現れた王冠殺し
―一体何をしたのかしら、アポロン
レイナは壁越しにマリアンヌとアポロンJの戦闘を見ていた。
あの瞬間、マリアンヌがアポロンJにナイフを刺したようにレイナにも見えた。
しかし実際はアポロンJには傷ひとつ無かった。
レイナは携帯電話で時間を確認する。
―そろそろね。
レイナがそんなことを考えていると、ホテルのエントランスの入口の開く音が聞こえる。
―さあ、せいぜい楽しませてね、アポロンJ
★
エントランスの入口が開く音を聞き、アポロンJはそちらに目を向ける。
「どう言うことだ、これは」
そこから現れたのは、真っ赤な髪を逆立てたアシッド・ボーイだった。
その彼の表情は、最早怒りを通り越して無表情だ。
「アポロン、手を出すなと言ったはずだが?」
「ああ、そうだな。だがアシッド・ボーイ、お前に従属する気はないと言ったはずだが?」
「なるほど。まあいい」
アシッド・ボーイはそう言うとうつ伏せに倒れているマリアンヌへと近づく。
そしてその手がマリアンヌへ触れるかと思われたその瞬間、手が止まる。
「何のつもりだ?」
そこにはアシッド・ボーイへと銃口を向けたアポロンJの姿があった。
「その女にもう手をだすな。死んでいるんだぞ」
「だから何だ?死体を見るだけで反吐が出そうだ。こいつの死体は跡形もなく消す」
「そいつは敬意を表するに値する奴だった。お前が手を出していいやつじゃない」
交差する二人の視線。
お互いの殺気のためか、二人は空気が重くなる感覚を覚える。
「言うじゃねえか。もしかしてやる気か?」
アシッド・ボーイは問う。
「お前がそれ以上堕ちるなら」
「なるほど」
アシッド・ボーイはマリアンヌに触れかけていた手を引く。そしてアポロンJと対峙する。
「……お前とやる気はねえよ。確かにこいつは消したいが、お前と殺り合うのは不本意だからなあ。あいつの掌で踊らされてる様で。なあ、出てこいよ」
アシッド・ボーイはエントランスの壁の陰になっている方へ向けて声を出す。
そしてしばらくして、そこからレイナが出てくる。
「あら、気付いてたのね?」
「当たり前だ。今回はお前が仕組んだ事だな?」
「人聞きの悪いこと言わないで。それよりアポロン、アナザースカイを取って頂戴」
アポロンJは契約を思い出し、アナザースカイをマリアンヌの手首から外す。
そしてそれをレイナへと渡すため近づこうとしたが、それをアシッド・ボーイに止められる。
「それをあの女に渡すな。後悔するぞ」
「俺は既に情報を買ってしまったからそれは聞けない。契約違反になる」
アシッド・ボーイが止めたにも関わらず、アポロンJはレイナにアナザースカイを渡してしまう。
「お前の今回の狙いはアナザースカイだったわけか?
なあ、王冠殺し(クラウン・サイド)」
その言葉にレイナ、もといクラウン・サイドはニヤリと笑う。
「今回の本当の狙いは、アポロンが貴方を殺す事だったんだけど、まあいいわ」
一人状況についていけないアポロンJ。
―レイナがクラウン・サイドだと。じゃあ今回、俺は奴の思惑に踊らされてたのか…
その事に気付き、歯軋りするアポロンJ。
「今回は完敗だよ、クラウン・サイド。まさかもうアポロンを利用してくるとは思わなかったぜ。これで一歩リードされたな」
アシッド・ボーイはクラウン・サイドを睨み付ける。
「いいえ、実力的には四人の中で私が一番劣っていた。これでイーブンよ」
アシッド・ボーイの言葉にクラウン・サイドは飄々(ひょうひょう)と答える。
―違うぜクラウン・サイド。お前は実力で劣りながらも俺たちと互角に渡り合って来た。そのお前が実力で俺達と互角になったら……
アシッド・ボーイはこれからのことを思うと冷や汗が流れるのを感じた。
「レイナ、貴様」
アポロンJはクラウン・サイドに怒りを剥き出しにする。
「利用しようとしたことは謝るわ。だけど分かったでしょう?これは貴方の探すアナザースカイじゃない」
クラウン・サイドのその言葉に思わずアポロンJは言葉を失う。
―この女、一体どこまで知ってる…
「安心して、アポロン。私は貴方の敵じゃない」
「信用出来るかよ」
「どちらにしても、貴方は強い。また協力してほしいときはお願いするわ」
クラウン・サイドはそう言ってエントランスから出ていった。
「アポロン、俺達も行くぞ。『keeps 』が来たら面倒だ」
二人もエントランスを出ていく。
しかしアポロンJの心情は穏やかでない。
別に利用されたことに怒っているのではない。
ただクラウン・サイドという女の情報が何処まで本当か分からなくなったのだ。
数分後、アシッド・ボーイと特に何もなく別れたアポロンJは宿に戻ってきていた。
そこにはクラウン・サイドから借金をしていたアルザック。
彼はアポロンJを見つけると喜んで近寄ってくる。
「聞いてくれアポロン。借金が免除されたんだ。さっき連絡があって、もう払わなくていいってさ」
喜ぶアルザック。それを見てアポロンJも何となく溜め息をつく。
―せめてものお礼のつもりか、レイナ。いや、クラウン・サイド
これからのことを考えるとアポロンJは、楽観的には考えられなかった。
アシッド・ボーイ、ブラウン・ボム、クラウン・サイド、ドレッド・フェイス。
この街は異常だ。それがクラウン・サイドを見て分かった。
アナザースカイを手に入れるには少なくともブラウン・ボムかドレッド・フェイスと対峙しなくてはならない。
それがもしクラウン・サイドみたいな癖のある奴だったらと考えるとアポロンJはとても笑う気にはなれなかった。
「よし、俺はこの街を出る」
「は?」
急にそう言い出したのはアポロンJではない、アルザックである。
「宿はどうすんの?」
「別に構わん。こんな危険な街にいるよりは他でのどかに暮らすさ。この宿はお前の好きにしていいぞ」
「はぁ」
思わずアポロンJは再び溜め息をつく。
これから彼に待っているのは、間違いなく困難な道だろう。
しかし彼は立ち止まれない。
アナザースカイを手に入れるために、己の野望を叶える為に。
だから彼は進んでいく。
例えそれが破滅の道だったとしても。
★
その翌日、アーバンスである情報が駆け巡った。それは勿論クラウン・サイドのアナザースカイ獲得である。
何故そんなに早く情報が回るのだろうか?
それはクラウン・サイド自身がその情報を流したためである。
これにより彼女はこの街を浮き足立たすのを狙ったのである。
しかし…
街のある酒場にいた赤い男は
―借りは返すぞ
闘志を燃やした。
また、街でギャンブルをしていた謎の男は
―面白い
あくまで楽しみとして扱った。
そしてある宿にいた黒い男は
―障害となるなら消すぞ、王冠殺し
確かな決意を固める。
結局、クラウン・サイドの思惑は失敗に終わったのだった。
とにもかくにも、この街は普通じゃいられない。
何故ならばここは死の漂う街、アーバンスだからだ。
この後、クラウン・サイドのアナザースカイ獲得により、勢力均衡が破られるのかはまだ誰にも分からない。




