第2話 尊大な無職と不運な新米
(今日は厄日だな。)
深い森の中を彷徨いながら少年は思った。腰の剣がでこぼこの道を歩く度に、ガチャガチャと音を立てる。進む度に顔に当たる木々の枝葉を邪魔くさそうに手で払いのけている。年の頃は十七、八といったところか。なめし革の胸当てを着けてはいるが、それでも最低限の装備しかない。
名をフレデリックという。彼はまだ駆け出しの冒険者であった。今回の仕事はそんな彼にでもできる、簡単な仕事だったはずである。目的地に物を運ぶという、冒険者にとっては『お使い』と呼ばれて嫌がられる仕事だった。それでも彼は自分が新米冒険者であることを自覚していたし、経験も積みたかったので進んで引き受けた。
だが彼は不運な男だった。とんでもなく不運な男であった。結局今回の仕事も不運に見舞われた。目的地は深く迷いやすい森の奥地にあったし、途中で商人から手に入れた地図はでたらめであった。何とか目的は達成できたものの、今も戻れず森の中を迷っているのである。
「まずいな。もうすぐ日が暮れる。」
慣れない森の中で暗闇に覆われることは、危険を意味している。獰猛な獣や邪悪な魔物に襲われれば、彼の様な新米冒険者など一溜まりもない。熟練者だって囲まれれば命を落としかねない。それ程まずい状況なのだ。フレデリックは足を速める。歩くというよりは、もう走っている状態だ。額から大粒の汗が流れ落ちる。周りを見る余裕は無い。無かったはずである。しかし彼はそれを見つけた。そして立ち止まってしまった。
それは人だった。女の子。それも飛び切り美しい女の子であった。そして、その傍には雄大な馬もいた。フレデリックは思わず息を呑んだ。
(なんでこんなところに……可愛い女の子が……)
フレデリックがそう思っていると、女の子はフレデリックに気付いた様子で、近づいてくる。フレデリックの目の前までやって来て、少女カルナは言い放った。
「何、ガン飛ばしてんだよ。」
フレデリックは考えを改めることにした。
(あんまり可愛くない……)
しかし性格が可愛くないからといって、こんな森に放置するわけにはいかない。気を取り直してフレデリックは会話を試みる。
「やあ、僕はフレデリック。君は迷子?どこから来たの?」
「迷子はお前だろ。さっきから同じ所をグルグル歩きおって。アホか?」
フレデリックの心は折れそうだった。何でこんな状況で女の子に罵倒されるのか。しかし迷っているのは事実なだけに、言い返すことも出来なかった。フレデリックが暗い顔で落ち込んでいると、カルナが再び声をかけてきた。
「ところでお前、肉持ってないか?肉。腹が減ったのだ。」
「え?肉?えっと、干し肉ならあるけど……。」
そう言ってフレデリックは腰に結わえてあった携帯袋から干し肉を取り出す。途端にカルナの顔がパッと明るくなる。
「それ、食ってもいいか!?」
「うん。いいよ。」
「そうか、お前いい奴だな。肉をくれる奴は皆いい奴だ。」
うれしそうに干し肉を頬張るカルナ。フレデリックは少しだけ会話を続ける自信を取り戻した。
「えっと、君は……。」
「私か?私はカルナ。元ヴァルキリーだ。」
「ヴァルキリーって、おとぎ話の戦乙女?」
「おとぎ話ではない。もっとも今の私は、ただのか弱い乙女だが。」
口いっぱいに肉を頬張ってカルナは乙女アピールをする。とても元ヴァルキリーには見えない。
「何だ?信じないのか?」
「いや……そういうわけではないけど……。」
「全く仕方がない迷子だな。では見せてやろう。お前は町に帰りたいのだろう?」
「そうだけど……見せるって、何を?」
「こいつの力をだ。」
そう言ってカルナは傍らの馬をバシバシと叩く。よく見ると足が八本もある。
「変わった馬だね。だけどこんな深い森の中をどうやって馬で帰るの?」
「こいつの名前はスレイプニル。こいつはな、空を飛べるんだ。」
「えっ!?空を?そんな馬どこから連れてきたの?」
「退職金の代わりに貰ってきた。」
カルナはニヤリと笑った。初めて笑ったけど、やっぱり可愛くない。フレデリックはもう一度そう思った。