第1話 解雇
神界にそびえ立つ巨大な神殿。その一室に彼女はいた。荘厳な空気の中たたずむ一人の少女。
全身は純白の鎧に包まれ、腰に一振りの剣を差している。柄の部分には複雑な銀の装飾が施されており、一目見て並の剣ではないとわかる。その少女の肌は透き通るように白く、鎧もあってか全体的に冬を感じさせる。だが背中にかかるその髪は、新緑の様に鮮やかな緑色をしており、生命の息吹溢れる春も感じ取れる。目鼻立ちは整っており、特に全てを見透かすような目は大きく、そして美しい。すれ違えば誰もが振り返る美貌の持ち主である。
彼女の名はカルナ。主神オーディンに仕える半神。死者の魂を選別し、エインヘリヤル(英雄の魂)として導く者、ヴァルキリーである。人によっては死神として忌避するが、ヴァルキリーに選ばれることを戦士の誉とする者も多い。だが……
彼女はおもむろに上を向くと、静かな声で呟いた。
「肉が食いたいな。」
彼女は問題児だった。神界でも並ぶ者なき問題児であった。主神であるオーディンにタメ口は当たり前、任務もよくサボる。エインヘリヤルの選別も、己の美貌で誘惑し、神界のあること無いこと並べ立てて勧誘する。それでも断れば地獄に落とすと脅し、強引に天界に連れてくる。主神オーディンをして「私は何故あんなのをヴァルキリーに選んでしまったのだろう?」と、言わしめる。そんなとんでも女神だった。
「ヴァルキリー=カルナ様。主神オーディン様がお呼びです。至急、謁見の間まで来るようにとの仰せです。」
そして今日もまた呼び出されるのである。カルナは小さく舌打ちをした。
謁見の間の奥には大きな玉座があり、そこに一人の男が座っていた。神々の頂点に立つ男、主神オーディンである。黄金の鎧を着込み、背中には青いマントがかかっている。数多の戦いに勝利してきた男の顔には、いくつも深い傷が刻まれており、鋭い眼光は近寄りがたいオーラを醸し出している。本来ならば栄華を極めた彼に心配事などあるはずもないのだが、先程から眉間にしわを寄せ、しきりに顎の髭をさすっていて落ち着かない。そして溜息を一つ。
そこへ呼び出されたカルナがやって来た。扉を全力で開け放ち、ドカドカと入ってくる。
「本日は何でしょうか?オーディン様。」
カルナは跪きもしない。何か文句でもありますか?といった表情をしている。不遜極まりない。オーディンは重い口を開く。
「戦乙女ヴァルキリー=カルナよ。私は普段からお前の素行について度々苦言を呈してきた。」
「そうでしたっけ?」
「だがそれでもお前が連れてくるエインヘリヤルの質は確かだったから大目に見てきた。だからお前が任務中に隠れてタバコを吸っていても、通りすがりの人間にガンを飛ばしていても黙っていた。」
「何だ、知ってたんですか。」
そう言ってカルナはまた舌打ちをする。反省の色は無い。
「しかしだ。今回お前が連れてきたエインヘリヤルは一体何だ?」
「お気に召しませんでしたか?」
「手元の資料には大量殺人者とあるが?」
「強そうじゃないですか。」
「お前はエインヘリヤルの人格を考慮しないのか?」
「どれも大体同じですよ。」
「しかもこんなのを五人も連れてきた。」
「いや~、五個くらいあれば一個くらい当たりがあるかな~、と。」
カルナは、はにかんで舌を出して見せる。てへぺろ。やっちゃった。許してね。そんな感じだ。もちろん許されるはずもない。オーディンは大きく溜息をついて告げた。
「もはやお前には愛想が尽きた。ヴァルキリー=カルナよ、お前からヴァルキリーの身分を剥奪する。」
「はあ。」
「その上で、神界より追放する。最後に何か言いたいことはあるか?」
「退職金は出ますか?」
こうしてオーディンの悩みの種であったカルナは神界を追放されることとなった。しかしオーディンは知らなかったのだ。カルナという娘が、どれだけはっちゃけた性格であったかを。彼女は悲観などしていなかった。せいぜい、今後どうしたら肉にありつけるか、といった程度の悩みしかなかった。
こうして、戦乙女から肉食系乙女へのクラスチェンジは行われたのだった。