第7話 死霊の噂 (その3)
「だれ?」
もう一度尋ねる。見た目は七才から八才くらいの女の子だ。金髪のショートヘアで薄いピンクのパジャマを着ている。その姿は半透明で、ゆらゆらと揺れている。
「ゆ、幽霊!?」
「お前さっき死霊を見ただろうが。驚くな一々。それにしても微弱な幽霊だな。」
女の子の幽霊は不思議そうに首を傾げながら尋ねる。
「わたしはココ。お兄ちゃんたちはだれ?」
「ぼ、僕はフレデリック。この子はカルナっていうんだ。」
フレデリックは若干オドオドしながら答える。挙動が怪しい。
(こいつまさかロリコンではあるまいな。)
カルナはフレデリックを横目で見ながら、一歩遠ざかる。フレデリックはゆっくりと説明を続けた。
「僕達は古戦場跡に出る鎧の死霊のことを調べに来たんだ。」
話を聞いたココは少しうつむき、上目がちに言った。
「それ……たぶん……お父さん……。」
彼女の言葉はたどたどしい。死んだ年齢を考えれば当然か。
「何でお父さんだと?」
「わかんない。でも、たぶんお父さん。何回も止めようと思ったけど……。」
「止めようと思ったけど?」
「この部屋から出れなかった。」
「出られない?」
「当たり前だ。お前のような弱い地縛霊など自分が死んだ場所以外行けぬわ。」
カルナが口を挟む。病気などで死ぬと仮に幽霊になっても、自分の死んだ場所から離れることはできない。怨念がそんなに強くないからだ。もちろん死んだ人間の性格等にもよるが。
「そんな弱いお前が、この世に残っているほうがおかしいのだ。」
カルナにそう言われても、ココは首を傾げたままだ。
「ココにもわかんない。でも気づいたら、ここにいたの。近くにお父さんがいるの。」
「やはり何者かの仕業か……。おそらく場の霊力が高まったため現世に戻って来たのだろう。」
「じゃあココのお父さんが死霊化したのも……。」
「うむ。その何者かが原因ということだ。」
「うーん。この子を砦まで連れていけたら説得とかできないかな?あっ、出られないのか……。」
「こいつを外に連れ出す方法ならあるぞ。一応……。」
「え?あるの?」
「ああ、だがリスクを負うぞ。お前も私も。」
フレデリックはココを見る。儚げにゆらゆらと揺れながら不安そうな顔をしている。こんな幼い女の子が死んでからも父親の事を心配している。このまま放っておけるほど、フレデリックは人でなしではなかった。
「カルナさえ良ければ、僕は構わないよ。」
「やれやれお前なら絶対面倒くさい方を取ると思ったわ。」
場所は先程の砦に移る。二人が鎧の死霊と対峙した砦だ。ココを連れた二人は二階の最奥、地面に魔法陣が描かれていた部屋の前まで来ていた。
「いいか?お前が説得しようとしても相手は聞かんかもしれんぞ。」
「うん。」
「娘と認識できなくて、斬りかかってくるかもしれんぞ。」
「うん。だいじょうぶ。」
「まあ、その場合は僕が命を懸けて盾になるから。」
(やはりこいつはロリコンかもしれん。)
カルナが部屋のドアを勢いよく開けると、鎧は既に剣を持って立っていた。またこちらに斬りかかってくる、フレデリックがココの前に体を入れて庇おうとした時、鎧の動きがピタッと止まった。
「お父さん!」
ココが鎧に向けて話かける。鎧は握っていた剣を落とした。独特の金属音が部屋に響き渡る。
≪コ………コ……≫
「お父さん!私だよ!ココだよ!」
鎧の声に反応してココが話を続ける。
「こんなこともうやめて、お父さん!」
≪私は……お前に……何もして……やれなかった……だから……≫
「そんなことない!少しの間だけだったけど、ココはお父さんとお母さんからいっぱいもらったもん。いっぱい……いっぱい……。」
ココの目は涙で一杯だった。零れた涙が頬を伝って、落ちて消えた。
≪ココ……≫
鎧が崩れ落ちた。中から一人の男性の幽霊が出てきた。ココの父親であろう。人の好さそうな、やさしい感じがする男性だ。男性はココに向かって話し出す。
「すまなかった、ココ。死んでまでお前に心配させてしまうとは……私は父親失格だな。」
「そんなことないもん。お父さんはココのじまんのお父さんだもん。」
顔を涙で濡らしながら懸命に笑顔を作る。フレデリックも思わず泣いてしまった。
「僕……こういうの……弱くて……。」
「泣くのは後にしろ。」
相変わらずカルナはサバサバしている。カルナは父親に話しかける。
「一つ聞くが、お前はどうやって死霊になったか覚えているか?」
「いえ、申し訳ございませんが覚えていません。ただ……。」
「ただ……何だ?」
「どこからか声が聞こえてきて……その後、自分の中の憎しみや悲しみが溢れ出してきて……。」
「声、か……わかった。」
カルナは一人納得したようだった。少し思い悩んだ顔をして続ける。
「それとな。お前が誰に唆されたとしても、死霊化して現世の人間に危害を加えた罪は重い。」
「はい。申し訳ありません。」
「未来永劫、魂の責苦にあい続けるだろう。」
「娘の事があったとはいえ……覚悟しております。」
「本来ならばな……。」
「え?」
「あの世に行ったら私の名を出すがよい。そう悪い事にはならんだろう。別の意味で問題になるかもしれんが……。」
そういってカルナは名を告げる。少し照れくさそうに。父親は静かに頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした。」
「お父さん。」
「ココ、お前にも余計な心配をかけてしまったな。」
「ううん。気にしないで。」
「父さんはいなくなってしまうけど、いつでもあの世から見守っているからな。」
そう言い遺すと、父親の姿は霧のように霧散し、跡形もなく消えてしまった。鎧も剣も消えてしまい、地面に魔法陣が残っただけだった。
「元気でね。お父さん……。」
顔を上に向けて涙を堪えるココ。そのココを見ながらフレデリックは思った。
(そうだね……。この後も問題なんだよね……。)
部屋に残った魔方陣を念入りに破壊してカルナとフレデリック、そしてココの三人は砦を立ち去った。
ここでココの事について話しておく。弱い地縛霊に過ぎなかったココを外に連れ出すためには、ココを浮遊霊にしなくてはならなかった。浮遊霊にするには誰かに憑りつかせる必要があり、当然ながらフレデリックが依代になった。ヴァルキリーをクビになったカルナにもそれぐらいの力は残っていたようだ。こうしてココはある程度自由になった。この状態を解除するにはココの夢をそれなりに叶える必要がある。
「それで?ココは何がしたいんだい?すぐに叶えられるとは限らないけど……。」
「ココは体が弱かったから……いろんなものが見てみたい!」
「そうか、奇遇だね。僕もそうなんだよ。」
やいのやいのとやり取りをしながら殊更満更でもないフレデリックを見ながら、カルナは溜息をつく。
(間違いない……こいつはロリコンだ。)
そんなことを思いながら、カルナは自分の心配もしなくてはならなかった。元ヴァルキリーが幽霊使ってあーだの、こーだのしましたなんて、フロリアあたりにバレたら大変である。カルナのそんな暗い気持ちとは裏腹に、古戦場跡の空は突き抜けるような青空に変わっていた。優しい風がスッと吹き抜けた。