表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/15

少しだけ

 夢を見ていた。

 そこには、彼女と自分しかいなかった。彼女は最初、僕には気づかずに呆然としていた。まるで脱け殻のようだった。僕は、彼女を助けてあげたかった。手を伸ばして言う。こっちへおいで。僕のところへおいで。しかし、言葉はおろか、伸ばしたはずの手も、僕のわきを行儀よく離れずにいた。

 彼女が僕に気づく。不意に悲痛な顔をして、なにか叫んだ。

“助けて!!”

 助けて、助けて、助けて。

 僕は耳を塞ぎたくなった。呻こうとしたけれど、それさえできなくて。彼女は今も助けを求めている。僕にできることはなんなのか。一体、どうしろと言うのか。

───殺せ。

 夢は、そこで途切れた。



 夢を見ていた。

 小さな自分は、兄と屋敷の庭を駆け回っていた。目の前いっぱいに広がる緑にはしゃいでいると、どん、という音と共に衝撃があった。尻餅をつくと、ぶつかった相手がだいじょうぶ?と言った。兄と同じくらいの少年だった。差しのべる手を掴むと、それは大きくて少し冷たかった。私は、頭を下げて逃げ去った。

 兄にそれを報告すると、兄はとても怒った。そいつはすごく悪いやつで、今日は客だから見逃してやるが、今度会ったら殺してやる、と言った。私はそれを困り顔で見ていた。

“今日は客じゃないから、殺してやるんだ”

 兄の声が聞こえる。やめて、という声は届かない。私が手を伸ばしたその時、夢は、そこで途切れた。



 コップいっぱいに水を入れ、ぐい、と飲み干す。ジュリエットはふう、と一息吐いてコップを戻した。

「色気もなにもない飲み方」

 声のしたほうを見ると、ロミオが呆れた顔でジュリエットを見ていた。ジュリエットはハッとし、慌てて口許を隠した。今ごろ隠しても遅いのだが。

 ロミオは静かにコップを取りだし、水を汲んだ。それに口をつけ、傾ける。

 ロミオはコップを置き、不意にジュリエットを見て目を見開いた。

「なに凝視してんの!? 気持ちワル! いやもう怖いわ。むしろ怖い。頭だいじょぶかよ」

 ロミオは心底怯えているようだった。ジュリエットは手のひらで顔を隠し、自分の失態を恥じた。うっかり愛する人を怯えさせるなんて、と。

「ごめんなさい。綺麗だったから」

 なにが? とロミオは訝しげな顔をする。ジュリエットはかぶりを振った。

 しばらくなんとはなしにその場でうつむいていると、君はさ、と小さな声がした。見ると、ロミオは思ったよりも近くにいて、ジュリエットを見下ろしていた。

「君は、ちっこいほう?」

 ジュリエットはショックを受けた。なんて失礼な。まあそこがロミオ様のいいところなのですけど!

「そんなことありません! 皆と同じくらいですわ」

 否定すると、ロミオはふーん、と呟いた。

「そういうもん? じゃあ僕の周りの女の子って背が高いほうなのかね」

「ロザラインがいますわ」

「あの子はまだ発展途上だ」

「まぁ……そうですわね」

 しばらく沈黙。今度はジュリエットから口を開いた。

「ロミオ様はこんな夜中に、どうなさったの?」

 ロミオが口を開こうか迷っているのを見て、ジュリエットは重ねて訊ねた。

「悪い夢でも見た、とか?」

 ロミオが少々驚いたような顔をした。ジュリエットは微笑む。

わたくしも、そうなのです」

 ロミオはじっと、ジュリエットを見つめていた。ジュリエットは、なんだか試されているような気分になった。君は、とロミオが言う。

「君は、一体誰だ?」

 ロミオの鋭い視線。ジュリエットは恐る恐るロミオの瞳を見つめ、どうして、と呟いた。

「僕は君を、キャピュレット家の使用人か、あのパーティに来ていた誰かか、その付き人だと思っていた。でも……僕は君を、見たことがあるような気がするんだよ」

「……なぜ、キャピュレット家のご令嬢などとは間違えなかったのかしら」

「令嬢にしては服のセンスが……と思って。いや、キャピュレットなんてそんなもんなの?」

 ジュリエットは顔を手のひらで覆った。泣きそう。いろんな意味で。

「君は、キャピュレットの血筋の人間なの?」

 ジュリエットはうつむいて、それから笑顔を作った。

「ロミオ様、覚えてるかしら。私たち、小さな子どものころ、一度だけ会ってますのよ」

 ジュリエットはロミオの手を掴んだ。大きくて、冷たい手だった。

「私、明日には帰らなくてはなりませんの」

「どうして」

 ジュリエットはできるだけ胸を張り、上品な笑みを作った。

「私が、キャピュレット卿の娘、ジュリエットだからです」

 しばらくなにも言わないでいると、ロミオは、ひどく疲れたような顔をした。それから不意に、知ってるんだ、と呟く。ジュリエットは驚いた。知ってたのですか? と言うと、ロミオは首を振った。

「こういうこともある、ってことだよ。もうさほど驚きはしない。神様は意地悪だから。せっかく、面白いから友だちになってもいいと思ってたのにね」

 言葉とは裏腹ないじけたような口調に、ジュリエットは笑いをこらえた。それからジュリエットはロミオの手を離した。

「少しだけ、戻るだけですわ。必ずまた来ます。ロミオ様が私を憎んでも、必ず来ます」

「ああ。僕は君を憎むだろう」

 わかってはいるけれど、やはりジュリエットの胸は痛んだ。それでもロミオに微笑みかける。

「貴方は私の、運命だから!」

 そう、幼き日のあの瞬間から、ジュリエットの運命はロミオだけだったのだ。ジュリエットはもう一つ付け加える。

「それと、ロミオ様はわかってませんわ。私はただのお友達じゃなくて、ロミオ様の恋人候補ですのよ」

 ジュリエットは静かに背を向け、歩きだした。




 ジュリエットは、父と母からお説教を受け、部屋に戻ったところだった。ふう、とため息を吐き、これからどうやって抜け出そうかと一生懸命に考えを巡らせる。不意にノックの音が響き、ジュリエットは上の空でどうぞと呟く。

 入ってきたのは若い男だったが、ジュリエットの瞳にはそんなもの入り込んでこない。男がひざまずき、ジュリエットの手をとって接吻したとき、ジュリエットはやっと悲鳴をあげた。

「な、なんですの! なんですの!? 誰か、誰か助け……」

「ジュリエット様」

 男の落ち着いた声に、ジュリエットも黙った。男は、まるで女のように端整な顔をしていた。ふわりとした黒髪が耳を隠し、瞳まで隠そうとしていた。しかしそこから覗く瞳は存外優しそうで、ジュリエットへの深い愛情がうかがえた。

「初めまして、ジュリエット様。わたしはパリスと申します。いきなりのご無礼お許しください。わたしは貴女様の、夫となる男にございます」

 鈍感ロミオ様万歳←


 パリスさんきましたね。本家でも親の決めた婚約者としてご登場なさるパリスさん。一番可哀想なのは彼なのでは?といつも思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ