第9話 魔の海域 (その2)
「見えてきましたよ。あれが海神様の祠です。」
船長のいう方角を見ていると、水平線から徐々に祠が姿を現した。思っていたよりも小さい。ごつごつした岩肌に丸く入口が開けられている。入口の幅は大人一人が両手を広げられるくらいか。洞窟になっていて奥に続いているようだ。
「随分と小さいんですね。」
「海神様の祠は浸食洞なんです。干潮の時だけ海上に出てくるんですよ。中はかなり入り組んでいて、広いらしいですね。私は入口付近しか行ったことがありませんので、詳しくは知りませんが……。」
浸食洞の入口付近に海神様は祭ってあるらしい。その奥については船長も知らない。
「ならば問題はその奥にありそうだな。」
「食べ終わったの?カルナ。」
「エネルギー満タンだ。」
そう答えて、カルナはニヤッと笑う。
(だから、その笑い方は可愛くないからやめなさいって……。)
いつかはきちんと伝えたい、そう思うフレデリックであった。
フレデリック達は海神様の祠まで小さな船で乗り付けることにした。ここまで来た船では水深が足りず、船底を傷めてしまうからだ。
「先程も言いましたが、海神様の祠が海上に出ているのは干潮から数時間だけです。忘れないでくださいね。」
忠告を聞いたフレデリック達は船を漕いで祠へ向かう。祠に近づくにつれ、潮の流れがきつくなる。おそらく、これが原因で船が沈んだりしているのだろう。何とか漕ぎ寄せて海神様の祠にたどり着いた。
「ここが海神様の祠か……。」
中は意外と広い。天井や壁、地面には苔がたくさん生えており、普段は海の下にあることがわかる。そのせいで大変滑りやすくなっている。さっきからカルナが何回も転んでいる。その度に、あうっ、とか、おうっ、とか言っている。
「ああーーーっ!ウザったい!!」
「ちゅーいした方がいいよ、お姉ちゃん。」
ココにまで、たしなめられる始末だ。一体何年生きているのか。プリプリと怒るカルナを連れてフレデリックが奥に進むと小さな鳥居と社が見えてきた。海神様を祭った所だろう。
「ここがお参りに来るところか……。カルナ、何か感じるかい?」
「この場所自体には特に何も感じんな。だが……。」
そう言って、しかめっ面をしながら奥を見やる。
「奥から霊力を感じる……な。嫌な感じもする。」
「嫌な感じって?」
「何でもない。おそらく依頼には関係の無いことだ。奥に進むぞ。」
カルナに言われた通り、奥に進んでいくと行き止まりになっていた。地面には大きな水溜りがある。そんなに深くはない。フレデリックが顔を水溜りに近づけて覗き込む。どうやら底のほうに穴が開いていて、壁の向こう側に繋がっていそうだ。
「ごめんココ。ちょっとだけ見てきてくれないかな。危なくなったら、すぐに引き返してきてくれ。」
「はーい。」
ココは壁をすり抜けて向こう側へ行く。幽体ならではの行動だ。壁の向こう側に行くと同じように水溜りがあり、その底には同じ大きさの穴がある。どうやら繋がっていそうだ。戻って報告しようと思ったココがふと目を奥にやると、女性が一人、びしょ濡れになって倒れていた。ココは慌ててフレデリック達の元に戻る。
「たいへん!女の人がたおれてる!」
「何だって!?」
ココから話を聞いたフレデリックとカルナは水溜りに飛び込み、穴を伝って向こう側の空間に出た。奥に行くと確かに女性が倒れていた。黒のビキニ姿である。普通ならば美しいであろう黒髪も、濡れてワカメかヒジキのようになっている。ちょっと怖い。まだ生きているようだ。気持ちよさそうに寝息を立てている。よく見るとその辺に酒瓶が転がっている。
「何だ?この人。」
一歩退くフレデリックとは対照的に、カルナは一歩踏み出て溜息をつく。そして倒れている女性に向けて一言。
「何こんなところで寝てるんですか。リーン姉さん。」