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第6話「祭りは人を弄ぶ」

「おお~すげえな~! 客がどんどん入って来てるぜ!」

「人がまるで小魚のようです!」

「…………」

 快晴の土曜日。時刻は十時。春季山高祭が開催されて十分後。三人(正確には二人)はテレビに映る正門の様子を見て驚きの声を上げていた。

 正門で構えていた三人の生徒会役員の手が忙しく動く。二本脚で立つ黒帽子を被ったウサギが表紙のパンフレットを配っているからだ。にしてもこんな絵を描くなんて、美術部のセンスはどうなってるのだろうか。個性的と言えばそうなんだが。

 山高祭が始まる前、放送委員が正門が見える絶好の位置にカメラを設置してくれたおかげで、このように正門の様子を見る事が出来る。何か特別な事が起こってないか監視が出来ると、久々に天川が良い事を言ったのだ。たまには会長っぽい事も言うものだ。

 その当人は今、「腹が減った」と言ってどこかに食べ物を買いに行っている。しかし、開催十分でこの人だかり。人が川のように流れて来ている。果たしてそう簡単に物を買えるのだろうか。

 そして当然その金は執行部に流れて自由に使えると……。ふふふ、今度は新型ゲームハードでも買おうか。薄型なのに排熱も抜群! グラフィックも超美麗! 処理能力も大幅上昇、大容量なのに価格は三万を切るという赤字覚悟の素晴らしい試み! ユーザーとしては、是非とも買いたところだ!

 しかし現在の状態からも解るように、執行部には山高祭に関する仕事は無い。監視というのも天川の独断なので、金が流れて来るかは怪しいところ。期待はしない方がいいだろうな。

「うわっ! やべえ、外やべえ!」

 ドアを開けて、昇降口を見た恵がまたも驚く。この部屋は昇降口の前に位置している為、先程からもざわめきがよく聞こえてくる。

「おい龍、見てみろよ! すっげえ人だぞ!」

 言われなくても解ってる。恵はこの時期も不登校で山高祭を見た事は無かったんだろうな。実質三年なのに、山高祭に携わるのが今年が初というのはいかがなものか。

「見てみろって! やべえ、マジやべえええええ!」

「落ち着け、恵。これが山高祭の標準だ」

「マジでえ!? うわあ、山高って結構有名なんだな! オレ山高を見縊ってた! ただの田舎くせえ、しがない高校かと思ってた!」

「そうか。とりあえず、山高に謝ろうな」

「山高! 変に見縊っててごめんなさい!」

 その場で山高の壁に頭を下げる恵。相当テンションが高くなってるようだ。これじゃあ、山高祭は年に二回あるという事も知らなさそうだな。山高生にとっては常識なのだが。

「でもこんなにたくさん人数が居たら、何かを買うのも大変そうだな! 廊下とかすげえ事になってそう! 天川大丈夫か?」

 確かに、去年も大変だったな。いつもは少しの生徒がすれ違うくらいなのに、山高祭になると、人が擦り合うような状態。満員電車で揉みくちゃなんちゃらって感じだ。隣のクラスに行くだけでも、かなり疲れる。

「相変わらずの繁盛っぷりですね、山高祭!!」

「こりゃあ売店も大変だな! 午後までもたないだろ、これ!」

 その通り。それは実際、俺も経験している。

 実際、去年のうちのクラスは何か売るのは決まっていたが、その何かが決まらなかった。意見の流れが滞る中、誰かが「もうフルーツポンチで良くね」と言った為、缶詰の果物をサイダーに浸けた適当なフルーツポンチを売っていた。「どうせ売れねーよこれ」とクラス中が思っていたが、何故か飛ぶように売れて、午後は在庫切れで何もする事が無かった。

 食べ物なら何でも売れる。これが山高祭の魅力だ。

「それにしても、ホントすげえ人だなあ……」

 恵が目を輝かせてテレビを見ていた。出来ればそのリアクションは、去年か一昨年の内に済ませておいて欲しかったものだが。



「どいてくれー、通してくれー!」

 俺はものすごく混雑している廊下で叫んだ。しかし、応じてくれる人は居ないい。いや、応じれないと言うべきか。どこの廊下も人と人が密着している状態。下手すれば痴漢が発生するかもしれない。もう発生してるかも。

 しかし今年は、去年よりも人が多いな……。まだ十時過ぎだぞ? 畜生、山高祭なんかに来ないで勉強してろよな……。おっと、今のは撤回。よく考えると、これは大変よろしい事じゃないか。この混雑以外は。今頃校長は満足しているに違いない。なんかむかつくけど。

「!」

 二年五組……。確か、焼きそばを売っているはず! よし、あそこだ、二年五組に入るんだ! 入れれば、この暑っ苦しい状況も変わるはず!

「うおおおおおお、どけ、どけええええええええええ!」

 俺は人混みの中を必死に掻き分け、歩を進める。くそっ、この重圧、まさに満員電車のそれじゃないか! 何で学校でこんな思いをしなきゃいけないんだ! 俺はただ焼きそばを食べたいだけなのに!

 俺は手を伸ばす。後もうちょいなんだ! ああ、そのツンツン頭邪魔! 下げろ! ……おおい、何だこのでかい鞄は! 迷惑だろうが! 何が入ったらそんな変に膨れるんだよ!

「もうちょっと……!」

 よしっ、抜けた! やっと教室に入れた! はぁ~、この解放感! まさしく満員電車を降りた時のものだ! もうこんなのを経験したら、余所の催しの混雑なんて微々たる物だな……。

 さーて、ちゃっちゃと焼きそばを買って戻ろう。そうだな、皆の分も買ってやるか! さすが俺! 寛大だぜ! この優しい心遣いに感謝しろよな!

 よし、カウンターに――。

「……!?」

 俺はその異様な光景に絶句し、立ち止まる。何度も瞬きをして、頬を抓って、夢じゃない事を確認する。

「何だ……これは……?」

 それは長蛇の列が、教室中にうねっている状態。例えるなら、巻かれてしまわれているホース、綱引きの綱。たくさんの人間が、まさにその状態なのだ。

「最後尾はこっちですよー」

 そんなの言われなくても解るわ! ご丁寧に旗を立ててくれてれば誰でも解るわ!

 俺は最後尾に列んで腕を組む。ううむ、ここで会長権限を使えば、無駄に時間を浪費せずに焼きそばを買えるんじゃないか? 今こそ権力を振るう時じゃないか?

 いや、それこそ権力の濫用なんじゃないか? でもただ待ってたら、物凄く時間掛かりそうだしなぁ。こう考えてる間にも、俺の後ろに客が列んでるし。

 手元にあるカードは二枚。

『会長権限を発動する』

『大人しく順番を待つ』

 どうする? あーまーかーわー。



「おせえなあ、天川」

 時刻は既に十一時を迎えようとしている中、恵が呟く。天川が食い物を買いに行ったのは十時過ぎなのに、まだ戻らないのはおかしくないか? どんだけ混んでるんだろうか。

「まだ一人も帰って行く人はいませんよ! 山高、定員オーバーで崩れなければいいですけど……」

 ずっとテレビを見ている二ノ宮が言った。いくら古い学校だからって、崩れる事はないと思うが……。

 なんか不安になってきたな。確かに日々、所々に罅割れを見る。大丈夫なのか山高。悲鳴を上げていないだろうな?

「ふぁ~、暇だ~」

 恵が欠伸をしながら暇そうに呟く。

「龍、しりとりしようぜ」

「以前の反省を活かそう。このメンバーでしりとりをやったら、変にカオスになる」

「あれは龍のせいだろ。龍が誰も知らねえゲームの用語を言うから」

「しりとり番町(爆)に言われたくないな」

「んなもんで爆笑出来ねえだろ!」

「爆爆爆爆爆爆爆爆爆爆」

「二ノ宮はツボみたいだぞ」

「ツボ浅っ!」

「……はぁ」

「廣瀬はお気に召さないみたいだぞ」

「寧ろ良かったよ!」

「俺としては、もっと突飛な事を言って欲しかったな」

「そんなリクエストは願い下げだ!」

「いいのか? 職を失うことになるぞ?」

「そんな職に就いた覚えはねえぞ!」

「そうか?」

「そうだよ!」

「生徒会執行部公認なのに?」

「勝手に認めるな!」

「この不況の中辞職するとは……。チャレンジャーだな」

「え、金貰えんの、それ?」

「貰える訳ないだろ、ボランティア同然なんだから」

「辞める理由としては十分だよな!」

「そうか?」

「そうだよ!」

 コンコンッ。

 俺達が恵いじりを楽しんでる最中、ちょうど良いタイミングで、執行部のドアを叩く音がした。天川だろうか。

 いや、天川ならわざわざノックする必要は無い。ある意味この部屋の主なんだから。ならば来客か。こんな時に仕事の依頼は御免被るぞ。

 ……そして誰も動かない。仕方ないので、俺がドアへ向かう。

「どちら様ですか─―」

 ドアを開けると――そこには、とても見慣れた顔が二つ。

「ハァーイ」

 一人は星が弾けるウィンクをして、

「ハワイ?」

 一人は首を傾げる。

 俺は一拍遅れた反応で、ドアを閉めた。

「どうした、龍。誰だった? 何かやけに汗を掻いてるけど」

「ん? ああ、なんか危なそうな人だった」

「危なそうな人? どんな人ですか?」

「え? そりゃあ……。血塗られた包丁を持った人だよ」

「確かにそいつは危ねえな! よし、今すぐ警察に通報─―」

「いや! 別にそれは、必要ないと思う」

「必要だろ! 包丁持った人だぞ!? しかも血塗られてるんだろ? どう考えても殺った後じゃねえか!」

「そ、そうか……。じゃあ、今のは撤回。幼女一人をぐるぐる巻きにして連れ帰ろうとしている人に変更」

「それも十分危ない人ですよ! というか、何でここに立ち寄るんですか!」

「うーん……。見せびらかしに、だろうか?」

「陰湿な犯罪者ですね! とにかく、警察に通報―─」

「いやいや! それは要らない、本当に」

「要りますよ! 幼女一人の命が懸かってるじゃないですか!」

「多分、殺す気はないんじゃないかな。別方面だと思う」

「どんな方面でも犯罪なのは確実です! 今すぐ通報です!」

「いやいやいや! そんな事したら、そいつがかわいそうだと思わないか?」

「思いませんよ! 龍さん大丈夫ですか? とうとう頭がおかしくなりましたね!」

「おかしいのは二ノ宮の方だと思う」

「うわあ、駄目ですこの人! 早くなんとかしないと!」

「ちょっとー。開けてよ龍ー」

 ぐっ、ごまかしも限界のようだ。しかし、入れたくない……。かなり面倒な予感しかしない。ていうか、何でいるんだ!

「……あれ? どっかで聞いたことのある声だな」

 恵が気付き、立ち上がってドアに向かう。いやそれは駄目だ。俺は立ちはだかって阻止する。

「何だよ、龍。どけよ」

「だから、この先には危ない人が居るって言ってるだろ!」

「……初めから誰も信用してねえから、そんな事」

「な、何だって!」

「ええい、どけっ」

「うっ」

 俺は乱暴にどかされ、恵がドアを大きく開ける。

「! あ、あなたは……っ!」

 一人は「あっ」と言って、丁寧に頭を下げて、自己紹介する。

「はじめまして。先日お目に掛かったと思います、龍の妻である詩織です。――ほら苺、挨拶して?」

「あ、は、はじめまして! えっと、しおねぇとりゅーにぃのいもうとの、いちごです! いまのところ、おそわれてません!」

『…………』

「その挨拶をなんとかしろ!」

 どういう訳だ。

 詩織と苺が、生徒会執行部にやってきた。



「いやー、ごめんなさいね、急にお邪魔しちゃって」

 全体的に白の私服姿の詩織は、本来なら俺が座ってる席に座りながら言った。おかげで俺は立つ羽目になった。赤いワンピース姿の苺は今は居ない天川の席に座る。というか、天川遅すぎ。

「おお……。生で見ると、まるでビーナスの様だぜ!」

 恵が過大評価し、カメラを構えている廣瀬が激しく頷く。すると詩織は「あらやだ」とわざとらしく笑う。

「ふふっ、毎日龍に、たっぷり時間をかけて洗って貰ってる甲斐があるわ……」

『え』

「言う側も言われる側も学習能力無しか! 4話を読んでみろ!」

「ツッコミも学習能力無いよね」

「じゃあどうツッコめばいいんだ! 最善のツッコミは以前やったと思うんだがな!」

「突っ込むって……。やだ、龍……」

「何顔赤くしてるんだよ! 決して卑猥な意味で言った訳じゃない!」

「駄目よ、龍。私、まだ心の準備が……」

「しなくていいから、相変わらずの変な妄想をやめてくれ!」

「無責任な人ね、ホント」

「俺に何の責任があると言うんだ! 勝手に妄想して勝手に暴露してるくせに!」

「龍だけにね」

「この状況理解してるか!? ここは生徒会執行部! 中には俺以外に三人の役員! 俺だけじゃない!」

「ボソボソ(ちょっと、予定と違うじゃない)」

「お前の予定なんか知るか! それにボソボソとなってるのに全然筒抜けなんだけど!」

「龍だけにね」

「……はぁ、もう、嫌だ……」

 俺はその場で体育座りし、膝の間に顔を埋める。隣の恵が「詩織さんの勝ちー」と言って、詩織の右腕を挙げているのが解る。別に勝負じゃないのに、何でどや顔をするのかは理解出来ない。

「生で見るとより面白いですね、これ! こういうのを夫婦漫才と言うんですね! 勉強になります!」

 二ノ宮が面白がって見ていた。どこが勉強になるんだよ。くそっ、俺はそんなつもりじゃないのに……。最早、反論する気も起きない。何故なら……。

「りゅーにぃ! りゅーにぃ!」

 ほら、思った通り。今度は妹様がお呼びだ。俺は顔を埋めたまま答える。

「何でございましょうか、苺様」

「? どうしたの、りゅーにぃ!」

「あなた様まで、俺を苦しめるつもりでございましょうか」

「そんなことしないよ! いちごは、しおねぇのいもうとだもん!」

「理由が絶望的なのですが」

「しょうらいは、しおねぇみたいなびじんになるもん!」

「今すぐその夢は捨てて下さい」

「ちょっと龍、それはどういう――」

「じゃあ、おかーさんみたいになる!」

「それもやめた方が良いと思います」

「むっ。なら、いちごはどうすればいいの?」

「とりあえず、この中に居る全ての人は目指さない方が良いかと」

『おい』

「わかった! じゃあいちご、ぼうずさんになる!」

「正気を保って下さい」

「だめ? じゃあ、さぎしをだますさぎし!」

「もっと安全な職業に就きましょうか」

「あんぜん……。なら、じたくけいびいん!」

「一応外には出ましょうよ」

「むーっ! りゅーにぃ! わがままにもほどがあるよ!」

「今更ですが、別に今はそんな事を考える必要はないかと」

「わかった! もうかんがえない!」

「そうですね」

 これだよ! 何でこんなところで二人に色々相手しなきゃいけないんだよ! 家の中だけにしてくれよ! 疲れるんだよ!

「龍さん! お願いがあります!」

 唐突に、二ノ宮が座ってる俺に見えるように手を挙げながら言った。俺は立ち上がってお願いを聞く。

「何だ」

「私、苺ちゃんが欲しくなってしまいました! なので、可愛い可愛い苺ちゃんを是非とも売って下さい!」

「えっ……えぇっ!?」

 また訳の解らない事を……。明らかに頭がおかしいのは二ノ宮だ、間違いない。

 苺が椅子から跳ねるくらいに驚いているが、詩織は特に反応はしない。きっと、俺が反論すると思ってるんだろうな。

 しかし、今の俺は二人のせいであまり気分がよろしくない。正直もうどうでもいい。今なら苺を手放す事も惜しまない。よって、

「あぁ、別に良いぞ」

『!?』

 本来なら「どんなお願いだ」とツッコむところだが、敢えて肯定する。これには流石に詩織も驚いていた。ふんっ、ざまあみるがいい。

 二ノ宮は両手を合わせて表情をより明るくする。

「本当ですか! なら、いくらで?」

「そうだな。やはり――」

「ちょっと、龍! 何言ってるの! 苺を売るなんて!」

「大丈夫。苺ならきっと、美味しく育つさ」

「そっちの苺じゃないでしょ! ……そうね、私の妹よ? 三億は貰わないと無理ね」

「あれ!? しおねぇ!?」

 何だとこいつ! 姉が妹を見捨てた!? こいつ、冷静に対処した結果がこれか!

 恐ろしい奴だ……。自分が不利になる方へは決して動かない! 例え妹が売春の危機であっても! どれだけ利益主義なのだろうか!

 二ノ宮は「うーん」と、指先を顎にあてて唸る。

「三億ですか……。それでは、安すぎる気がします! 五億は出さないと気が済みません!」

「五億円の苺か、食べてみてえな」

 想像して、苺をじっと見つめる恵。襲うなよ。

「ポー」

 さっきから微かに紅葉している廣瀬はカメラを苺に向けている。絶対襲うなよ。

「五億ねぇ……。うん、いいわ。これで苺は、あなたのものよ」

「本当ですか!? やりました、苺ちゃんを落としました!」

「う……うぅ?」

 苺がツッコミを出来ずに話は進む。というかこの姉、ノリノリである。

「ふふふ。五億円、何に使おうかしら。苺、美味しく食べられるのよ」

「いいなあ、二ノ宮。今度食べに行くぜ」

「亜qwせdrftgyふじこlp;@」

「フフフー! さあ苺ちゃん! 私の胸元に飛び込むのです!」

「えぇ……うぅ」

「? 苺ちゃん?」

 二ノ宮が震えている苺の顔を覗く。

 ……これは、嫌な予感がする。

「しまった!」

 詩織がはっとし、苺の肩に手を置き、沈んでる顔を見る。

「苺! 今の話は─―」

「うううううぅわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!」

『!?』

 急の大きな苺の泣き声に、全員が反射で耳を塞ぐ。嫌な予感が当たってしまったようだ。苺はまだ小学二年生。この話を本当の事だと思ってしまったらしい。

「おい、詩織! なんとかしろよ!」

 絶大な音量の泣き声が響く中、俺は詩織に責任を取らせる。

「何言ってるの! 最初に悪ノリしたのは龍でしょうが!」

「俺をここまで追い詰めたのが悪いんだ! 姉としての責任を取れ!」

「何と言う事を……! それでも苺の兄なの!?」

「お前こそ苺の姉だよな!? しかも血も繋がってるよな!?」

「どっちでもいいから早く泣き止ませて下さい!」

「一番の原因はお前だろ二ノ宮ァ!」

「ひぅ! し、しかしですね! そもそも龍さんがあんな簡単にOKするなんて思いませんよ!」

「うるせええええええええええええええええ! 誰でもいいから早く止めろおおおおおおおおおお!」

「恵まで叫ぶな! 余計に五月蝿い!」

「ソゥ、グッド!」

「廣瀬はカメラを下げろ! ドSかお前!」

「素晴らしっ」

「全然素晴らしくなあああああああああああああい!」



 ガラガラガラガラ!

「五月蝿いですよ! 静かにしなさい! 一体何をやっているんですか!?」

 シーン……。

「まったく! 前回のしりとり騒動もそうです! あなた達には学習能力がないんですか! 小学生ですか! それでも高校生ですか! いい加減自覚しなさい! ぷんぷんですよ、まったく!」

 ガラガラガラガラ!



『…………』

 生徒会長の一喝で、部屋は静まり返る。さっきまで大声で泣いていた苺ちゃんもきょとんとしているくらい、生徒会長の声は馬鹿でかい。生徒会長が泣いたら、大変な事になりそうだな。

「う、うぅ……」

『!』

 苺ちゃんがまた泣きそうだ! オレ達は団結し、苺ちゃんを宥める。

「えぐ……しおねぇたちとはなればなれになるの、やだよぅ……」

「大丈夫よ、苺! 本当に苺を売る訳じゃないから!」

「ほんとう……?」

「ああ! 愛しい苺を、二ノ宮なんかに売る訳ないじゃないか!」

「なんかにって何ですか!」

「そうだぜ、こんな美味しそうな苺ちゃんを、二ノ宮なんかに渡して堪るか!」

「なんかにって何なんですか!」

「二ノ宮(苦)」

「苦いってどういう事ですか!?」

 すると、苺ちゃんは目を擦り、涙を拭き、顔を上げて笑う。

「えへへー! ここのひと、みんないいひと!」

 この柔らかな笑顔を見ると、思わずこっちも笑顔になってしまう。今までの疲れがぶっ飛んでしまうようだ。

 詩織さんは苺ちゃんの頭を撫でる。

「よしよし、苺は良い子。流石は、私の妹ね」

「えへへー! だっていちごは、しおねぇのいもうとだもん!」

「うふふ」

「えへへー!」

 二人が笑顔で接し合う姿を見ると、こちらまで思わず微笑んでしまう。なるほど、これが姉妹って奴か。一人っ子のオレからすれば羨ましい限りだ。

 一方の龍は、先程からの苦労からかぐったりしている。こんなのが日常だったら、過労死しそうだな。

 と、そこで扉がゆっくりと開けられた。

 そこには、龍なんかより遥かにぐったりしている天川が居た。両手には、焼きそばが入った袋が五つ。まさか、オレ達の分まで買ってきてくれたのか……? どんだけパシリ体質なんだ、天川!

「うおぉ……」

 天川はその場で倒れる。「天川!」と、龍が天川の元へ駆け寄る。

「お前、俺達の分まで……」

「おかしいよな……。一個ずつ買って下さいってよ……。五回も列び直したせいで、ひどく遅くなったぜ……」

「天川!」

「俺はここまでだ……。後は、頼……ガクリ」

「天川ああああああああああああああああ!」

 なっ……なんという事だ! オレ達の会長が……天川が、死んでしまうなんてえええええええええええええええ!

 龍は天川の死体をポイッと放り捨て、焼きそば入り袋を手に取る。

「さて、食うか」

「そうだな」「そうですね!」「コクリ」「そうね」「たべるー!」

「おいいいいいいぃ!」

 全員が箸に手を伸ばした瞬間、天川が勢い良く復活する。

「もっと俺を労れ! 感謝しろ! それが会長に対する態度か!」

『会長(笑)』

「笑うな!」

 何故かこういう時は素晴らしく団結する執行部(詩織さんも)。多大な団結力の無駄遣いだ。

「はぁ……でも、マジ疲れた。やべぇわ今年は、尋常じゃねぇよ」

 天川は疲れた様子で、自分の席に向かうが、そこに座ってる苺ちゃんに気付き驚く。

「おお!? 何で苺ちゃんがいるんだ? よく見たら、龍の席には詩織さんが居るし……」

「あまかわおじさん、こんにちわ!」

「ああ、こんにちは」

「ごめんなさい、お邪魔してます」

「いや、いいんですけど……。困ったな、二人の分は買ってないんだけど……」

「大丈夫。龍の分を頂くから」

「おい」

「あら、独り占めする気?」

「りゅーにぃ、ずるい!」

「はぁ……。いや、いいよ。あんま腹減ってないし」

 龍は仕方なく承諾する。意外とちゃっかりしている詩織さんであった。……ていうか、何でオレはさん付けしてるんだ? 年下なのに。

「苺。天川君が座るから、立ちなさい」

「はーい。あまかわおじさん、どーぞ!」

「おう、悪いな。……むっ。苺ちゃん、一ついいか?」

「なあに? あまかわおじさん」

「俺はおじさんじゃなくて、お兄さんだ」

 今更ツッコむ事なのだろうか。前もおじさんって呼ばれてたろ。

「だめだよ! あまかわおじさんは、あまかわおじさんなんだよ!」

 そして何故か拒否された!

「そうか、俺はおじさんか。それもいいか……」

 いいのかよ!

「解った!苺ちゃん、これからもおじさんって呼んでくれ!」

「わかった! まかせて、あまかわおじさん!」

 何だこの変な会話は……。

「よーし、それじゃ皆手を合わせて……」

 天川が号令し、皆で礼儀良く合掌。

『いただきます』

 行儀良く食べ始める。龍以外。

 オレも割り箸を割り、焼きそばを食らう。普通に美味い。時間も時間だから考えもせずに箸が進む。皆そんな状態だった。詩織さんは「あーん」として、苺ちゃんに食べさせていた。苺ちゃんも美味しそうに食べている。

「…………」

 一方、龍は腕を組んで壁に寄り掛かっていた。時々「ふぅ」と溜め息を吐いている。もう昼時だ、龍だって腹が減ってるのは当然だろうに。

 それを見兼ねた詩織さんは「やれやれ」と、焼きそばを掴んで、龍を見る。

「ほら、龍」

「ん?」

「あーん、して」

「……いや」

「焼きそば、欲しいんでしょ?」

「……要らないって。ほら、冷めない内にとっとと食べろよ」

 詩織さんの慈悲を、龍は意地を張って拒否した。本当は食べたいくせに。

「無理しなくていいの。はい、あーん」

「してない。それに食うとしても、その食い方はお断りだ」

「もう、照れちゃって。家ではいつもこれでしょ」

『え』

「違うだろ! また誤解を招くような事を!」

「あっ……。欲しいのは、まさか、こっち?」

「どっち!?」

「駄目よ龍……。ここはちょっと、目立つわ」

「ちょっとどころじゃないけどな! 何を想像したらそうなる!」

「大胆すぎるのは、龍の悪いところよ」

「俺は何も大胆じゃないだろ! お前の悪いところは妄想暴露力が大胆不敵すぎるところだよ!」

「もう、ほら! 周りの視線が痛いでしょ!」

「俺がな!」

「龍にはね、自重心が足りないわ!」

「お前がな!」

 こんな会話を毎日してたら、さすがに疲れそうだな。大変だなあ、龍。……さっきも同じような事を考えた気がする。まさか、歳か!?

 疲れ気味の龍とは打って違い、詩織さんと苺ちゃんは楽しそう。

「はい! りゅーにぃ、あげるー!」

 今度は苺ちゃんが、焼きそばを掴んで龍に向ける。

「……いやいいよ。食えって」

「はい、あーんして!」

「しないって! 何で姉妹揃って同じ事を言うんだよ! 本当に学習能力ゼロか!」

「たべないの?」

「さっきっからそう言ってるよな! その耳は飾りか!」

「いちごのは、たべないんだ……」

「え?」

「しおねぇのはたべて、いちごのはたべないんだ!」

「食べてないし! 苺の目には俺のどんな姿が映ってるんだ!?」

「しおねぇにだけ、よくじょうするんだ……」

「してないし! というか妹に欲情したらそれこそおしまいだよ! っていうか、何でそんな言葉を知っているんだ!?」

「……コホンッ」

「やはりお前か、詩織!」

「うぅ……」

『!』

 まずい、また苺ちゃんが泣きそうだ! オレ達は全力でジェスチャー及びアイコンタクトをする!

(龍、食え! 俺が許すから食え!)

(苺ちゃんがまた泣いちまうだろ! 何でも良いから食え!)

(また生徒会長に怒鳴られます! その小さなプライドを捨てて食べるのです!)

(だが断れ)

「ぐっ……」

 オレ達のジェスチャーは伝わったが、拳が震えている。どうしても「あーん」に抵抗があるらしい。確かに、あの隙の無い龍にとっては身震いする瞬間かもしれない。

 しかし、今にも泣きそうな苺ちゃんを見て、決心したようだ。

「あー、やっぱり腹減った! 苺の焼きそばが食べたいなぁー!」

 よし! なんか導入は変だけど、手応えあり! 苺ちゃんは「ほんとう!?」と顔を上げ、焼きそばを掲げ、ご丁寧にも息でふーふーしてから龍に向ける。

「じゃあ、はい! りゅーにぃ、あーん!」

「や、やはりその食い方なのか……。仕方ない……、あー……」

 遂に口を開けた! 廣瀬は食うのを中断し、カメラを手に取る。無理もない、こんな光景は、次はいつ見れるか解ったもんじゃない。永久保存確定だろうな。

 苺ちゃんから焼きそばを口に運んで貰った龍は、あまり優れない顔で焼きそばを噛み締める。

「おいしい?」

「うん、美味しいさ……」

 美味しそうに食べてるようにはとても見えない表情で答える。それでも、苺ちゃんは満足そうに「よかった!」と言って笑顔だ。よくやった、龍! とりあえず、この映像は近い内にネットに流れるかもしれないけど、気にすんな!!

「そ、そんな、龍……」

 笑顔の苺ちゃんとは裏腹に、詩織さんは愕然とした表情をしていた。

「今度は何だよ……。もう要らないからな!」

「ひ、酷いわ……。私のを食べないで、苺のは食べるなんて……差別だわ!」

「もう面倒な事を言うんじゃない! ツッコミは既に限界なんだよ! 臨界点突破してるんだよ!」

「姉じゃなくて妹に欲情するなんて……。なんて卑劣な兄なの!?」

「姉妹揃って言うことが同じなのは何故だ! 頭は良いのに学習能力がないのは何故だ! この場を弁えないのは何故だ!?」

「この……ロリコンやろぉ!」

「あああああああああああああああああああああもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 詩織さんが変な嫉妬に狂ったせいで、龍が壊れた。

 今度はオレ達が面倒になりそうだ……。



「はぁ~! 良い空気だ!!」

 時刻は十二時過ぎ。俺は外に出て、大きく深呼吸する。

 この学校は山に囲まれてるから、都会に比べたら空気の美味さは段違いだ。勿論、さっきの窮屈な空気とは格が違う。今は人の入りが落ち着いてるから、外には昼食を摂ってる人が数人居るくらいだ。この風景こそ、正しく平和である。

 何とか壊れた龍を抑える事が出来たが、さっきはまだ野良猫のように荒い息遣いをしていた。完全に沈静化するには、まだ時間が掛かるだろう。

 にしても、生徒会の連中はこんな時間でも仕事してんのか? 流石に飯は食ってんのかな。いや、あの会長の事だ。「生徒会は昼ご飯なんか食べずにキビキビと働くのです!」なんて事を言って重労働を強いているに違いない。

 何をやっているのかと、俺は興味本意で正門に足を運んでみる。

「ん……?」

 何だ? テントの下のテーブルに突っ伏してる役員を二名確認。おいおい、もしかしてのびてるのか? まだ夏の灼熱には程遠いのに、こんな暑さでくたばってたら、この先生きていけねーぞ。これだからもやしっ子は!

 俺はダウンしてる役員に近付き、肩を揺する。

「おい! 何寝てんだよ! 客が来たらどうすんだよ!」

「…………」

「おい?」

 もう一人も揺すってみるが、反応は無い。返事が無い、ただの……。まさかっ!

「殺人……?」

 俺は急いで二人の脈を診る。

 …………。

 ……ん、普通に血は流れてる。生きてる。死体じゃなかった。ちょっと残念。いや冗談だけど。

 何だよ、本当にのびてるのか? まったく、生徒会は知らないだろうけどな、ここの映像撮ってるんだぞ? 生徒会執行部は見た! だぞ?

 よーし、このやる気の無い役員の姿を、校長に見せてやる! そうすれば、お前達が握るはずの山高祭の売上は俺達が頂く事が出来る! クククッ、日頃の恨みはこれで晴らす! ほら見ろよ! あのカメラが決定的瞬間を捉えたのだ――。

「!」

 カメラが、壊れてる? 何かが強くぶつかったような感じだ。カメラの下を見ると、中くらいの石ころが一つ転がっている。

 ……マジかよ、石ころでカメラ壊したの!? すげえなおい! 是非ともその才能を別のところに活かして欲しかったんだが! 投擲競技で優秀な成績を修められるだろ!

 クソッ! 生徒会めっ、手の内はバレバレってか! そこまでして仕事をサボりたいか! はっ! 見損なったぜ! 寝たきゃ寝てろ! 好きなだけな!

 俺は踵を返し、帰ろうと足を動かす。まったく、とんだ無駄足だったぜ!



 ――しかし、拭えない違和感に俺は足を止める。

 いや普通に考えておかしい。何故そこまでする? サボるというか、休みたいなら、別の役員と交代すれば良い話じゃないか。五人居るんだから、出来ない話じゃない。

 それに、何でカメラを壊す? あまりよろしい話じゃないが、生徒会なら、放送委員会に乗り込んで映像を揉み消せばいいだけの話。わざわざ証拠が残るこの方法を選ぶ必要はない。

 それどころか、俺が知る限り、今の生徒会役員に仕事を放棄する奴は居ないはずだ。寧ろ望んで志願した奴しか居ない。

 何より、本当にあれは暑さでのびてるのか? だったら本気で保健室に運ぶべきだ。

 俺はもう一度、二人の役員を見る。髪に隠れている首の裏を見てみると、二人とも赤くなっていた。何かを叩き付けられたかのような、そんな印象を思わせる跡。

 気絶している。いや、させられた。

 一体誰に? 一体何の為に?

 カメラを壊す必要があるという事は、見られたくないという事。善くない行為をしたという事。それが、これか?

 いいや違う。二人を気絶させても、何の得も無い。何か、別の理由があるはずだ。

 俺はテントの下を探る。すると、役員の鞄が三つあった。

 三つ。二つじゃなくて、三つ。

 つまり、もう一人役員がいた。しかし、今は居ない。って事は、

「誘拐……?」

 今の自分の結論を呟く。考えたくないが、今はそれしか思えない。でも、どうして今なんだ? 今は山高祭で人がたくさん居る。目撃される可能性は高い。要らない危険を冒してまで、誘拐するメリットがあるという事……。

 違う、そうじゃない! 重要なのは、誰が誘拐されたかだ! この二人は、古蛇(こじゃ)神田(かんだ)と言うらしい。この赤い鞄と黒いエナメルはこの二人のだな。ご丁寧に、名前シールが取っ手に貼ってある。こんな形で役に立つとは思ってもいなかっただろう。

 残る青いリュックには、名前シールは貼ってない。申し訳ないと思いつつ、俺は中を漁る。何か、名前が解るもの……。

 〝すーがく〟と書かれたノートを発見! 名前は……。

「小渕……!」

 会長だった。

 嘘だろ……何で会長を誘拐する必要がある!? あの実用性がまるで無い身体を何に使うつもりなんだ!? メリットがなさすぎる! 犯人は馬鹿か!?

 そんな事を言っても、何とかしない訳にはいかない。部屋に居た時は、カメラの映像は映っていた。だから、犯行からあまり時間は経っていない。まだ近くにいるはず……!

 俺は正門を出る。地面を見てみると、タイヤの跡は無い。幸いにも、犯人は車ではないようだ。良かった、そうなら、走れば追い付けるかもしれない。

「――車じゃない……?」

 どうして? どう考えても、車を使った方がいいじゃないか。早く逃げれる。ていうか、車を使わないで誘拐なんかするか? 犯人は本当に馬鹿なのか?

 ……あー! こんな事を考えても仕方ないんだよ! 今は犯人を捜す事だけを考えろ!

 道は三つ! 前、右、左! さあどうする!

「んーっ……右利きだから、右!」

 シャッターの閉まった煙草屋の前を通り、コンクリートが固まった道を俺は走る。

 根拠は無い! でも走る! 走れ、走れ! とにかく走れ! 一キロ走っても怪しい奴が居なかったら別方向だ! もう三キロ走る! また駄目なら五キロ走る! それで済む事! 大丈夫、体力には自信がある! それくらいどうって事はない!

「!」

 曲がり角から、一人が出て来る。頭を見る限り、男っぽい。赤髪のオールバックなんか、女はしないだろうし。それに半袖の制服姿から、学生と思われる。

 男は俺を見る。……うわ、頬に傷がある。痛そうだ。

「どこに行く?」

 低い声で、そう訊ねてきた。俺はその場で足踏みをしながら答える。

「捜し物だよ。急いでるんだ、そこをどいてくれ」

「捜し物というのは……。もしかして、これの事か?」

 男が言うと、もう一人曲がり角から震えながら人が出てくる。オレンジツインテールの、小柄な女子生徒……?

「会長!」

 まさか、こいつが犯人だったとは!

「その色々と残念なスタイルの山高生を今すぐこっちに渡せ!」

「残念って何ですか!」

 男は「ふっ」と鼻で笑い、会長をひょいと摘んでこちらに投げる。

「きゃっ!」

「おっと」

 俺は会長を受け止める。そして、鋭い目つき(だと思う)で男を見る。

「何でこんな事をした!」

「生徒会執行部会長、天川三紀だな?」

 むっ。俺の名前を知ってる……?

「如何にも。お前は?」

「大民高校三年、高石翔だ」

「高石……?」

「そう、高石だ。高石でいい」

 高石……翔? それってもしかしなくても……大高の頭!?

 おいおい冗談だろ! 何でそんなやばい奴がここに居るの!? ……そういえば似たような声をメグの時に聞いた気がする……。まさか、通報した事がバレたのか!?

「な、何の用だよ……。それにしてもこんな会長を掻っ攫うなんか、見る目がねぇな!」

「こんなって何ですか!」

 会長は俺の手から離れ、俺の後ろにちぢ篭る。声はでかくても、根性は小さい。後スタイルも。

「そいつはただの餌だ。お前達を誘き寄せる為のな。ヒントを出しておいたから、簡単に解っただろう?」

「ヒント?」

 何だそりゃ。いや、今はそれじゃない。

「餌って何だよ。確かに、ライオンの餌には持って来いかもしれないけどな!」

「嫌ですよ、そんなの!」

「宣戦布告だ。俺達大高は、生徒会執行部を潰す」

 ……は?

 え、いや、今なんつった? オレタチダイコウハ、セイトカイシッコウブヲツブス?

 ……はぁッ!? ちょっと待てよ。今県一番の不良高に宣戦布告されたぞ!? こんな田舎にある高校の数ある部の中で生徒会執行部を潰す!? 何で、どうして!? 何か悪い事したっけ!? いや、どっちかって言うとそっちが悪い事してない!?

「な、何だそれ! 拒否、そんなの断固拒否!」

「関野が協定を撤回したからだ。そちらがその気なら、こちらも全力で抗戦する」

「いや待てよ! 元はと言えばお前らが――」

「異論は認めない。――さぁ、まずは会長、お前からだ」

 高石が拳を握り、構える。

 ……え、ちょ、待て待て待て。俺喧嘩とか無理だから! 何そのマジな目! 駄目駄目、敵う訳ないじゃん! 相手は大高の頭だぞ! 無理無理、逃げよ逃げよ!

「あっ……」

 俺の後ろの会長の震えが伝わってきた。

 ……逃げる訳にはいかねぇな。女の前で逃げる男は男にあらず! 男なら、当たって砕ける! これぞ男の生き様!

 俺は顔を両手で叩き、気合を入れる。

「よーし、来いよ」

「ちょ、ちょっと! 喧嘩なんて出来るの?」

「いーや、無理!」

「余裕満々で敗北宣言!? だったらやめて! 逃げようよ!」

「いいか、会長。男にはな、無理と解ってても、やらなきゃいけない時があるんだ!」

「どこかで聞いた事があるような台詞! 安っぽい覚悟なら要りません!」

「覚悟はいいか? 俺は出来てる」

「出来てないですぅ!」

 俺達のやり取りを見ていた高石は「ふぅ」とため息を吐き、首を振る。

「似ている」

「何が? 何に?」

「お前達が、両親に」

「へぇ。そりゃあ随分と仲の良い両親だな。羨ましいぜ」

「俺はそれを、影から見ていただけだったが」

「…………」

 あの傷に、今の言い方……。

「……虐待?」

 俺の推察に、高石は一瞬だけ面食らったような顔をした。

「よく解ったな。素晴らしい推察力だ」

「お前も、辛い過去を……」

「何、大した事はない。貰う飯は残飯。水は近くの汚れた川。父の趣味は火炙り。母の趣味は鞭。それを毎日、変わりなく繰り返し受けていただけの話。背中には、その跡が刻まれている」

「酷い……」

 会長がこぼす。

「今となっては、懐かしい思い出だ」

「そんなお前が、どうしてこんな……」

「強くなりたかった。とにかく、強く。誰にも負けない。誰にも屈しない。そんな人間になれれば、昔の自分を忘れられると思った。所詮世の中は弱肉強食。強者が弱者を食らう。強くなって、両親の立場になってみたかった。それが導入だ」

「感想は?」

「……無い、というのが一番だろうな。気付くと俺はこの立場に居たが、そこからも得られるものは無かった。両親が得ていた快楽さえも、俺は感じる事が出来ないのか――ッ!?」

 途端、高石が急に頭を抑えた。

「どうした?」

「いや……。昔を思い出すと、いつも頭痛がするだけだ。きっと、俺がまだ弱いからだ。――お前を下せば、少しはマシになるかもな」

 高石は拳を固め直し、獣のような眼光を俺に向ける。

「改めよう。天川、まずは、お前からだっ!」

 凄まじい瞬発力で、俺に向かってくる。

 うおおお、どうすればいいんだ! とりあえず、蹴るか? それとも手を広げる? ああ、解らん! 誰か、誰か助けてぇ!

「何をやっているんだ」

『!』

 後ろからの声に、高石が止まる。この声は……!

「龍!」

 良かった! 龍が来れば安心だ! 俺は会長を連れて、素早く龍の後ろに回る!

「はははーっ、運の尽きだぜ高石ィ! 我らが誇る生徒会執行部副会長が来た以上、お前に最早勝ちの目は無い! ―─さあ龍、やっておしまい!」

 俺は目標を指差し、指示する!

「龍……? そうか、お前が城古我龍か」

 高石は拳を解き、背を伸ばす。

「何だ、お前? 天川と……。……に何をした」

「名前忘れられてる!」

 会長がショックを受けていた。

「俺は高石。大高の頭だ」

「大高の頭……。なるほど、お前が今までの元凶か。つまり、お前さえ木っ端微塵にしてしまえば、一切合財安泰という訳だな」

 え、えぇ? 今の龍は、発想がとても怖いぞ! 何があった? まさか、さっきの事を未だに引き摺っているのか!? 後遺症か!?

 龍は手に持っていたアルミ缶を、片手でそのまま握り潰す。うわあ、相変わらず馬鹿力。

「今、俺は気分が悪いんだ……」

 アルミ缶を手放し、

「だから、蹴る!」

 意味不明な理由で、アルミ缶を蹴飛ばす! アルミ缶は高石の顔に向かって、正確に飛んで行く! すげえ、何か漫画みたいだ!

 バシッ!

「!」

 龍が驚く。それもそのはず、高石はそのアルミ缶を右手で、いとも簡単に受け止めたのだ。いや、絶対痛いって。

「これは驚いた」

 そう言って、潰れているアルミ缶を右手で更に小さく握り潰す。

「俺と同じ事が出来るとは」

 龍と同様に手放し、蹴飛ばす。アルミ缶は、龍の顔のすぐ横を飛んで行った。ぐああ、鳥肌がぁ……。

「今日は、騒ぎを起こすのはやめておこう。折角の祭りだ。思う存分楽しむといい。――また会おう」

 高石は背を向け、歩き始める。

「あ、おい待て! 龍、追え!追うんだ!」

「……いや、やめておこう」

「ど、どうして!」

「アルミ缶を捨ててくれたお礼だ」

「……は?」

 意味不明な事を言った龍は、振り返り学校に向けて歩く。俺達も慌てて付いて行く。

「龍、何でこっちだって解ったんだ?」

「お前と同じ理由だと思うぞ」

「龍も右利きなの?」

「…………。役員の指先が、こっちの方向を指していただろう」

 そうだっけ。あ、さっき言ってたヒントってそれの事か。全然気付かなかった……。

「ていうか会長。こういう時こそ、その馬鹿でかい声の使いどころだろ。叫べば誰か助けてくれたかもしれないのに」

「……睨まれたら、声がでなくなったの」

「ん? それ、石になるんじゃなかった?」

「メデューサじゃなくて! ……あの目を思い出すだけで、今でも背筋がぞっとする……」

 睨まれると声が出なくなる……? 新手のスタンドか!?

 ……いや冗談はさて置き。確かにあの目は恐ろしい。まるで羊を狙う狼だ。目を合わせただけで絶望的なシミュレーションが出来てしまう。

 絶対的敗北イメージ。それを、高石は目だけで脳裏に焼きつかせてくる。大高のリーダーなだけはある、喧嘩の実力も天下一なのだろう。龍が来てくれて、本当に良かった。

 学校の正門に着くと、龍はそのまままっすぐ進む。ちょっと行くと、自販機があり、その横にゴミ箱がある。

 ……冗談だよな? さっきの龍の言葉って、こういう事? いやいや、あそこからここまでどんだけ距離あると思ってんだよ。プロのサッカー選手でも厳しい距離だろ。無理無理、ありえない。ありえるはずが無い。

 そう思いながらも、俺はゴミ箱を覗く。

「……嘘だろ……」

 本来の姿からかけ離れたアルミ缶が、一番上に捨てられていた。明らかに、さっき高石が蹴ったアルミ缶だ。

「面倒な事になりそうだな……」

 龍は嫌々呟いて、正門に向かう。

「……あぁっ! まだ午後の部が残ってます! 急いで準備しないと!」

 会長は、あまり速くないが、走って戻る。

 俺はその場で立ち尽くす。

 彼の闇は、大きすぎる。

 受け止められる気がしない。

 ……俺は一体どうすればいいんだ?

「……いいや違う!」

 解らん事を考えても仕方ない! 重要なのは、今だ!

 山高祭は、まだ終わってない!

 俺達の祭りは、これからだ!



 部屋に戻ると、中はとんだ大騒ぎになっていた。

「天川さん! 大変です! 廣瀬さんが暴走しました!」

「たすけてー、あまかわおじさーん!」

「何やってんだ夕!」

「いいわその顔! もっとやっちゃって!」

「詩織さんまで何言ってんすか! ――おい龍! 苺ちゃんが貞操喪失の危機だぞ! どうにかしろって!」

「……苺など、特甘なシロップを掛けられて頭の上から食われてしまえ」

「おおい!? さっきの兄としての貫禄はどこ行った!? ――あぁぁ、夕やめろ! それ以上やったらポルノなんたらに引っ掛かる!」

 ……やっぱり、祭りはもうおしまいで良いかもしれない。

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