第11話 父の危篤
グレナードの町の外れにある森の中に剣戟の音が鳴り響く。カルナとフレデリックだ。汗だくになって剣を振るうフレデリックに対して、カルナは涼しい顔で対応する。
(思ったよりも剣筋は悪くない。だが……)
カルナはフレデリックの剣を軽く薙ぎ払うと、素早くフレデリックの懐に踏み込み喉元に剣を突きつける。
「ま……参った。」
フレデリックは剣を手放し、両手を上げる。肩で息をしている。相当消耗しているようだ。
「訓練とはいえ、お前はこれで十回は死んでいるぞ。」
カルナは剣を鞘に納める。もちろん訓練用に刃を殺した剣だ。それでも当たり所が悪ければ怪我をするだろう。
「なかなか……うまく……いかないもんだね。」
「剣筋は悪くは無い。だが、お前の剣には致命的な弱点がある。」
「弱点?」
「ああ。お前、人を斬った事が無いだろう?」
「…………。」
「その分、踏み込みが甘い。訓練用の剣でも相手を斬るのに、ためらいが生じている。」
「嫌いなんだ。人を……傷つけるのは……。」
「お優しいことだな。お前の周りにいる者はさぞ迷惑するだろうな。」
「…………。」
「お前は自殺志願者か?そんな考えで冒険者になったのは。」
「そういうわけじゃ……ないよ。」
「今のままでは、お前に向いている職業は聖職者と言わざるを得んな。」
誰も傷つけずに物事を解決する。それは理想的である。だが所詮は理想論である。
「お前が剣を振っている意味をよく考えるんだな。」
二人の会話が一段落着いた時、辺りを散歩していたココが戻って来た。
「何か、お馬さんがこっちに向かってますよ。」
ココが指す方を見ると馬車が一台、森に向かって来る。三人は確認するため、森の入口まで戻ることにした。
入口まで戻ると、すでに馬車から人が降りていた。一人である。ビシッとした黒のスーツに身を包み、縁の細いメガネをかけている。年齢は五十歳くらいだろうか、整えられた髪には幾分白いものが混じっている。どうやら執事のようだ。男は恭しく頭を下げると同時に言った。
「フレデリック様。お迎えに上がりました。」
「コールスさん……。」
フレデリックの表情は浮かない。まずい人に見つかった、という感じである。
「フレデリック様。旦那様もお待ちです。」
「コールスさん……僕はまだ……」
「旦那様が……危篤でございます。」
「何だって!?あんなに元気だったのに?」
「はい。急に体調を崩されて……ここのところ、起き上がることもままならない状態でございます。」
「…………。」
フレデリックは俯いて何かを考えているようだったが、程なくして答えた。
「カルナが一緒でもいいのなら……。」
「承知致しました。カルナ様、いささか突然ではございますが、よろしいでしょうか?」
コールスは丁寧に頭を下げてカルナに尋ねた。ここまでお願いされると、さすがのカルナも断りにくかった。
「別に……私は構わん。肉さえ食えればな。」
「かしこまりました。ありがとうございます。」
コールスは再び頭を下げた。フレデリックはまだ何か考えているようだった。
こうしてフレデリックの生家へと向かうことになった。




