奴隷王ノアとエーリカ・ライズ・フェルナンデス
クラウン・サイドがアナザースカイを獲得して4日が経ったある日のことだ。
アイザックが出ていった宿で一人のどかに暮らしていたアポロンJ。
彼が宿の食堂で一人朝飯を食べている時、宿の扉が開かれた。
この宿は食堂とロビーが兼用しているので、そのまま来訪者とアポロンJは顔を会わせる事となる。
「何しに来た?クラウン・サイド」
この宿に訪ねてきたのは水色の髪を肩で切り揃えたクラウン・サイドだった。
「警戒しないで。今日は依頼があって来たの」
「俺は何でも屋じゃないんだが?」
「貴方にもメリットがあるわ」
自信を感じさせる物言い。
――この女は絶対に自分の言いなりに人を動かせると思っているな。気に入らない
アポロンJはこの女の依頼を断ろうと決める。
「断る」
「あら、そう」
そう言うとクラウン・サイドは宿を出ていこうとする。なんとも呆気ない感じだ。
彼女が宿を出るそんな時、アポロンJの耳が彼女の呟きを捉える。
「アナザースカイの情報いらないのか…」
「ストォォォォップ」
単純、なんとも単純である。
アポロンJは鬼気迫る勢いで、クラウン・サイドを引き止めにかかる。
その瞬間、クラウン・サイドは薄ら笑みを浮かべたことにアポロンJは気づく事が出来なかった。
「で、依頼の内容は?」
クラウン・サイドを引き止めたアポロンJは、依頼を早速こなそうと情報を訊ねる。
彼とてバカじゃない。クラウン・サイドがわざわざ自分を頼ってくる意味合いを分かっている。
それは難度が高いということだ。
恐らくクラウン・サイドは自分の事を高く評価していると、アポロンJは自負している。
別にこれは驕りじゃない。事実だ。
自分が頼られる程の難度の依頼。
そこで大切になってくるのが情報だ。
アポロンJはそれを聞き逃さないために、クラウン・サイドの言葉に耳を傾けた。
「私が貴方に頼みたいのは、荷物の輸送よ」
「俺に運び屋になれと?」
「ええ。最も運ぶのはただの荷物じゃないけどね」
そこでクラウン・サイドは一旦間を空ける。
宿が静まりかえる(アポロンJとクラウン・サイドしかいないので当然だが…)。
「運んでほしいのは人間よ。それもとびっきり危険のね」
「お前の手に負えないレベルなのか?」
「いいえ、私がいれば大丈夫なんだけど、最近忙しくて暇がないの。で、その時思ったの。アポロンに頼めばいいって」
「パシりかよ…」
アポロンJはクラウン・サイドの自分の扱い方の適当さに少々嫌気が差してきたが、そこはアナザースカイの為に断れない。
彼は細かいことは諦めて、クラウン・サイドの依頼を詳しく聞き出すのだった。
――――
「依頼は人を送り届けること。送り届ける場所はノアの館よ」
「ノアの館?」
アポロンJは聞きなれない単語が出たために思わず彼女に聞き返す。
「奴隷王ノア。彼の館よ」
「奴隷王?この街は奴隷制度が認められているのか?」
「この街だけではないわ。裏ではどこでも奴隷は存在する。表ではそんな制度はないけどね」
「で、ノアってのはどんな奴だ」
「その字のごとく奴隷の王よ。彼は奴隷でありながらその主を殺し自由を得た。でも、もう彼は狂っていたの。彼は他の奴隷を自分の奴隷にした」
「へえ」
奴隷王ノア、王を名乗る位だからある程度は出来るのだろう。
だが、気になるのはむしろクラウン・サイドがもて余してる“荷物”の方だ。
――俺が出るまであるのか、それともクラウン・サイドの思惑があるのか……
まあどちらにしても乗らざるは得ないな
思考を自己完結したアポロンJは取り敢えず荷物のことを聞いてみることにした。
「で、どんな荷物なんだ?」
「エーリカ・ライズ・フェルナンデス。貴方なら知ってるでしょ?」
「えらく大物だな」
エーリカ・ライズ・フェルナンデス。
大貴族、ドラウ・ライズ・フェルナンデスの一人娘であり相当の魔導使いである。
しかし数ヵ月前、ドラウが暗殺されてしまう。その事によりフェルナンデス家は事実上没落し、エーリカの行方は分からなくなっていた。
――まさか奴隷になっていたとはな
恐らくドラウが暗殺された際に彼女は売られたのだろう。
最も、アポロンJにとって相手が何であろうと関係ないのだが。
「いいだろう。詳しい予定を教えてくれ」
「明日、集合場所は大噴水。1時に来て」
大噴水、それはこの街の待ち合わせ場所によく使われるスポットの一つである。
その常軌を逸した大きさから他の街でも多少有名である。
「りょーかい」
軽い気持ちでアポロンJはこの依頼を承認した。
エーリカ・ライズ・フェルナンデスとアポロンJ、この二人の出会いは後のこの街の在り方を変えることになる。
まあ最も、その事はまだ誰も知らないのだが…。
★
数ヵ月前、ドラウ・ライズ・フェルナンデス家にて家主ドラウの暗殺が起こった。
それによりその一人娘、エーリカ・ライズ・フェルナンデスは奴隷として売られることとなる。
彼女は強かった。それはとても。
しかし運がなかったのだ。
彼女はドラウの暗殺の犯人を目撃した。
犯人は顔を隠していたのだが。
激昂しその犯人を殺そうとしたところを、予想外にも返り討ちに合い、彼女は奴隷となったのだ。
――犯人め、いつか殺してやる
エーリカはいつもそう願っている。
奴隷となった彼女は奴隷王ノアの奴隷とされた。しかしそれを良しとしなかった彼女はそこから逃走する。
彼女には魔導に自信があった。それは勿論驕りではないし事実だと思っている。
しかし暗殺者に対しての敗北。
そして
「貴方は誰?」
「王冠殺し(クラウン・サイド)」
彼女はノアの依頼により逃走をクラウン・サイドに阻止されてしまう。
結局、彼女の人生はドラウの死により急下降してしまった。
そして時は依頼遂行の日へと戻り……
「アポロン、荷物は頼んだわよ」
「ああ」
大噴水の前、クラウン・サイド、アポロンJ、エーリカが揃う。
――クラウン・サイドが私から離れるこの好機、生かさせてもらうわ
エーリカは逃走を再び計画していた。
しかし彼女は計算していなかった。アポロンJという男の強さを。
――男には悪いけど、この依頼は失敗してもらうわ
そう、エーリカは愚かだったのだ。
今日それを彼女は知ることとなる。




