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第5話「約束は確実に反故となる」

「という訳で、俺は今とても怒っている。いや、焦っている。……いいや! もう何が何だか解らないが、とにかく今の俺は憤怒と焦燥で満ち溢れているッ!」

「どういう訳だ?」

 五月。桜は散って、段々と暑くなっていく頃。いつもなら俺の一番言葉を、代わりに龍が言っていた。完全に立場逆転である。

 さっき執行部室に来てみたら、龍がやけに覚束無い手つきで鞄の中を必死に漁っていた。どうやら龍の怒りは、その行動の理由にあるようだ。まぁその行動を見れば大体の予想は付くが、一応訊いてみる。

「一体どうしたんだ? そんなに気を立たせて」

「当たり前だ! こんな事態に、気が立たせずに居られるか! 緊急事態だ! 異常事態だ! あぁァっ、許すまじき事態だ!」

 何か若干言葉が変だぞ。それだけ頭に来ているという事か。

「それで、どうしたんだよ」

 メグが詳細を希望した。龍は「よくぞ訊いてくれた!」と反応し、その全貌を露にする。

「俺の鞄から、大事な物が無くなっているんだ!」

「はあ? そんなの、ちゃんと管理してなかった龍の責任じゃねえか」

 メグの言う通りだ。高校生にもなって、自分の持ち物を管理出来ない人間は、高校生にあらず。高校生はもう大人だぞ。

 だが、龍は「違う!」と反論する。

「今日の六時間目は体育だった。俺は着替えた後、それをちゃんと鞄にしまったんだ! そして体育から戻って見たら、それが無くなっていた! これは明らかな盗難だ!」

 龍の主張が終わったところで、春が「はい!」と挙手する。

「それでも、龍さんに落ち度があると思います!」

「何だと二ノ宮ァ!」

「ひゃぅっ」

 龍の大きな返しに二ノ宮は驚いたが、負けじと自分の主張を張る。

「この学校では体育中、教室には誰も居なくなるために、年々盗難が相次いでいます! なので学校側は、貴重品袋というものを各教室に配ってあります! それに貴重品を預け、体育の教師の目に届くところに置いておくことで、盗難を防ぐ! これに従っていれば、龍さんのそれが盗難に遭う事はなかったはずです!」

 春の言う通り、この学校では体育中での盗難の被害が多い。本当なら鍵付きのロッカーの実施が一番だろうが、まず学校にそんな金はないし、今のところ実施する予定もない。

 だから〝貴重品袋〟なるもので、盗難の被害を防いでいる。実際、これが実施されてからは、劇的に盗難の被害は減ったという(生徒会調べ)。

 高校生の貴重品と言えば、携帯電話か財布。状況によっては保険証等か。それらをきちんと入れておけば、大きな被害は起きないはずなんだが。

「確かに、それは二ノ宮の言う通りだ」

「でしょう、でしょう!」

 龍は一度は肯定したが、すぐさま「しかし!」と否定する。

「それでも盗難は起きてしまった! よって、貴重品袋の定義は最早意味を成さない!」

「なっ……何という人なんでしょう! 自分の落ち度を無理矢理なくすなんて! 実施した学校側が報われません!」

 一体何のための貴重品袋だと思ってるんだ、まったく。

 だがそこをうじうじ言っても仕方ないので、話を進めよう。まずは、何を盗られたかだ。

「で、龍は何を盗られたんだ? それによっては俺達は勿論、学校も動くかもしれないぞ」

「それはな……」

 龍が俯き、声のトーンを下げる。ああ、これはかなり大切な物を盗られたに違いない!

「ケータイか? 財布か?」

「違う。それくらいなら、こんなに騒ぎはしないさ」

 個人情報や金より重要な物……?

「一体それは……?」

「それは……」

 ゴクリ。

 全員が唾をのみ、龍の言葉を待つ。

 そして遂に、龍は沈黙を破り、言った!

「ゲームだ。いつも持って来てる、携帯ゲーム」

『へ?』

 全員の、間の抜けた声が合致した。全員で顔を合わせ、安堵する。何だ、ゲームかよ……何の問題もないじゃないか。

 しかし龍は、「おい!」と声を上げる。

「何全員で安心したみたいな顔してるんだ! これは大問題だぞ! 盗難が起きたんだぞ!」

「龍。はっきり言うが、今回はお前が悪い」

「な――」

 俺は龍に、厳しい現実を突き付ける。龍が悪いというのは少し語弊があるが、これが現実だ。

「基本的にゲームは不要品だ。学校生活でそれは必要性が無い。学校側も、それじゃあ盗難として動かないだろう。紛失扱いにされて、捜されもせずにおしまいさ」

「な、何を言う! ゲームは貴重品だ! 何万すると思ってる!?」

「それを学校に持って来る方が悪いぜ」

 メグもまた、龍に厳しく当たる。

「高価な物なら尚更だろ」

「だが、しかし……!」

「さっきも言いましたけど――」

 更に、春が追い撃ちをかける。

「そんなに大切な物を、何で貴重品袋に預けなかったんですか?」

「そりゃあ、預けづらいだろ、ゲームなんて……」

「それですよ!」

 ここぞとばかりに春は立ち上がり、龍を指差す。

「預けづらいと思うのは、不要品だと自身で僅かでも感じてる証拠です! クラスの皆から〝えー、こいつ、ゲームなんか持ってきてるんですけどー〟と思われたくないんでしょう! そう思える物を我慢出来ずに持って来る龍さんが悪いのです!」

「しかし――」

「しかしもお菓子もないです! 大体、ゲームは家で楽しめばいいんです! その楽しみを学校に延長するリスクは高いと解っているはずです! それに極端な話、貴重品を肌身離さず持っていなかったのがいけないのですよ!」

「……くっ!」

 龍は膝をつき、床を見る。あまりの正論に、降伏したようだ。

「龍」

 夕が龍の名前を呼んだことで、龍は顔を上げる。

「廣瀬……。お前なら、解ってくれるよな? この辛さと惨めさを!」

 夕は膝をついている龍を指差し、短い一言。

「ざまあ」

 まさかの止めだった!

「……俺に喧嘩を売るとはいい度胸だな廣瀬。よし、その喧嘩、買ってやる」

『買ってやらないで(下さい)!』

 立ち上がりやる気満々だった龍を三人掛かりで落ち着かせる。突然何を言い出すんだ夕は。そりゃあいじめたい気持ちは解るけど、節度というものがあるだろう。

 渋々と席に戻った龍は、まだ悔しそうに机の上で拳を固めていた。

「おい龍。気持ちは解っけど、もうどうしようも――」

「解る訳ないだろ!」

 メグの励ましは逆効果だったようだ。

「わ、悪い……。そうだな……ゲームオタクの気持ちなんか、解る訳ねえや」

 若干悪意のある謝りだな。

「違うんだ、そうじゃないんだ……」

 龍はガクガクと身を震わせる。

「この事がもし、詩織に知られたら……! うああぁ……!」

『あー……』

 確かに、それはひどい目に遭いそうだ。増してや養って貰ってる身だからなぁ。それに、詩織さんは龍の事を溺愛してるから、どんな鞭を食らうのか……。想像したくもない。

「くそっ! 何だってこんな事に!」

 龍は机をバンッと叩く。いやまぁ、完全に自業自得なんだけど。

 何だか追い詰めるようでかわいそうではあるが、俺は更に厳しい現実を述べる。

「犯人を捜そうにも、無理があるんだよ。学校には生徒だけじゃなく外部の人間もたくさん入って来るからなぁ。もしかしたら盗んだ奴はもう、この学校内に居ないかもしれない」

「くっ……」

「でも、おかしいですね」

 二ノ宮が資料の山を見ながら言う。

「最近の被害報告に、盗難はありませんよ。何で急に、龍さんが狙われたんでしょうか?」

「! 狙われていたと言うのか!?」

 龍が顔を上げる。

「まあ、毎日高価なゲームを持って来ていて、体育の時は無防備なら、狙われるのも仕方ねえな。格好の餌食って奴じゃね?」

 メグが推考した事で、龍はハッとする。

「もしそうなら、犯人はうちのクラスの誰かという事になる!」

「それはどうかな」

 俺は現実的な考えを龍に伝える。

「その考えも間違いじゃないが、根拠は無い。根拠を除いて考えるなら、別の可能性はたくさんある。盗んだ奴は、今日たまたま山高に来て、ちょうど漁った鞄が龍のだったっていう、偶然の産物かもしれない。それにメグの考えでも、教室には他クラスの生徒も入って来る。その誰かが龍をマークして、体育中に盗んだという事もある。こんな感じで可能性を探ったら、キリがないな」

「廣瀬! 今日の体育の授業で、俺のクラスで休んだ奴は居るか?」

 無視かい。ていうか、それくらい解らないのか!

 廣瀬は少しパソコンをいじった後、画面を龍に見せる。ていうか、そんな事まで解るのかよ! どんだけスペック高いんだそのパソコン!?

「岡村! こんな奴が、やったというのか……?」

 その女生徒は、ピンクの長髪で眼鏡を掛けている、容姿的には大人しそうな生徒だった。とてもじゃないが、盗みなどを働くような人には見えない。

「龍。こいつはどんな生徒なんだ?」

 メグが訊いて、龍が答える。

「見た通りだ。クラスでは目立たず、仲の良い人と話しているくらい。授業での発言もないし、大分引っ込み思案だと思うが……。廣瀬、他には?」

 夕は首を振った。

 根拠は乏しいが、怪しい。龍の中ではもう容疑者はこの生徒しか居ないようだ。

 龍は少し残念そうな表情をしたが、すぐに憤怒の炎をメラメラ燃やしながら立ち上がる。

「よし! 岡村は確か吹奏楽部だよな! 殴り込みに行って来る!」

「ちょっと待て、龍」

 立ち上がった龍を、冷静に俺は制止する。

「証拠が無いだろ。体育の授業で休んだだけじゃあ、簡単に言い逃れられるぞ。岡村さんを容疑者として追及するなら、それなりの裏付けが必要だ」

「持ち物を調べればいい!」

「女子の鞄を男子が漁るのか? あまりにもそれは画的に良くない」

「執行部権限で大丈夫だろう」

「それを世間は、権力の濫用って言うんだと思う」

「何を言うか! 役員が盗難に遭ったんだぞ! これは正統な権力の使い方だ!」

「個人的な理由で使っちゃ駄目だろう」

「ああぁぁぁもうッ、じゃあどうしろって言うんだ!」

「まぁ落ち着けって、龍。俺に考えがある」

 俺も龍に倣い、肩に手を置いて言う。

「ここはあくまでも龍の勘を信じるとして……。もしこんな子が犯人なら、ちょっと鎌をかければすぐに吐き出すはずだ。それでも何の事実も出てこなかったら、別の可能性を探るって事でいいだろ?」

「鎌をかけるって……。どうするつもりだ、天川?」

「誘導尋問って奴だよ。――適当な紐を伸ばしておけばいい。そうすれば、足元を見ない青二才は、勝手に転んでくれるのさ」



「本当に上手くいくのか?」

 音楽室へ向かう廊下の途中、龍が不安そうに俺に訊く。

「大丈夫だって。何だかんだで上手くいくさ」

「しかし、失敗したら─―」

「おいおい、今更弱腰になってどうすんだよ。ゲームを取り返したくないのか? 大事な物なんだろう?」

「それはそうだが……。よく考えると、岡村以外にも出来る奴は居る気がしてきた……。他クラスの奴も疑うべきだったかもしれない」

 その考えにもう一足早く至って欲しかったな。

 だがもう遅い。俺達はもう、音楽室の前に居る。楽器の奏でる音が、廊下の外まで漏れてくる。うーん……正直、下手だな。

「腹括れよ。無実だったら、謝ればいいじゃないか」

 俺は元気付けるよう龍の肩を叩く。すると龍は意を決し、音楽室のドアを開け、中を見渡す。

 普通の音楽室だ。中には吹奏楽部の生徒が居て、トランペットを吹いていたり、ドラムを叩いていたり。今は個人練習をしているようだ。龍は五人の女生徒の塊から、リコーダーを吹いていた岡村さんを見つける。

「岡村。話があるから、廊下に来てくれ」

 龍の言葉と同時に、楽器の音が止まる。呼ばれた岡村さんは首を傾げ、リコーダーを持ったまま廊下に出る。

 龍がドアを閉めたところで、俺は話を切り出す。

「岡村さん、今日の六時間目の体育、頭痛が原因で保健室で休んだ……。間違いありませんね?」

「? 何ですか、突然?」

「すいません、執行関連なので、正直に答えてくれると嬉しいんですけど」

「はぁ……。はい、そうです。保健室の田中先生にも、そう言いましたけど……」

 そこで龍が、今日起きた事を話す。

「まだ公にはしてないが、体育の後、俺の鞄から大事な物が盗られた」

 俺は岡村さんの表情を見る。白か黒かは、この反応でだいたい解る。

「え、そうなの? それは、不運だったね」

 普通の反応だった。表情にも崩れは見えない。この時点で、岡村さんが黒だと言うのは厳しいか。

 それでもここで俺達は、岡村さんに疑いの視線を送る。

「……!? まさか、私を疑っているんですか? ち、違いますよ! 私はその時間、ずっとベッドで寝ていました!」

「でもな、盗めそうな奴はお前しか居ないんだよ」

 龍が嘆息気味に言う。それでも、岡村さんは反論する。

「そんな事はないよ! 学校には外部の人も入ってくるし、他のクラスで休んだ人がいれば、その人の可能性だってあるでしょ!」

 尤もな考えだ。しかし、俺はそれを否定する。

「今日の六時間目に休んだ他クラスの生徒は居ないんだ。それに、その時間に入ってきた外部の人間も確認されていない」

 これは真っ赤な嘘。真相は夕に頼めば解るだろうが、その必要はない。

「そんな! それで、私がやったって言うんですか? 濡れ衣です!」

 俺達は同時にため息をつき、岡村さんを見る。むっとした岡村さんは、「なら」と前置きし、言う。

「どうやって私がやったって言うんですか! 証拠もない癖に! 執行部は、根拠もなく生徒を疑うんですか? 最低ですね! 私は、城古君のゲームなんか盗んでませんよっ!」

 おっほう、すげえ言われよう。でも、仕方ないか。確かに、根拠なく岡村さんを容疑者にしたのは事実だからな。

 さっきまでは、の話だが。

「岡村さん、もう隠さなくていいですよ。今なら、龍だって許してくれます」

「なっ! だ、だから、私はやってないって言ってるじゃないですかぁ!」

「はぁ。なら言わせて貰いますよ。岡村さんが犯人だって事実を」

 俺は今の会話で得た情報を元に、岡村さん犯人説を話す。

「岡村さんは、保健室のベッドで寝ていたと言っていましたね。山高の保健室のベッドは、窓側。それに一階。簡単に保健室から抜け出す事は出来ます。そこから教室に行って、龍の鞄を漁る……と言っても、入ってる場所を把握していたでしょうから、手際よく盗れたでしょう。そして保健室に戻る……。教室は三階だから、首尾よく行けば五分も掛かりませんね」

「っ」

 岡村さんの表情が引き攣っている。どうやら図星のようだ。俺は更に続ける。

「そして決定的な証言です。あなた、龍は何を盗まれたと言ってましたか?」

「え? それは、ゲームって……」

 そこで俺は、龍に顔を向けて訊く。

「言ってないよなぁ?」

 龍は何度目かの嘆息をして、言う。

「言ってないな」

「あっ……!」

 岡村さんはそこでようやく、自分のミスに気付く。

「龍は最初に言いました。〝これはまだ公にはしてない〟と。あなたは言いました。〝城古君のゲームなんか盗んでません〟と。龍は言ってませんでした。〝盗まれたのがゲーム〟だとは。――どうして盗まれた物が、ゲームだって解ったんですか?」

「それは……その……」

「答えは簡単です! あなたが、龍のゲームを盗んだ犯人だからですよ!」

 俺はビシッと岡村さんを指差す! 決まった……。と言っても、全ては岡村さんの自爆なのだが。

 岡村さんは観念したかのように俯き、小さく言った。

「すいません……。私がやりました……」

 そう言うと岡村さんは、一旦音楽室に戻る。鞄を取りに行ったんだろう。待ってる最中、龍が俺の肩を叩いて言う。

「なるほど。確かに、青二才という言葉は適切かもしれない」

「まぁそうなんだけどさ……。うーん、何だかあまりにテンプレートな終わり方で、しっくり来ないなぁ。もっと複雑な何かがあると思ったんだけど」

「こっちはテンプレートで安心してる。余計な事なく、ゲームが帰ってくれば俺はそれでいい」

「それもそうだな」

 何事もシンプルが一番だ。

 話していると、岡村さんが戻ってきて、鞄から龍愛用の携帯ゲームを取り出す。

「城古君……。本当に、ごめんなさい」

「……もうやるなよ」

 龍は先ほど固めていた拳を解いて、ゲームを受け取る。相手が女子だから、堂々と殴る事は出来なかったな、残念。でも出来れば、問題を起こすのはやめて欲しい。

「だが、どうしてこんな事を?」

 龍が岡村さんに訊く。

 それは俺も気になる。こんな大人しそうな岡村さんが、どうしてこんな事をしたのか。逆に大人しいからやりやすかっただろうけど。だからって進んでやる事じゃない。何か理由があるはずだ。

 岡村さんは躊躇したが、途端、龍の右手を両手で握って、龍の顔を見ながら言った。

「お願い! 助けて!」

「えっ……、ええ?」

「どうしようもなかったの! 執行部なんでしょ? だったら、助けて!」

「ちょ、ちょっと待て……」

 いきなりの切り出しに、龍は若干混乱気味だ。俺が仲裁に入って、詳しく訊く事にする。

「どうしたんですか? 助けてって、どういう?」

 岡村さんはハッとし、慌てて握っていた龍の右手を離す。「ごめんなさい」と赤面しながら謝った後、詳細を話す。

「実は……。大高の人達に、脅されてるんです……」

 こんなところに出て来るか、大高よ。

「どういう事ですか?」

 俺は更に訊ねる。

「たまたま大高の人に絡まれて、金を出せって。三万出さないと、仲の良い奴がどうなっても知らないぞって……。嘘だと思いましたけど、大高は悪い噂しか聞かないから……。でも、うちは貧乏で、三万も出せないんです。だからもう、盗みしかなくて……」

「それで、俺のこのゲームをねぇ」

 龍は手元のゲームを見回しながら言った。

「城古君、いつも体育の時は鞄に入れてるだけだから、やりやすそうだなと思って……」

「確かに、これを売れば三万は手に入るな。ソフトもあるから、五千円ほどお釣りが来る」

「でも、それも駄目になって、もうどうしようもなくて……」

 ……えー。

 俺達は正義をやったつもりだったのに、何でこんな事になるのかなぁ。何か俺達が素直に諦めていれば、岡村さんは救われたって感じじゃないか。

 遣る瀬無い。何故世の中というのは、こうも簡単に解決しない事が多いのだろうか。

「それで今日、そいつらに金を渡すつもりだったのか?」

「うん……」

 浮かない顔の岡村さんに、龍は一度頷いて訊ねる。

「場所を教えてくれ」

「え?」

「おい龍! またやる気かよ!?」

 一度ならず二度までも! また大怪我して問題になったらどうするんだ!

「行くしかないだろう」

「いやいや! 何でもお前が行けば解決するみたいに言うなよ!? 寧ろ悪化するかもしれないじゃん! 前回だって、早速廃部の危機に陥ったってのに――」

「そうだぜ、龍。今回はオレが行く」

『!』

 突然メグの声がしたと思ったら、いつの間にかメグが廊下の曲がり角から出てきた。どうやら何時の間にか聞かれていたらしい。

「岡村さん、場所は?」

「え? えっと……。ここから南にちょっと行ったところの、廃工場……」

「おいおい。そんなところに女一人で行ったら、ヤられに行くようなもんだぜ? 実際あいつら、かなりヤってるっぽいからな」

 メグが呆れているが、それはお前にも言えるという事を理解していないのだろうか。 一応お前も女なんだぞ。まあ、ヤられるような奴じゃないのは解ってるけどさ。寧ろヤり返されるけどさ。

 場所を把握するとメグは、すぐにそこへ向かおうとする。だが、俺はそれを止める。

「メグ! 本当に、いいのか?」

 メグは止まり、俯いて沈黙する。

「もう、殴らないんじゃなかったのか?」

 俺が言うと、メグは顔を上げて言った。

「そのつもりだったけどよ。前、龍に言われて気付いたんだ。オレの代わりに傷ついた龍を見たら、腹が立ってきてさ。龍だったから良かったけど……他の奴だったら、死んでたかもしれねえ」

 まぁ、少なくとも致命傷でしょうな。龍の強靭な生命力が功を奏した。この同類は、そうは居ないはずだ。

「オレが始めた事だ。オレがケリをつける」

 メグはそう言って、走り出す。

 やれやれ……。あの鉄砲玉を止めるのは、俺には無理だ。とりあえずは、様子だけでも見に行っておくか。

「行こうぜ。まぁ、俺達は必要ないと思うけどな」

「それなら行く必要すらないと思うんだが」

「何言ってんだよ。もしもの事があったらどうする?」

「……それもそうだな」

 龍は岡村さんに振り向き、しっかりと目を見て言う。

「大丈夫だ。俺達が何とかする。岡村はここで、楽器を吹いてろ」

 龍がそう言った後、俺達はメグの後を追う。



 そこは、使えなくなった機材や鉄屑があちらこちらにばら撒かれている一つの廃工場。辺りには家がなく、人通りが少ない。こういうところは、ブラックな活動には絶好の場所だ。大高生が好むのもよく解る。

「お前ら付いてくるのはいいけど、何もすんなよ。オレがやるからな」

 恵が俺達……特に俺に釘を刺す。勿論、メグがニュース沙汰になるような事態にでもなれば飛び出していくが、それ以外では水を差すような事をする気はない。俺は首肯し、その意思を示した。

「うし。んじゃ、行くかな」

 恵が入っていく廃工場の中を覗いてみると、三人の大高らしき生徒が鉄パイプを弄んでいた。どうやら奴らが、今回の首謀者のようなのだが……。

「おい、あいつら……」

 天川が指差して、俺は頷く。上原事件の奴らだ。容姿は変わってないが、リーダーっぽい奴の右手に包帯が巻かれているのが解る。まだ治っていないようだ。

「龍、隠れてようぜ」

「どうして?」

「龍を見たら、驚いて逃げるかもしれないだろ」

「……確かに」

 そうなっては本末転倒だ。俺は天川に同意し、近くの積まれた金棒の陰に隠れる。ここからなら見えるし、会話も聞こえるだろう。

 恵は座り込んでいる三人に向かう。途中、リーダーっぽい奴が恵に気づいた。

「おい、あれ……」

 そして、全員が恵に気づき、立ち上がる。

「関野……」

 恵は三人の前で止まる。

 予想外の闖入者に三人はしばらく驚いていたが――。

 突如、脇を擽られたかのように腹を抱えながら笑い始めた。

「何しに来たんだよ関野! また殴られにでも来たか、おい!」

「つーか何だよその帽子! 超ウケるんですけど!」

「あーそうだ、執行部さんよぉ。この怪我の慰謝料払ってくれよ! お前の仲間にやられたんだけど、これ!」

「そんな事はどうでもいいんだよ」

 恵の鋭く低い声で、大高生の笑いが止まる。

 背筋が凍った。恵のあんな声を聞いたのは初めてだ。元不良は伊達じゃないらしい。

「うちの生徒を脅したんだって?」

 恵が訊いて、リーダーっぽい奴が答える。

「おぉ、今日ここで待ち合わせしてんだよ! あの女、俺に肩ぶつけやがったからな! 金ついでにヤっちまおうかと思ってたんだけどなぁ。結構、俺好みだったし?」

「相変わらず、腐ってる脳みそだな」

 恵が苦笑しながら罵った。

「おい、調子乗んなよ? お前、去年の協定忘れた訳じゃねえよな? 〝オレらはもう手は出さないから、そっちも山高に手を出すな〟って約束」

「それはこっちの台詞だよ。てめえらが堂々と山高に突っ掛かってくるんじゃねえか」

「ふざけんじゃねぇぞ! この怪我させたの、そっちだろうが!」

 その一言に、俺はとんでもない事に気付いた。

 俺のせいだ。俺のせいで、その協定って奴が崩れたんだ。恵が相当の覚悟と流血の末に契った協定を、何の考えもなしに壊してしまった。あいつの右手と共に。

 よく考えればあの時点では、大高は直接山高に手を出してはいなかった。契機があるとすれば、俺がこの三人をのした時。つまり俺の執行が、協定の綻びとなった。

 ……最早、これは恵だけの問題ではなくなった。執行部全体として真摯に解決するべき重大問題だ。俺がそれを作っておいておこがましいが。

「だからちょいと金稼いで、ストレス発散でもしようと思った訳よ。……そうだなぁ、手始めにお前をヤっちまうかぁ! お前は手出せねぇからな! 初めに破ったのは、そっちなんだからよ!」

「……チッ。下らねえところで無駄な脳細胞使いやがって」

「ほざいてろ! 馬鹿なのはてめぇも一緒だろ?」

「だったらもう撤回だ」

「……あぁ?」

「撤回だっつってんだよ、クズ野郎が」

 恵が啖呵を切った直後、リーダーっぽい奴の身体が後ろへ吹き飛んだ。

 いや、殴り飛ばされたと言うのが適切だろう。恵の拳が顔面を思い切り叩き潰し、その勢いのまま風に飛ばされたような演出を醸し出したのだ。

「なーんで、俺はおめえらなんかに頭下げたんだろうなあ。むかつく、自分がすげえむかつく」

 恵の背からは、底知れぬ怒りのオーラたるものが滲み出ているようだった。それは自身に対しての憤りか、大高に対しての激憤か。それとも、両方か。

「反吐が出るわ」

 痰を吐くように言った後、恵のアッパーカットが一人に炸裂。まるで格闘漫画に出て来る技の一つのようだ。……あれは痛い。

 喰らった一人は声を上げる間もなく、その場で顎付近を擦りながら蹲っていた。

「この野郎ぉ!」

 最後に残った一人は、持っていた鉄パイプで恵の頭をかち割ろうと振り下ろす。

 しかし恵はそれを軽やかに回避し、その余韻で回し蹴りを食らわせる。細い脚に浮かされた身体は工場の更に奥へ運ばされた。

「その程度で不良気取ってんじゃねえぞ、アホンダラが」

 まったく無駄の無い動き。ただの不良同士の喧嘩で片付けるのは勿体ないくらいの映えの良さ。故の一蹴。元不良リーダーとしての貫禄が、恵から溢れ出ている。

 その姿は、まるで鬼。楯突く愚民を悉く圧倒し、見る者全てを恐怖に震わせる。

 そんな恐ろしい印象を、魔女のような風貌の女子高生が与えてきている。何とも暴力的な魔法だ。白雪姫に毒を盛る魔女よりも直接的で簡素な魔法。その使い方を、恵はよく知っている。

「次にうちの生徒に手出したら、容赦しねえぞ」

 いや、十分容赦してないと思うが。本気になったらどれだけ恐ろしい事になるんだ……?

 恵は去り際にそう言って、引き返してくる。その時、

「高石さんが……黙ってねぇぞ……」

 リーダーっぽい奴の声が聞こえた。こいつがさん付けするってことは、こいつよりも強い奴という事か。差し詰め、大高のリーダーだろう。

 恵は止まったが振り返らずに――右手の中指を立て、短い一言だけを返す。

「上等」

 こうして、影で結ばれていた山高と大高の協定は完全に崩壊してしまった。きっとこれからは容赦なく、大高は山高に手を出してくるだろう。それこそ恐喝、強姦、最悪殺人未遂まで出てしまうかもしれない。

 〝だがそれでも、オレが必ずケリはつける〟

 恵の険しい表情が、そう物語っているような気がした。



 関野が軽い運動の如く大高生を一蹴してから、少し経った頃。

 外壁が落書きだらけの大民高校は、中身もそれほど変わらない惨状だった。廊下は勿論、教室の黒板は常にハチャメチャな絵が描かれていて、授業で使われる様子は皆無。職員室にすらその余波が及んでいる。最早この無秩序な学び舎をどうにか出来る者は、少なくともこの学校の中には居ないように思える惨状だ。

 しかし唯一、秩序の保たれている教室が一つだけあった。

 三年三組は、二階にある三年教室群のちょうど中間に位置している。無論、三年教室は低学年と比べると遥かな荒れっぷりを誇る。ガラスの破片が散漫していたり、犬や猫の死体が転がっているなど、傍から見れば常軌を逸している状況を三年は作り上げている。

 だが三年三組だけは、綺麗清潔で孤高の立場にあった。連なる落書きが、ぷつりとその教室の前では途切れ、その次の教室から続きが描かれていたり、たむろする生徒達はその教室の前でだけは決して留まらないなど、三年三組は異例の存在感を放っている。

 そんな三年三組の中は、椅子に座る一人を筆頭に、数十人の生徒が無言で佇んでいた。外見こそは不良そのものだが、予想される汚い言葉や軽い台詞は発せられていない。この光景だけならば、無言の屈強な男達が主人の言いつけを待っているように見える。

 そしてこの沈黙は、慌てて教室に入って来た生徒によって砕かれる。

(かける)さん、大変です! 大変です!」

 名前を呼ばれた椅子に座っている生徒は、目を合わせずに冷たく言い返す。

「下の名前で呼ぶな」

「あっ……す、すいません……」

「やり直せ」

「はい……」

 生徒は一旦教室の外に出て、扉を閉める。

 その後、すぐに先程のように慌てて教室に入って来て、再び言う。

高石(たかいし)さん、大変です! 大変です!」

「何だ」

 高石と呼ばれた生徒は視線を傾ける。

「関野が動きました! 負傷者が三名です!」

「……そうか」

「協定は撤回だと! 好戦的な態度を示してます!」

 その言葉を聞いた高石は、どこか満足そうな笑みを浮かべた。

「やっとその気になったか。それも、この会長のおかげか。――いや、寧ろこいつは弊害か。……生徒会執行部……」

「その生徒会執行部に、とんでもない奴が居ると中山が言っていました!」

「ほぉ、どんな奴だ?」

「何でも、素手で金属バットを砕くんだとか!」

「それは興味深いな。……昔は俺もよくやったものだ」

「他にも、信じられないくらいの金持ちや、ネット犯罪を容易に行う奴も居るようです!」

「ふっ。よくそんな奴らが役員になれたな」

 思わず吹き出した高石に、生徒は恐る恐る訊ねる。

「翔さん、どうします?」

「下の名前で呼ぶな」

「あっ……す、すいません……」

「やり直せ」

「はい……。高石さん、どうします?」

「どうするもこうするもない。ようやく、待ちに待ったこの機会が訪れた。――山ノ下高校生徒会執行部。奴らを――潰す」

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