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01.二人の子育て 前編

本編完結後、五年後くらいのお話。

 午後三時。

 グレンは執務室で一人黙々と書類に目を通していた。しばらくしてドアの開く音がしたが、図書館で調べ物をさせていたギルバートが戻ってきたのだろうと思い、そのまま作業を続けていた。しかし、近づいて来る足音を聞いて、グレンは顔を上げた。これは、ギルバートの足音ではない。


「……アレン?」


「ちちうえー」


 姿は見えないが、返ってきた声は紛れもなく三歳になった息子のものだった。黒い髪に、金色の目。アレンはグレンそっくりな容姿をしており、グレンの幼少期を知る者は皆、幼いグレンを見ているようだと言っていた。


「ちちうえ!」


 すぐ側まで来ていたらしく、アレンはグレンの足にしがみついていた。


「よく来たなぁアレン。ところでどうした、母上とおやつを食べる時間じゃないのか?」


 そう言いながら、グレンは息子を抱き上げ、膝の上に乗せた。肩越しに顔を覗き込むと、アレンは頬を膨らませていた。


「ははうえもカーネラも、ぼくのことがきらいなんです。」


 たどたどしい言葉だが、なにが言いたいか察したグレンは、息子に気付かれないように笑みをこぼした。


「母上とカーネラが、ルピナスのところから帰って来ないんだな?」


 ルピナスは、三ヶ月ほど前に生まれたアレンの妹だ。そういえば、最近よく泣くので目が離せないと言っていたな、とグレンは思った。


「……三じになってもきてくれないから、ちちうえのところにきました。」


「そうか、母上たちは時計を見ていないのかもしれないな。」


 言いながら、グレンは今日のこの後の予定を頭の中で整理していく。しばらく、アレンと過ごしても大丈夫そうだと判断すると、口を開いた。


「よし、今日は父上とおやつを食べるか。用意するから、ソファーに座って待っていられるな?」


「はいっ」


 笑顔になったアレンの頭をくしゃくしゃと撫でると、下におろしてやった。ソファーに向かって歩き出した息子を見て、グレンは執務室の端にある戸棚に向かった。確か、仕事の合間に食べられるようにと、アイリスが作り置きしてくれていたクッキーがあったはずだ。クッキーを探しながらソファーのほうを振り返って見てみると、ちょこんと座ったアレンはにこにこしていた。

 見つけたクッキーを皿に出して、アレンの前に並べる。アレンは目を輝かせた。


「ははうえがつくったクッキーですか?」


 クッキーを一口食べると、アレンが言った。


「ああ、そうだ。分かるのか?」


「はいっ。ははうえのクッキーは、やさしいあじがします!」


「そうか。母上は優しいからな。」


 口にしてから、グレンはしまったと思った。案の定、アレンは不服そうに唇を尖らせている。


「ははうえはぼくにはやさしくないです。きっとぼくよりルピナスがかわいいから、ぼくのこときらいになったんです。」


「アレン、そんなことは……」


 せっかくクッキーで機嫌を直したのに、振り出しに戻ってしまったと、グレンは頭を抱えたくなった。


「ちちうえは、ぼくとルピナスどっちがすきですか?」


「えっ?」


「ちちうえも、ルピナスのほうがかわいいですか?!」


「え、いや……」


 何と答えたらいいのか、グレンは言葉に詰まった。アレンもルピナスも、どちらも可愛い。順番などつけられるはずもない。


「みんな、ぼくのこときらいなの? ぼくわるいことした?」


 ぽつりとこぼれた言葉は、敬語ではなかった。つまりはこれが本音か、と思い、グレンは苦笑した。アレンもルピナスも、二人とも可愛い。だが、アレンが望んでいるのは、そんな答えではないのだろう。


「……アレン。」


 グレンは息子を抱き上げると、向かい合わせになるようにして膝の上に乗せた。不安げなアレンを安心させるように、グレンは笑ってみせた。


「父上は、アレンが一番好きだぞ。」


「……ほんとうですか?」


「ああ。アレンが一番可愛い。アレンは、とても良い子だ。悪いことなど、していない。」


 嬉しそうに、それでいてどことなく安心したように笑ったアレン。グレンはそっと頭を撫でてやった。


「だからな、アレン。」


「はい、ちちうえ。」


「お前は、ルピナスをたくさん可愛がってやれ。」


「え?」


 なにを言われたかわからず、アレンは首を傾げた。


「でないと、父上に一番好きだと思われていないルピナスが可哀想だろう?」


「あ、はい。……でも、うーん……」


「アレンのことは、父上がたくさん可愛がってやるから。だから、父上から愛された分、お前はルピナスを愛してやれ。生まれてくるのを楽しみにしていた妹だ、可愛くないわけではないのだろう?」


「はい、ルピナスはとってもかわいいです。」


「だろう? ……寂しくなったら、いつでもここに来るといい。父上の膝に乗せてやろう。」


「ほんとうですか? やくそくですよ、ちちうえ!」


「ああ、約束だ。」


「わーい! ぼくも、父うえが一ばんすきですっ」


「そうか。それは嬉しいな。」


 抱きついてきたアレンを抱きしめてやり、グレンは笑った。


「さあ、残りのクッキーも食べろ。おやつの時間が終わってしまうぞ。」


「はーい!」


 元気を取り戻したアレンは、嬉しそうに返事をすると、クッキーを食べ始めた。


* * *


「ちちうえ。これはなんのかみですか?」


 おやつを食べ終えた後、グレンはアレンを膝の上に乗せて仕事を再開した。図書館から戻ってきたギルバートはアレンを見て驚いていたが、食べ終わったおやつセットを片付けながら、なんとなく事情を察して、なにも言わずに通常通りの仕事に戻った。

 グレンにもたれかかって部屋をキョロキョロ見回していたアレンだったが、先ほどからグレンが処理している書類に興味をしめしたらしい。


「ん? ああ、これは、月末決算報告書と言って……」


 難しい顔をしてしまったアレンを見て、グレンは笑った。


「アレン。お城には、たくさんの人が働いているだろう? 陛下を助けて政治をする人もいるし、国を守る兵士もいるし、料理をする人もいる。カーネラたち侍女だって、掃除や身の回りの世話をしてくれているだろう?」


「はい。」


「それぞれ仕事の内容が違うから、似たような仕事の人でまとまってもらうんだ。そうして、仕事に必要なお金や、そこで働く人の給料などを代表に報告してもらう。それが書いてあるのがこの紙だ。……なんとなく分かるか?」


「はい、なんとなく!」


「いい返事だ。」


 グレンが笑うと、アレンは嬉しそうな表情になった。


「基本的に、城で使われるお金は民からの税金だ。無駄遣いや不正がないように、しっかり管理するのも大事な仕事なんだ。」


「ぜい、きん、ですか?」


「ああ。もう少し大きくなったら、教えてやろう。報告書についても正確にな。それに、剣の稽古もつけてやろう。」


「ほんとうですか? たのしみです!」


 アルディーンが側室を迎えないため、グレンは王位継承権を持っていないが、アレンは王位継承権を持つことになった。と言っても、アルディーンとルナリアの間には既に男子が2人居るため、今のところ王位継承権は第3位である。アレンに王位がまわってくることはほぼないだろうが、政治には関わることになるだろう。


「アレン様もきっと殿下のようになれますよ。頑張って下さいね。」


 グレンが処理した書類を整理しながら、ギルバートが言った。


「ほんとう? ぼくもちちうえみたいになれる?」


「はい、なれると思います。」


 ギルバートの言葉に嬉しそうに目を輝かせると、アレンは期待を込めた目でグレンを見上げた。それに応えるように、グレンは微笑んだ。


「父上は、アレンが父上を越えてくれると信じているぞ。頑張ろうな。」


「はいっ」


 見た人を幸せな気持ちにさせるこの笑顔は、間違いなくアイリス譲りだなと思いながら、グレンはアレンの頭を撫でた。

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