第4話「記憶は夢に敷かれている」
「という訳で、俺達で番組を作ろうと思う!」
「どういう訳だ」
今日の活動もいつも通り、天川と龍の応酬で始まった。
今の執行部室には、先日設置された大型ハイビジョンテレビがある。オレの家のテレビはちっちゃいテレビだから、こんなでかくて迫力のありそうなテレビで番組を見れるのは結構感動的だ。
唯一、二ノ宮が「こんなんじゃ駄目です! もっと大きくて画質がいい物がですね―─」と、文句を垂らしていたが、学校でこれはかなり豪華なはずだ。校長室にもないだろ、こんなの。
そんなテレビを背に、天川はそんな事を言い出した。
「昨日届いた数ある願望書の中に、こんなのがあったんだよ」
天川は資料を一枚取り出し、龍に渡す。
「えーと? これは放送委員会からだな。〝教室にある小さなテレビを使ってなんかできないでしょうか? 使う時と言ったら授業だけで、もっと活用出来る気がするのに勿体無いと思います。放送委員会は昼の放送で手一杯なので、執行部の方で何か案はないでしょうか? 放送委員会も可能な限り協力するつもりなので、必要な事があれば放送委員会に申し付けして下さい〟だと。また面倒な事を……」
龍は如何にも面倒な様子でため息を吐くが、出来ない訳でもなさそうだし、放送委員会も協力する姿勢っぽいから、やらざるを得なさそうだな。
「それで、番組ですか……」
二ノ宮も若干面倒そうに言った。
「うむ。テレビと言ったら、番組だからな!」
「具体的な内容は何なんですか?」
「それを今から決めるんだよ! ――と言っても、俺の中では即決な案があるんだけどな! 会長たる者、役員全員の意見を吟味しなければならない!」
「なるほど……。流石は会長です!」
「という訳で、番組の内容を決めるぞー。まずは、メグあたりはどうだ?」
何故か最初に振られてしまった。
「オレかぁ……。あんまテレビ見ないから、わかんねえわ」
「なんかやりたい事はないのか? メグは妄想が激しそうだから、結構あると思うんだけど」
「オレそんな風に思われてんの!? 妄想なんか全然してねえよ!」
「やらしい方向だもんな」
「勝手に話を進めんな!」
「いやいや、今更隠しても遅いから。なぁ、龍?」
「うん、遅いな」
「え!」
「なぁ、春?」
「関野さんは、この中で一番の乙女です!」
「ええ!?」
「なぁ、夕?」
「……(笑)」
「笑うんじゃねえ!」
そんな……。オレがそんな風に思われていたなんて! 妄想激しいとか乙女とか……まんま女に見られてるじゃねえかよ! 一話のオレの孤高で凛々しいイメージはどこへ消えたんだよ!
「! そうだ、最近オレの立場がおかしいぞ! 何でオレはいじられキャラの立場を確立してるんだよ!そういうのは、二ノ宮あたりが妥当じゃねえか!」
そうだ、オレはここに入った当初、一話の時点ではいじる側に居たはず! 一方の二ノ宮はいじられる側にあったはずだ! 何故ここに来て立場が逆転している!?
だがどうしてだろう。指差した二ノ宮は首を傾げてるし、他の皆も何だか訝しげだ。
「何を言っているんだ、メグ。立場が逆転とか、そもそもしてないから。初めからこの立場だから、メグは」
「あぁれ!? またオレの考えて事、顔に出てた!?」
「うむ。特にそのペッタンコな胸にな」
「もう胸の事はいいんだよ! 二話でいじっただろ!」
「いや……。その胸も、シリーズを通しての課題だと、俺は考えている」
「何でオレの事だけ永久課題!?」
「だって、ねぇ?」
『うん』
「頷くな――――――――――! 大体、今はそれは関係ねえだろ! 番組の内容だろ!?」
「だいじょぶだいじょぶ。今日は時間たっぷりあるから、思う存分いじれるぜ」
「その時間は会議に使え――――――――――!」
「まあまあ。楽しいからええじゃないか」
「いじられる方は割りと楽しくねえよ!」
「あれ? メグはMだろ?」
「違えよ!? 普通だよ!」
「私は、あると思います!」
「ねえよ! 普通だよ、オレは!」
「……(苦)」
「苦笑すんな!」
「龍。将来のフィアンセとして、それはどう思う?」
「将来のフィアンセぇ!? な、何勝手に決めてんだよ! 要らねえよ、今現在もゲームに没頭してるような奴なんか!」
「おいおい、それは二話の時点でフラグ立ったんだからさぁ、素直に認めようぜ。もう回避不可能だから。なぁ、龍?」
「え? あー、そうだな」
「はあぁ!?」
「ほーら見ろ。龍はもう、いつでもOKらしいぜ!」
「いやぜってえ話聞いてねえだろ!」
「さあ、龍の元へ飛び込むんだ!」
「さあ、じゃねえよ!飛び込まねえよ!」
「なぁ、龍。いつでも準備OKだよな?」
「え? あー、OKOK」
「お前はそろそろ話の流れを理解しろよ! まともに会話する気あるのかよ!」
「いやまったく」
だ、たよな……。誰がこいつと、フィアンセなんて! け、結婚なんて……御免だ、絶対。……そんなの、まだ先の話だし……。
……変な事を考えると、また顔に出るから止めておこう……。
「顔じゃなくて、胸な。ペッタンコな胸」
「いちいちペッタンコ言うな! とにかく、オレの意見はねえから、別の人に回せよ!」
「ちぇっ、解ったよ。じゃあ春――」
「はい! 任せて下さい!」
「と見せ掛けて夕」
挙手していた二ノ宮はガクンとなる。
「ま、またですか! また華麗にスルーなんですか!」
「何故かそういうキャラが定着してしまったな」
「くっ! いいですよ、スルーすればいいじゃないですか! 好きなだけスルーしちゃって下さいよ!」
「解った。という訳で夕、何かやりたい番組とかないか?」
相変わらずな神速でタイピングした後、画面を天川に見せる。
「どれどれ……。〝ズバリ! 今年のオススメアニメ特集-深夜Ver-〟……」
「ワクワク」
「ワクワクされても困るんだけど! どうすればいいの、この一部の生徒にしかウケない番組! 採用はする訳ないけどさ、すると期待してワクワクしてる人が居るんですけど!」
「ジー」
「なんか上目遣いで舐められるように見られてるんですけど! どうすればいい? ねぇ、どうすればいいのさ!」
『…………』
「くそっ、ここぞって時に黙りやがって! ……いいか、夕。番組っていうのはここの生徒が全員見るんだ。そんな解る人にしか解らない内容の番組を流す訳にはいかないだろ? だから――」
「……(涙)」
「泣いた!? 泣いちゃったのか、夕!」
「シクシク」
『…………』
「え、ちょ、何で俺が悪いみたいな視線!? 俺は正論を言ったぞ! 全校生徒の事を考えた、至極まともな主張を言ったぞ!」
「ウルウル」
「うっ、そんな目で見られたら……。いや、駄目だ! こればかりは、譲れない!」
『チッ』
「何で皆で舌打ち!? あーもう、とにかく夕の意見は全面却下!」
「……ゴォォォォォオオオオオ」
「燃えてる!? 夕の中で何かが燃えてる!」
廣瀬はパソコンを自分の手中に戻した後、再び神速でタイピング。一体何をしているかは、あまり知りたくない。とりあえず、今後の天川の身が危なくなるかもしれないな。
「はぁ、じゃ、最後は龍な」
「!?」
自然と龍が名指しされてたが、忘れられている二ノ宮が驚愕していた。
「そうだな、やはり─―」
「ちょっと待って下さい! 私がまだです!」
負けじと、二ノ宮は天川に食い付く。
「え? 春はもうスルーでOKなんだろ?」
「程度があるでしょう! 普通、次は私です!」
「春に普通が通用するとでも?」
「しますよ! 私は普通の一般市民です!」
すると天川は深刻な表情で胸を抑え、深呼吸する。
「……解った。解ったから、覚悟を決めさせてくれないか?」
「何の覚悟ですかぁ!」
「例えるなら、核戦争」
「使い回し!? 三話のネタをそのまま使い回しちゃっていいんですか!」
「春なら許されるはずだ、きっと」
「その根拠は何なんですか! とにかく、役員全員の意見は平等に尊重するべきです! 民主主義的に進めるべきです! そんな常識も守れないなんて、それでも会長ですか、天川さん!」
「必死すぎワロタ」
「むかつく笑い方しないでください! 天川さん、悪ふざけにも程がありますよ!」
「解った解った。ったく、これだからお子様は……」
「確かにこの中では一番年下ですけど……私は飛び級ですよ! 普通に進級を重ねている皆さんより、私は凄いんです! そんな私の意見には、より耳を傾けるべきだと思います!」
「ふぅ……。もう、疲れるからいいや。聞くよ、聞く聞く。だからさっさと言ってくれよな。まったく」
「ひ、酷い扱いです……。まあいいです。いいですか? 私が提案するのは、より庶民的で、高校生の内に知っておけば、将来役に立つ事を発信する番組です!」
二ノ宮が人差し指を吊り上げながら言った。
「ほぅ、その心は?」
「ずばり、雑学番組を提案します!」
「二番煎じ臭がぷんぷんするな」
「そうですか? ならば、料理番組でどうですか!」
「それ自体は構わないが、この中に料理出来る奴は居るのか? ちなみに俺は普段からコンビニ弁当だから、料理なんてからっきしだぞ」
二ノ宮は「むっ」として、一人ひとりの顔を見ていく。
「当然の事ながら、私は不可能です。とすると、関野さんは……出来る訳ないですよね」
「むかつく言い方だが、出来ねえな」
「夕さんは一人暮らしですよね? だったら出来るはずです!」
へぇ、廣瀬って一人暮らしなのか。なら出来ても不思議じゃねえな。
と思ったが意外にも、廣瀬は自信無さげに首を振った。
「ええ!? 出来ないのに一人暮らしなんですか?」
「通販で生きてる」
「そうなんですか……。じゃあ龍さん……は訊くまでもないですよね」
その言い方に、龍は「おいおい」とゲーム機を置いて反論する。
「侮って貰っては困るな。俺だって料理ぐらいは出来るぞ」
『え』
さらりと、龍の口から衝撃的な発言がなされた。
いくらなんでも、それはないぜ。ゲームオタクは普通、出来ないのが定石のはずだ。……てか、こいつのキャラっておかしくないか? ゲームオタクの癖に喧嘩はめっちゃ強いし、イケメンだし、更に料理も出来るって……。どんだけ万能なんだよ!
「出たな、このパターン。だが今回は動じないぞ。出来るったら出来るし、悪い事ではないはずだ」
「……ならば、料理番組案は無しですね」
「何でそうなる!?」
「龍さんの料理なんて、生きるか死ぬかの選択肢の時以外に食べたくないです……おぇ」
「想像して吐くな! ちゃんと喉に通る物を作れる。例えば、スクランブルエッグとか」
「それは誰でも作れますよ!」
「そうか。じゃあ、豚ばら炒めのキノコソテーだっけ、何だっけ……。まあ、そんな奴」
「本当に料理出来るのかは解りませんが、とにかく、料理番組は却下です! 龍さんが主導する番組なんか、ブーイングの嵐に決まってます!」
自分で提案しといて何自分で却下してるんだか。龍は若干不満そうな顔をしたが、ゲームの方が重要らしく再びゲーム機を手にした。
「よく考えると、この執行部で定番の番組をやるのは無理な気がして来ました!」
「今更気が付いたか、春」
普通の人間が少ないからなぁ。世間から見れば、外れてる人間ばかりだし、ここ。
「じゃあ、最後は龍な。さっき言い掛けた事は?」
龍は手を忙しく動かしながら、画面を見たまま答える。
「勿論、ゲーマーのゲーマーによるゲーマーのためのゲーム特集─―」
「という訳で、俺の案で決定だな」
「…………」
食い付いても無駄だと考えたのか、龍はそのままゲームに没頭する。
「んで、そのとっておきの案は何なんだ?」
オレが代表して訊くことにする。
「いやいや、ここで種明かしをしたらつまらないだろう? 明日のお楽しみだよ」
「はあ? それはないだろ。横暴だぞ、それは」
「かかったな! リバースカードオープン! 〝会長権限〟!」
「何だそりゃ」
「この効果により、俺以外の役員の意見を無効にし、俺の意見を無条件で決定事項とする!」
「何て理不尽な! ていうかそれ使うなら、オレ達の意見聞く必要なかっただろ!」
「うん。だって、暇潰しだもん」
「オレ達は暇潰し要因かよ!」
「既に、放送委員会ともコンタクト取ったしな」
「今回はやけに仕事が早えな!」
「おう。メグをたっぷりいじるためにな!」
「何で! 何でそんなにオレをいじりたいの!?」
「楽しいから」
「オレは楽しくねえんだけど!」
「そういうことを健気に言って反論するのを見てるのが楽しいんだよ……ふふふ」
「ドSか!」
「ドMか!」
「違えよ!」
「まあまあ、そうかっかすんなや。まだ始まったばっかりやで?」
「何で急に関西弁!?」
「ドSと言ったら、やっぱり関西弁かと思って」
「関西人に謝れよ! 別にそういう人ばかりじゃねえよ!」
「いやぁ、やっぱメグをいじると楽しいなぁ」
『楽しいなぁ』
「もう帰らせろおおおおおおおおおおおお!」
そんな訳で、結局帰りまでずっといじられたオレ。もうこれはいじめなんじゃないかと思うんだが、どうだろう。
喧嘩なら負けねえのになぁ、龍以外。はぁ……。
翌日。執行部室には、いつも居るはずの天川は居ない。何故なら、今は番組の中継先に行っているからだ。今日は天川の考えた番組を、ここだけに試験的な意味で流すと言う。
「にしても、中継なんか出来んのかよ」
恵が怪訝そうに言って、二ノ宮がテレビを見ながら言う。
「さっき放送委員会がテレビに細工してましたから、きっと本格的な番組が出来ると思います!」
まぁ放送委員会も承諾した内容だから、変な事はしないだろうが……。それでも嫌な予感がするのは何でだろう。
「四時半だ。テレビつけようぜ」
恵がそう言うと、二ノ宮がテレビの電源を点ける。すると、そこにはマイクを持った天川の姿があった。
「あー、あー。おーい、聞こえてるかー」
「聞こえてますよー、天川さん!」
二ノ宮が大袈裟に手を振りながら答えた。
「よーし、じゃあ始めるぞー。山高生徒会執行部による~、突撃! 役員の家!」
「二番煎じな癖に語呂悪いなおい!」
恵がツッコむ。だが天川は「チッチッチッ」と指を振る。
「甘いな、メグ! これは執行部の役員の知られざる素性を探り、全校生徒に知って貰う事で俺達をより理解して貰い親しみを持って貰うという素晴らしい番組だぞ!」
「オレ達からすりゃとんだいい迷惑だな!」
「という訳で今日来たのは、こちら!」
そうしてカメラが映し出したのは、ある一軒家。とても綺麗な外見をしていて、住む人の性格がそのまま表れているような――。
……んん!?
「ではでは、突撃してみましょうかー」
「ちょっと待った!」
俺は天川を玄関の目の前で止める。
「どうした、龍」
「どうしたもこうしたもない! そこは俺の家だぞ!」
『えっー!?』
皆が一斉に驚く。いや、廣瀬は相変わらずノーリアクションだったが。
「いや、そういう番組だから」
「だからって本人の了承も得ないでそんなのをやるな!」
「大丈夫、もう取ってあるよ。詩織さんに」
「まずは役員である俺に取れ!」
「何言ってんだ。お前の家じゃないだろう?」
「ぐっ! そう言われればそうだけど、そうじゃないような……」
「という訳で、ゴー!」
「あぁ、くそっ!」
何だろう、この気持ち! 勝手に自分ん家に入られて行くこの気持ち! いや、俺ん家じゃないけどさ、じゃないけどさ!
「龍さんの私生活……非常に興味があります!」
「義理の家族ってのも見てみてえな」
「サッ」
廣瀬に関しては、ビデオカメラを構えていた。やめろと言ってもやめないだろうから、敢えて言わないが。
「お邪魔しまーす」
「いらっしゃい、天川君」
玄関を開けた天川を、相変わらずの制服姿で詩織が迎えた。
「おおー、詩織さん。相変わらず美しい」
詩織は、天川のお世辞に「あらやだ」とわざとらしく言って、頬に手を当てる。
「ふふっ。毎日龍に、たっぷり時間をかけて洗って貰ってる甲斐があるわ」
『え』
「ちょっと待てええええええええええええええ!」
早速問題発言投入!
「詩織! おい、詩織!」
「あれ、これ、繋がってるんですか?」
「ええ、勿論」
「あらやだ。ちょっと龍、そんなジロジロ見ないで……」
「見てないから! 何開口一番で見え透いた嘘を吐いてるんだよ! 洗った事なんてないだろうが!」
「え……。まさか、龍。あの夜をなかった事にするつもり……?」
「どの夜だ!」
「あの夜に龍が〝制服の方が可愛いぞ♪〟って言ったから、家でも制服で居るのに……」
「そんなフェチ宣言をした憶えは無い!」
「んもうっ、惚けちゃって☆ 可愛いんだから☆」
「気持ち悪い事を言うんじゃない! 後、その変なキャラもやめろ!」
「そんな、龍。あなたがそうしろって言ったのに……」
「間違いなく言ってない!」
「あの夜の事、忘れてしまったの……?」
「今度はどの夜だ─────―――――――! あぁもう、とにかくありもしない事を言うのはやめてくれ! 皆の視線が痛い!」
「えー……。じゃあ、様付けしたらいいよ」
「またか! おい、いい加減にしろよ! このまま好き放題やってただで済むと思って――」
「聞いて下さいよぉ、天川君。龍ったらね、昨日の夜に突然夜這いしてきて、〝我慢出来ないんだ!〟なんて言っちゃって欲望の成すままにずっと私の身体を目茶苦茶に貪り尽くして――」
「詩織様、どうか怒りをお静め下さい」
俺が頭を下げながら請うと、詩織が笑顔で言う。
「大丈夫。楽しいから」
「論点がおかしい! 俺は楽しくないぞ!」
「もうっ、龍ったら、照れちゃって☆」
「そのキャラもそろそろやめてくれ! 俺を見る目がいよいよ鋭さを増してきた!」
「じゃあ、様付けね」
「詩織様はどんなキャラがお望みなんでしょうか」
「うーん、龍のお嫁さんかな☆」
「詩織様どうかどうか怒りを、怒りをお静め下さって下さい。お願いです、詩織様。これ以上俺を変な目で見られないようにして下さい」
「もう、仕方ないなぁ。今日だけだゾ☆」
「結局変わらなかった!」
「以上、龍と詩織さんによる夫婦芸でしたー」
はぁ、もう、ツッコむ気力が出ない……。そうか、昨日やけに鼻歌が高かったと思ったら、このフラグだったのか。くそっ、あの時にしっかりと対処しておけば良かった……。
「冗談はともかく、詩織さんってかなり美人だな。モデル並じゃねえか、あれ」
恵が感服していた。一応俺は補足を加えておく。
「実際にスカウトされたらしいからな」
「え!? す、すげえじゃん、詩織さん! スカウトを蹴ってまで、龍の事を……」
「今の状況じゃまったく嬉しくないから、その認識はやめて欲しい」
「それにしても凄いです! あんな変なキャラをやっていても、一切美しさが崩れないとは! まさに美の結晶! 龍さんには、酷く勿体ないです!」
「あぁ、もうそれでいいよ……。いや、別に付き合ったりしてる訳じゃないからな」
「でも、一緒に住んでるじゃないですか!」
「まぁそうだけど……」
「あぁ、何て寛大なお方なんでしょう! こんなゲームばっかりしている駄目人間を、優しい母性を伴いながら養ってくれているなんて!」
「お前には言われたくなかった事実だが、詩織には感謝の気持ちで一杯ですよ」
「……ポッ」
「ん、どうした廣瀬。何だか顔が赤いぞ」
「萌えた」
「何だとぉ!? おいやめてくれ、詩織をそんな目で見るのはやめてくれ! 下手したら詩織は受け入れてしまうかもしれないから、本気でやめてくれ!」
「じゃあ、脳内で我慢する」
「それも何か嫌だけど……それでいいや、もう」
テレビを見ると、天川は詩織と適当な雑談を交わした後に、靴を脱いで家に上がる。
……待てよ。詩織の次は……。ああぁ、気が重くなる……。
「ま、立ち話もなんですから、中へどうぞ」
居間に邪魔した天川を次に迎えるのは、
「あ、どうもすいません。おっと、この子は……」
「あっ! あまかわおじさん!」
苺だよな、やっぱり。いやそれ以外にないけども。
青いワンピース姿でごろごろしていた苺は、天川に飛びつく。ていうか天川、おじさんって呼ばれてるのかよ。なら俺もおじさんじゃないか……。
「やぁ、苺ちゃん。相変わらず、詩織さんの妹なだけあってすっごい可愛いね、ホント。それに良い匂いだ。このままガブリと食べちゃいたい」
何だか感想が変態的だ!
「えへへー。ちゃんとひとりで、からだあらえるもん!」
「苺、ちょっと」
「? なぁに、しおねぇ?」
何故か詩織が苺を手招きし、耳打ちする。
「身体は、まだ一人では洗えないでしょ?」
おいカメラ! 音を拾ってるぞ! そこは拾うべきじゃないんじゃないのか?
「え、なにいってるのしおねぇ! いちごはこれでも――。あ、そうか! そういうことなんだね、しおねぇ!」
「そういう事よ。流石、私の妹ね!」
苺は天川に再び近付き、見上げる。
「あまかわおじさん! さっきのは、なし!」
「うん? 身体は一人で洗えるんだろう?」
「ううん! ほんとはね、まいにち、りゅーにぃにていねいにあらってもらってるの!」
『え』
「姉妹揃って何言ってんだあああああああああぁ!」
またこれだよ! 何で苺は悪いところばかりを姉譲りなんだよ! 良いところだけ譲られてくれよ!
「苺! おおい、苺オオオオオォ!」
「ふにゅっ!? りゅ、りゅーにぃが、カメラのなかに!?」
「違うよ! 中継だよ! とにかく、苺! 嘘は吐いちゃ駄目だろ! 嘘を百回吐いたら、天国で舌を抜かれちゃうぞ! 凄く痛いんだぞ! いいのかそれでも!」
「うっ……。あまかわおじさん、ごめんなさい。ほんとは……」
よし! 苺はまだ幼いから、ボケとツッコミの応酬は出来ない! これで丸く収まる! 不幸中の幸いといったところか!
しかしその影で、不穏な動きが。
「待ちなさい、苺」
やはりお前か! 何で邪魔をするかな そこまで俺をいじめたいのか!?
「しおねぇ……。うそをひゃっかいついたら、てんごくでしたぬかれるって。したぬかれるのは、やだよぅ……」
「大丈夫よ。それは、龍の吐いた嘘だから」
汚いッ! 確かに、それは迷信かもしれない! 嘘かもしれないけども!
「え? じゃあ、りゅーにぃもうそつき!」
「そうよ! だから、苺も存分に嘘をついていいの!」
姉による悪い教育が始まってしまった! 嘘を存分に吐いて良い状況は、少なくとも今ではない!
「わかった、わかったよ、しおねぇ! いちご、いきます!」
「行きなさい、苺!」
「あまかわおじさん! いちご、うそつくね!」
「ああ、行きな、苺ちゃん!」
「うん! いくよ! いちごは、からだをひとりではあらえません! いつも、りゅーにぃにあらってもらってます!」
「台無し! カメラが見事に現場を捉えてたからそのよく解らない覚悟とかが台無しだ! それに嘘って言っちゃったら、言う意味ないだろ!」
「しおねぇ! やったよ! いちご、うそついたよ!」
「ええ、苺。よくやったわ。流石は私の妹ね!」
何故手応えありなんだ!?
「あまかわおじさん! いちご、うまくうそつけたかな?」
「あぁ、感動した! 龍も今頃、焦ってるだろうさ!」
何でそんなので感動してるんだよ! この番組は〝はじめてのうそつき〟か何かか!?
「りゅーにぃ! いちご、うまくうそつけたよね?」
「それ言った本人に訊いちゃ駄目だろ! 全然駄目だよ、苺に嘘を吐くのは後三年くらい早いよ!」
「そ、そんなぁ……」
俺の言葉を聞くと、苺はペタンと床に崩れる。……しまった。苺は過剰に他人の言葉を受け取るから、リアクションも過剰になるんだった。
でもそれは、残念ながら事実だ。このどうしようもない現実を突き付ける事も、兄としての務めなのだ。めげるな苺よ。その敗北感を乗り越えてこそ、人は成長していけるんだ。
「しおねぇ。りゅーにぃが、うそつくのはひゃくねんはやいって……」
いや待て、百年とは言ってないぞ。
「よしよし。――龍。今日帰って来たら、説教だからね!」
「ええー! 何でだ!? 俺は良い方向に教育したぞ! ていうかどう考えても、お前の方が説教されるべきだろう!」
「あまかわおじさーん。りゅーにぃが、うそをついちゃだめだって……」
「よしよし。――龍! 今すぐ説教だ!」
「何でそうなる!」
『説教だ(です)!』
「ああぁ!?」
な、何で。何でいつもこうなるんだ……。俺は、苺の事を想って言ったのに。苺に姉の悪いところを受け継いでしまわないように頑張っているのに!
そりゃあ俺は血も繋がってない偽りの兄かもしれないが、それでも俺は本当の妹だと思って日々接しているというのにこの有様。一体何が……俺の何がいけないんだ……。くそっ、何だか頭の中に蛆虫が沸いたような感覚が……ッ!
……あ。
「あぁ!? 龍さんが机の角をむしり取ってしまいました! 天川さん、まずいです! 龍さんが、壊れるかキレます!」
「何っ。それはまずいな……。お二方、これ以上冗長になるとまずいです。ここは龍を落ち着けさせなければ。ちょっと協力して貰えますか?」
「そうね……龍は本当、短気だからね。じゃあ苺、さっきの事、龍に謝りましょうね」
「うん、あやまるー!」
「龍! 苺ちゃんが、もう嘘はつかないって!」
「……え?」
ほ、本当なのか……? 俺の願いが、ようやく叶ったというのか!?
「苺、ほら! ちゃんと龍に謝りなさい」
「りゅーにぃ、うそをついてごめんなさい」
画面の苺がぺこりと頭を下げて、丁寧に謝罪をした。あぁ良かった……。俺は正しかったんだ……。努力は実るものなんだ……。
「解れば良いんだ、苺」
「もううそはつかないから……」
「ん? つかないから?」
苺は少し頬を赤らめながら、カメラに向けて一言。
「からだをあらってください!」
「何でそうなるんだあああああアアアアアアアァァァァァ!」
何とか叫び続けていた龍を落ち着かせたオレ達は、番組の続きを見ている。
結局は、生徒会会長である小渕の一喝で龍は静まった。しかし驚いた。思わず耳を塞いでも鼓膜に届くような、でかい声が出るとは。あんな声で怒鳴られたら、そこら辺のチンピラも黙るだろうな。
「龍が落ち着いた事ですし、インタビューでもしましょうか」
あの言い方だと、実際は何をするかは決めていなかっただろうな。
「じゃあ、どんな質問がいいですか?」
インタビュアーが相手に質問を訊いてどうすんだよ!
「簡単な事でいいんじゃないですか? 私は何でもいいですけどね」
「いちごもなんでもいいですよ!」
あー、にしても苺ちゃんは可愛いなぁ。あの姉あってこの妹ありってか。思いっ切りわしゃわしゃしたい。
「簡単な事かぁ~。んじゃあ、龍について、どう思います?」
「何で簡単な事で俺を出すんだ!」
また龍をいじるのかよ。壊れないか心配だな。
「早急に正しい教育が必要ですね」
「ですね!」
「童貞だしね」
「だしね!」
『え』
つまり……あれか。大人の教育が必要って……事なのか……?
「おおおおおおおおおい! いい加減にしろおおおおおおおおおお!」
「じょ、冗談よ……。やーね、本気になっちゃって」
「やーね!」
「……悪いがな、もう俺は精神的に限界を迎えつつある」
バキッ! パラパラ。
今度は、さっきむしり取った机の欠片を握っただけで粉々にしちまった。うわぁ……どんな握力してんだよこいつ。ゲーム機壊れんだろ。
「……詩織さん、真面目に行きましょうか。龍が、そろそろまずいです」
「そうね、このままだと、帰って来た瞬間に襲われるわね。大切な処女を奪われちゃう……」
「ふぅぅー……!」
「いよいよツッコミを放棄しましたからね。これは相当来てますよ」
「あんな龍を見るのは、あの時以来ね」
あの時?
もしかして龍も、オレ達と同じような野蛮な時期があったって事なのか?
「うぅ。りゅーにぃがまたああなるのは、やだよぅ……」
苺ちゃんが怯えている。その時の龍は、このか弱い苺ちゃんにまで手を出したのか……? やべえな、想像しただけで身震いしちまう。
「大丈夫だ、苺ちゃん。ふざけずにちゃんとしていれば、龍は怒らないから」
「うん! わかった!」
「じゃあ、まずは苺ちゃんに質問! 苺ちゃんにとって、龍はどんな存在でしょうか?」
「りゅーにぃはね、いちごにとって……」
「苺ちゃんにとって?」
苺ちゃんは一度言葉を切って、息を吸って言った。
「いちごにとって、かけがえのない、せかいいちだいすきなあにです!」
また変な事を言うのではないかと思っていたけど、どうやら見当違いだったみたいだ。
そんな事を簡単に言ってしまえるのは、歳を重ねた身からすると羨ましいぜ。いつからだろうな、あんな風に〝好き〟という言葉を簡単に言えなくなったのは。オレと同年代の奴らじゃあ、真剣な気持ちでそんな恥ずかしい言葉をこんな場で言える奴は居ない。
「りゅーにぃ……おこってない?」
苺ちゃんは龍に恐る恐る訊いた。龍は偽りではないであろう笑顔を作り、優しい声で答える。
「大丈夫。ありがとうな、苺」
「えへへー。どういたしましてですよ!」
無邪気に笑う苺ちゃんを見ていると、思わずこっちも笑顔になってしまう。それは、皆も同じようだった。いつの間にか、他の皆も笑顔になっていた。
「じゃあ次は、詩織さんですね」
「……どうやら、真剣に行かなきゃいけない空気のようね」
また変な事を言う気だったらしい。自重する気なしかこの人は。
「それでは、詩織さんにとって、龍はどんな存在でしょうか?」
詩織さんは「はい」と前置きをして、数秒の間を置いた後に言う。
「私にとって龍は、世界一大好きな人間です」
居た。
恥じらいもなく、他の人が見ているところで容易く〝好き〟と言える人が。苺の天真爛漫さは、姉譲りらしい。それ自体はとても良い事ではあると思うんだが、ケースバイケースだろう。
俺は額を抑えながら、視聴を続ける。
「……撮られている中で、そんな大胆な発言をするとは……。その心は?」
「心も何も。これは私の、正直な気持ちです」
ツッコめない。この類の台詞は、何度も聞いたから。本気だって事は解ってるから。詩織の真剣な想いに水を差すような真似は出来ない。
「初めて会った時から好きだったんです。彼とは中学で出会ったんですけど、その時から好きで好きで仕方がなくて。まぁ、そこから色々あって……今はこうして、一緒に住んでます。それがとても幸せなんです。もし、龍が居なくなると考えたら……いえ、考えたくありません。龍は今の私にとって、家族と同じくらい、大切な存在だから……」
ふと顔を上げると、他の皆が俺を凝視していた。〝信じられない、こんな奴を〟みたいな視線だ。その事に関して否定はしない。する資格が無い。
「龍」
詩織がカメラの中から、俺を呼んだ。俺はカメラの詩織を見る。
「好き。大好き。誰よりも、愛してる」
いつの日か俺に言った同じ台詞を、再びこの場で俺に放ってきた。俺は俯いて答える。
「……そうだな」
俺に答えられるのは、こんな生返事だけしかない。
「そうだな、じゃなくて! 答えて! 龍は私の事、好きなの!?」
今まで冷静で悠然としていた詩織が変貌し、必死の形相で俺に答えを求めて来た。だが今の俺に、その答えは見つかりっこない。
「答えられない」
俺はそのままで、短く答えた。
「嘘でもいいから、答えてよ……」
涙を呑みながら、詩織は言っていた。
だがもう、嘘は言えない。これ以上、彼女の想いを侮辱出来るものか。
「答えられない」
「……うっ」
「ストーップ! カメラ、カメラ止めろ!」
天川がそう指示したことにより、テレビの画面にノイズが走った。
俺は深くため息をつき、立ち上がる。
「帰ったら、説教だな」
「お、おい龍……」
恵が心配して声をかけてくる。
「大丈夫。これはいつもの事だから」
「いつもの事なのかよ!? なら尚更だろ! 何で答えてやんないんだよ!」
「答える資格……理由がないからだ」
この事はあまり言いたくはなかったが……。遅かれ早かれ、いずれは公になる事実。どうせの機会だ、ここでしっかりと明言しておこう。
「俺には、高校生以前の記憶がないんだ」
俺の発言に、部屋が静まる。
「いや、厳密には違うな。俺にはそれ以前の記憶は断片的にあるっちゃあるが、それは常軌を逸している」
「どんな……どんな記憶なんですか……?」
俺は目を瞑って、思い出せるだけの映像を投影させる。
「街だ……。街がある。俺達の住んでいる街じゃない。もっとどこか別の街。だけど、そう遠くもない街。――銃声だ。悲鳴だ。血飛沫だ。俺の手に、一丁の銃がある。黒く、重い。まるで牙のような、何でも喰らい尽くしてしまうかのような獰猛な銃。それを、俺が撃つんだ。誰かに向かって。何度も、何度も。その度に、人がどんどん死んでいく。……気が付いたら、俺以外の人は全員死んでしまっているんだ。誰一人として、動いてる者は居ない」
相変わらずおかしな記憶だ。こんな物騒な話がある訳が無い。これが事実だったら俺は最早テロリスト。平然と高校生などやってられるか。
笑えてくる。妄想癖も大概にしろというものだ。
「ゲームのしすぎだな。どうかしてる」
「記憶が無いって……どういう訳だよ!」
恵がいつもの俺の台詞を使う。まったく、その通りだ。おかげで俺はこの様だ。きっと俺がこんな身体の理由も、そこにあるとは思う。
「なぁ、廣瀬」
俺は前々から気になってたことを、廣瀬に訊ねる。
「この学校の生徒の情報を全て網羅してるんだろ? 俺の情報は、どうなってる?」
「……無い」
「無い?」
「どこを捜しても、無い」
「そうか……」
何となくそんな感じはしていた。簡単に見つかったら、苦労はしない。
「見つける」
廣瀬が唐突に、そんな事を言った。
「絶対見つける。龍の事、絶対見つける」
「廣瀬……?」
一瞬冗談か何かかと思ったが、そうではない。こんな廣瀬の目は見た事が無い。本気でそう思ってくれている。勝手ながらそう確信した。
「……ありがとう」
「私も見つけますよ! 私ん家の財力にかかれば、ちょちょいのちょいです!」
「おい二ノ宮、金の使い道を後悔するぞ」
「オレだって――。いや、何にも出来ねえな、オレじゃあ……」
「いや、恵。気持ちだけでも嬉しいよ」
愚かな。俺は何て愚かなんだ。何故、こんな事にも気付けなかったんだ。
いつの間にか俺には、信頼出来る仲間が居たじゃないか。俺を想ってくれる仲間が。こんな俺を受け入れてくれる人が、こんな身近に居たんじゃないか。一人で抱え込んでいたのが馬鹿に思えてくる。
俺はもう、一人で悩まなくても良いんだ。ぶちまけていいんだ。不満も、焦燥も、苦悩も。その為の居場所がある。その為の仲間が居る。一人じゃ、ないんだ。
「あれ、テレビが点きました!」
先程までノイズが走っていた画面に、涙を拭いた詩織が映し出される。
「詩織……」
俺はテレビに近寄る。
「龍……さっきは、ごめんね……」
「謝るのは俺の方だ。何度も泣かせて、ごめんな」
「私、決めたの。龍を待つって」
「俺を、待つ?」
「私、焦ってたんだと思う。また龍が居なくなっちゃうと思って、龍に私の事を押し付けて、無理矢理好きにさせたかったんだと思う。最低だよね、私。私が苦しんでるんだと思ってた。でも、龍の方がずっとずっと、苦しんでたんだよね……」
「そんな事はない。詩織の方が、苦しかったろう」
「ううん、それは私の甘え。実際は龍の方が……。だから、龍が私の事を心の底から好きって言ってくれるまで、待つ!」
「……今の俺で良いのか? 詩織が好きなのは、昔の俺だろう?」
「導入はそうだけどね。でも今は、今の龍の方が好きだよ。昔より、素敵だもん」
「……そうか」
俺は頬を掻く。昔の俺の事は知らないが、そんな事を言われると若干照れるものがある。
「じゃあ、最後に言わせてくれる?」
「どうぞ」
詩織は、俺が見た中で一番の笑顔で、何回も聞いた台詞を言う。
「好き。大好き。世界の誰よりも、愛してる」
その言葉は、今までの言葉とは違っていた。重さと言えばいいだろうか。軽くなった。昔の俺にじゃなく、今の俺に、初めて言ったような。
俺も笑顔で、さっきの言葉を言う。
「……そうだな」
詩織は笑顔で手を振る。そうして、画面には再びノイズが走る。
「俺にはもう、昔の俺には戻れない」
俺は皆を見て、自分の考えを言う。
「昔の俺がどんなだったか……。詩織が好きだった俺はどんな人間なのか、興味はある。でも、知る事は出来たとしても、所詮今の俺に昔の俺になる事は出来ない。だから、俺は今の俺で生きる! 昔は関係ない! 今生きている俺が、俺だから」
そうだ。俺は、今の俺は、変な身体で、めんどくさがり屋で、ゲームが好きで、詩織を何回も泣かせてしまうような、皆が言う通りの駄目人間なのかもしれない。
でも、それが俺だ。生きているのは、この俺だ。昔の俺は、もう居ないんだ。
「じゃあ、オレ達がする事はねえな」
「良かったです! これで、お金を無駄遣いせずに済みました!」
「……ふぅ」
「皆、ありがとうな」
俺は素直な気持ちで礼を言った。
「何言ってんだよ。こっちは変な夫婦芸を見せられてイライラしてんだよ!」
「まったくです! 関野さんが、嫉妬に狂いますよ!」
「(爆)」
「嫉妬なんかしねえよ! ていうか、何で爆笑してんだよ!」
執行部室は、またいつも通りの雰囲気に戻る。恵はいじられ、二ノ宮は笑い、廣瀬はいつも通りパソコンの画面を凝視する。
「ねぇ、龍さん! 恵さん、嫉妬してますよね!」
「あぁ、そうだな」
「してねえよおおおおおおおおおおおおおお!」
そして俺は、いつも通りの受け答えをする。
そして皆は、いつも通りの受け答えをする。
――それがここ、生徒会執行部。
今の俺の、居場所だ。