大魔導
「私は王である」
唐突にノアは語り出す。
以前からエーリカはノアのことを見ていたが、その雰囲気はいつも異様だった。
まるで全てを監視されている様な、まるで全てを支配されている様な。
ノアは典型的な王だった。
エーリカは実際、名目はノアの奴隷だったが、その待遇は奴隷とは思えないほど素晴らしいものだった。
そのため、ノアに開放され、彼の奴隷となった者はみな従順だった。
しかしエーリカはそれを良しとしなかった。彼女は支配されることを好まなかったのだ。
そして数日後、エーリカはノアの屋敷から逃亡する。
彼女にとって誤算だったのは、自身の逃亡をノアが許さなかったことだ。
ノアは支配することを好む。
それなのにも関わらず、支配を拒むエーリカを己の手元に置いておく。
ノアの考えがエーリカには全く分からなかった。
「エーリカよ。不満があるなら言ってみよ」
「不満はあんたの支配よ」
隠すことなくエーリカは言う。
しかしノアはそれに動揺することはない。
「良かろう。ならば私の支配はお前に及ばない様にしようか。ただし、そうすれば後悔するのはお前の筈だが」
ノアの言うことは最もだ。
エーリカは奴隷として買われ、その移動の途中でノアに遭遇した。
そこでノアはエーリカを奴隷という名の己の支配下に置いた。
彼女は奴隷商人に賞金首に指定されている。そのため先ほどの様に男達に絡まれることも多い。
しかし、それがうまく撒けたのはノアの支配のお陰でもあった。
「お前の支配は不快だ。絶対的な王など私には不要。必要なのは絶対的な信頼の置けるリーダーよ」
「信頼などちょっとのことですぐに崩れる。その為の支配だ」
違えるお互いの主張。
「支配の中に自由がなければ私には無意味なの」
「私の支配の中にも自由はあった筈だが?」
「籠の中の自由ならね」
「それは自由であろう?」
「それはただの錯覚よ」
二人の主張は決して交わることは無いのだろう。
なぜなら二人は正反対であり、そして同じだからだ。
もう既に二人はアーバンスに毒されている。
アーバンスの人間は主張が通らないなら……
「クローズ・ジ・アイス(氷の結界)」
己の力で主張を通すのみ!
エーリカの声と共に、街中でアポロンJに放ったものと同じ氷塊がノアを襲う。
ノアはそれをすぐさま避け魔導を発動させる。
「オープン」
その言葉と共にノアの手に剣が出現する。そしてその刃の根元にはサーモアが付加されている。
サーモアとは宝石のような形状をしている。
その為、宝石とサーモアの見た目を区別するのは非常に難しい。
またサーモアは保存している物によって色を変えることもある。
ノアの服に纏っているのは宝石か、それともサーモアか……
「エンチャント。モード『フランベルジュ』」
その言葉を合図に、ノアの剣が火を纏う。
そしてノアはエーリカに向かって一直線に走り出す。
それを迎撃すべくエーリカは氷の礫を身の回りに出現させる。
「消えろ」
殺意の籠った言葉と共に、礫がノアに向かって飛んでいく。
しかし
「フランベルジュ、溶かせ」
ノアのフランベルジュが更に燃え上がり、氷の礫をすべて蒸発させてしまう。
「ちっ」
舌打ちと共にエーリカはノアの迎撃体制に入る。
ノアの剣がエーリカを切り裂こうと襲い掛かる。それをエーリカは紙一重でかわすことに成功する。
そして彼女はノアと距離を取り魔導を発動する。
「ウォータースライサー」
今まで氷の魔導を使用していたエーリカだったが、炎には相性が悪いので水の魔導に切り替える。
エーリカにより生み出された水は鞭となりノアへと向かう。
「ウォール・オブ・アイロン」
しかしその水は、ノアの鉄の壁により防がれる。
――鉄の魔導。やはりあの服に付いている宝石のような“あれ”はすべてサーモアか
剣、炎、そして鉄の魔導を使用したノア。その多彩な魔導を見て、エーリカは彼の服の宝石はすべてサーモアではないかと警戒する。
もし、あれが全部サーモアだったら……
エーリカの頬に冷や汗が伝う。
「フランベルジュ」
ノアがそう呼び掛けると再び炎が大きく燃え上がる。
――小細工は意味がない。でかいので仕留める。
エーリカはノアを倒すべく、大技を出す準備に取り掛かる。
そしてそのエーリカの異常なまでの集中力がノアまで伝わる。
そして発動する!
「アブソリュートゼロ」
それは魔導の中でも大魔導に分類される絶対氷結魔導。
そもそも魔導とは、サーモアに保存されたものを“意思”により操るものだ。つまり意思さえあればそれの形を変えることなど容易。
しかしその容量が大きければ大きいほど強い意思が必要である。
つまり大魔導を使用するためには、洗練された意思と集中力、そして覚悟を必要とするのだ。
エーリカはそれを可能とするだけの、絶対的な意思、ノアを殺すという意思で、大魔導を発動した。
エーリカの周りから冷気が漏れ出す。そしてその冷気はどんどん拡大していき、全てを氷結させていく。
圧巻の一言。ノアを含め、エーリカの辺り一面は一瞬で白銀の世界へと豹変する。
これぞ大魔導。一部の限られた者にしか使用できない必殺の魔導。
そして辺り一面の氷は、ノアを除いてエーリカの中へと戻っていく。
開放された保存物はサーモアへ戻るのが法則だからである。
最もそれは意思により変化させることができるため、ノアの氷はサーモアへと戻さない。
エーリカは凍りついたノアを確認し、安堵の笑みを浮かべる。
しかしそれも束の間だった。
「なんで……」
思わずエーリカは言葉を失う。
ノアを囲む氷が徐々に消えていき、そのすべてが何処かへ消えてしまったからだ。
「大魔導を使うか。やはり惜しい。我が支配から失うのは」
氷が全て取り払われたノアは言う。
対するエーリカは焦っていた。何故ならばもう彼女に戦う術は残っていなかったからだ。
魔導はサーモアからの保存と開放から成る。
それを考えれば意思さえあれば何度でも使用が可能の様に思われるが、それは違う。
容量が大きくなればそれだけサーモアへの負担が大きくなる。
つまり一定の時間を置かなければ、大魔導の後に技など発動出来ない。
ここでエーリカが魔導を発動しようものなら、サーモアは割れてしまうだろう。
万事休す。なぜノアがあれをくらって生きているのかは謎だが考えるだけ無駄だ。
エーリカは諦めた。
しかしそんな時、エーリカの視線が自分の小指で止まる。
そこにはクラウン・サイドから渡された魔導具。
――どうせもう術がないなら……
エーリカはクラウン・サイドから受け取った魔導具に全てを賭けることに決める。
――何も起こらなかったら恨むぞ、クラウン・サイド
そしてエーリカはその魔導具を発動するためのキーワードを口にする。
「アポロン!」
キーワードを合図にエーリカの小指から謎の光の球体が空に上がっていく。
そして天でそれは弾ける。
エーリカとノアの頭上で光が生まれる。
それはまるで太陽。
そう、それは漆黒を呼ぶ太陽。
数秒間、エーリカとノアはお互い謎の光に唖然とする。
「先回りしてるのに全然来ないと思ってたらそう言うことかよ」
するとそこに突如現れた第三者の声。
そう、それは黒い、まるで漆黒を身に纏ったアポロンJ。
太陽に導かれしもう1つの太陽だった。




