『先輩』の事情 4
楽器を準備して教室に行くと、1年生の子が2人、そわそわした感じで立っていた。
「どうしたの?」
と、声をかけると、2人は顔を見合をせて、
「今日から正式に、このパートで練習することになりました。よろしくおねがいします」
……え?
「ごめん、ちょっと待ってて!」
私は教室を出て、部室をのぞく。葵先輩がいることに気づいて、必死に腕を引っ張る。
「わっ。何ー、彩音ちゃん、まだユーフォ出せてない」
「ユーフォなんていいんです!」
有無を言わせず、先輩を教室に連れ込む。
「何?」
「この子たちが!」
私が葵先輩を1年生の方に向けると、2人は戸惑うように会釈した。
「これからこのパートで練習するって言ってるんですよ!」
「まぁまぁ」
葵先輩は私の肩に手を置く。
「バスパには楽器がいくつかあるでしょうが。それを聞いてから…」
そこに、仁科がめんどくさそうにチューバを持って入ってきた。
「おー、悠也君。ちょうどよかった。今から自己紹介大会やろうと思って。バスパ全員集合! って言ってくれる?」
突然の出来事に、仁科は目の表情を変える。どんなことがあっても、仁科の表情は変わらない。みたことない、そんなこと。
「わかりました」
と、小さい声で言い、チューバを置いて仁科は出て行った。
「ちょっとまっててね、あ、座ってていいよ」
「はい」
2人がどこに座ればいいのか分からない、という顔をしていたので、私は椅子を2つ出した。
「ありがとうございます」
と、言われ、ちょっと照れる。『先輩』になったんだなー、実感する。感動。
私はついでに、パート全員分の椅子を出す。自己紹介大会何て葵先輩がはじめてしまったら終わりが見えない。今日は楽器が弾けないかも。でもまぁいいか。
私は改めて2人を見る。2人とも、バスパに何度か仮入に来てくれていたことを思い出す。1人の子はまだ何をやりたいって決まってないって言ってたっけ。もう1人は…。
あのふわふわの子だ。第1希望がユーフォの! 相変わらず髪はおろしているけど、今日は小さい編みこみがしてある。流行はゆるい編みこみなのになぁ…。
「よし! じゃあはじめますか」
全員そろったところで、葵先輩が言った。
「じゃあ、私から。ユーフォ二ウム担当の宮脇葵です。好きな食べ物はメロンパンで、最近は悠也君と杉本君の絡みを見ることにはまってまーす。よろしくね」
「俺と智樹の絡みって」
仁科が苦笑する。
「いや、ほんと面白いの。今度見てみるといいよー!」
いやいや1年生に対して何薦めてんだこの人…って、1年生に通じちゃってる…この子たち怖い…。
その後も葵先輩が司会進行的な役をやって、自己紹介大会は進んでいって、残すは1年生2人になった。
先に自己紹介をしたのは、ふわふわ1年生だった。
「ユーフォ二ウム希望の、森菜摘です。…好きな食べ物はマカロンで、…最近はアニメにはまってます。よろしくお願いします」
ふわふわだ。森菜摘ちゃん。マカロン好きとか女子力高い…乙女!
「ユーフォ第1希望のままだったんだね! めっちゃ嬉しい」
葵先輩のテンションがさっきからずっとおかしい。
「そこのチューバの人も一応ユーフォだから」
菜摘ちゃんが仁科を見る。目が合ったみたいで、仁科は無愛想に会釈をした。
「なんかユーフォって、チューバとか、たまーにトロンボーンとかに回されちゃうんだよね…。大変なんだけど、…まぁ菜摘ちゃんが行くことは無いかな? 悠也君がきっとどうにかしてくれるよ」
おぉ、って形に口をあけて頷く菜摘ちゃん。それからもう1度、こっそり仁科のことを見たのを私は見逃さなかった。
嫌だな。きっと、菜摘ちゃんはこれから、私の知らない仁科を知っていく。彼女しか知らない仁科が生まれていく。
「希望はコントラバスです」
私しか知らない仁科も知っていくかもしれない。
「彩音ちゃん、コンバスだって!」
あぁ、ダメだ。
「彩音ちゃん?」
もう1人のこの自己紹介何て耳に届かないくらい、自分の世界に入ってしまっていた。
まだ、諦めきれてない。
1年生の時から願ってたこと。
―――ユーフォに、女の子が入ってこないように。
でも、現実になった。たった1人だけど。
それだけで不安になるなんて、不安になることであるなんて。
ダメだ、もう、ダメだ。これ以上、自分をだましていられない。
あのとき殺したはずの、仁科を好きな自分が、まだ、生きてるってこと。再び、目を、覚ましたってこと。
―――まだ私は、仁科を好きなんだってこと。
誤字脱字など、あったらがんがん指摘お願いします!
読んでくれてありがとうございます(・v・)