『先輩』の事情 2
カラ。
教室のドアが静かに開く。
その少しの隙間から、うちの吹奏楽部の2年生の男子3人のうちの1人、杉本が顔を出していた。
「ユーフォに…仮入」
しゃべり方がモサイ。
「おー、ユーフォ! 了解です!」
テンションが高くなった葵先輩が1年生を教室に招き入れた。
「失礼します」
と、礼儀正しく入ってきた1年生は、決して細いとは言えない(どちらかというとふっくら?)ような体つきで、肩にぎりぎりつくくらいの長さの髪を下ろした女の子だった。
ふわふわしてる。それが第一印象だった。
ふと横を見ると、チューバを持った仁科もその子のことを見ていた。
気になるんだろうな、ユーフォに来てる子。
うちの学校は金管楽器の各パートを担当している人の人数に偏りがあり、今年のコンクールメンバーのなかにチューバを吹く人がいなくて、ユーフォからチューバに、期間限定で回された。
あいつがもし、コントラバスになっていたら。ユーフォは私だったかもしれないわけで、仁科の役は私がやってたのかも…とか考えちゃう自分に苦笑する。未練タラタラかって。
「ユーフォやったことある?」
「ないです」
「でもさっきまでトロンボーンやってたんだよね? じゃあ吹けちゃうかな」
「……多分」
葵先輩と1年生の間では、そんなぎこちない会話が交わされていた。
でも、さすが3年生だな…。私が1年生と話してると、あんなんじゃ済まない。緊張しちゃうし、なに話せばいいかわからないし。だから1年生もすぐにほかのパート行っちゃうのかな。
じゃあちょっと吹いてみて、と葵先輩が言うと、1年生は音を出した。
ぶへーーー。
やっぱり初心者だと、音が安定しない。さっきチューバに仮入に来た子はマーチングチューバの経験があるって言ってて、結構安定した音を出してた。
あの子がチューバに入ったら、仁科、抜かされちゃうんじゃない? それとも、ユーフォ二ウムとしてコンクールに出れるようになるのかな。
…ほら、また考えてる。いい加減やめないといけないのに。
「第一希望は?」
「ユーフォです」
「えー、嘘!! 嬉しい」
そんな葵先輩と1年生の会話を聞いて、仁科は少し驚いたような顔になった後、少し嬉しそうに笑った。珍しい。
私はまた、消したはずの自分がいることに気づいて、小さくため息をついた。