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第3話 スレイプニルの災難

 町に戻り、仕事達成の報告を済ませた後もフレデリックの興奮が落ち着くことはなかった。


(まるで夢でも見ていた気分だ。)


 あの後、本当に空を飛んだのだ。二人を乗せたスレイプニルは凄まじい速さで漆黒の空を駆け抜け、町に到着した。瞬間的な出来事であったが、フレデリックの心に深く刻まれたのだった。そしてそれを操っていた当の少女は目の前で大量の肉と闘っている最中である。


「いや~すまないな、またご馳走になってしまって。お前本当にいい奴だな。」

「いや、こちらも助かったよ。元ヴァルキリー……か。カルナはこの後どうするんだ?」

「特に決めていないな。しかし肉が食えないと困るしな~。」


 カルナは口の中を肉でいっぱいにして喋る。その絵面と発言内容的にあまり困っているように見えない。フレデリックは少し体を乗り出して言う。


「じゃあさ、僕と一緒に冒険者をやらないか?」


 突然カルナは食べる手を止めて、フレデリックの方を見る。カルナの眉毛が八の字になっている。


「お前は何故冒険者なんかやっているんだ?見たところ、育ちが良さそうだが。」


 カルナが尋ねると、フレデリックは少し俯いて答える。


「う、うん。確かに僕は貴族の生まれだよ。と言っても、貧乏貴族の三男坊だから一生日陰暮らしだけどね。」

「何で飛び出したんだ?その気になれば一生肉を食うには困らなかっただろうに。」


 カルナの基準は肉が食えるかどうからしい。


「確かにそうかもしれないけど……。ただ僕は自分の目で色々な事を見たかったんだ。狭い世界の中に閉じこもっているのが嫌でね。結局父さんに勘当される形で飛び出したんだ。」

「お前は肉をくれるいい奴だから忠告しておくが、冒険者の末路なんて、ろくなものじゃないぞ。」


 仕事上、嫌というほど見てきたカルナである。ある者は名声のため、またある者は金のため、自ら危険に踏み込んで死んでいった。後に残るものは何にもない。


「悪いことは言わん。とっとと帰ってのんびりした方がいい。お前には向いていない。」

「でも、これは僕が小さい頃から抱いていた夢だから……。」

「夢か。私には理解できんな。興味もない。」


 そんな話をしている時だった。店の中に動物の鳴き声が響き渡った。カルナとフレデリックは思わず店の入り口の方を見る。


「今の鳴き声は……スレイプニル!」

「何だって!?」


 二人を乗せて町に着いた後、スレイプニルは町はずれの近くにある森の入り口に繋がれていた。流石に町の中を連れて歩くには、目立ちすぎるからだ。店を飛び出した二人は、急いで森の入り口に向かって走り出した。


「私の肉がピンチだ。」

「え?非常食扱いなの?スレイプニル。」

「急がねばな。」

「馬泥棒でも現れたのかな?」

「その程度で済めばいいが……。」


 暗い夜道を二人は走り抜けていった。それにしても神界からカルナに盗まれたことによって、ピンチに陥っているのだとすれば、スレイプニルも災難という他ない。


 森の入り口でスレイプニルに悪戦苦闘している一組の男女がいた。男は長めの黒髪を後ろで結わえており、軽装だが腰に長物を差している。顔はいくらか温和そうではある。一方女は短い茶髪で、カチューシャを使って前髪を上げている。服装は見るからに盗賊っぽい軽装で、腰の後ろに二本の短剣が納まっており、その顔は目が少し吊り上がっているせいか、強気な性格に見える。


「この馬!何で言うこと聞かないのさ!ちょっと何とかしなよ、ジョージ。男だろ!」

「ちょっと待てって!折角珍しい馬見つけたんだから、もっと丁寧に扱えよ。ルチア!」


 先程からこんな感じである。森の入り口でギャーギャーと騒いでいる。スレイプニルも酷く抵抗したようで、二人の体のあちこちに、あざができている。


そこにカルナとフレデリックが駆けつけて来た。ジョージとルチアは同時にカルナ達の方を見る。


「あれ?もしかして、この馬の持ち主かな?」

「もう!あんたがとろくさい事しているから、来ちゃったじゃない。ジョージ!」


 この期に及んで言い合いをしている。カルナは小さく溜息をついた。


「何だ、ただの盗賊か。」

「盗賊にただも何もないと思うけど……。どうする?カルナ。」


 心配するフレデリックをよそに、カルナはルチア達の方に歩みだす。


「おい、お前達。このまま大人しく引き下がるなら命は助けてやる。」

「大人しく引き下がれだって?こっちにも事情ってもんがあるのよ。」


 見た目に違わず強気なルチアは引かない。実に盗人猛々しい。隣のジョージは呟く。


「でも、どうすんだよルチア。」

「こいつら、よく見ればまだ子供じゃないか。軽く気絶でもさせて、その間に奪えばいいさ。」

「子供を、しかも女の子を?俺は気乗りしねぇな。」

「じゃあ、アンタはそこで見てな。あたし一人で十分さ。」


 そう言ってルチアは腰の短剣を抜く。カルナはもう一度溜息をつく。


「わからん奴らだな。」


 そう言うとカルナは道の脇に退けてある大きな岩の前に立った。大人五人分くらいの重さはあろうか。それを片手でひょいと持ち上げて見せた。


「「「は?」」」


 ジョージとルチアの目が点になっている。フレデリックの顔も引きつっていた。


「どうしてもやると言うなら、命を懸けろ。」


 カルナは静かに告げる。ニヤリと笑っている。凄惨な笑みだ。


「お、おい。ルチア。」

「い、言われなくても、わかってるわよ!」


 二人は確認しあうと、一目散に逃げて行った。二人が逃げた方向をしばらく見ていたフレデリックはホッと胸をなでおろした。スレイプニルも無事なようだ。


「正直、カルナにびっくりした。」

「まあ、今の私でもこれくらいの事はできる。」


 持ち上げていた岩を地面におき、手の埃を払いながらカルナは答える。


「とにかく人を斬るはめにならなくて良かったよ。」

「お前人を斬った事が無いのか?」

「う、うん。まだ無いよ。」

「この先冒険者を続けていく事ができるのか?そんなことで。」

「うーん。まだわからない、としか……。」

「情けないことだな。まあ、私には関係の無いことだが。」


 その時だった。カルナの体に衝撃のようなものが走った。何か凄まじい悪寒のようなもの。


(まさか……!?)


 カルナは何かに反応するようにスレイプニルの方を見た。フレデリックも釣られて見る。


 スレイプニルの傍らには、いつの間にか一人の女性が立っていた。


「久しぶりですね、カルナ。」

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