それと、あの、グレン様。」
「うん?」
「思ったんです、けれど……やっぱり、グレン様の一番は私がいい、です。」
「は?」
「ひ、昼間、アレンが言っていたじゃないですか!」
「……ああ。」
あれか、と言いながらグレンは笑っているが、アイリスは必死だった。
「ぐ、グレン様っ。私にとっては、笑い事じゃな――」
アイリスが言い終える前に、グレンがアイリスに口付けた。
「息子への愛と、妻への愛は違うだろう?」
アイリスが顔真っ赤にして口元を手で隠すと、グレンはその手をつかみ、また口付けた。
「――っ、グレン、さ…っ」
アイリスを優しく押し倒すと、グレンは額と額をくっつけた。そして、アイリスの頬に手を当てる。
「……子供は、あと何人欲しい?」
「ちょ、ちょっと、グレン様、アレンとルピナスがいますっ」
「ああ、分かってはいるが。」
「あ、あああああのっ」
アイリスが顔を真っ赤にして慌てると、グレンはくすくす笑った。
「――っ、グレン様、私で遊んだんですか?!」
「遊んだわけではないぞ? 子供たちがいなければこのまま――」
「いいいいいいいです、言わなくていいですっ」
口元を緩めると、グレンはアイリスを抱きしめた。
「きっと、いくつになってもお前が一番可愛い。」
驚いたアイリスだったが、グレンの言葉を聞いて、笑顔になった。
「私だって、きっといくつになってもグレン様が一番好きです。」
グレンはアイリスを抱きしめていた腕を緩めると、目を細めた。
「……ああ、そうでないと困る。」
「ふふ。大好きな旦那さまを困らせることはしませんから、安心して下さい。」
「言うようになったな。」
グレンが笑うと、アイリスもつられて笑った。
いくつになっても、こうして側に居られたらいい。もちろんそこには、可愛い子供たちも一緒に。
それだけで、これ以上ないくらい幸せだから。