第7話「規則は影で心身を染め上げる」
「オーッス」
放課後。俺はいつも通り、生徒会執行部室に入る。既に中には、一人の役員が座っていた。
「おう」
男らしく答えたのは、所定の位置に座って腕を組んでいたメグ。相変わらずの尖がり帽子がよく目立つ。
「何だ、まだメグだけか」
俺は定位置に座り、色々ぶち込んである鞄を下ろす。色々入れすぎで重くて肩が凝るぜ、まったく。
「……まだ、来ないよな」
「ん?」
メグは怪しげに呟くと――突然、俺に頭を近付けてきた。何か、槍を突き付けられてるみたいなんだけど。
「な、何?」
「ちょっと、見てくれよ」
「は?」
ちょっと見てくれって……? まさかっ!
「メグもいよいよ、臭いが気になる年頃か……」
「ちげえよ! ほら、ここ!」
メグはもみあげ辺りを指差す。なんとそこにはっ!
「か、髪がっ!」
ほんの、ほんのちょっとだが、黒い髪がちょびっと出ている! まるで種が発芽したかのような、何だか微笑ましい状態だ。
「やっと伸びてきたんだよ」
そうか……。よく思い出すと、あれから半年は経ってるんだな。それなら、切ったもんも伸びてくるもんだ。
「どうだ、すげえだろ!」
「いや、別に凄くはないけどな。人として当たり前の事だし」
満足したメグは頭を戻し、腕を組み直す。何だ、見せたかっただけかよ……。何の自慢にもなってないんだが。
まぁメグだって、何だかんだ言っても女の子。頭が寒いっていうのは、やはり心細いのだろう。来年には、その帽子も押入れ行きだな。買った本人からすると、ちょっと感慨深いものがある。
と、ここでドアが開いた音がしたので見てみると、眼鏡の夕がご来場。
「オーッス」
俺が挨拶すると、夕は軽く会釈して、自分の席に着く。口数が少ないのは、いつまで経っても変わらなさそうだ。
夕は鞄を開けるとすぐさまお馴染みのノートパソコンを取り出し、開いて電源を点ける。コミュニケーションを取る気ゼロなのもなんとかならないかね。
「なぁ廣瀬。いっつもそんなパソコンいじってるけど、何やってんの?」
メグが日頃の疑問をぶつける。何か似た事を、以前龍が訊いてた気がするんだが。俺の記憶通りなら……。
「確か、あれだよな。神奈川県民の個人情報を集めてるとか」
「それはもう終わった」
おっほう。もう神奈川県民にプライバシーもへったくれもないって事かい! 今すぐ条例でも何でも制定するべきな気がする! いやすべきだ! 頼むよ知事! というか、一般市民一人に破られるセキュリティって甘すぎじゃない?
「じゃあ、今は何やってんの?」
夕はパソコンの画面をメグに見せる。
「何これ、ブログ?」
「ん」
俺も覗いてみると、確かにそれはブログだった。ピンクを背景に記事が展開されてる。ちなみに今開かれてる記事は、深夜アニメに関する批評だった。文を見る限り、結構辛口のようだが。
「へー、廣瀬ブログやってたんだ。意外だなあ」
な、何だと! メグがページを動かして、ブログを見ている!?
「メグ……お前、パソコン使えたのか!?」
「どんだけ過小評価してんだよ! そんくらい出来るわ!」
「ケータイも持ってないくせに……!」
「それは関係ねえだろ!」
時代遅れなんだから、パソコンなんて使えるべきじゃないと思うんだけど。どうせならキャラをぶらさず、時代遅れを極めて欲しかった。
「げっ! 今日だけでもう五回も更新してんじゃん! まだ四時前だぞ!?」
「頻度が大切」
「大切って! 普通一日に一回、多くて二回じゃねえの?」
「アフィリエイトだよな、夕?」
夕は頷いた。
「あふぇり……エイト?」
メグは首を傾げる。なんだ、そんな事も知らないのか! やはり時代遅れだな! 安心した!
「仕方ない、教えてやろう」
俺は身を乗り出し、教えてやる事にする。
「アフィリエイト・プログラム……成功報酬型広告とも言うな。これはインターネット上における広告形態を指し、ある広告媒体のウェブサイトに設置された広告によってウェブサイトの閲覧者が広告主の商品あるいはサービス等を購入した場合、生じた利益に応じて広告媒体に成功報酬を与える。という意味合いを示す言葉だ。例えばこれ、リンク繋がってるだろ? これを閲覧者がクリックすると、広告媒体、ここでは夕のブログだな。つまり夕に〝クリック報酬〟が約束される。クリック報酬ってのは文字通り、クリックされた回数に応じて決まる報酬な。んで、更にその人がリンク先で商品を購入、またはサービスに申し込んだ場合、〝成果報酬〟が貰えるという訳だ」
「ふーん」
メグは何度か頷いたが、すぐに首を傾げる。
「仕組みは解ったけど、何で何度も更新しなきゃいけねえの?」
「解ってねぇなぁ。要するに、これで稼ぐ為にはたくさんの人にブログを見て貰う必要があるんだよ。だから可能な限り更新して、記事を増やしていく訳。読者に飽きられない為、読者を増やす為にな」
「あー、なるほど。で、これってどんくらい稼げんの?」
「普通なら、月五千円程度かな。子供の小遣いに満たないのが多い。ま、勿論夕は例外な訳で。五万は軽く稼いでるだろ」
「五万! ホントか!?」
「先月は、十万くらい」
じゅ、十万!? 予想の遥か上すぎる!
アフィリエイトだけでそんなに稼げるんなら、将来働く必要ないかもな。高校生のバイトよりも十分儲けてる。コンビニでせっせとレジ打ってる高校生……つまり俺涙目だ。なんかメグが「オレもやってみようかな」とか言ってるけど、絶対やめといた方がいいと思う。
「はぁ~。でも、それだけ稼げるんなら十分だよな。羨ましいわ」
メグの言葉に、そんな事はないと言わんばかりに、夕は首を振る。
「え、こんなんじゃ駄目なの? ―─ああ、そうか。廣瀬って一人暮らしだもんな。じゃあ、他の方法でも稼いでんの?」
「転売だよな、夕?」
「ん」
「転売?」
まさか、転売まで知らないのか!? どんだけ遅れているんだ、メグは! ったく、俺が教えてやらなきゃ、愚か者の極みじゃないか。この先生きていけないぞ!
「メグ、転売というのは、買った物を買った時の値段より高くして売る事で利益を得る事だぞ」
「いや、それは何となく解るよ。でも、どんな風にするのかって」
「そんなのも解らないとは……。うーん、やっぱり時代遅れだな。マジ安心した」
「すんな!」
「まぁ、安物を漁って、もっと高く売れそうな物を別のところで売る。極めて単純な話だ。と言っても夕の場合は、ネットオークションとかでそういうのを探してそうだけどな」
「例えば、どんな?」
「んー……。最近で言うと、やっぱりこれだな」
俺はお決まりのポーズを決める。しかし、やはりメグには伝わらない!
「何だそれ?」
「俺のターン、ドロー! ってやつ」
「ああ、それか! それなら知ってるわ! よく帰り道、子供がカード買ってるの見る!」
「そう。このカードゲームは、先日ギネスブックに認定されるほどの人気がある。しかし、会社の売り方に問題があって、一部のカードが高騰してるんだ」
「どんな問題があんの?」
「極端に言うと、人気カードの確立を操作する。つまり、人気カードがパックから出にくくする。これらのカードは高値の傾向にあるな」
メグはむっとする。
「あくどい売り方だな」
「ま、会社としての立場、運営方針もあるんだろうから仕方ないけどな。─―他にもあるぞ。カードの生産会社は雑誌会社と契約していて、雑誌では応募者全員サービスとして、五枚入りで限定カードを配付するんだ。それらのカードも高値になることが多い。夕の場合は、それをたくさん応募して、値段が限界まで高まった瞬間を見計らって売り捌くって感じだよな?」
俺の推論に、夕は二度頷く。以前家に行った時、その手の雑誌が山積みになってたからな。想像は出来る。
「で、それはどんくらい稼げんの?」
「物によるけど、雑誌代、小為替込みで八百円の予算で、一枚四百円で売れるとしても二千円。千円は儲けるな。特にホビーショップとかでは高く買い取ってくれる事が多いから、そこで売るともっと儲かるはずだ。更に物によれば、価値がもの凄く上昇するから、下手すりゃ万単位も稼げる」
「へぇー」
するとメグはまた「よし、やってみよう」とか言っていた。やめとけって、買ってハマってしまった姿が目に見える。やる相手が居るのか定かじゃないけど。
「おはようございます!」
唐突なタイミングとかなり場違いな挨拶で、春が入場した。要らないと思うけど、一応ツッコミはしておくか。
「オッス。ちなみに今は朝じゃないぞ」
「解ってないですねぇ。私はついさっきまで寝てたんですよ! まったく会長だと言うのに、そんなのも解らないんですか?」
「解る訳ねぇよ! てか授業中に寝るな!」
「それがですねぇ、体育の時、豪速球のハンドボールが後頭部に激突しちゃってたんですよ。そしたら何か頭がグラグラってなって、倒れちゃいました」
「気絶じゃんそれ! よく平然とここに来れたな!」
「いえ、冗談ですから。でも、ベンチに座っててウトウトしちゃったのは本当です!」
「……ぁー、そう」
何か一気に意気消沈だ。簡単に嘘なんか吐きやがって。敬語で言えば良いってもんじゃないだろうに。
と言っても、この学校の体育の授業は、結構レベルが高かったりする。
去年のバスケ部なんかは全国大会に行ってたし(助太刀した大輝のおかげだが)、他の運動部もそれに近い活躍をしている。登校するとき、それを祝福する報せが常に校舎に垂れてるくらいだ。正直、それがない時がない。
その結果に影響されてか、体育は中々にハードだ。龍はいっつも体育の後死んでいるが、他の生徒はむしろやり足りないという感じが多い。そんな輩が多いからか、体育中に保健室行きの生徒はよく見掛ける。だから、春の嘘が現実に起きてもおかしくはない。起きたら起きたで問題だが。
「まったく、何で体育が六時間目なんでしょうかね……。困るんですよ! 帰りのホームルームは遅くなるし、体操着は汚れるし、疲れるし!」
着席した春は即行愚痴る。まったく、これだからもやしっ子はいけないんだよ、ホント。
「ええじゃないか! 健康的な汗を流す事は、身体に良いぞ」
「別に私は身体を動かす必要は無いんですよ。将来動かす予定も無いですし」
高校生の時点で本気でニートになる気満々だこいつ! 進路希望に堂々と自宅警備員って書きそうな勢いだ! うむ、ここは会長として、正しく矯正しなければなるまい!
「春、何かやりたい事ってないのか?」
「特に無いです!」
「簡単な事でいいんだぞ? あ、ほら! 女子なら料理とかやってもいいんじゃないか?」
「駄目ですよ! 私、料理のセンスが絶望的なんです! 両親には、嫁に行けないなと太鼓判を押されるくらいですから!」
「痛いところを随分と明るく言うんだな。でも、少しくらいは出来るだろ? 例えば……おにぎりとかさ」
春は腕を組み、「うーん」と唸る。
「それ、私の中ではランクAの難しさですね!」
「おにぎりでランクA!? 米を握るだけなのにか!」
「どう頑張っても、形にならないんですよねー。気付くとベッチョベチョになってます!」
「どんだけ力入れてるんだよ! ……んー、じゃあスクランブルエッグ大丈夫だろ。前に誰でも作れるみたいに言ってたし」
「何言ってるんですか!? 火を使う時点で不可能ですよ! 火事になっちゃいますよ!」
「春は例外だったのか! いや、大きく考えすぎだって。気を付けてれば、滅多に火事にはなんないよ」
「あっ……。私、まず火の点け方が解りません!」
「致命的だなおい! 先に言え! だったらもうこれは大丈夫だろ! 即席ラーメン!」
「それ料理と言えるんですか?」
「多分言えないと思うけど、もうやけくそで」
「何で天川さんがやけくそになってるんですか。――まぁそれはさて置いて、作れる訳ないですよね!」
「ここまで来ると逆に凄いね! お湯注ぐだけの事なのに、それも出来ないなんて! 天然記念物として登録してやろうか!」
「まず、ポットがどこにあるか解らないです! あの広ーい台所のどこにあるんですか!」
「親に訊け! ていうかそんなんじゃ、包丁もろくに使えなさそうだな!」
「実は私、包丁持つと、殺人衝動に駆られてしまいます!」
「二重人格!?」
「まな板を持つと、撲殺衝動に駆られてしまいます!」
「怖いなその人格! ずっと封じといてくれよ!」
「とにかく、私に料理は無理なんです! エプロンすら着けられないですから!」
「そりゃあ家庭科の実習が大変そうだ」
「……来週、あるんですよ。覚悟しなければなりませんね……ガクガク」
楽しい実習をここまで震えて恐怖する生徒が他にいるのだろうか。来週の今頃には、指に絆創膏を貼ってるに違いない。いや、それ以前に春には包丁を持たせてはいけない。山高史上初の死者が出てしまう。
そんな会話をしていると、残る最後の役員――ぐったりした龍がやってきた。
「オーッス」
「……ん」
力の無い返事をすると、龍は席に座り崩れる。
「どうした、龍?」
「……いや、別に」
俺が訊いても、ぎこちない返事しか帰って来ない。何だか心配だ。思い付く限り問い詰めてみる。
「眠いのか?」
「違う」
「怠いのか?」
「違う」
「人生に疲れたのか?」
「なんか変な方向に行ったけど、違う」
「フラれたのか?」
「誰とも付き合ってないし、違う」
「思春期なのか?」
「多分そうだろうけど、違う」
「じゃあ何だよ! 俺が思い付く事は全部言ったぞ!」
「随分と小さい脳みそだな」
突っ伏している顔を上げ、天井を見ながら言った。
「これは……鬱という奴かもしれない」
「何があった?」
「昨夜の事だ……。俺は夜中の一時過ぎに、いつもと同じようにゲームをしていた。先日発売した『ジョナサン』シリーズの最新作をプレイしていた。そうだ、ちょうどテスタロッサに関する伏線が回収されようとした時、寝ているはずの詩織がいきなり俺の部屋に入って来て、ゲーム機の電源を切ったんだ! 幸いにも直前にセーブしたから良かったものの、俺は怒った! 何をするんだと! そしたら詩織の奴、再来週テストだから、テスト終わるまでゲーム禁止とかぬかしやがった! おかげでいつも持ち歩いているゲーム機も取り上げられてしまった……。今の俺は、生きている気がしない。強いて言うならば歩く幽霊だ……」
「あぁ~、だから今日はゲームしてないのか」
いつもなら座った瞬間にゲームを始めるのに、何で今日はしないのかと思ったら、そういう事か。でも正直、自業自得な気がするけどな。
「げっ、そういやそろそろテストかよ……」
メグが苦い表情をする。
「どうせ赤点だらけなんだから、今更気にするなよ」
「うるせえ! 今度こそは……!」
メグは去年の時点で留年は確定してたのだが、勉強してテストは受けていた。が、想像の通り赤点オンパレード。二年の基礎である、一年の勉強を怠っていたのだから当然の結果だ。……そうにしても、一桁だけってのはどうかと思うけど。
「テストなんてどうでもいいのに、無くなればいいのに……。うがああああああああああああああああああああああ!」
「下らない事で壊れている龍はさて置き」
「何が下らないことだあああああああああああ! 俺にとっては死活問題なのにいいいいいいいいおおおおおおおおおおおおお!」
俺は一枚の資料を手に立ち上がる。
「という訳で、今日は服装の乱れについて話し合おうと思う!」
「どういう訳だあああああああああああああああああ……。ん」
龍が顔だけこっちに向ける。何か気持ち悪い体勢だ。
「珍しく定番だな」
「うむ。数ある要望書に、こんなのがあってな」
「どれどれ」
龍は身体を起こし、俺の資料を手に取り読み上げる。
「最近、校内の服装の乱れが目立つようになってると思います。ワイシャツが出てるのは勿論、ネクタイを着けてない生徒は多いし、女子に至ってはリボンもそうですが、スカートが短すぎると思います。このままでは、山高のイメージが大きく崩れてしまうと思います。このような服装の乱れをなんとか出来ませんか? だそうだ。……いやいや」
龍は首を振って、資料を俺に戻す。
「これこそ生徒会の仕事だろう」
「ご尤もなんだがな、何故か突き返された」
「はあ?」
先日、会長にこの要望書を渡した次の日、何故かこの要望書が目安箱にそのまま返されていたのだ。会長曰く、「執行部に来た要望は執行部でなんとかするべき」だと。完全に仕事放棄である。
そもそもこの学校、頭髪に対する規制はとっても緩いが、服装に対する規制は厳しい。
スカート丈の長さまで細かく設定されているし、ネクタイの理想の形だとか、上と下のバランスだとか、短髪と長髪の調和だとか……。とにかく変なところで細かいのだ。
ま、それを完璧に守ってる生徒なんか、極少数な訳だ。正直ここのメンバーだって、完璧に守れてる奴は居ない。
「生徒一人ひとりに関する事ならまだしも、このような生徒全体に関わる事は生徒会がどうにかするべきだと思います!」
春が正論を述べる。もうホント、その通り。あっちの言い分も解るっちゃ解るけどさ。解るけどさ!
「そもそもどうにかするって、どうすりゃいいんだよ、こんなの。完璧な対策なんかねえだろ、これ」
メグが結論を急ぐが、俺はそれを制する。
「まあ待てメグ。とりあえず、お前がそのズボンを脱げば話は進む」
「な、何だよそれ!」
「役員からそんな格好じゃあ、示しがつかないんだよ」
「っ……!」
こんな魔法使い気分な女子に服装どうにかしろなんて言われても、説得力も何もないからなぁ。
「ま、帽子はともかく、ズボンは脱げよ」
「ぐっ……。嫌だ!」
「だーれもメグの脚なんて見ないから。興味ないから大丈夫」
「そういうんじゃなくて、露出するのが嫌なんだよ!」
「我が儘だなぁ。学校に滞在する限り、校則従うのは礼儀であり常考だろ? ファッションとか言うけど、一般生徒から見ればただの古臭い女子高生だからね」
「いいや! こればかりは譲れねえ!」
メグはズボンを押さえながら頑なに拒否する。
「我が儘は駄目だ。他の女生徒は守ってるのに、役員であるメグが守ってなきゃ、こっちも取れる対策も取れない。まだ発足して間もないとは言え、ここは生徒の要望を司る重要な機関なんだ。自覚を持て、メグ」
「うっ……」
仕方なく正論をかます。俺はあまり正論というのは好きじゃないが、致し方ない。
「くそぅ」
メグは渋々立ち上がり、ズボンに手を掛ける。ふぅ、やっと解ってくれたか。
「……何見てんだよ」
「ん?」
ふと周りを見ると、皆顔を伏せていた。
「どうした、皆?」
「どうしたもこうしたもないですよ。普通、顔は伏せるものです」
「ええ?」
「女子が着替えるんだぞ。普通、顔は伏せる」
「脱ぐだけじゃないか」
「普通、伏せる」
「むー……」
普通、女子トイレに行かない? こういう場合。
「おい、早く顔伏せろよ!」
メグが若干顔を紅葉させて怒鳴る。いや、だったら何でここで脱ぐのさ。恥ずかしいならトイレ行けよな。
何だか釈然としないので、俺はあくまでこの状態を崩さずに対応する。
「でもさ、上手くやれば中身見えずに脱げるかもよ?」
「何言ってんだよ!? いいから顔伏せろって!」
「男なら恥ずかしがらずに脱げるけどなぁ」
「っ!」
龍がボソッと「ほどほどにしとけよ」と俺に言った。ははは、ここまで来たら止まらないぜ!
「そもそもメグって、どんなトランクス履いてんの?」
「はぁ!? トランクスなんて履いてねえから!」
「え……。ええぇー!?」
「そんな驚く事じゃねえだろ!」
いや、そりゃ驚くだろ! 男子用のズボン履いてたら、下も男物だと誰でも思うさ!
……待てよ? ということは……!
「ノーパンン!?」
「何でそうなんだよ! ちゃんと履いてるよ!」
「履いてるって……。女物の下着を!?」
「そうだよお!」
そ、そんな……。メグが、そんなものを履いてるなんて!
「がっかりだ! 女を棄てるとか宣言したくせに! その覚悟は口だけか!」
「だからって男になるとは言ってねえよ!」
「じゃあ何になるんだよ!」
「それは……」
「ほら、男しかないだろ?」
「そういう訳じゃなくてだな、女っぽさを棄てるっていうかだな……」
「だったら脱げ! 男らしくここで脱いでみろよ! 女みたいに恥ずかしがらずにさぁ! ほら――」
次の瞬間に俺の顔に飛んできたのは、メグの殺意のこもった拳だった。あまりの威力と痛さに、鼻血が勢いよく吹き出る。
「ぐほおぉ……」
「もうっ、ぜってえ脱がねえ!」
メグは言い切ると、腕を組んで座り込んでしまった。おかしいなぁ、俺はまともな意見を言っただけなのになぁ。
とりあえず、俺はティッシュを鼻に詰める。
「だからほどほどにしろと……」
皆は身体を起こすやいなや、すぐに口を動かす。
「天川さん、最悪です! 堂々とセクハラしすぎです!」
「俺は自分の意見を主張しただけだぞ」
「天川が素直に顔を伏せてれば、話は簡単に進んだというのに……」
「えー、俺のせい?」
「それ以外に何があるんですか!」
「難義だなぁ」
「はぁ……」
「むっ、珍しく夕の台詞が」
「脚見たかった……」
「!?」
夕の物憂げな一言に、メグが表情を引き攣らせていた。何だか最近、夕がどんどん百合に目覚めていっている気がする。まぁ俺は好物だから問題ないけどな!
とにかく、話を戻す。
「じゃあメグ、何か理由作っとけよ? 生徒が納得出来るような奴をな」
「おう、任せろ」
親指を立てるメグだが、想像は容易に出来る。どうせ「執行部権限だ!」とか言うんだろうな。俺ならそう言うもん。それ以外に何がある?
「で、結局どうすんだ?」
「お前はせっかちだなぁ、メグ。だから時代遅れなんだよ」
「絶対に関係ねえよそれ!」
「んー、とりあえずは明日に生徒集会でも開いて、適当に警告しとけばいいだろ」
「やる気ねえなあ。もっと厳しく取り締まろうぜ!」
メグは腕っ節を上げながら言うが、
「それが出来ないから困るんだよ、メグのせいでな」
「うっ」
俺の言葉ですぐにそれを下げた。
「まっ、俺に任せとけ。俺の演説を聞けば、生徒はたちまちその場で服装を整えてしまうだろうさ」
「どんな催眠術だよ」
という訳で、翌日。
俺は強引にも朝のHRを生徒集会の時間にした。今体育館は全校生徒で詰まっている。うむ、予想通り生徒の大半は嫌な顔をしている。朝っぱらの生徒集会なんて、俺だって嫌だよ。
しかし、よく考えればお前らのせいなんだ。ほら、そこのネクタイ忘れ。お前だお前。知らん振りしやがって、自覚して貰いたいね。
「皆さん、おはようございます。生徒会長の小渕です。今回臨時に集まって頂いたのは、生徒会執行部会長である、天川さんからお話があるとの事です。それでは天川さん、どうぞ」
今日の会長は割りと協力的だ。まぁ実際は生徒会が担うべき仕事だもんな、少しは協力して貰わないと困る。
会長の挨拶の後、俺は教壇に昇り、取り付けられているマイクをちょうど良い角度に調節する。軽く咳払いして、全校生徒を見据えて、用意しといた原稿を広げて読み上げる。
「皆さん、おはようございます。生徒会執行部会長の、天川三紀です。えー、最近、山高全体の服装の乱れが目立っているという報告を受けました。今見渡す限り、ネクタイ、リボンの付け忘れは勿論、セーターを間着として着用していない生徒もまま見えます。この状況を、私は大変遺憾に思います。このままでは、今までの本校卒業生が積み上げてきた伝統が、我々の代で崩れていってしまうのです。そんな事はあってはなりません。これから山高に入って来る人々に、今の姿を見せる訳にはいかないのです。服装の乱れは心の乱れです。それを山高に残していってはいけません。――なのでここで、皆さんのご協力をお願いします。今日から二日間、皆さんの服装を個人的に改善して貰いたいのです。して貰わなければ、私達が対策を練ることになります。それが皆さんにとって不快なものになるかもしれません。ああいえ、確実に不快なものになります。します。そんなの嫌ですよね? 私達生徒会執行部も心苦しい限りです。なので、皆さんの自主的な行動に期待したいのです。もう高校生ですよ? 自らが所属する組織のルールも守れないでどうしますか? 本来ならばその色鮮やかな髪の色も、社会に出てからは真っ黒にするんですから、せめて服装くらいは規則に則りましょう。私達を指導して下さる教師方に、そして我々を守ってくれているこの学び舎に感謝の意を表す為にも! ――いいですか、服装の乱れは心の乱れです。この言葉を忘れないで下さい。それでは、本日はこれで失礼します」
俺は一礼して、教壇を降りる。
…………。
……んふふ……。
ふははははははは! 完全! 究極! まさしく至高の極み! こんな感涙に極まる文章を読み上げた高校生が史上に居ただろうか! いいや居ない! ここまで決め台詞を使いこなした高校生は史上に居ただろうか! いいや居ない! 明日にはもう、服装の乱れなんか話じゃない! 服装が良すぎる学校として取材されてしまうだろう!
こりゃあ二日後が楽しみだ!
――二日後の木曜日。
――朝の生徒集会にて、生徒会執行部会長から一言。
「OK。全面戦争だ」
「という訳で、対策を考えるぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「どういう訳か、天川が憤怒に満ちている」
金曜日の生徒会執行部室。変わらず机に顔を落としてる龍が今の天川を的確に評価する。それに天川は机を叩いて反論する。
「どういう訳も何もないだろう! あの舌が縺れるような演説を聞いたのに、あの態度! 変わらぬ乱れ! ――何でだ! 三月の時は全員一致団結していたというのに! 俺の言う事を聞いてくれていたというのに! ぬおおお、今俺は、憤怒の炎に燃えている! イグニッション――」
「はいストップ。それ以上言うと色々と問題になる。いや俺が許さない」
寸前のところで、龍が天川を止めた。オレには何が問題になるのか理解出来ないけど。
「とにかくだ! 俺達は今すぐにこの問題を解決しなければならない! 服装の乱れは心の乱れ!」
「またそれかよ」
生徒集会でも言ってたよな、それ。よっぽど重要な台詞らしい。
「けど確かに、生徒全体がたるんだ雰囲気でしたね!」
二ノ宮が先日を思い返す。
「ほとんどの人は話聞いてなかったようですし! きっと、『何だ、生徒会執行部か。しかも天川か。じゃあいいや』って感じになったんだと思います!」
なめられてんなあ、執行部。まあ、まだたいした実績上げてないから無理もないけど。それに天川の原稿の内容も内容だよなあ。あんなの聞かされたって今時の高校生の心には何にも響かないし、ちょうど良い睡眠時間になるだけだ。
それでも天川は「うおお!」と、憤怒の炎が止まらないようだ。
「畜生! 許さねぇ! マジ許さねぇぞ乱れてる生徒! 略して乱生徒! ボッコボコにしてやんよ!」
100%返り討ちにあって泣く羽目になるぞ。
「もう何でもいい! この状態を打破出来るならどんな卑劣な手段でもいい! 何か画期的なアイディアはないのかお前ら!」
あれしか考えてねえのかよ!
「何かアイディアねえ……」
とりあえずオレは考えてみるが、そんな簡単に浮かぶもんじゃない。チャラい奴らはひたすら締め上げるってのは確実に却下されるだろうし。
「おい龍! お前も何か考えろ!」
考えてるオレ達とは裏腹に、龍は机に突っ伏したままだ。
龍は呆けた表情で、間の抜けた声で返事をする。
「適当に警告すればいいじゃないか」
「もうやったよ! そして効果無しだったよ!」
「じゃあもう打つ手無しだな」
「やる気を出せ! お前なら凄い策を捻り出せるはずだ!」
「今の俺にとっては、世界の事なんかはもうどうでもいい……キタロー曰く、どうでもいい……」
「……ふぅ~」
天川はため息を吐くと、ケータイを取り出し、誰かに電話を掛ける。
「――あっ、もしもし? 俺です、俺俺です。――いや、オレオレ詐欺じゃないですよ。――ええ、天川です」
初めから名乗れよ。
「ちょっと相談がありましてね。――そう、それなんですけど、どうにかなりませんかね? このままだとこちらに支障が出るんですよ。――はい、出来る限りの報酬は払うんで」
どんな相手とどんな電話してんだ?
「そこをなんとか! いやいや、ホント、損する話じゃないですよ! 保障します! ――え、ホントですか! マジですか! いやぁありがとうございます! 明日にでも振り込むので! ――はい、それでは」
天川が意味不明の電話を終え、ケータイをしまって龍を見る。振り込むって……金?
「誰と電話してたんだ?」
「詩織さんとだ」
「……何?」
龍は身体を起こす。って、詩織さんとどんな電話してんだよ!
「どういう事だ?」
「詩織さんに、もし今回の問題を龍が解決したら、没収してるゲームを全て解放するという条約を結びつけた」
「な、何だって!?」
龍があまりの驚きで立ち上がる。
「天川、お前……!」
天川はニコリと笑う。
「なぁに、龍の為だったら、これくらい容易い御用さ!」
「……よし、解った! 俺に任せろ! 徹底的に対処してやる! 愚民共が震え上がるような対処法を編み出してやる!」
「おう! 頼むぜ、龍!」
そう言って、天川と龍は手を強く握り合う。
でも、天川も天川だろ。こんな事─―って言うのも変だけど、わざわざ詩織さんにまで電話して、しかも振り込みまで約束しちゃって。これじゃあ天川が損するだけ─―。
「……ああ~」
オレはやっと、天川の行動の意味を理解した。
「何だ、恵?」
「いや、何でもねえ」
オレは笑いながらそっぽを向く。
下手すると、龍ってオレより単純だな。
――金曜日の朝の生徒集会。
「生徒集会が度重なってしまい申し訳ありません。文句は生徒会執行部に言って下さい。つまり、今日も生徒会執行部からのお知らせです。それでは、副会長の城古さん、お願いします」
「ゲッ、城古だ……」「やべぇ、ちゃんと聞かないと」「相変わらず変な名字」
「挨拶は省略する。今日は、来週から実施される活動について手短に説明する。どこかの誰かさんでは役不足だからな」
「おい、活動だってよ」「どうせろくな事しないんだろ?」「名字変じゃね?」
「来週の月曜の朝から、校門にて服装指導を行う」
「服装指導?」「何だよそれ」「何あの名字」
「黙って聞け」
『…………』
「朝、登校してきた生徒一人一人の服装を入念にチェックする。規則から外れていた者は生徒指導対象となる」
「どんだけ時間掛かるんだよそれ」「執行部だけでやるとか無理じゃね?」「あんな名字見た事ねぇ」
「これを、これから毎日行う」
「はっ!?」「馬鹿だろ!」「アホだろ!」「朝めっちゃ遅くなるじゃん!」「ありえねー」「調子乗ってんじゃねぇぞ!」「とりあえず名字変えとけよ」
「黙って聞け」
『…………』
「時間は掛かるだろうが、規則を守らないお前達が悪い。それに期待はしてないが、一応生徒会にも手伝って貰うから、そんなに遅れは取らないだろう」
「ちょ、ちょっと!? そんなの聞いてませんけど!?」
「生徒会も生徒会だ。こういう生徒全体に関わる問題は、お前達が解決するべき。とうとうニート化か? 少しは働け、予備軍共め」
「酷い言われようですけど、あなた達よりは働いてますよ!」
「さて、話を戻して─―」
「無視!?」
「これは、お前達が天川の警告を無視したからだ。あの時点で改心しておけば良かったものの。ここには能無ししかいないのか? 規則も守れない奴は生徒である資格はない。―─よって、もし三回服装指導で生徒指導対象となった者には、大きな罰を受けて貰う」
「嫌な予感が……」「言うなよ、言うなよ!」「名字自重ワロス」
「学習能力の無い者が勉学を努める意味は愚か、修める資格すら毛頭無い。――よって、三回の生徒指導を受けた者は、強制的に退学して貰う」
「いやいやいや!」「おいおい!」「それはないって!」「これは酷い」「独裁政治か!」「何でもありかよ!」「横暴だー!」「ふざけんな名字負け野郎!」
「黙って聞けぇ!」
『…………』
「今俺は必死なんだ! これによって俺はこの先生きていけるかいけないかってぐらいの崖っぷちなんだ! 文句を言う奴は殴り飛ばすぞ! あぁ!?」
『(死ぬ!)』
「という訳で、土日に服装を改善しておくように。以上」
『(どういう訳……?)』
「どうだ? 完璧だろう?」
「完璧だろう? じゃねーよ!」
放課後の生徒会執行部。オレ達は嘆息していた。発想がオレ並っていいのかよ。強引すぎるぞ、あれ。
「あれを実施するには、俺達めっちゃ早起きしないといけないよな!?」
「そりゃあな。朝練の生徒にも対応するから、朝七時に集合だな」
マジかよ……。
オレ達は更に気分を落とす。天川なんか「うわあああ!」と嘆いている。
「俺早起き無理なんだよ! どうしてくれんだ!」
「知るか! 目覚ましを十個セットしておけ!」
「ああぁー、また切り詰めないと……」
天川がうなだれる。オレも嫌だけど、早起きが相当嫌らしい。だが龍はそんなのは気に留めもしない様子。
「ん? でも、龍だって朝は弱いじゃん。いつも教室で寝てるし」
「それは前日……いや正確にはその日ゲームをしてるからだ。今はやろうにもやれない。よって睡眠時間が劇的に増加するから問題は無い」
「ふーん」
天川がつまんなそうに頷く。毎日その生活をしてればいいのに。
「それで、具体的には何をするんですか?」
二ノ宮が訊ねる。
「生徒の服装を見て、軽度の違反なら注意する。重度の違反なら指導行きだ」
「それは誰が判断するんですか?」
「勿論俺だ」
「……えー」
二ノ宮だけじゃなく、オレ達全員嫌な顔をする。
「異論は認めないぞ」
「ちゃんと出来るんですか?」
「厳しく取り締まるから大丈夫だ。というかそんな事、二ノ宮に心配される筋合いはない」
「なっ、何ですかそれ!」
龍は自信満々に胸を張るが、オレには、いやオレ達には不安しか浮かばない。生徒から多くの反感を買う気がする。いや、もう買ってるけど。
「で、俺達の配置は――」
そんな事はお構いなしに、龍は説明を続ける。
聞きながらオレ達は、きっと同じ事を考えているだろう。一体どんな事になるんだか……。
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月曜日・記録者:天川三紀
朝八時過ぎの校門前。
そこは大変な混み具合。まるで、生徒達が渦になっているようだった。生徒達はとっても不満そうな顔をしていた。それに、待っている生徒が道路を塞いでしまう為、車両は迂回を余儀なくされていた。生徒に悪気はなくても、これは地域に多大な迷惑を掛けている。ここは致し方ないので、地域の協力を希望する。
校門は生徒一人がやっと通れるくらいの幅が開いていて、生徒は一人ずつその隙間を潜り、構えている生徒会執行部にその姿を晒す。副会長である城古我龍が見て「次」と言えば合格。「直せ」と言えばその場で矯正。「残れ」と言えば指導。
生徒の中にはこれを回避すべく、校門の正反対にあるフェンスから入ろうとした者が居たが、それを待っていた生徒会役員、教師が確保。この場合、問答無用で指導行きとなる。
最初となる今回の服装指導において、矯正対象となった生徒は、五百九十四人中、三百六十六人。指導対象となった生徒は百七十二人である。
このデータから、山高の服装の乱れは深刻の域に達していると見れる。我々生徒会執行部及び生徒会は、この問題に全力を挙げて対処していく所存である。
※校長注:授業の遅れが甚大だったので、次回は指導の短縮を図る事。
火曜日・記録者:関野恵
前日と変わらずの校門前。車のドライバーがイラついていたのがよく解った。
一人の生徒がオレに「役員がそんな格好でいいのかよ!」と言ってきたから「文句があんなら自分の服装を整えてから言え!」って言ってやった。そいつはすげえ悔しそうだった。気分爽快だった。
そういえば、今日はめっちゃ晴れてて気持ちが良かった。でも、相変わらず授業は理解出来なかった。テストどうしよう?
※校長注:これはあなたの日記ではありません。服装指導の内容を記録するように。
水曜日・記録者:二ノ宮春香
関野さんの記録書何ですか? 日記ですかこれ? 何を考えてるんですかね! 私より年上とは思えないです!
そもそも最近の私のちょい役レベルが酷い気がします! やはり私はそういう位置付けなんでしょうか? このまま流され続けて行く運命なんでしょうか! 作者は私に何をさせたいんでしょうか! どんなキャラの設定なんでしょうか!
まあそれはいいですよ! しかしそれが皆さんに浸透しているのが嫌なんです! 普通に接して欲しいです! もうこれはいじめなんじゃないでしょうか!? 誰か助けて下さい!
※校長注:それはあなたの思い込みです。それよりもちゃんと記録して下さい。
木曜日・記録者:廣瀬夕菜
矯正対象……三十七人
指導対象……三人
※校長注:簡潔すぎです。もっと詳しく書いて下さい。
金曜日・記録者:城古我龍
矯正対象者はまだ数人居るが、指導対象者は遂に0人となった。これでやっとゲームが帰ってくる! 自由だ! 俺は自由なんだ! もう俺は、ただひたすらゲームをやっていれば良いんだ!
※校長注:まだ続けて貰いますよ。
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「これが、執行部の皆さんの記録書ですか」
「はい、そうです」
校長室にて、生徒会長の小渕と、校長の二人が黒いソファーで向かい合って座っていました。校長の手には、生徒会執行部によって作成された、一週間分の服装指導の記録書があります。それに校長は注記し、小渕に手渡します。
「天川君に渡しておいて下さい。それと、来週も期待していると伝えて下さい」
「……校長は、この指導法に賛成なんですか?」
小渕は赤い字が増えた記録書を受け取りつつ訊ねました。その問いに、校長は微笑みながら答えます。
「ええ。彼ららしいやり方で良いと思いますよ」
「そういう問題ではないです! こんなやり方は非合法的です!」
「去年はあなたがその側だったではありませんか」
「っ」
校長が皮肉りました。
「あなたも天川君に似てきましたねぇ……」
「い、一緒にしないで下さい!」
校長は不敵に笑って、立ち上がります。
「確かに、傍から見ると、人道的ではないかもしれませんね。生徒達はとても不満でしょう。賛成の有無も問われずにこんな方法を強行されて。おまけに私達教師も巻き込んでしまうんですから驚きです。それどころか、規定以上の違反を犯した者は強制的に退学なんて、普通の考えではありません。勿論、執行部であろうとそんな権限はありませんがね」
「勝手な事をされて、生徒会としても良い迷惑です……」
「そう、〝良い〟迷惑なんです」
校長は窓際に立ちます。
「生徒にとっても〝良い〟迷惑。私達教師にとっても〝良い〟迷惑。あなた達生徒会にとっても〝良い〟迷惑。決して、〝悪い〟迷惑ではありません」
「それはそうですけど……」
「そして結果はどうでしょう? 服装の乱れは大きく改善されました。学校内でも積極的に取り締まってくれてるおかげで、目立った乱れも見ません」
「結果が良ければ、過程はどうでもいいんですか?」
「これは私個人の意見ですが、過程を重視するのは所詮綺麗事です。とある国の王が独裁したとして、結果、治安、経済等が良くなれば、国民は文句を言いません。いえ、言えません。人間は結果を見て、初めて過程を評価するんです。現に、生徒から非難の声は挙がっていますか?」
「……当初はとても多くの声が出てましたが、今では嵐が去ったように……」
「でしょうね。生徒も気付いているのでしょう。これは自分達のせいなんだと。彼らによって、初めて自覚させられたんです。生徒会執行部に、あなた達生徒会に、私達教師に、最後に地域に迷惑を掛ける事によって。例えそれが強引なやり方でも。─―正直、あなた達にはこのような方法は思い付けないと思いましたよ」
「だから、要望書を執行部に突き返せって言ったんですか」
「悪口ではありませんよ? 勿論、あなたも優秀な人材で、生徒会長に相応しいという事に間違いはありません。よってあなたは、〝美〟を追求する生徒会を選ぶでしょう。当たり障りの無い、無難で確実な生徒会。極めて一般的で、理想の生徒会です。――しかしそれでは、出来る事に限界があります。『こうしたい。でも出来ない。反感を買うから』と。今の生徒会の形を崩したくないからです。─―いえ、〝これ以上〟ですかね」
「それは、悪い事なんでしょうか?」
「とんでもない。今のあなたにはその選択肢しか無いのは解っています。言い方は悪いかもしれませんが、天川君のせいで今の生徒会が信用を失って、生徒会執行部が新たに発足された訳ですから」
「嫌な時期に会長になってしまいました……」
小渕が嘆息しながら嘆きました。
「ふふっ。――話を戻しましょう。生徒会と比べて執行部は、〝業〟を追求しています。こんな老いぼれの要望書を安易に受け取り、容易に執行してしまいます。今回のような事も。大変素晴らしい実行力で、救いようの無い迷惑力です。でも、それが面白いんですよねぇ……」
「校長は、執行部に何を求めているんですか?」
小渕は立ち上がりながら訊ねました。
「さぁ……。私自身、理解しかねます。――ただ、とても久しいんですよ」
校長は窓の先の景色を見ながら、再び口元を笑わせます。
「長年教師を続けて、こんなにも楽しいと思える事が」
その頃、龍の自宅にて。
「詩織! 服装指導で凄い成果を挙げたぞ! それはもう、もの凄い成果をな! さぁ今すぐ俺のゲームを返せ!」
「? 何言ってるの? 来週テストでしょ。勉強しなさいよ」
「天川から電話来たんだろ! 俺が活躍したらゲーム返すって条約を結んだんだろ!?」
「天川君? 私、天川君と番号交換してないわよ?」
「…………。天川あああああああああああああああ!」