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第3話「私利私欲は時に己を化かす」

「という訳で、大変な事になったああああああああアアアアアアアアAAAAAaaaaaa!」

「!?」

 天川の叫びに驚き、俺はいつものツッコミが出来なかった。一体どういう事なのか、俺は詳細を訊ねる事にする。

「ど、どうした天川。何があったんだ?」

「どうしたもこうしたもへったくれもあるかああああああああああああ! gtkldrwpqmvfghlsxdlj」

 天川は頭を掻き毟り、解読不可能な叫びを部屋に響かせる。俺は手で促しながら停止を求める。

「落ち着け! まずは落ち着いて、日本語をしゃべれ!」

「wqsdftbmkvcfgpsdvcdf」

「一体何があった! 応答をしろ、天川!」

「typqwmsdsんghjytrwqmk」

「――ああもうっ、うるせえよおっ!」

 痺れを切らした恵が、天川の腹に強烈なパンチを食らわした。

「ぐふう!」

 大きなリアクションと共に血を吐き出し、腹を抱えながら倒れる天川。そして、見下す恵に手を延ばす。

「恵……どうして……?」

「お前が悪いんだぜ……このオレを怒らせたんだからな」

「めぐ……みぃ……」

 バタリ。

 天川、死亡。

 ……おいおい。

「何をやってるんだ……。始まって早々、殺してどうする」

「はぁっ!? し、しまった! オレとした事が、天川みたいな雑魚相手に本気を出しちまった! 天川、大丈夫か!? 返事をしろ天川ああああああああああ!」

 恵は返事のない天川を抱き、天へ叫ぶ! しかしぐったりとうな垂れた天川からは、生気の欠片も感じられない!

 あぁ、何て事だ! 天川が……俺達の会長の天川が……死んでしまった! 

 悲しみの静寂に包まれた執行部室は、何時にも増して暗い空気が漂っている。皆涙を惜しみ、ただ天川の冥福を祈っているかのようだ。

 我らが天川よ、どうかその魂は、安らかでありますように。

「さてっと」

 死体と化した天川を無造作に放り捨てた恵は、亡き会長に代わり、俺達役員に告げる。

「オレの……オレ達の愛する天川が死んでしまった。よって、今からは副会長であるオレがこの生徒会執行部を仕切る! 異論は認めねえ!」

 副会長なら俺も相当するはずなんだが、おかしいな、まったく文句が出ない。……そうか、やはり恵こそが会長に相応しかったのか!

 新たに会長となった恵は、神妙な顔付きで天川の死体に目をやった後、俺達に次なる活動を命じる。

「という訳で、今日は解散。お疲れっした~」

『お疲れっした~』

 つまり恵は、天川の死を悼む為に今日は各自家に帰って祈りを捧げろという事だな。うむ、流石は恵。心が広く、そして女神のように慈悲深い。

 さぁて、家に帰ったらジョナサンの続きをやろうかな――。

「ちょっと待てええええええええええ!」

 不死鳥の如く蘇った天川が、さっさと帰ろうとした俺達を引き止める。

「……くっ、後一歩のところを」

「何でそんな残念そうなんですかなあ!」

「馬鹿な、オレの一撃を食らって生きているだと!?」

「何度も喰らってるから嫌でも慣れてんだよ!」

「はぁ、天川さんにはがっかりです!」

「俺はお前達の反応にがっかりだよ!」

「……チッ」

「盛大な舌打ち!?」

 仕方なく俺達は、渋々再度席に着く。せっかくのずらかるチャンスが台無しだ。

 定位置に戻った天川は、気持ちを切り替えるように机を叩き、仕切り直す。

「最初にも言ったが、大変な事になったんだよ!」

「それは金曜にも聞いたが」

 俺がそう言うと、天川は再び机をバンと叩く。もっと机を大切にしろよ。貴重な一つなんだぞ。

「それよりも大変になったんだよ! 金曜は龍の髪型変更作戦を実行しちまったからな!」

「自業自得だろう」

「な、何て事を! 今お前がその頭をしてられるのは誰のおかげだと思ってる、えぇ!?」

 指差しながらそう言うが、生憎天川に恩義はあまり感じていない。俺は隣を見て、力強く頷く。

「それは勿論、恵のおかげだ」

「っ! てか、いつまで恵って呼ぶんだよ! 関野でいいよ、もう!」

「……いいや、駄目だ」

「何で天川が答えるんだよ!」

「龍、これからも恵って呼んであげて下さいな」

 何故か丁寧に頭を下げてきた。

「何でお前が頼むんだよ! 余計なお世話っつーんだよ、そーいうのは!」

 そして何故か執拗に恵は拒み続ける。

 それにしても、何で名前で呼ばれる事にそこまで恥じらいを感じるんだ? 俺なんかいつも名前で呼ばれてるぞ。寧ろ苗字で呼ばれる事が珍しい。

 まぁ、ここは適当に流しておくか。

「あぁ、任せろ」

「何で承諾するんだよぉおおおおおおおおお!」

「あっ! 大変な事に気付いてしまったぞ、恵!」

「今度は何だよ……」

 恵は疲れ気味に訊いた。

「龍が恵と呼んでしまったら、俺と呼び方が被る!」

「そんなの別に気にする事でもねえだろ。お前だって、天川って皆から呼ばれてんじゃねえか」

「そうか……。やはり恵は、龍に名前で愛おしく呼んで欲しいんだな」

「いやそういう訳じゃねえよ!」

「おっと、言い方を間違えた。……欲しいんだな、龍が」

「何でわざわざやらしい言い方にした!? 別に欲しくもねえよ!」

「安心しろ。龍はこれからもずっとそう呼んでくれるさ。なぁ?」

「あぁ、任せろ」

「会話の流れ理解して言ってるか、お前!?」

 何だか知らないが、恵は顔を赤くして驚愕の表情をしていた。ちゃんと話を聞いとけば良かったかな。

「んー。じゃあ、俺は恵の事をなんて呼べばいい?」

「何でもいいわ……。適当に決めろよ」

「解った。じゃあ〝オレっ娘〟って呼ぶわ」

「適当すぎだろ! ふざけんな!」

「じゃあ、〝オレ入り娘〟」

「箱入り娘みたいに言っても駄目だし、何もうまくねえ!」

「我が儘だなぁ。じゃあ〝時代遅れ〟で決定な」

「最早呼び名でも何でもねえよ!」

「じゃーもーいーよー。〝めぐみるく〟で」

「何で割り切ってそうなるんだよ!」

 ……うーむ。

 PTAについては、何時ツッコめばいいんだ? 話の脱線に誰も違和感を感じないのが凄いな、この面子は。

「はい! 天川さん、私にとっておきの案があります!」

 唐突に、二ノ宮が元気良く挙手をした。

「マジか。じゃあ夕、何かないかな?」

「ええ!? 華麗にスルーですか!?」

 廣瀬は興味無いと言わんばかりに首を振った。ホント、パソコンしか目をやらないなこいつは……。

「マジか……。ならば仕方ない。腹を括って、春の意見を聞こうか」

「腹を括らないと聞けないんですか、私の意見!」

「……ゴクリ」

「唾を飲み込んでまで何を覚悟してるんですか!」

「例えるならば、核戦争」

「私は核だったんですか!?」

「扱い方を間違えると……!」

「扱い方とか言わないで下さいよ! いい加減にして下さい!」

「大丈夫だって。ただの悪ふざけだから、ははっ」

「程がありますよ! ……まぁいいです。いいですか? 女の子と言うのは、可愛い呼び方をされた方が嬉しいんですよ! 好感度が通常の二倍に跳ね上がります!」

「ほほう。んで、春の提示するのは?」

「ずばり、〝メグ〟を推奨します!」

「! メグ、か……」

「私は、あると思います!」

「ああ、俺もあると思う!」

「でしょう、でしょう!」

「よし、そんな訳で、今日からメグと呼ばせて貰うとしよう!」

「駄目ですよ、天川さん!」

「な、何だ?」

「ただ、メグと呼ぶだけでは駄目です! それだけでは、好感度はピクリとしか動きませんよ!」

「なら、どうすれば……?」

 真剣な表情で天川は、二ノ宮の言葉を待つ。

 ……いや、何でこんなので盛り上がっているんだ。これじゃただのテーブルトーク部じゃないか。生徒会の姉妹機関である事を自覚しているのか、この会長は。

「ちゃん付けをするんです! ♪ を付けると、更に良いです!」

「な、なるほど! 解ったぜ、春!」

「解るな! ツッコむの面倒だったからツッコまなかったけど、そこまでしなくていいっつーの! メグだけでいいよ!」

「いや、好感度の為なら俺はやる!」

「やらなくていい!」

「という訳で、メグちゃん♪ これから、よろしくな!」

「どういう訳だあああああああああ!」

 恵は俺のツッコミ台詞を使って、また天川の腹に強烈なパンチを食らわせた。

「ぐふう!」

 大きなリアクションと共に血を吐き出し……。

 て、おい。

「ストップ」

 俺は二人を止める。

「何だ、龍。今から俺が、死に際の台詞を言い残して死ぬところなのに」

「そうだぞ。オレが死体と化した天川を抱いて、天に向かって叫ぶって重要なところなのに」

「ループで尚且つノリノリか! もういいよ、それは! さっき見た! PTAはどうなったんだ!」

「あ」

 天川が何かを思い出したような声を出す。

「そうだ、そうだった! こんな事をしてる場合じゃなかった!」

 慌てて元の席に戻り、天川から遂にその全貌が語られる。

「三日前にも言ったが、大高との騒ぎの件を、PTAが生徒会執行部に責任を取らせろと言っている」

「言ってねえよ!」

 恵がすかさずツッコむ。確かに三日前は、PTAのワードしか聞かされなかった。

「いいや、言ったね。間違いない!」

「何でそんな自信満々なんだよ! 間違いあるわ!」

「ええい、ツッコむな! 今はそれどころじゃないんだ! 黙って聞けぇ!」

 あまりに真剣に言うので、静寂になる執行部室。

「本来なら龍の停学処分で通る話だったが、校長が代わりに責任を取った事で、PTAが怒っている」

「? 何でですか? 校長は確か、龍さんの一言に揺らされて、良心で自ら責任を取って代わったはずですよね?」

 二ノ宮の言う通りだ。何せ、それは俺の計算通りだからな!

 ……勿論ただの詭弁だが。

「それが逆に仇になってんだよ」

「どういう事ですか?」

 天川が俯いて嘆息する。

「PTAは、執行部が校長に責任を取らせるように仕向けたと考えてるんだ」

「! な、何てめでたい頭をしてるんですか、PTAのおばちゃん達!!」

「うん、それは若干喧嘩売ってるから、本人達の前では言わないようにしような」

「でも、事実です!」

「あまり言わない方がいい事実もあるんだよ」

「それで、PTA執行部に何を求めてるんだ?」

 もう余計な事を言ってる場合じゃない。俺は結論を要求する。

「龍。結論を急ぐのは、お前の悪い癖だぞ」

「本当は三日前に話すべき内容だったんだろ? だったら、急ぎの内容なんじゃないのか?」

「まあそうだけどさ。――PTAが、執行部に弁解の機会を与えてやると言ってるんだ。これ次第で、ここが消えるか消えないかが掛かっている」

 PTAか……。これは少々、厄介な存在だ。

 山高のPTAの影響力は大きく、その気になれば部活一つを潰す事も容易い。それは、この執行部も例外じゃない。それどころか、大した活動をまだしていない……つまり成果を上げてないところを取られれば、本当に簡単に潰されてしまうだろう。

「今回は、直接関わった俺と龍が弁解に行く。上原一家も協力してくれるから、廃止にはならないだろうさ。――いいや、させない。まだ始まったばかりだ」

 天川が何時に無い真剣な表情で言う。

「こんなところで、終わらせてたまるか!」

 ガッツポーズを決めながら言ったが、俺としては不安の象徴にしか見えない。

「意気込みはいいが、勝算はあるのか? 喧嘩ならまだしも、口勝負で勝てる相手とは思えない」

「その通りだ、龍。おばちゃん達は日ごろの立ち話で、トーク力は尋常じゃない数値になっている。何か言えば、何かのケチをつけて確実にツッコんでくるだろう。今のところ、ここにそこまでの応戦力を持ってる人間は居ない」

 相変わらずの的確な推測。残念な結果だが。

「だからこそ、今日は夕の力を発揮する時なのだ!」

「……?」

 そう言って、廣瀬を指差す天川。

「さあ夕、PTAのおばちゃん達の弱味を今すぐ調べるんだ!」

「!」

 これまた酷い策を考えたものだ。

 廣瀬は親指を立てると同時に、PTAの弱みを調べ始めた。

「夕の事だから、十分もすれば調べ終わるだろう。俺達はそれを切り札にして、最悪それでおばちゃん達を制圧すればいい」

 うむ、この神速を見せ付けられれば、反論の余地は無い。

「そうだな。で、その弁解の時間は?」

「ああ、それは……」

 天川がケータイの時計を見て、石のように固まった。

 ……まさかな。

 こんな定番なオチを、天川が仕出かす訳が無い。

 仕出かす、訳が……。

「多目的三に、今日の、五時」

 時刻は、四時五十七分。

「十分もねえだろ!」

 恵のツッコミと同時に、俺達は走り出した。

 目指すは、四階の多目的三! 果たして、一階から僅か三分で這い上がる事は出来るのか!?



 時刻は五時。俺達は何とか、時間には間に合った。

 既にそこには、PTAのおばちゃん方五名と、上原一家もいた。案の定、俺達が一番遅かった。急いで走って来たため、息が上がってしまっている。龍と俺は膝に手をついて、息を整えながら話す。

「おい、天川……はぁ、何で、こうなった……はぁ」

「これは、想定外だった……はぁ、メグをいじってたのが原因で……はぁ、ここまで、時間を食うとは……はぁ」

「結局弱味も、掴めなかったぞ……はっ」

「ああ……はぁ、これはもう、本当に、腹を括るしか、ないな……はぁ」

「あの、二人とも大丈夫ですか?」

 上原さんが心配して声を掛けてくれた。

「ええ、大丈夫ですよ……はぁ、ちょっと、久々の急な運動で、世界が超振動を起こしたように揺れて見えるだけですから……はぁ」

 俺は作り笑顔で応答する。

「本当に大丈夫ですか、それ……」

「俺、死ぬかもしれん……はぁ」

「ナイフで刺されても死なないのに!?」

 上原さんがツッコむと同時に、

「ちょっと! いい加減始めたいんですけど!? 私達も、あなた達のような生徒を相手にする暇なんか、本来はないんですからね!」

 PTAおばちゃん軍団の責任者っぽい、クルクルのチリチリ頭の眼鏡おばちゃんが声を荒げて言った。

 ううむ、このおばちゃん達の服装は、かなり目立つ服装で、どれも高そうなものばかり。赤の毛皮やら豹柄やら、とにかく目立つ。この年頃のおばちゃんは、何が何でも目立ちたいらしい。誰も見てないと思うがねぇ……。

「あ、はい。すいません……。おい、龍! いつまで息整えてんだ! 決戦の時だぞ!」

「すまない、天川。俺は、もう……」

 まるで死に際の言葉を吐き出したかと思うと、ふらりと龍がその場に倒れた。

「おっ、おい、龍! お前……消えるのか……?」

「ぐぅっ……。天川、後は、頼んだ……ッ」

「りゅうううううううううううううううううううううううううううううううううう!」

 俺に最後の望みを託し、バタリと倒れる龍。

 嘘だろ……。ナイフで刺されても死なない人間が、運動不足が原因で死んでしまうなんて! くそぉっ! 龍、お前の意思は、確かに継いだッ!

「という訳で上原さん、龍をお願いします」

「ええ!?」

 ま、実際はひゅーひゅー言ってるだけだから、時間が経てば蘇るだろう。

「……いい加減にしなさいよ!」

「はい、すいません。これが最後です。悪気は無かったんです。許してください」

「ふんっ。――ほら、とっとと、言う事を言いなさいよ。どうせ、執行部は廃止する事には変わりないんですからね」

「いや、それだけは勘弁して下さい、本当に。きっと真実を聞けば、それはなくなると思います。―─とりあえず、あなた方が聞いた事実を教えてくれませんか? こちらの知ってる事実と若干異なるようなので、確認しておきたいんです」

「ふんっ。――山高の生徒会執行部は、一人の生徒の依頼を受けて、大高の生徒達に喧嘩を仕掛け、一人の生徒に重症を負わせたのでしょう? だから大高から、その生徒及び機関に相当な処分をするように催促が来たと……。当の本人は、もう完治しているようですわね。どうせ、それほどの怪我じゃなかったんでしょう?」

「やっぱり違いますね。まず、こちらからは喧嘩を仕掛けてはいません。寧ろ、あちらから仕掛けて来ました。それに、確かに龍……。当の本人の怪我は完治していますが、実際の怪我は、腹部をナイフで刺された上に頭を殴られ血を流し、右腕を二本の金属バットで殴られ、骨折に近い怪我を負っています」

 本当は殴られてはいないが、それに近いからいいだろう。それに右腕で二本の金属バットを折ったなんて言っても、信じるはずがない。骨折こそしてるだろうが、それだとあまりに不自然だ。ここはこれで通そう。

「ナイフで刺された? しかも骨折に近い怪我ぁ? そんな怪我が一週間足らずで治るはずがないでしょ! それどころか、今元気に登校してるなんてありえないわ! 嘘もうまく吐きなさいよ!」

 しまった。そこも大分非常識だった。

「でも、事実ですし。ねぇ、亮介君」

「あ、はい……」

 以前とはまるで別人の、丸くなっている亮介君が言う。

「龍さんをナイフで刺したのは、僕なんです。だから、六日前にナイフで刺されたのは事実です。姉が依頼したのも、僕に関する事で……。責任は全部僕にあります! 僕に責任を負わせて下さい!」

「またまた。亮介君はそんな野蛮な生徒さんじゃないでしょう。知ってるわよ。一年で一番の成績で、部活動も友好的。何の落ち度も無いあなたが、そんな事をする訳がないわ」

「僕はそんな人間じゃないです! 僕は─―」

「これも、あなた達の仕業なんでしょう、会長さん?」

「は、はいぃ?」

 何でそこで俺に話を振られるんだ?

「亮介君に全ての責任を転嫁するつもりなんでしょう? まー、何て卑劣で臆病な不良生徒なの!? こんな子が会長だなんて、それだけで腹立たしいわ!」

 おいおい……どんな思考の持ち主なんだ、この人。人間不信かよ。

「ち、違います! 僕が言ってる事は全部事実で、僕がやった事なんです!」

 それでも負けじと亮介君は反論をしてくれたが、おばちゃんは軽く往なす。

「はいはい、もう大丈夫ですよ、亮介君。あなたに責任を負わせるなんて、絶対にしないからね。執行部の思い通りにはさせないからね。本当に責任を負うべきなのは、執行部だからね。本当に悪いのは、この頭の悪い会長の執行部なんだからね」

「そ、そんな……。僕は、事実を言ってるだけなのに……」

 ……ここまでのものなのか、PTAというのは。いや、大人達は。

 表面上の事しか信じられない、生徒の声を信じようとしない。自分の事しか信じない、残念すぎる人間なのか。

 正直こちらが人間不信になってしまいそうな勢いだが、ここはあなたがそうでないと信じるしかないな。

 無駄だとしても無意味な事は無い。抵抗は続けてみよう。

「ちょっと待って下さいよ。これが真実です。確かに、本人は他校の生徒を傷つけ、結果的には山高の評判は悪くなりましたけど─―」

「認めましたわね、素直でよろしいこと」

「認めてませんよ!」

「いいえ、認めたわよ。私達が問題にしてるのは、山高の評判なんだから」

「うっ。いや、しかし!」

「しかも、執行部は何をしたかは知らないけど、圧力で校長に責任を取らせようとしたどころか、今度は成績優秀の亮介君にまでそれを働こうとした! 恥ずべき行為ですわ!」

「それも違います! 断じてそんな事はありませんし、増してやしようとは微塵も思ってません!」

「何を言っても無駄ですよ。そもそも、執行部なんか必要ないでしょう。生徒会があるんだから。――こんな無駄な機関は、今すぐに無くすべきですよね?」

『そうですね』

 PTAおばちゃんの意見が一片の狂い無しに一致した。このまま通して堪るかッ!

「そうじゃないですよ! 何で信じてくれないんですか! 亮介君と俺の言った事は、間違いのない事実なのに!」

「その証拠はあるの?」

 きっ、汚ぇ! 弁解であるが故に、そんなのある訳が無いじゃないか!

「それはないですけど─―」

「それじゃあ、信じるものも信じられないわねぇ……クスクス」

『クスクス』

 うぅわ、こんな古い笑い方を全員にされるなんて、結構屈辱だ!

「それじゃあ、生徒会執行部は廃止という方向で。異議がある方は?」

『異議なし』

「では、そういうことで─―」

「異議あり!」

 俺は異議を唱え、何とかおばちゃんを引き止める。

「証拠はないですけど、言ってる事は本当なんです! 信じて下さい!」

「信じられる訳ないでしょう、あなたの言う事なんて」

「どうしてですか!」

 おばちゃんは「そんなの決まってるじゃない」と前置きし、その意を言う。

「何度も補導暦のあるあなたに、登校拒否していた生徒を中心に公共機関を作ろうとしたあなたのどこに、信じられる要素があるの? 思想がおかしいとしか思えませんけれど?」

「っ!」

 それを出されると痛い。確かに何度も補導されたのは事実だし、世間から見れば登校拒否していた人を使って公共機関を作るのは、あまり良い目で見られないかもしれない。

「あなたみたいな学校の寄生虫の言う事なんか、信じられる訳がないでしょう!」

 責任者が笑いながら言うと、おばちゃん全体が笑い出す。

「寄生虫の巣なんか、無くすべきですよねぇ?」

『そうですね』

「それでは、本日より生徒会執行部は――」

 ビキッ!

 最悪の宣告の直前、何かにひびが入るような音がした。

 視線を回して見ると、龍はいつの間にか立ち上がっており、右手で黒板全体にびびを入れていた。突然の事で、PTA一同は言葉を失っている。勿論俺達もだ。

「証明すればいいんだろう?」

「はっ……。は?」

「俺はナイフで刺されても元気で登校出来るって事を証明すれば、信じてくれるかって訊いてるんだ、おばちゃん方」

 ああっ! それは禁句だぞ!

「おばちゃ――! ……そういう問題じゃないの。私達は――」

「じゃあどういう問題なんだ!」

 バキィ!

 龍は目の前にあった机一つを、チョップの要領で両断した。上原さんはあくまで可愛く驚いたが、最も驚いているのは、無言になっているおばちゃん達だ。

 自らが否定していた事実に近い現象を、現在進行形で目の当たりにしているのだから。

「事実を言えと言われて、言ってみれば否定の嵐! あんたらは何を信じる? 生徒を信じないで、何を信じる!?」

「……ふ、ふんっ! 机を意味も無く壊してしまう狂暴な人の言う事なんか、信じられる訳がないでしょう!」

「何だとこの――」

「龍! 落ち着け!」

 俺は暴走しかけた龍を、寸前で制止する。

「もう無駄だ。このおばちゃん達は、俺達の言う事なんか信じないさ。こいつらが信じているのは、金だけだ。金の亡者だ」

「しかしだな天川! こいつらの言ってる事は狂ってる!」

「……良いんだよ、それで」

「何?」

「狂ってくれてた方がやりやすい。いいから、黙って見ててくれよ。暴いてやるさ、おばちゃんの本性をさ」

「…………」

 俺の説得に納得はしていないだろうが、龍は下がった。

「はっ! それで? もう諦めるの?」

 まさか。諦めが悪いのが、俺の唯一の取り得なんだ。

 寧ろここからが、正念場。

「だったら仕方ないですね。あまりやりたくなかったけど、最終手段……交渉でもしましょうか。――こういうのはどうです? うちの中に、金が余って仕方ない奴が居るんですよ。それはもう、とち狂ってる額を稼いでる大富豪がね。予め資料を見ているのなら解るでしょう? そいつの金で、この件は無かった事にするってのはどうですかね。一人一千万は下らないですよ。どうします?」

「! 一千万……!?」

「天川! 何を考えて─―」

「龍、少し黙ってろ」

 おばちゃん達が唾を飲み込む。もう一押しだ、もう一押しで、勝てる!

「その気になれば、二千万も行けますよ。現金でも、小切手でも可能です。こんな話は滅多にないと思いますけどねぇ。このままPTAやってても、夫の給料を合わせて月三十万行くか行かないかが限度でしょう? ここで話に乗ってくれれば、一瞬で大金持ちですよ」

 身内を見渡して、まるで考えるような顔をするおばちゃん達。

 いいや、そんな考える必要はないだろう? あんたらの答えなんか、既に目に浮かんでる。確実に乗るはずだ。

「その話は、本当なんでしょうね?」

 代表して、責任者が訊ねる

「勿論です。こんな状況で、嘘なんか言えませんから」

「……それなら……」

 責任者はおばちゃん達と顔を合わせ、頷く。

「いいわよ、その話。乗ろうじゃない」

 ほら見ろ。やはりあんたらは、金の亡者だ。文字通りな。

「そう来ると思った。じゃあこれで、この件はなかったことでいいですよね?」

「ええ、忘れましょう。さっきは寄生虫なんか言ってごめんなさいね。あなたはとってもお利口な子だったわ。うふふ」

「嫌だなぁ、お利口だなんて。俺はただ、〝理由〟が欲しかっただけです。我ながら、あくどいやり方ですよ」

「……え?」

「校長、聞いてましたか?」

「ええ、聞こえてましたよ」

『!?』

 俺が初めて校長の名を出すと、おばちゃん達は驚きの表情を固めた。

 ドアが開くと、そこには毅然とした態度の校長が居た。

「天川、これは……?」

「何、ちょっと廊下で聞いてて下さいってお願いしただけだよ」

 校長は威風堂々と入り、責任者と面を向かう。

「これは、どういう事ですか?」

「校長、これは……」

「黒板を破壊し机を両断し、更には生徒の賄賂を簡単に受け入れる。PTAあるまじき行為です」

「ち、違います! 私達は悪くありません! 私達は――」

「黙りなさいっ!」

「――っ!」

 校長の一喝で、静かになる多目的室。

「あなた達の言う事には確証がありません。よって、これらは大人であるあなた方の責任です」

「なっ――! 私達は何もしていません! この破壊行為は、全てその生徒がっ! ねぇ、皆さんそうですよねぇ!?」

 おばちゃん達が首肯しながら、龍を指差した。校長は龍に振り返り、問う。

「城古君。これらの破壊行為は、あなたがやったのですか?」

 そう問われた龍は、当然のように首を振る。

「まさか」

「なっ! う、嘘です、校長! その生徒は嘘を吐いています!」

「そうですか、解りました。城古君は何もしてないと?」

「ええ、勿論」

「ちょっと校長! あなた、私の言う事を信じないで、そんな生徒の言う事を信じるんですか!?」

「おいおい、冗談は大概にして欲しいな。高校生がこんな事、出来る訳ないだろう」

 笑いながら惚ける龍に、校長は頷く。

「まったくです。嘘も上手く吐きなさい」

「こ、校長!? 私は事実を言っているのに……どうして信じて下さらないの!」

「信じられる訳ないでしょう」

 校長は再度おばちゃんに振り返り、鋭い声で言う。

「あなた達のような金の亡者の言う事なんか、信じられる訳がありません」



 結局、この経緯を以っておばちゃん達はクビ。もう一度、PTAメンバーを編成し直しになった。

 俺達は三人しかいない校長室で、後談をしている。

「天川君、お仕事ご苦労様でした」

「いえいえ。こんなのなら、お安い御用です」

 そう、これが今回の仕事。現PTAの解散の理由を作ること。

「まさか、これが校長からの依頼だったとは……」

 何も知らなかった龍は驚いていた。

「悪いな龍、言わなくて。敵を騙すにはまず味方からだ」

「別にそれはいいんだが……。校長、何故?」

 校長は椅子に座り、「まあ、座りなさい」と促す。俺達はそれに従う。

「彼女達は、金を貰うためにPTAに入っていました。会費を少しずつ着服していたのですよ。仕事をしてくれるなら別にそれは構いませんでしたが、まったく手についていなくてですね。注意はしましたが、証拠が無いとばかりにしらばっくれられるばかりでして。おかげで生徒会は年々、大忙しでした」

「だから、執行部に?」

「そうです。これ以上、無駄な金は失いたくないのでね。解散させるには、契約上それなりの理由が必要だったんです。だから天川君にどうにかできないかと頼んだ時、私がこの案を出しましてね。執行部に危険はありましたが、私が執行部に加担する事で、天川君は承諾しました。そして、彼は見事私の望む結果を導きました。天川君、感謝しますよ」

「いえいえ、気にしないで下さい」

「じゃあ、PTAが執行部に責任を取るよう求めるように仕向けたのは……」

「そう、私です」

 この仕事は、かなり綱渡りだった。

 校長が謝罪の際、執行部にそうしろと言われたみたいな事を仄めかし、PTAがそれに乗り、執行部を処罰しようとする。俺達はそれを食い止めると同時に、解散の理由を作らなくてはならなかった。

 本当なら、夕の調べた事を頼りにすれば良かったんだが、予想外にそれは出来なかった。だから、予め呼んでおいた校長を上手く使う必要があった。

 まぁ何とかうまく行ったが、実際はノープラン。少しでも失敗すれば、本当に執行部が消えるところだった。

「校長」

 龍が校長に呼びかける。

「何ですか?」

「聖職者とは思えないやり方だ。生徒の手を汚し、自分は汚れないとは」

 校長はニコリと笑って、頷く。

「褒め言葉として受け取っておきましょう」

 いや、せめてそこは否定して欲しかった。

「まぁ構わないが。――で、校長」

「はい?」

「報酬は?」

 龍がそんな事を言い出した。何言ってんだか、まったく。

「龍。執行部は、そういうところじゃないから。報酬とか貰わないから」

「馬鹿を言うな。そんなんじゃあ、これから一生食って行けないぞ」

「食って行くつもりはないから! そういう機関じゃないから、ここ!」

「いえ、いいですよ。これは完全に私個人の依頼で、校長としてあるまじきものです。口止め料として、何かしましょう」

「そんな、校長――」

「話が早くて助かるな、校長」

「おい」

「じゃあ、とりあえず、執行部室にハイビジョンテレビを設置して貰おうか。勿論、一番高い奴だ」

「何で上から目線!? そんなの無理だろ!」

「解りました」

「解っちゃったんですか!?」

「寧ろそれで済むなら、今すぐ設置しましょう」

「無駄に仕事早いですね! ていうか、本当にいいんですか?」

「ええ、構いませんよ。ただし、これから先は忙しくなるでしょうがね」

 校長は手を組んで、顎を乗せる。

「もう生徒達には、執行部はボランティアグループというイメージが浸透してるはずです。これからは、理不尽な依頼やくだらない依頼等がたくさん来るでしょう。更には願望書の処理や雑務。五人では手に負えなくなるかもしれませんよ。それでも、いいんですか?」

「勿論!」

 俺は立ち上がる。

「それが理想ですからね! 毎日仕事で忙しい! 嫌になる! でも、楽しい! そんな機関を、このメンバーで作ることが夢だったんです! まだ夢は始まったばかりだ。こんなところで、終わらせる訳がありません!」

 俺の熱弁に校長は静かに笑い、立ち上がる。

「そうですか、解りました。好きにするといいでしょう」

「ええ、好きにさせて貰いますよ! ――さあ龍、戻るぞ!」

「もう戻るのか?」

「当たり前だろ! 楽しい時間を無駄にする手はない!」

「楽しいんだか、面倒なんだか……」

 そう言いながらも、立ち上がる龍。

「二年生か、卒業はまだ遠いな……」

 執行部のメンバーを全員二年生で揃えたのには、訳がある。

 皆で一緒に卒業出来るからだ。途中で、誰も欠ける事がないからだ。途中で誰かが居なくなるなんて、悲しいからな。

「さあ、行くぞ龍! 俺達の青春へ!」

「最も俺に合わないワードだな」

「何言ってんだ! よし、俺がお前をそういう人間にしてやる!」

「完全に断る」

「何だとぉ? 俺に任せればなぁ――」

 そんな会話をしながら、俺達は執行部へ戻る。

 夢はまだ、始まったばかり。何の駅にも到着していない。通過もしていない。

 終点は、まだまだ遠い。



「天川さん! 龍さん! 高級ハイビジョンテレビが、業者さんによって神速で設置されました!」

『仕事早いなおい!』

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