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愛しているのは


「こんにちは、ロザラインです! 状況を整理しましょうね。始まりは、お兄様があたしを探しにキャピュレット家のパーティに来たこと。そんなお兄様の情けない破天荒さにハートを射ぬかれちゃったジュリエット! ジュリエットはやっとお兄様に告白らしきものをして、キャピュレット家に帰ってきたわ。するとどうでしょう? 貴女様の夫となる男にございます!? 謎の黒髪青年パリス登場。さて、どうなるジュリエット! 前回までのあらすじなんて、もうやらないほうがよろしくってよ!」




 じょ、状況を整理しましょう? え? ロザラインがやった? それじゃ仕方がございませんわ。目の前の人に聞いてみましょう。ジュリエットは恐る恐る黒髪の青年に声をかけた。

「え、えーっと?」

「パリスにございます」

「ぱ、パリス様」

「さ、様なんて! もったいないお言葉です! パリスとお呼びください」

「じゃ、じゃあパリス、聞いてもいいかしら?」

「なんなりと」

 素直な人間らしい、パリスは真摯に耳を傾けていた。

「貴方がわたくしの夫になる、というのはどういう意味?」

「そのままの意味です。お父上からはなにも聞いておられないのですか?」

「え……ええ。つまりこれは、縁談ですの?」

「そういう言葉はあまり嬉しくはありませんが、わたしたちの関係には相応しいでしょう。そうです。縁談です」

 パリスは真面目な顔で言う。心根から真面目な人なのだろう、物事を正確に伝えようという姿勢が感じられた。

「どうすればいいでしょう……?」

「……ジュリエット様は、わたしをお嫌いですか?」

「そういうわけじゃ……」

「では、結婚していただきたい。わたしは貴女のことが好きだ。そして、結婚すれば必ず、貴女がわたしのことを好きになるように努力します。わたしは貴女を、幸福しあわせにします」

 力強い言葉に、ジュリエットは思わず言葉を失った。パリスのは真っ直ぐすぎて見つめることができない。

「駄目ですわ」

「どうして」

「私には、運命の人がいますもの」

 沈黙が辺りを包む。見ると、パリスはひどくせつなげな表情かおをしていた。ジュリエットは胸を痛め、ごめんなさいと呟くことしかできなかった。パリスは自分の胸に手をあて、可愛らしく小首をかしげた。

「それは一体、誰なのです? わたしは公爵の息子にございます。じきにわたしも公爵になるでしょう。ジュリエット様は、それでもその男を運命とおっしゃるのですか?」

 ジュリエットは戸惑いながらもしっかりと頷いた。

「ええ。ごめんなさい。でも、階級や身分じゃないのです。私は、あの人が公爵でも、とっても貧しくても、変わらず恋をしたと思うのですわ」

 そう、たとえかたき同士でも。

 パリスは、沈痛な面持ちで、申し訳ございません、と言った。

「少し取り乱してしまいました。身分を盾に女性に迫るなど、恥ずべき行為でした。しかしそれほど、貴女を愛しているのです」

 お許しください。パリスはそう言って、部屋から出ようとした。ジュリエットは慌ててパリスの腕を掴んだ。

「謝らなければいけないのはこちらですわ。縁談を持ちかけたのはきっとこちらでしょう? それをこんな風に……」

「いえ、提案したのは確かにジュリエット様、貴女のお父上ですが、その前からわたしは貴女を密かにお慕いしておりました」

 だから、貴女に会えると思っただけで、どんなに嬉しかったか……。パリスはそう言って顔を綻ばせた。ジュリエットは顔を伏せ、それから今度はきちんとパリスの瞳を見つめた。

「私、貴方のことよく知らないわ。どういう人なのか、教えてくださる?」

 パリスは、純粋に嬉しそうな顔をした。椅子を勧めると、恐縮しながら座る。ジュリエットがにっこり微笑みかけると、顔を赤くしながらも笑みを返してくれた。

「先程も言いました通りわたしは、公爵、エスカラスの息子にございます。ラッジャート、になりますね」

「ラッジャート……?」

「ジュリエット様がご存知なくても仕方のないことでございます」

 パリスはそこで小さく吐息した。

「父上の親戚には、二種類いるのですよ。表面上には違いがないように見えますが。一つは、わたしのように父上の血を引くもの。ラッジャートと呼ばれます。もう一つは、ブイオと呼ばれます。ラッジャートと同じ権限を持ち、なんら変わりがないように見えますが……生まれたときから、仕事を任せられているのです」

「仕事?」

「公爵という人間くらいは、街を統べる手前、汚いこともしなくてはいけない。それを、担うのですよ」

「待って。汚いことというのはなんですの?」

「街の風紀を乱す輩を排除する、というのが主のようです」

 排除、という言葉が重くのしかかる。ジュリエットは口許を隠した。すると、パリスも苦しげに顔をしかめていた。

「……苦しそうですわね?」

「……ジュリエット様、少しわたしの話をしてもよろしいでしょうか」

 ジュリエットは、もちろん、と頷いた。

「わたしには昔、兄と慕った人がいました」

 パリスは目を細めた。懐かしんでいるようにも、悲しんでいるようにも見える。

「優しく、強く、面倒見がよく、本当にわたしの憧れでした。しかし彼は、ブイオでございました」

 ブイオ、と言うとき、パリスの声は震えていた。

「小さなころから、ボロボロになって帰ってくる彼を見て、わたしは不安でした。それなのに、彼もまだ子どもであったのに、平気な顔をしていて、周りの人間も知らない顔をして……ある日、彼は戻ってきませんでした」

 ジュリエットは息をのんだ。パリスは苦しそうに続ける。

「ずっと、戻ってこないのです。わたしには、祈ることしかできない。彼が生きていること。いつか彼が認められて、ただ笑える日がくること。……あの人は、生きていますよね。きっと、きっと、戻ってきますよね」

 ジュリエットは、パリスを抱き締めた。彼の罪悪感や憤りや孤独感が手に取るようにわかった。変えたい、という意志。

「私も、同じですわ。変えたいの。大好きな人が、いいえ、大好きな人と、一緒に笑えるように」

 腕の中の温もりが、ジュリエットの服をぎゅっと握る。

「それでも貴女はわたしと結婚しなくてはいけません。これは、わたしと貴女のなにかではなく、わたしの父と貴女の父上の約束なのです」

 パリスは立ち上がった。吹っ切れたような顔をしている。今度はジュリエットも止めなかった。パリスは部屋を出る瞬間にちらりとジュリエットを見て微笑んだ。ジュリエットが頷くと、パリスは扉を閉めた。




「どういうことですの! 縁談なんて、聞いてませんわ!」

 ジュリエットは憤慨しつつ父の部屋の扉を開いた。そこには、信じられない光景があった。

 ロザラインだ。ロザラインがちょこんと座っていた。

「どういうことですの!?」

 隣に座っていた父が眉をひそめる。

「ジュリエット、はしたないよ。ロザライン、こちら、娘のジュリエットだ。ジュリエット、この子はロザライン。お前の妹になる」

 ジュリエットが当惑していると、ロザラインは立ち上がってにこりと微笑んだ。

「ご機嫌麗しゅう。初めまして、お姉様」




 どういうことなのか全くもってわからない。ジュリエットは呆然と歩いていた。自分の部屋に戻ろうか、それとも父の部屋に戻ってロザラインを問い詰めようか。そういえば縁談についての説明を受けていない。やっぱり父の部屋に戻ろうか。

「ジュリエット!」

「きゃっ……」

 見れば、ロザラインが悪戯っぽく笑っていた。

「吃驚した?」

「び、吃驚どころじゃな、ない、というか、なぜここに、な、どうしてですの!?」

「想像以上の反応に、こっちが驚きだわ」

 ジュリエットは気を落ち着かせて、ロザラインを睨んだ。

「ロミオ様を裏切ったの? 貴女がロミオ様のそばにいなかったら……!」

「じゃあ貴女は、貴女のお家を敵だと思ってるの?」

 え? と言って、ジュリエットは黙るしかなかった。

「あたしはね、どちらが敵でも悪でもないと思ってるの。いいえ、そう思うことにしたの。そう思わなくては、いつまでも終わらないのよ、これは」

「それにしたって……」

 ジュリエットはなにか言いたかったけれど、なにも言えずに黙った。それを見たロザラインが優しく微笑わらう。

「ねぇジュリエット、昔話をしてもいいかしら……」

 今まで生きてきた長さを合わせても『今』の尺に入りそうな歳の少女が『昔話』なんて言うのは、なにかの冗談のように思えた。それから、今日は昔話をよく聞く、ともジュリエットは思った。

 身分というものへの疑問と、ロザラインの昔話について。


 もう、パリスと結婚すればいいじゃないかジュリエットちゃん(笑)

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