第1話「暴力とは時に輝かしい」
「という訳で、まずは互いの理解を深めたいと思う!」
「どういう訳だ」
俺――城古我龍は、会長である天川三紀にツッコむ。何故か俺は、何時の間にかそういう役に定着してしまったらしい。
放課後現在、先日新たに発足した〝生徒会執行部〟は、生徒会室の隣の空き部屋に身を置いている。空き部屋と言っても、実際は秩序のない資材置き場だったのだが、これを機に新たにちゃんとした置き場を作り、ここを執行部の活動場所にする事が決定した。
だがそこには、内部事情的な裏がある。
臨時生徒総会での執行部の役員紹介や声明発表が、あまりにも特異でいまいち信用に欠けると言って、生徒会会長は監視の意を含めて隣に執行部を置いたのだ。
昨日も、会長がこっちに顔を出して「ちゃんと仕事をしてください!」と叱りつけられた。トランプで遊んでたからだろうが、仕事が無い以上は仕方が無い。
それが災いしてか、ここには座るための長机と椅子のセット一式しかない。資材のあまりだ。だがこれは逆に、これから好きにこの部屋を色づけしていいという事だろう。とりあえず、ハイビジョンテレビを会費で買って、新型ハードを置こうか。
「で、互いの理解を深めるって、どういう事だよ」
俺の右隣に座っている、魔女が御用達のような帽子を被っている関野恵が訊ねる。
「よくぞ訊いてくれた! 俺は全員の事柄を網羅してるが、お前ら同士は解らないだろう? だからこそ、互いの心情を今この場で充分に理解しようって事さ!」
天川は仰々しく両手を上げて言った。ふむ、筋の通る話ではある。少なくとも俺は、そんなの知る由も無いからな。
この生徒会執行部を発足させると言って、このメンバーを集めたのは他でもない天川だ。故に会長というポストに位置しているのだから。
しかしその当時、俺と天川以外……つまり女子メンバーは、全員登校拒否をしていた。それを天川はある方法で説得し、こうして学校に来させた。つまり、天川は全員のコンプレックスや状況を網羅しているという事だ。
「例えば……春!」
「! はい、何ですか?」
俺の正面に座っている、書記である二ノ宮春香が、急に振られたため驚いている。
「お前は恵が何故、スカートに男子の制服ズボンを履いてるか、知ってるか?」
「それは知らないですけど……。きっと、ファッションだと思います!」
二ノ宮の回答に、関野が頷く。
「うん、正解」
あっさり当ててしまった。天川は「あれ、おかしいな」と頭を掻く。
まぁ傍から見ても、関野のファッションセンスはどうかと思う。まるでスケバンだ。……いや実際にそうなんだっけか。
ともかく、その所以は何なのか、訊ねてみよう。
「それにしたって、何でそんなファッションなんだ?」
「ん。それはな、オレは女として見られるのが嫌だからだ」
「ああ、だからオレっ娘なんだな。わざわざ時代遅れな事を」
「うるせえ! とにかく、これなら脚を見られる事はねえだろ?」
「寧ろ別の意味で見られまくると思うんだが」
「それにオレは、そこら辺の女子と違って胸元も露出しないし、スカートも短く履いてない。極め付けに、なんとピアスをしてないんだぜ!」
「別に女子は絶対ピアスを付けているるとは限らないがな」
だかこうして見ると、関野はその部分を除けば、校則をしっかり守っているように思える。
リボンもしてるし、紺色のブレザーの下に見えるワイシャツの第一ボタンもしっかりしている。ここまでするのは、かなり真面目な生徒だけだ。正直言って、そんな奴をクラスで見た事はない。
「その帽子とズボンを除けば、とても不良軍団のリーダーとは思えないな」
「今はそれも形だけだからな。実質リーダーなんか勤めてねえよ」
「なのにリーダーなのか」
「まあ、そこは色々あるんだよ」
「なるほど」
そう。その〝色々〟に、以前の登校拒否の理由はある。だから、これ以上は深入りしない事にする。
「どうだ龍!」
「おお、何が?」
いきなり、天川が声を大きく張った。
「今のように、一つのことを指摘するだけで、会話は進むものなのだ!」
「まあ、確かにそうだ――」
ここで俺は気付く。最初にこの話題を出したのが、天川だったということに。つまり、天川は初めからこの展開を狙っていた!?
更に、わざと自分を引き下げることで、この展開をスムーズにした……? 俺を聞き手側にすることで……?
「天川……まさかお前……!」
「気付いたか、龍」
「ここまで図っていたとは……」
「甘いな、俺は更に、お前がそう言うことも読めていたッ!」
「何だとッ!?」
「それにも気付かないとは、まだまだだな」
「くっ」
「何だこのやり取り……」
関野が呟いていたが、この心理を読み解けないようであれば、まだまだ未熟者と言わざるを得ない。俺と天川の間では、高度な心理戦が繰り広げられていたという事なのだ。
天川は悔しさに俯く俺を跡目に、話題を変換する。
「んじゃあ次は……。そうだな、春!」
「え? 私……特に変わってるところはないと思います!」
「いや、金銭感覚に問題があると思うよ」
「それは、ないと思います!」
「あるよ!」
そう言って天川は、俺達に視線を送る。どうやら、俺達にもそう言って欲しいらしい。
確かに二ノ宮の金銭感覚……というか、環境はおかしい。
昨日なんか、お菓子にと言ってキャビアを持ってきたし、トランプは何故か金色に輝いていたし、今持ってきている鞄だって、見るからにかなり高そうだ。光ってるしな。裕福なのは解るが、それでも色々と違和感は否めない。
ならば、この問いで大体の疑問は晴れるだろう。
「二ノ宮は、月の小遣いはいくらなんだ?」
これを訊けば、だいたいその家計が解る。五千円くらいなら普通。それ以下は若干厳しい。以上は裕福と見ていいだろう。二ノ宮の場合は、確実に一万は貰っているだろうが。
「あ、お小遣は貰ってませんよ! 私は好きな時に、いくらでも家のお金を使っていいって言われてますから!」
何という事だ。まさか小遣いという制度を超越しているとは! 次元が違う!
「どんだけ裕福なんだよ!」
関野がツッコんだが、二ノ宮は首を傾げた。
「いえ、裕福ではないですよ!」
「え、そうなのか?」
「はい! 遠くのお友達は月◯×△□万円貰ってるって言ってますから、まだまだうちは貧乏です!」
「謝れ! 全国のローンを払ってる家族に謝れ!」
俺はすかさずツッコむ。ピー音で伏せられる程の額を貰ってるとはどういう事だ!?
「嫌です! うちも貧乏って言ったら、貧乏なんです!」
「それは二ノ宮の友達に比べたらだろう。少なくとも俺の家と比べれば、遥かに裕福だぞ」
「一緒にしないで下さい! 二ノ宮家の名が廃ります!」
「別にそれは無いだろう。大体それだったらこっちの名の方が廃る」
「はぁ……。いいですか? この程度の裕福さで満足していては駄目なのです! それこそ世界の頂点に達するくらいの財産を築き上げなければならないのですよ! 解りますか? 世界制覇ですよ、世界制覇! その辺のチャチな家庭とは目標が違うのですよ!」
「あ、……あぁ。そうか、うん。じゃあ、頑張ってくれ」
何だか話してると気が滅入る。金銭感覚云々というか、もう家庭そのものがどうかしてるんじゃないか?
「駄目だこいつ……早くなんとかしないと……」
天川が呟く。俺達は深く頷いた。
すると、二ノ宮はバンと机を叩いて立ち上がる。しかし、身長が災いしてか、まったく威圧感はない。
「どうしてですか! 私は、そんな風に言われる筋合いはありませんよ!」
「春は将来、絶対に破産すると思うよ」
「あ、大丈夫ですよ! 限界まで養って貰いますから!」
「まさかのニート宣言!?」
「親にも推奨されてます!」
「何だってぇ!?」
「私は、あると思います!」
「出来ればなくしてくれないかな!」
二ノ宮は「ふふん」と無い胸を張ってふんぞり返っている。働く気などさらさら無いとでも言いたげの様子。
どうやら、二ノ宮の進路はニートで決定のようだ。これは職員室呼び出しは確実だろう。親も。
「もういいや……。夕は……」
天川が視線を向けた先の、フレームレスの眼鏡を掛けている廣瀬夕菜は、他の皆が話をしていてもパソコンから目を離さない。一体そこまで夢中で何をしているのだろうか。気になるので、訊いてみる事にする。
「廣瀬は、何でそんなにパソコンに夢中なんだ?」
「…………」
声を掛けてみるが、反応が無い。画面を凝視しつつキーボードを叩き続けている。どれだけ集中しているんだ。
「おい、廣瀬」
二ノ宮の隣でパソコンをいじっている廣瀬を、机を叩いて呼ぶ。
「!」
これには流石に気付いたようで、ハッと顔を上げてこちらを見る。先程の表情とは打って変わって仏頂面だ。まるでつまらないものを見ているような……。まぁ、否定はしないがな。
「何でそんなに、パソコンに夢中なんだ?」
「…………」
何か打っている。
ていうか何だ、そのタイピング速度!? 反対側からでも見える程の残像が!? そんな速度で叩いていたら、キーボードが大破してしまうんじゃないか!?
目まぐるしい手の動きが収まると、パソコンの画面を俺に見せてきた。アクセサリのメモ帳が展開されていて、文字が羅列されている。
「ん? ……今は神奈川県民全ての所得情報・家計情報等の個人情報を集めてる、ハッキングして?」
廣瀬は何食わぬ顔で頷いた。
「…………。いやいや」
「……?」
「首を傾げても駄目だろ。これ、明らかに個人情報保護法に反してるだろう」
再びタイピングし、俺に画面を見せる。
「ん。これはいつか来るであろう個人情報大喪失に備えての行為だから、違反にはならないはず? いやいやいや」
「……?」
「そういう問題じゃないだろ。そんなの来たとしても、別の大きなところがちゃんと管理してるから大丈夫だよ」
再びタイピング。
「えっと……。私は、ないと思います!」
「私の台詞を奪わないで下さい!」
『二ノ宮(春)は黙ってろ』
「ええ!?」
「大丈夫だから。ちゃんと信用出来るところが管理してるから。一般市民がちょっかい出す問題じゃないから、これ」
いや、よく考えると、これはもう一般市民の域じゃないな。
再び以下略。
「最近は国務大臣の違反とか秘書が捕まるとか色々あるから、信用出来ない……。うわあ、ここでこれ出されたら、何も言えないんだが……」
以下略。
「目標は、全国民の個人情報の網羅? これ続けたら、確実に国家から指名手配されるぞ」
略。
「私は、ないと思います!」
「またですか!」
『黙れ二ノ宮(春)』
「ええ!?」
「あ、待てよ。もしやこれ、既にこの学校の全校生徒の個人情報は……」
「…………」
すると、俺の懸念を確実なものとするかのように、廣瀬の眼鏡が怪しく光り、口元がニヤリと不敵に笑う。
『!』
何という事だ。もうこの学校に、プライバシーの権利は通用していなかった!
「うん、これ以上夕に突っ掛かると、大変な事になりそうだからやめような、龍」
「……そうだな」
「じゃあ、最後は龍な」
「は? 天川は?」
「それは、いつかのお楽しみだ」
「おい、人の事を散々聞いといてそれはないだろう」
「会長だから、許されるんだよ」
「正直この機関に、会長とかの役員柄は関係ないと思うんだが」
「という訳で、最後は龍だ」
「どういう訳だ!」
……しまった、ツッコんでしまった! 流れが出来てしまった! 天川がニヤリと口元を笑わせる。また図ったか、こいつ!
しかし、流れを作られては仕方ない。乗るしかないようだ。
「でも、俺にそんな変わったところはないと思うんだが」
『ある!』
「!?」
な、何だ、この団結力は。
「まず、そのゲーム中毒!」
我先にと、天川が指摘する。
だがそんなものは予測済みだ。
「ああ、それの何が悪い?」
「開き直りやがった! 親に言われなかったか、ゲームをやりすぎるなと!」
「生憎、親もゲーム愛好家でね」
「何だと……。どうせ、やりすぎで目が悪いくせに!」
「残念ながら、視力は1.5だ」
「何だとぉおおおお! 俺より高い……」
天川は基本、攻め方がへたくそすぎる。全部否定すれば、すぐ折れる。嘘でも。実際は1も無いのだが、まるでバレていない。
「そんなゲームばっかやってると、家族に迷惑かけるぜ?」
関野が急にそんな事を言ってきた。だが既にそれは自問している。
「いや、大丈夫だ。音量は最小限にしてるし、コントローラーを操作する時に出る音も極限まで抑えているから、まず家族の就寝を邪魔することはない」
「ちげえよ。電気代だよ、電気代」
「ぐっ!」
こればかりは反論出来ない。養ってもらってる以上、それが家計に影響すると言っても過言ではない。
「特にお前、かなりやってそうだからな。就寝の邪魔をしないって言ってるところを見ると、深夜でも構わずやってんだろ?」
「そりゃそうだろう」
「何当たり前みてえに言ってんだよ。それがいけねえんだ、それが。身体上に迷惑をかけていなくても、実は家計は痛い打撃を受けているんだぞ!」
「くっ……。ええい、お前達に何が解る! 俺の家の何が解るって言うんだ!」
俺はここで強気で反撃する。
「俺の家には俺の家の事情があるんだ! 他人であるお前達に、何が解る!」
「少なくとも、お金が泣いてるのが解ります!」
「黙れ二ノ宮ァ!」
「ええ!?」
「お前はもう、金の事をしゃべるな! 金というワードを口に出すな!」
「そんな……どうしてですか! 心底憤慨ですよ!」
もういい、こいつは無視しよう。何だか見ているだけで腹が立つ。
「俺がゲームするには、夜しかないんだよ」
「うむ、その心は?」
天川が眉を顰めながら訊くのに対し、俺は額を押さえながら答える。
「帰った後は、妹の相手をしなくちゃいけないからな」
『え』
「え?」
何で皆が驚くんだ?
「妹? 龍の妹……? んなアホな!」
天川を筆頭に、順々に嘆きの声が上がる。いや待て、お前はその事を知ってるはずだろ!
「そんな……かわいそすぎるぜ……」
「私は、ないと思います……」
「……ぐすっ」
「何でそうなる! 俺ならまだしも、妹を愚弄するのは止めろ!」
『でも』
「謝れ! そこは素直に謝れ!」
『でも』
「いくら血が繋がってなくてもな、大事な妹である事には変わりないんだぞ!」
『え?』
途端に、皆は何故か救われたような顔で、天を仰ぐ。ていうか何なんだ天川は! 如何にも知らないような仕草で!
「良かった、本当に良かった!」
「地球は救われたぜ……」
「本当、良かったです!」
「……イエァ」
「おい! 俺は地球の害虫か何かか!?」
「ただ電気を消費するだけの人間は、滅びろ、龍」
「俺だけじゃないぞ!? 世界中にゲームしてる人、たくさん居るぞ!」
「死ねってマジで」
「何故俺だけそんな仕打ちを受けなきゃいけないんだ!」
「私は、あると思います!」
「ない!」
「…………」
「ゲーム厨は引き篭もってろだと? パソコン中毒のお前には言われたくない!」
はぁ……。何で、こうなった……。
「とにかく、俺は帰ったら義理の妹の面倒と、姉の相手と、母の手伝いをしなきゃいけないんだ」
『え』
「ええ?」
またこのパターンか!?
「もしかして、龍の家族って……」
天川が恐る恐る訊いてきた。訊きたい事は解るので、すぐに返答をくれてやる。いや、お前は知ってるはずなんだがな、忘れたのか?
「ああ、皆義理だ」
俺がそう言った瞬間、先程まで俺を悉く批判していた皆が沈んだ。暗い空気が、この部屋中に立ち込める。
「いや、別に気にしてないから。寧ろ受け入れてるから、大丈夫だから」
『…………』
はあ、何でこうなる。この部屋は雰囲気の上下が激しすぎるぞ。
「気にしないでくれ。義理って言っても、今は楽しいし、居心地もいいし」
「いや、そうじゃないって」
「え?」
あれ、何か俺、勘違いをしていたか?
「迷惑掛けてるのが……まさか、実の家族じゃなかったなんて……」
「え、そこ?」
「かわいそすぎるぜ……。何で龍を受け入れたんだ!」
「……やっぱり、俺が悪いのか……?」
「何て残酷な運命なんでしょう!」
「ざ、残酷……」
「ありえないんだZE」
「…………」
そうか……。やはり、地球は俺を拒絶しているのか……。
俺は荷物を片付け、皆の前で一礼。
「本当に、すいませんでした」
『?』
「俺なんか、死ねばいいんですよね」
「いや、そういう訳じゃ」
「生まれてこなければ良かったんですよね」
「おい、キャラがおかしくなってんぞ、龍」
「ええ、俺は地球を食い荒らす害虫ですね、解ります」
「やばいです! 龍さんが壊れました!」
「永遠に、さようなら」
「乙」
そうだ、俺は、この世に生まれちゃ駄目だったんだ。死ねばいいんだ、死のう。
詩織、苺、由紀さん、ごめんなさい。今まで迷惑を掛けて、本当にごめんなさい。のうのうと生きていて申し訳ありません。死んで償うんで、お許し下さい。
俺はさっさとこの部屋を出ようと、ドアを開けた。
「あっ……」
開けるとそこには、山高の女生徒が居た。どうやら入ろうとしたらしいが、入るタイミングを計っていたらしい。
「えっと……。ここ、執行部ですよね?」
「すいません。死にに行くんで、そこをどいてくれませんか?」
「え、……えっ!?」
『ちょっと待ったぁ!』
なんとか龍を落ち着かせ、自殺を防ぐ事に成功した俺達は、初の仕事の依頼主である、三年生の上原さんの話を聞く事にする。
にしても、龍は意外に心は打たれ弱いようだ。ゲーム中毒のところだけを攻めただけで、自殺衝動に駆られていたからな。俺は他にも、めんどくさい精神と、その変な髪も攻めようと思ったのに。まぁいつかは攻めてやるさ、自殺しない程度に。
「じゃあ、上原さん、説明してくれますか?」
「はい……」
三年なの、二年だけの執行部に頭が上がらないところを見ると、かなりの引っ込み思案のようだ。髪は普通の黒いショートヘアーで、見たところ校則を守っている容姿。見るからに優等生オーラ満載である。
そんな人が持ち出す仕事は、絶対に楽な仕事ではないが、確実に成果を挙げられるに違いない。俺は期待を寄せて、話を聞く。
「私の弟……。上原亮介っていう生徒が、一年に居るんです。こういうのもなんですけど、かなり優等生です、私と違って。だから、とても誇りに思ってるんですけど、ここ最近、帰りが遅いんです。何でって訊いても、答えてくれなくて……」
「それを、執行部がなんとかしろって言うのか?」
龍が結論を急いだ。
「はい、そうです」
「却下だ」
おいぃ! 勝手に何却下してるんだよ!
俺が異議を唱える前に、龍は理由を紡ぐ。
「そんな私事を学校の公共機関である執行部に持ち出すべきではない。そういうのは、家族間で解決するべき問題だろう」
む、意外に正論を言ったな、こいつ。これには充分すぎる説得力がある。はっきり言ってこんな小さな問題の始末をしていては、キリが無いからな。
「解ってます! そんなの、百も承知です!」
しかし、それでも健気に反論する上原さん。
「でも、私じゃ何にも出来なくて……。いつもは大人しいのに、最近は荒っぽくて……」
「それは最早家庭教育での問題だろう。まったく、親は何をやっているんだ?」
「…………」
「……ああ、そうか。悪かった」
龍が無言の表情を見て悟り、皆も理解する。育児放棄か死別かは解らないが、とりあえず親は居ないらしい。
ていうか龍は、先輩に対する口の利き方を勉強した方が良いぞ。相手がこの温厚な上原さんじゃなきゃ即説教だぞ。
「それでも何とかしなきゃと思って、こっそり後をつけたんです。そしたら、大高と絡んでるみたいで……」
『!』
大民高校。略して大高。
県で一番の不良率だと言われている、かなり荒れている高校だ。他校によく絡み行事を台無しにしたり、他校の生徒から金を巻き上げているという噂もある。世間的にも疎まれている存在。山高も例外ではなく、行事の時には厳しく検問している。
「自分から……?」
俺がそう訊くと、上原さんは一度だけ頷いた。ううむ、タチが悪い。向こうから絡まれてるならまだしも、自分から望んでとなるとな……。
「確かに最近、山高生徒からの大高に関する報告は多いみたいですね!」
春が手元の資料を読む。
「〝昨日、大高の連中にメンチビーム喰らわされた。どうにかして欲しい〟とか、〝大高が他校の生徒を恐喝してました。その内私達にもその被害が及ぶのではないでしょうか〟と、願望書の多くは、大高が占めてます!」
「なるほど、これは大きな問題だな」
龍が深刻そうな顔で頷く。
しかしおかしいな。どうして山高を狙うんだ? 雪国高校は大高を敵視していて、よく喧嘩してるらしいから、大高としては雪国の方をなんとかしたいと思うはずなんだが。
「それは……オレのせいかもしれねえ」
重い口調で、恵が口を開く。
「知ってるだろうけど、オレは不良女子のリーダーで、去年はかなり大高とやりあってたんだ」
「それなら知ってるけど、もう手を引いたんだろ、恵?」
俺の場合は関わったりもしたんだけど。
「ああ。オレが土下座して謝って、ボコボコにされて、もう山高には手を出さないでくれって言った」
「なら、どうして?」
龍が訝しげに訊ねた。
「それが逆に、山高を狙わせてるのかもしれねえ」
恵は額に手をやり、俯く。
「オレが居なくなったのを良い事に、何の関係もない山高の生徒が……」
ふむぅ、確かにそう考える事も出来るだろうな。
つまり、恵はある意味、山高を守っていたという訳だ。
「あの……。どうすればいいんでしょうか?」
上原さんが不安そうに訊く。
正直、これは困った事になった。山高が手を出せば、山高の評判が下がる。だが、何もしなければ被害は増える。となれば、やっぱり手は一つだ。
「弟さんを説得しよう!」
俺は高らかに提案する。
「一人で無理なら、皆で説得すればいい!」
「それは無理だろう」
「ええ?」
が、龍が一瞬で却下した。
「説得したところで、通じる相手じゃない。既に大高と絡んでるんだ、口は通用しないだろう。それに、たとえ説得出来て手を引かせても、その後の報復が怖い」
うぅ、かなりの正論だ。反論の余地がない。
「じゃあ、どうしりゃいいんだよ」
俺は逆に龍に訊く。
「上原さんは、どうしたいんだ?」
すると、今度は龍が上原さんに訊いた。
「え?」
「弟を、どうしたいんだ」
上原さんは俯く。
「私は……。弟が楽しいなら良いと思っていました……。でも、大高生と一緒に同じような事をしていたり、悪い事をしていたりしてると思うと……」
「で、どうしたいんだ」
そんなに結論を急がなくても……。いや、敢えて急いでるのかもしれないな。
上原さんは唇を噛み締め、決意の一言を発する。
「ただ――。弟と、話がしたいです」
俯いたまま、そう言った。親がいない中、一人で食事をして、誰とも話せずに毎日を過ごすなんか、悲しすぎる。唯一のより所である、弟もそんなんじゃあ、どこにでも良いから縋りたくなるわな。
「解った」
何を解ったのかそう言うと、龍は立ち上がった。
「お、おい。どうすんだよ、龍」
俺は慌てて訊く。
「廣瀬、その生徒の居場所解るか?」
龍は無視して、夕にそう訊く。すると、夕はちょちょいとキーボードを叩き、すぐにパソコンの画面を龍に見せる。
おい、まさかな。
「そこまで遠くないな」
「待てよ龍、お前!」
恵が立ち上がり、龍は頷く。
「行って、話をするしかない」
「駄目だ!」
恵はそれを却下する。
「そんなことしたら、より山高に被害が広がるだろ! 最悪の事態だけは避けたいんだよ! またオレが謝れば、いんびんに済む話だ!」
それを言うなら〝穏便〟だ。
「そうやってまた謝って、また殴られるか?」
「それで済むなら、それでいい!」
「良くない!」
龍は大きく声を上げ、前髪の隙間から覗く真剣な眼差しで恵を見る。
「お前はそれでいいと思ってるかもしれないがな、他の奴は、少なくとも俺は、それで良いとは思わない! 友人が殴られるところ見せられて、心地良いと思えるか?」
「それは……そうだけど!」
「それに、相手は大高だ。もうそんなの通用しない。――大体、ここでお前が出しゃばってみろ。その場はどうにでもなるかもしれない。けど仲間にそれが伝わって、それこそお前の懸念する最悪の事態だ。付け込むには格好の理由になる。ここはあまり顔が割れてない俺が行くのが一番だ。〝穏便〟に済ますのならな」
「……!」
恵は悔しそうに唇を噛み締めるが、龍の説得に渋々引き下がった。
「お、おい、本気で行く気?」
最後に俺が確認すると、龍は静かに頷いた。
「何、すぐ戻る」
「……なら、俺も行くよ」
会長である俺が、事件の末路を見届けない訳にもいかないからな。かなり怖いけど、行く他無い。
「怪我しても知らないぞ?」
龍は苦笑混じりに警告するが、負けじと鼻を鳴らして強がってみる。
「俺はそんなにヤワじゃねーぜ? 俺は上原さんを守らないといけないからな」
「ええ!? 私も行くんですか!?」
上原さんがまさかと言った様子で驚いた。いや、流れ的に行くんだろうと思ったんだが。
「行きたくないんですか?」
俺は上原さんに訊ねる。
上原さんは一度下を向き、少し経ってから立ち上がる。しかしもう、この表情を見れば言葉などは要らないわけで。
「行きます」
想像通りの返答だった。
時刻は夕刻。そこは、一軒のコンビニの裏。
三人の大高生徒と、依頼主の弟である亮介君がたむろっていた。何故かその周りには、金属バットが数本転がっていた。いつでも襲えるように、あるいは迎撃出来るようにしてるんだろうか。用意周到と言うか何と言うか……。
亮介君の容姿は、完全に大高流になっていた。ボタンはオールなし。袖は雑に切ってあり、頭はワックスでツンツンの赤髪。とてもじゃないが、この上原さんの弟とは思えない。
その集団は一見、普通に話しているだけのように思えるが――。
そのメンバーの指先には、紫煙が立ち昇るタバコが一本。
「亮介……!」
俺の後ろに付いていた上原さんが、悲しそうに名前を呟いた。
「ど、どうする、龍?」
こりゃあ策無しで突貫しても返り討ちに遭うだけ……。一体、龍はどんな秘策で以って対処するつもりなんだ?
「どうするも何も、話に行くだけだ」
え、それだけっすか。
龍は毅然と立ち上がり、まるでトイレにでも行くかのような足取りで俺達から離れていく。
「ちょ……。あ、じゃあ、待ってますわ」
どうせ止めたって、水を差すだけだろうし。
にしてもチキンだなあ、俺。でも、喧嘩とか無理だし。とりあえず、この物陰から観察しよう。周りには誰もいないから、会話も全部聞こえるだろう。
龍は躊躇無く、その集団に近づいた。
「あ? 何、あんた」
一人の大高生徒が、早速絡んだ。見るからに強面で、ヤンキー臭ビンビンだ。おーこわ。
「上原亮介」
しかし龍はそんな奴は目もくれず、亮介君だけを見て、名前を呼んだ。
「あぁ? 気安く名前呼ぶんじゃねぇよ。何だよお前、おい」
ふてぶてしい態度で顔を近付け、鋭く威嚇する亮介君。
不幸にもというか予想通りというか、すっかり大高に毒されていた。上原さんが悲しそうにため息を吐く。
「お姉さんが心配してる。家に帰ろうか」
「はぁ? 何お前、気持ち悪いんですけど!」
そう言って、その集団はゲラゲラと笑う。期待通りの下品さだった。
「岡本さん、どうします、こいつ?」
大高の一人が、リーダーっぽいやつにそう訊く。うわあ、何あれ、鼻ピアス三つもつけてる。気持ち悪っ!!
「何だ、お前?」
「山ノ下高校生徒会執行部副会長、城古我龍だ」
「生徒会執行部? ……ぷはははは! お前それあれだろ、関野って奴居るだろ!」
「ああ、それがどうかしたのか?」
「お前、関野の事知ってるか? あの有名な不良女子軍団〝女鬼〟のリーダーなんだぜ?」
「ああ、知ってる」
「そいつがさあ、いきなり土下座して、〝もう手出ししないから、仲間にも、山高にも手を出さないで欲しい〟とか言ってんの! しかも、いくらでも殴っても蹴ってもいいからってな! 仲間の前でそんな事して、情けないったらありゃしねえよ!」
お笑い種の如く、リーダーはゲラゲラと下卑た笑い声を上げ、仲間もそれに釣られて高笑い。
一方の龍は、それを払拭するかのように鼻笑い。
「喧嘩しか脳のない奴が何を言ってるんだ? つまらない笑いは御免被る」
「あんだと、てめぇゴラァ!」
うわ、急に怒った! しかもめっちゃでかい声! こりゃあいい近所迷惑だぞ。
「調子乗んのもいい加減にしろよ、餓鬼が!」
「血の気の多い餓鬼に言われたくないな」
「っ! この野郎!」
ついにリーダーはキレて、右手を上げ、顔を目掛けて殴り掛ける。上原さんが目を瞑る。
うん、それは良い選択だ。これから起こる出来事は、見ない方が良いだろう。
少々、現実味が薄れるからな。
「躾の時間だ、悪餓鬼共」
バキッ!
そんな、何かが折れたような音がした。普通なら、龍の鼻が折れでもしたかと思うだろう。あの屈強そうな拳に殴られもしたら、そうなっても不思議じゃない。
しかし、それは見当違いというもの。
何故なら、そのパンチを龍は、ヘッドバットで返り討ちにしたからだ。
「いッ!?」
リーダーは思わず声を上げ、右手を抑える。間違いなく、あれは右手が折れたな、うん。だがその代償に、龍の頭からは血が流れ出ていた。
「ってええぇぇェェッ! な、何だこいつゥっ!」
「てんめぇ、よくもやってくれたなぁ!」
「おい、やっちまえ!」
そう言って、残りの二人は金属バットを取り、振り上げる。おいおい、最近の不良はここまでやるのか!?
「死ねぇ!」
バキッ!
また、何かが折れたような音がした。二本もの金属バットが一斉に襲い掛かったんだ、今度こそ、龍のどっかの骨が折れたかと思える。
だがそれもまた、見当違い。
何故なら龍は、二本の金属バットを右腕で振り掃い、逆に粉砕したからだ。その代償として、今度は右腕から血が流れる。いやそれどころか、恐らくあの腕はもうポッキリ逝ってる事だろう。
「なぁ……っ。なっ、何者なんですか、あの人!」
何時の間にか目を開けていた上原さんが、あまりに異様な光景に驚いて俺に訊く。
「あー……。とりあえず、あいつは身体の造りが普通じゃないんです、話すと長くなるので、これで納得してください」
「で、出来ませんよ!」
そりゃそうだよな。でも、事実だから仕方ない。見ての通り、金属バットをいとも容易く破壊する高校生が普通なはずはない。
その証拠に、自らも普通ではないはずの不良達は、ジリジリと後ずさっている。
「う、うわあ、ば、化け物ぉ!」
「逃げろ、逃げろお!」
いよいよ恐怖を言葉にした二人は、苦悶するリーダーと一緒にすたこらさっさと逃げてしまった。絡むのが速ければ、逃げるのも速い。やれやれ、褒めるべきなのか貶すべきなのか……。
結局残ったのは、亮介君ただ一人だ。
「さて、帰るか」
そして龍は、血を流しながら平然と、何事も無かったかのように亮介君に言う。やばい、ここだけ見れば歴戦の勇者だ。
「ふ、ふざけんなよ!」
そう言って亮介君は、懐から煌く何かを取り出した。
なんと、それはナイフだった。構えてはいるものの、今の光景を目の当たりにしたせいでガタガタ震えている。きっと頭の中はパニックになっているんだろう。
「どうせ、姉貴が言ったんだろ、俺を大高から離せって! でもな、俺は自分から大高と絡んでるんだよ! 好きでやってるんだよ! 中途半端な優しさなんか、いい迷惑なんだよ!」
「……一応訊くが、どうして?」
「強く……強くなりたかったんだよ」
「強く?」
「大高みたいな、喧嘩が強い奴らと一緒にいれば、強くなれると思ったんだ!」
龍は顎に手をやって、解せないと言いたげに首を傾げる。
「どうして? お前は優等生のはずだろう? 充分強いじゃないか」
「成績が良くたって、駄目なんだよ! 所詮そんなのは飾りなんだ!」
そう声を荒げて、俯く亮介君。
「姉貴が一度、不良に絡まれたんだ。金出せって。俺はそれを、遠くから見てるだけだった。助けられなかった! 俺が弱いからだ! 勉強ばっかりに逃げて、ずっと紙とばかり向かってたからだ! 人と面向かう勇気がなかったから! だから強くなりたかったんだ、姉貴を一人で守れるように……!」
「亮介……」
上原さんが、顔を伏せた。
亮介君の気持ちは解らなくもないが、少々いきすぎなんじゃないだろうか。強くなろうと思っただけでも、人として充分強いだろう。
亮介君は、道を間違えてしまったんだ。もっと別の道を選んでいれば、こんなややこしい事にはならなかっただろうに。それだけに、悔しい気持ちが湧き上がって来る。
「あんたみたいな他人に何が解るんだよ。解ったような口、利いてんじゃねえよぉ!」
とうとう錯乱したのか、亮介君はナイフを手に龍に向かって突進し始めた。
いや、これマジでやばい!
「亮介!」
上原さんが名前を呼ぶが、聞こえている様子はない。
ていうか、おい、龍! 逃げろよ! 何余裕ぶっこいて不動なんだよ! 死ぬぞおい!
「龍─―」
俺が口を動かした時には、時既に遅し。亮介君のナイフが、龍の腹を突き刺していた。血が、地面にゆっくりと垂れる。
上原さんと俺は口を手で覆い、驚愕している。
「龍!」
俺が駆け寄ろうとすると、
「来るな!」
龍に強く止められた。
「まだ、大丈夫だ」
血を吐きながら、そんな事を言った。いや、全然大丈夫そうじゃないって。
「上原亮介」
龍は視線を亮介君に戻す。
「確かに俺は他人で、お前達姉弟の事を充分に知りはしない。――だがな、こんな俺でも、解る事が一つだけある」
亮介君は、患部に視線を固定して呆然としていた。人を刺してしまった。その感情が、今彼を支配してるに違いない。
だが龍は、そんな亮介君の顔を左手で掴み、無理矢理自分に向けさせた。
「果たしてこれは、強さか? 他人を弄んで、他人の血を浴びて、他人を苦しめて笑う事が、強さの証か? ――いいや、違う。これは強さなんかじゃない。ただの逃避だ。他人に縋りながら生きる、真に弱い者が歩む末路だ! お前は、そんな道を望んだのか!?」
「うっ……。お、俺は……」
「亮介!」
遂に上原さんが叫んで、亮介君に駆け寄る。
「! 姉貴!?」
亮介君は龍の腹に刺さったままのナイフを手放し、上原さんを見る。
「姉貴……俺─―」
亮介君が言ってる最中に、何かが弾けるような甲高い音が鳴り響く。上原さんは頬を叩いたからだ。
「馬鹿! 亮介、何をしたか解ってるの!? 人を刺しちゃったんだよ!? 殺人未遂なんだよ!? 逮捕されちゃうんだよぉ!?」
「俺……俺ぇ……」
亮介君は身体を震わせて、今にも泣きそうだった。そんな亮介君を、上原さんは優しく抱き締める。
「強くなくても良いから……。弱くったって、亮介は亮介でしょ……? だからもう、私を一人にしないで……」
「……姉さん……」
互いに涙を流しながら、抱き締め合う二人。ふぅむ、実に感動的だ。
「良かったな、上原家族」
腹にナイフが刺さったまま、そんな事を言う龍。あーあ、かなりシュールだ。感動場面ぶち壊し。
「ふ、副会長さん! その傷……!」
「大丈夫だ。大した事は無い」
そう言って、龍はナイフを抜き、近くに放る。
「どう考えても死にますよ! ほら、血が溢れてます!」
「いいや、大丈夫。それよりほら、弟と話、するんだろう?」
「でも――」
「家に帰って、それからゆっくり、話すと良い」
それだけ言うと、龍は俺の元に近寄り、手を出す。見ると、龍の額からは汗が滲み出ていて、右腕はダラリと垂れていた。
「……久しぶりに一気に血を流したから、ちょっとまずい」
「言わんこっちゃない」
俺はポケットから一つのカプセル薬を取り出し、龍に手渡す。とどのつまり、俺の出番っていうのはこれだけだ。薬だけなら、自分で持てればいいのにな。
薬を飲み込むと、龍はふぅと息を吐き、落ち着いた様子で言う。
「帰るか」
「……そうだな」
未だに抱き締め合う二人を背に、俺達は学校へ戻ることにした。
「ところで、龍」
「何だ」
「本人は気にしなくてもさ、薬を飲んでも血は止まらないから。ドバドバ出てるから。かなり目立つから、それ」
「……あー」
案の序、俺達は周囲の注目を掻っ攫い続けた。PTAとかが怒らなければいいけどなぁ……。
「城古我龍君、入りなさい」
扉を開けると、ふさふさな白髪頭の校長と、毛が無くなってきている中年男性教頭、更には生徒会長であるオレンジツインテールの小渕がいた。
定年の近いこの校長の、そのシャキリとした姿勢には感銘を受ける。高齢者が差別化されている中でも、毅然と職務を全うしようとする精神は、生徒会執行部役員として尊敬したい。
「おや、随分ひどい怪我をしたようですね。右腕は、折れて?」
額に包帯を巻いてる俺を見て、校長はそう促し、俺は座る。流石は校長室、ふかふかの椅子だ。本当は右腕と腹にも巻いているのだが、見えてないだろう。昨日の内に右腕は動かせる程度になって良かった。
「では、小渕さん。今回の件について、説明してください」
教頭が言って、「はい」と返事をした小渕が説明する。
「今回、生徒会執行部は、一人の女子生徒の依頼を受け、その処理過程上で大高との乱闘に発展しました。大高生徒一人が右手に重傷を負い、大民高校側から厳重な処罰を所望するとの便りが来ています。」
話が簡潔すぎる。確かに、乱闘っぽくはなったが、そもそも悪いのはあっちだ。先に手を出して来たのはもあっちだし、実際のところ俺は直接手を下した訳ではない。仮にそうだとしても、正当防衛になり得る事態だ。
「この事実を、認めますか? 副会長、城古我龍君」
伸びた白髭を触りながら、校長が訊いた。
「まあ、認めますが─」
「では、処罰の方ですが」
「随分話を急ぎますね」
「あなたは、他校の生徒を傷つけるどころか、本校の評判を悪くしました。おかげで、PTAからは苦情の嵐です。それらは全て、あなたに責任があります。まったく、頭を下げる私の身にもなって欲しいものだ」
「…………」
なんともまぁ、自分が情けなくなってくる。
こんな校長を、一瞬でも尊敬したいなどと思ってしまった自分が。
「よって、あなたを二週間の停学処分としますが、何か異存は?」
「いいえ、ありません。――それでは、失礼します」
俺はそう言って立ち上がり、校長室を出ようとしたが、
「待ちなさい」
校長が俺を引き止めた。正直、俺は一刻も早くこの部屋から出て行きたいのだが。
「何です?」
「あなたは何故、こんな事をしたのですか?」
怪訝な顔で校長が訊いた。そんなのは自明の理だ。
「生徒の依頼を受けたからですよ」
「そうだとしても、こういう結果になることは解っていたはずです。山高の評判を下げ、増してやそれを自らの責任にしてまで、何故?」
「簡単ですよ」
「ほう。それは一体?」
「あなたは生徒と評判、どっちが大切なんですか? ……いいえ、間違えました。自らの保身と生徒の身心。あなたにとっては、どちらに価値があるんですか?」
「…………」
「失礼します」
俺は校長室を出て、軽く息を吐く。
別に格好をつける為に言った言葉では無いが、何となく今の言葉は、俺自身にも深く響いた。
〝己を切り捨ててでも生徒を守る〟
これが生徒会執行部の目指す、最高の生徒会。
それを実現出来るよう努力しようと、改めて思えた。
……あぁ。でもその前に、停学処分だ。詩織に言ったら、何て言われるか……。
「兵藤さん」
「はい、校長?」
校長室で、校長が教頭に言いました。
「彼の処分は、撤回します」
「はい?」
「責任は、私が取りましょう」
「ちょっと待って下さい!」
生徒会長である、小渕が言います。
「悪いのは、明らかに執行部です! 先程の言葉に惑わされてはいけません! 所詮は詭弁ですよ! 校長が自ら責任を取るような事ではありません!」
「そうかもしれませんね」
「なら!」
「ですがね、小渕さん」
校長は小渕を見て、笑顔で言いました。
「年寄りには、若者に負けたくないというつまらない意地があるのです。――それだけが、年寄りの唯一の取り得なんですよ」