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アナザースカイと黒い太陽  作者: ALK
アポロン襲来編
5/12

白い死神と黒い悪魔

「なあ、アポロン」


タバコを加えたアシッド・ボーイは消え入りそうな声でアポロンJに声をかける。


「俺は短気か?」


「いや…」


アシッド・ボーイの問いに、アポロンJは否定で答える。


「だろうな。」


笑った。アシッド・ボーイは笑った。

それは異質すぎる。

血の海と化した酒場、『アダム&イブ』。


その血だまりの中、まるでバラエティー番組を見ているかの如く彼は笑った。



アポロンJが『アダム&イブ』に着いた時には既に時は遅かった。そこは血の海と化し、その中心にはアシッド・ボーイが立ち尽くしていた。


「良かった。本当に良かった。俺は短気じゃねえんならこの怒りは、一時の気の高ぶりで起こってるんじゃねえってことだ。」


アシッド・ボーイは続ける。


「まぁこの惨劇の犯人の宛はおおよそついてる」


この血の海で未だに笑みを浮かべているアシッド・ボーイだが、次の瞬間


「殺す。じゃないと気が収まらねぇ」


怒りをあらわにする。あまりの殺気に大気が震え、呼吸すら困難にさせる。


しかしそれを対して気にせず、アポロンJは思考モードに入る。


―この惨劇だ。誰かはその犯人を目撃しているはずだ。しかし未だにレイナからの連絡はない。誰かが匿ってる可能性があるな。いや、まさか派閥争いの為に誰かが雇ったのか。



「アポロン。今回は絶対手を出すなよ。俺が殺す」


アシッド・ボーイはアポロンJへ向けて告げる。これは忠告ではなく、恐らく警告なのだろう。手を出せばお前も殺すという。


その時、アポロンJの携帯に1つの着信。

その相手を見てアポロンJの口の両端が上がる。


―手を出すな…か。そいつは無理なお願いだぜ、アシッド・ボーイ。お前が手を出そうとしているのはアナザースカイ。その空をお前が掴むと言うのなら、俺は……







既に賽は投げられた。

この腐りきった街で、誰が次の空を見るのだろうか。


それはアポロンJか…

それはアシッド・ボーイか…

それは白い女か…

それはレイナか…


それはまだ誰も知らない。





その頃、高級ホテル『ソルティー』のエントランスにて。


「待ちなさい」


このホテルのエントランスのソファーに腰かけていた水色の女、レイナ・アヴィは目の前を通り過ぎようとした女に声をかけた。


その女は白い髪に白いワンピースを纏った女、『アダム&イブ』を血に染めた女だ。

しかしその時に血で赤く染まったはずの彼女は元の白い服装に戻っていた。


「何か?」


白い女はレイナに笑顔で対応する。


「知ってる?」


レイナもそれに笑顔で答える。

しかしその言葉は重く鋭い。



「この街のルールを」


それは彼女に対する最初の警告。


「この街で勝手することは許されないの。何故ならばそれは…」


レイナが言葉を続けようとしたその瞬間、白い女から殺気が漏れだす。それを感じ取ったレイナは目を細める。


「勝手するとどうなるの?」


「悪魔が殺しに来るわ」


「……。ふふ、それは恐いわね」


白い女は初めは呆気にとられていたが、次第に笑いが堪えきれなくなったのか、笑みをこぼす。


「私は悪魔さえ殺す死神。この街が私を殺そうというのなら容赦はしない」


「無知ね、貴方は。まるで井の中の蛙」


「なら貴方が蛙を殺すのかしら?」


「その役は私じゃないわ」


―だってその役は…


レイナが言葉を続けようとしたその瞬間、エントランスの扉が開き沢山の男が入ってくる。


「早いのね」


レイナはその集団の先頭の男に話しかける。


「お前が俺達に情報を与えるとは、何を考えている?」


「別に、ただアシッド・ボーイに借りを作っておきたいだけ」


「なるほど」



実はこの集団、レイナの情報により集められたアシッド・ボーイの部下達であった。


「おい、女」


部下の男の一人が白い女に声をかける。


「覚悟は出来てるか?」


「ええ」


男の問いに、白い女は肯定する。

―ただし


「殺す覚悟なら」


その言葉と同時に白い女がその場から消える。


そして次の瞬間、部下の男は自分の片手が無いことに気づく。


「うぁぁぁぁぁぁ」


ホテル『ソルティー』のエントランスに悲鳴がこだまする。


アシッド・ボーイの部下達は仲間の負傷に狼狽えることなく、魔導を発現するためにキーワードを口づさもうとする。


しかし次に部下達が見たものは己の首と胴体が離れていく景色だった。


一瞬、瞬きすることすら死に直結する。この女はアシッド・ボーイの数人の部下全ての首を、一瞬の間にその手に握るナイフで切断してしまった。


再び赤く染まった彼女は高らかに笑い、そしてその場で変わらずソファーに腰かけていたレイナに問う。


「これが貴方の言う悪魔かしら?」


一瞬でアシッド・ボーイの部下達を殺したこの女の規格外の力を目の当たりにしても、依然レイナは薄ら笑みを浮かべていた。


「いいえ。その死体はただの餌よ」


「へぇ」


血だまりの中、二人は変わらず会話を続ける。その姿はまさに異様。



「まあ、貴方の目的は分かっているわ。マリアンヌ・ド・ルーヴァ」


どうやら現在、血に染まった彼女の名前はマリアンヌと言うらしい。


「アシッド・ボーイを殺したいんでしょう?貴方の家族を殺した」


「なんでそれを…」


「さあ、何ででしょう?」


「いいわ、貴方を痛めつけて聞くもの」


「ふふふ、それは無理ね」


その時エントランスの自動ドアが開く。そこから現れたのは…


「ゲームセットよ」


漆黒を身に纏ったアポロンJだった。





数年前の話だ。


その頃ある街で神隠しが続出していた。


噂では、ある男と接触した人が消失してしまうとか。

当時は治安維持組織『keeps 』も、信憑性に欠けたために動くことがなかった。


しかしそれからしばらくしても犠牲者が後を断たなかった。

そのため『keeps 』がついに思い腰を上げる。

犯人の特定は容易だった。なぜならその犯人は目撃されることをなんとも思っていなかったからだ。犯人は自分の所業の観測者を求めていた。


そして数日後、『keeps 』は犯人を捕らえるために数人を擁して捕獲に向かった。

しかし結果は悲惨だった。犯人を捕獲しようとした勇気ある者は“神隠し”にあってしまったのだ。


僅かに生き残ったものはこう言った。


―皆溶けるように消えてしまったと。



そして犯人はこう呼ばれるようになった。

アシッド・ボーイ(酸男)と。



「迅速な情報提供感謝する。アシッド・ボーイに、アナザースカイを神隠しにされずに済みそうだ」


エントランスから中に入ってきたアポロンJはレイナにお礼を言う。

アシッド・ボーイの名前を耳にした瞬間、マリアンヌの顔が少し歪む。


「報酬は忘れないでね。」


「分かってる」


アポロンJはレイナにそう答えると、マリアンヌと対峙する。


すると次の瞬間、返り血を浴びて赤く染まっていたマリアンヌの服や髪が白に変わっていく。


「へえ」


それを見てアポロンJは感嘆する。


「レイナ、邪魔だから退いてろ」


アポロンJはレイナを戦列から除外する。


「貴方は何?」


マリアンヌはアポロンJに問う。


「俺か?」


―俺は


「悪魔さ」


アポロンJは告げる。

ホテル『ソルティー』のエントランスの中、白い死神と黒い悪魔の殺し合いが始まる。



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