限界使用のサーモア
「ちゃんと働け、クズが」
そう言うのは、高級そうな服に身を纏い、そして腕には幾つのも魔導具を着けている貴族である。
そしてクズと呼ばれた青年は、所々破けている服を着ていて、首に奴隷を証明する首輪がつけられていた。
青年の名前はベル。物心ついた頃から奴隷として働いてきた。
ベル自身それしか生きていく術を持っていなかったため、その境遇を諦めてさえいた。
ベルの主の名前はフロード・ヴァン・ロード。
フロードは奴隷使いの荒さで有名だった。
彼の下で死んでいく奴隷は多かった。
それは例えば餓死であったり、フロードの趣味で殺されたりと様々だ。
フロードの下で何時もの様に働いていたベルだが、ある時フロードが新しい奴隷を連れてくる。
その奴隷の名はカリン。彼女は奴隷のため、みすぼらしい格好をしていたが、長い金髪に端整な顔立ちといい、非常に美しい容姿をしていた。
そんなカリンが同じ奴隷のベルと仲良くなるのに、そんなに時間はかからなかった。
フロードの邸宅には他にも奴隷はいるのだが、二人はその中でも特に仲が良かった。
しばらくして二人は、お互いがお互いを好きになる。
しかし二人は奴隷、叶うことのない恋だ。ベルはそんな風に諦めていた。
しかしカリンは違った。
「いつか二人で、自由な世界を共に生きていきたい。そして出来たら奴隷のいない世界を創りたいな」
ある日彼女はそう言った。
ベルは少なからず驚いた。彼もそれを望んでいたが知っていたからだ。
――それは不可能だ
と。
それはカリンとて知っている筈だろう。しかしそれでも尚、彼女は望もうというのだ。
起こり得ることのない未来を、幸せな未来を。
――カリン、お前がそれを望むと言うなら……
その時ベルは誓った。
――この世界は腐っている。こんな世界で泥にまみれて生きている俺たちだけど、良いよな?少しくらい夢を見たって。それが例え、叶うことのない夢だとしても……
「カリン、俺誓うよ」
ベルはカリンに言った。
「いつか、二人でここを出て自由になろう。例え己の手が血で汚れるとしても、その手で幸せを掴み取ってやろう」
そう言うベルの目は未来を見ている様にカリンには思えた。
「ベル」
感極まったカリンは思わずベルに抱き着く。
照れながらもベルはカリンを引き離そうとはしなかった。
そして翌日、ベルは邸宅の掃除をしていた。掃除などは普通メイドがやるものだが、どう言うことかここの邸宅では掃除なども奴隷が担当していた。
そんな時ふとベルはカリンの姿が見えないことに気が付く。
「おい、奴隷」
カリンの姿を探していて、手を止めていたベルに声が掛けられる。その声の主はフロードだった。
殴られる、ベルはそう思い痛みに備える。
しかし痛みはやって来なかった。
「ここはもういい。次は俺の部屋を掃除しておけ」
そう言うとフロードは何処かへ行ってしまった。普段であれば手を止めていればすぐさま殴られるため、いい意味で裏切られた気分だった。
それはさておき、フロードに命じられたベルは掃除をすべく彼の寝室に向かう。
そして部屋のドアを開けた。
「は?」
一瞬、ベルには理解が出来なかった。
そして理解した。フロードの言っていた“掃除”の意味を。
部屋で見たもの、それはカリンの死体だった。
この部屋で何が行われたのかは想像に難くない。
だがしかし、この時ベルは全く悲しみを感じなかった。愛する者が殺されたにも関わらずだ。
感じたのは異常なまでの憤り、そしてこの世界の不条理さ。
――いいだろう、世界よ。お前がそれを、俺達の不幸を望むなら、抗い続けてやる。カリンの望みは叶えられなかった。だが、まだ1つ叶えられる望みはある。
この時もう既にベルは狂っていた、いや、世界がベルを狂わせた。
――すべての奴隷に告ぐ。俺は王になる。
――だから着いてこい。俺が全ての奴隷を“新世界”へと運ぶノアの箱舟になろう。
――もう俺はベルじゃない。全ての奴隷の希望、ノアだ。
その日、奴隷王ノアが誕生した。
★
「誰だ?貴様」
ノアはエーリカの光の直後に現れたアポロンJに問う。
「名前はいい。ただ俺の仕事はその女をノアに送り届けることさ。これで仕事は終わりで良いよな?」
アポロンJはノアへ依頼の完了を確認する。
「いや、だめだ」
しかしアポロンJの予想に反し、ノアの答えはいいえだった。
勿論アポロンJはその理由を問う。
ノアの理由は……
「お前の態度が気に入らないからだ」
瞬間、ノアは一瞬でアポロンJとの距離を詰める。
そしてフランベルジュを一閃。
しかしこれはアポロンJが後方に下がることで、彼の前髪を数本刈り取るにとどまった。
――おもしれえじゃねえか
アポロンJは心の中で呟く。
最近の彼は、命の取り合いに飢えていた。
そこでこの王との戦闘。
彼にとって願ったり叶ったりである。
「開放」
アポロンJのキーワードにより、彼の手首の魔導具から拳銃が開放される。
アポロンJは銃口をノアへ向け、そして引き金を引く。
乾いた音が響きわたる。
しかしノアは健在。
――かわしたか
アポロンJは思案する。
しかしその瞬間、アポロンJは体にある違和感に気が付く。
――動けない
そう。体が言うことを聞かないのだ。
「フランベルジュ」
そしてノアのフランベルジュは更に燃え上がりが激しくなっている。
彼の顔には微かな笑み。
――不味い
アポロンJは珍しく焦りを露にする。
ノアのフランベルジュがアポロンJの体を貫こうとしたそんな時だった。
「アイス・ニードル」
ノアの立っている場所から氷の棘が生え、彼を襲う。
しかしそこはノア、それを無難にかわす。
「助かったぜ」
アポロンJは数時間前殺されかけた彼女にお礼を言う。
助けたのは意外にもエーリカだった。
「どういうつもりだ?」
「別に。貴方が死んだら私に自由は永遠に来ないと思っただけよ」
「なるほどな」
アポロンJは素直に納得する。
エーリカはノアに捕まりたくはないだろう。
そんな時にノアとアポロンJとの戦闘。
彼女にとってこの状況は願ってもないのだ。
万に一つアポロンJが勝利すれば、自由を手に入れる可能性が出てくる。
しかし、限界の状態で魔導を使用した代償は大きかった。
「お前、腕が……」
アポロンJはエーリカの腕を見て言葉を失う。
何故ならば彼女の右腕が、まるでガラスが割れるかのようにひび割れていくからだ。
「代償よ」
彼女は言う。
フェルナンデス家の儀式。
それは己の体の一部をサーモアとして機能させるもの。
それによりフェルナンデス家では誰一人魔導具を持たない。己の体が魔導具として機能するからだ。
しかしそれは逆にサーモアが壊れる、つまり魔導の限界使用をすると、己の体が破壊されることを指す。
そして今回、エーリカは魔導を限界使用したことで己の右腕を失った。
この事実はアポロンJに少なからず衝撃を与えていた。なぜなら
――この女、右腕を代償にしてまでも、俺に賭けたのか?そこまでして自由に……
「何がおかしい?」
ノアは苛ついたようにアポロンJに問う。
何故ならばアポロンJは笑っていたからだ。とても嬉しそうに。
「誇っていいぞ」
アポロンJはエーリカに向かって言う。
「お前が捨てたその右腕、決して無駄にはならない。その決意、決して無駄にはさせない。」
そして彼は宣言する。
「お前は右腕を代償に自由を手に入れる」




