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第10話 魔の海域 (その3)

「う~ん、もう飲めないよ~。むにゃむにゃ。」

「とっとと起きろ!このバカ姉が!」


 カルナはリーンの頭を容赦なく蹴飛ばす。フロリアに対する態度とは大違いだ。


「痛っ!優しく起こしてよ、カルナちゃん。ふあ~ぁ。」


 大きく欠伸をして伸びをするリーン。折角気持ちよく寝ていたのに邪魔された、みたいな感じだ。


「えっと、カルナのお姉さんかな?」

「一番上のな。フロリア姉様が二番目。私が三番目だ。」


(そうか……この二人に挟まれているのか。フロリアさんも大変だな……。)


 フレデリックは、そう思わずにはいられなかった。そんなことを考えているとはつゆ知らず、リーンは胡坐をかきながら質問する。


「そっちの男の子は誰だい?」

「あ、自己紹介が遅れました。僕はフレデリックといいます。」

「う~ん?ああ、思い出した!そういえばカルナちゃん神界を追放されたんだっけ?」

「思い出したってなんですか、姉さん。」

「前にフロリアちゃんが言ってたような?ほら、私ってシラフの時の方が短いから。」


 ほぼ常に酒を飲んでいる、ということである。本人はケラケラと笑っているが笑いごとではない。フレデリックは隣のカルナにそっと聞く。


「変わった人だね、リーンさんって。」

「まあ、色々と規格外なのだ。天然と言うべきか。とりあえずシラフの時以外は近づきたくない。」


 カルナにそう言わしめるのだから相当である。


「でも元気な人ですね。うらやましいです。」


 ココは言う。本当に羨ましそうだ。病弱であった身からすれば、そういうものなのかもしれない。


「ところでリーン姉さんは、こんなところで何をしてるんですか?」

「え~とね、ちょっと手強い奴を追っかけてたんだけど、この洞窟で撒かれちゃって~。それで、もう面倒くさくなっちゃってね。ここでお酒飲んで、寝てた。」

「あれ?ここ、今の今まで海中に沈んでたと思うんですが……。」

「だからさっき言っただろ。色々と規格外だと。」


 フレデリックの疑問に対してカルナは肘で突きながら答える。


(カルナに出会ってから僕の中のヴァルキリー像がどんどん壊れていくんだけど……。)


 フレデリックは頬を指で掻きながら思った。カルナがヴァルキリーらしくない、と思っていたが違った。むしろヴァルキリーらしいのはフロリアぐらいである。いまのところは……。


「カルナちゃん達は、ここに何しに来たの?」

「その質問に答える前に……。リーン姉さん。あなた追っかけている時も酒飲んでませんでしたか?」

「う?もちろん、飲んでたよ。」

「その時、色々破壊しませんでしたか?」

「海底をあっち、こっち殴った気がするかな?結構地形が変わっちゃったよね。」

「多分それですよ。私達がここにいる理由は。」



 結局、今回の原因は全てリーンにあった。標的を追っかけている最中に海底を殴りまくったせいで、海底が隆起したり、陥没したりで潮の流れが変わってしまった、と。また、殴った衝撃で近くまで漁に来た船が沈んでしまったようだ。はた迷惑な規格外である。衝撃で津波が起きなかっただけマシというものだが……。


「とにかく元通りにしてくださいね!まったく、何の為にここまで来たのか。」

「わかったわよう……。そんなに怒らないでよ、カルナちゃん。」


 入口に向かいながらガミガミと説教をするカルナ。しょぼくれるリーン。


「姉妹がいるって、いいですよね~。私もほしかったな~。」


 再び羨ましそうに言うココ。その隣で思案に暮れるフレデリック。


(今回の件、何て報告したらいいんだ……。)


 そんな四人が浸食洞の入口で見たものは、遠くに流されている小舟だった。


「……そういえば、固定してなかったね……。」

「何をしているのだ、お前は!」

「ごめん、すっかり忘れていたよ。」

「ごめんで済むか!どうやって帰るんだ!」


 近くまで乗せてもらった船は水平線上に小さく見えている。相当な距離がありそうだ。潮の流れもきつく、泳いでいくのは無理である。


「大丈夫よ。いい方法があるわ。」


 そう言うと、リーンはカルナの首根っこを片手で掴んだ。


「リーン姉さん?まさか。」

「ちゃんと受け身は取ってね。」


 リーンは思いっきり力を込めてカルナをぶん投げた。


「この、バカ姉がーーーーーーー!!」


 という声を残して回転しながら、船目がけてカルナは飛んだ。そのまま船に吸い込まれていった。




「船長!空から女の子がーーーー!?」

「うわっ!あんた、何て戻り方するんだ!」

「この恨み……忘れんぞ……」


 板を何枚かぶち破ったカルナは気絶した。とりあえず無事のようである。


 一方、フレデリックは冷や汗だらけになっていた。


「あ、あの……もしかして僕も?」

「まさか。そんなことしたら死んじゃうわよ。」


 リーンは笑顔で答える。フレデリックは胸を撫で下ろした。とりあえず遺書を書かずに済んだ、と。同時にフレデリックは先程から気になっていることを聞いてみた。


「あのリーンさん。リーンさんはココの……この幽霊の女の子について聞かないんですか?」


 カルナが飛んでいった方角を見ながら、オロオロしているココを指さして言う。


「うん、聞かないよ。カルナちゃんにも何か事情があるんだろうし、その子も悪い感じはしないしね。」


 そう答えると、リーンは鎧を召還した。おそらく神界から転送したのだろう。黒く美しいが、どこか冷たさを感じる。身に着けた姿は、流石にヴァルキリーであった。髪の色も相まって、全身が闇のようである。死に行く者の目の前に現れたら、さぞ死神のように映るだろう。だが、フレデリックは不思議と怖さは感じなかった。ヴァルキリーが人間に対して、どのような感情を持ち合わせているかはわからない。だが妹という存在に対して、どういう感情を持っているかは十分に理解できたから、かもしれない。


(この辺の考え方もカルナに出会ってから変わったよな……。もっとも、普通妹は投げないけど。)


 その後フレデリックは船の近くまでリーンに運んでもらった。鎧を身に着けると飛べるらしい。ココも飛んでついてきた。


「すいません、ありがとうございました。」

「いや、元はと言えば私のせいだし。」

「あ、海底の件なんですが……お手柔らかにお願いします。」

「うん。パパッとやっちゃうから。フレデリック君もカルナちゃんをお願いね。あの子、ああ見えて繊細な子だから。」

「ええ。僕にできる事なら……。」

「大丈夫!君にしか出来ないことだから。」

「えっ!?」


 フレデリックの聞き返しを待たず、リーンはそのまま海底へと消えていった。海底を直しに行ったのだろう。


(どういうことかな?)


 フレデリックは船に引き上げられながら考えていたが、思い当たる節はなかった。



 数日後、海流は元に戻り、漁業も再開された。町の人達には適当な理由を言っておいた。まさかヴァルキリーが海底をボコボコ殴ったのが原因でした、とは言えないからだ。


 とにかく、依頼は完了したのだ。達成した報酬を受け取りグレナードの町に戻った。戻る馬車の中、カルナはずっと不機嫌だった。そして言う。


「訂正する。今後はシラフでも近づきたくない。」

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