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第12話「転機は計画通りに訪れる」

「あっちー……」

 七月中旬の生徒会執行部室にて、天川が団扇片手に、背凭れに体重をかけ仰け反りながら、重々しく口を動かした。

 すっかり暑くなってしまった今日この頃。何でも最高気温が三十七度だとか。どうして太陽はそんなに地球をいじめたいのだろうか。人類からすればとんだとばっちりだ。

 窓を開けても広がってるのは、熱心なテニス部員と跳ねるボールの音だけ。こんな猛暑日だというのに、風一つ入ってきやしない。

 何より、この部屋にはエアコンは愚か扇風機すら無い。唯一あるのは一枚の団扇だけ。それも今は天川によって独占されている為、それぞれ各自の方法で涼んでいる。

 目の前の二ノ宮は、あんぐりと口を開けながら自前の金色の下敷きを扇ぎ、髪を揺らしている。今更ツッコむ事でもないかもしれないが、何でもかんでも所持品が金色なのはどうしてなんだ。金持ち=金色とでも言いたいのか? センスの欠片も無いチョイスだ。これだから成金は困る。

 その隣の廣瀬は、両手を前に放り出して机に伏せていた。流石の廣瀬も、こんな暑さの中じゃパソコンを弄る気にはなれないらしい。時々二ノ宮が扇いで上げると、見た事の無い幸せそうな表情をこちらに向けていた。……もしかしたら、これが〝萌え〟という感情なのかもしれない。

 俺の隣の恵はと言うと、腕を組んで呆然とした顔で天井を見ていた。心頭滅却と言ったところだろうか。別にそれ自体は何の問題は無いんだが、何故こんな暑いのにその帽子は取らないんだ? 心底疑問に思う。よっぽど大切な物のようだが、だからってなぁ……。

「なぁ、恵」

 俺は襟元をパタパタと動かし、微風を浴びながら訊いた。

「…………」

 まさかの無視だった。いや、そう決め付けるのはまだ早い。何か考え事をしていたのかもしれない。俺は恵の肩を叩いて、意識を誘導する。

「ん?」

「何か、考え事か?」

「いや。こういう暑い時は、ボーっとしてた方が暑さを凌げるんだぜ。特に涼しい事を思い浮かべながらだと、よりグッドだ!」

「ふぅん。なるほど、為になった。けど俺が訊きたいのはそうじゃなくて、その帽子だ」

「うん?」

 恵は帽子のあちこちを触った後、首を傾げて俺を見る。

「これがどうかしたか? いつも被ってんだろ?」

「それが気になってるんだ。何でこんな暑いのにそんな物を被ってるんだと。夏なんだし、そんな暑苦しい物脱げよ。見てるこっちの方が暑くて――」

「……そんな物とは何だよ!」

 怒鳴った恵が机を叩いて、俺を睨みつける。叩いた時二ノ宮が声を上げていた事はどうでもいい事。

「これは大事な物なんだ! そんな物とか言うんじゃねえ!」

 突然の事で、部屋は沈黙に包まれた。俺も驚きで固まる。その空気に気付いた恵は「わりい」と詫びて、帽子を目が埋まる程に深く被る。

「龍にとっては高が帽子と思うかもしれねえけど、オレにとっては凄く大事な物なんだ。あまり粗末な言い方はしないでくれ」

「……悪かった」

 俺は素直に謝った。

 軽率な判断は事故を招く。それが現在進行形で身に染みた。今後は発言に気を付ける事にしよう。ズボンを履くなんてナンセンスだなんて、口が裂けても言っちゃいけないという事だ。

「けどよーメグ。いくら何でもこんな暑い中にまで被らなくてもいいんじゃねーの? 見てるこっちが暑くて仕方ねーよ」

 天川が団扇で自身を扇ぎながら言った。お前って奴は! 折角俺が犠牲になったというのに! これじゃ二の舞を踏む事になるだろう!

「オレが暑くねえからいいんだよ。別に迷惑掛けてるんじゃねえんだからいいだろ? ファッションは個人の自由だぜ」

 あれ、怒らないのか……。俺の時は怒ったのに……。

「まぁいいけどさ。――っつーかもう無理! こういう日に限って何で無風なんだよ! しかもクーラーもないし! 暑くて死にそうだぞ!」

 確かに暑いが、死因になる程では無い。熱中症なら話は別だが。

「もうやめだ! やってられっかこんなの! 執行もへったくれもあるか! やめだ、やめやめ! 今日はもう、おしまい!」

 マジか。それは俺としてもありがたい。家に帰れば、エアーコントロールされた部屋で寛げるだろうし。更にゲームも出来て一石二鳥だ! やはり会長は格が違う! 役員の気持ちをしっかりと汲んでいる! 天川が会長で良かったー!

 という訳で、今回はここまで。また次回、お会いしましょう。

「何言ってるんですか。まだ何もやってないじゃないですか。要望書、こんなにあるんですよ」

 ――とはまだいかないらしい。

 空気の読めない二ノ宮は、どこからか取り出した要望書の束を机にどんと置いて、弱々しく机を叩く。

「これを片付けないと、今日は帰れませんよ!」

「おいおい、勘弁してくれよ春。お前、いつからそんな真面目キャラになったんだよ。『あると思います!』とか言ってた頃のお前はどこに行っちまったんだ」

「ふっふーん。私も日々成長してるという事なのです!」

「そうか。その貧乳も、いつか成長するといいな」

「な、何を言ってるんですか! 胸だって大きくなってますよ! ……多分」

「Bカップの春を生きてる内に見れる事を、心から祈ってるぜ」

「どれだけ絶望的なんですか私! いいですか、人には希望というものが常にあるんです! 今はイマイチな私でも、いつかは見違える様な美女になれるという事ですよ! そりゃあもう、男性なら思わず鼻血が出てしまう程にまで!」

「さーて、要望書を片付けようかー」

「…………」

 無視された二ノ宮は、下敷きで廣瀬を扇いだり突いたりして、その反応を楽しんでいた。惨めだ。そしてざまあみろ。

「龍~、読んで~」

 天川が再び仰け反り団扇を全力で扇ぎながら俺に言った。最早めんどくさいという感情を通り越した中、俺は気力を振り絞り、一番上の一枚を手に取り、読み上げる。

「えーと、これは評議委員会からだな。〝最近取った携帯電話のアンケートで、出会い系サイトを使っているという人の割合が、実に三割を越していました。それだけじゃなく、何と山高を待ち合わせ場所で使っていると、一部の生徒から証言を得ました。これは大きな問題だと思います。執行部で対策をお願い出来ないでしょうか〟という事だが……」

 資料を手放した俺は額に手をやって、深々と嘆息する。

「こんなに廃れていたのか、この学校は……!」

 自然に恵まれた素晴らしい環境にあるというのに、このような如何わしい所業を……。生徒として恥ずかしくないのか!

「うむぅ……。これはまずいなぁ。高校生の内に出会い系に手を出しているのもまずいし、何より山高が恋のキューピットになってるのがいただけない。そういうのは、盛んな都会でやって欲しいもんだ」

 天川が資料を片手に、団扇を扇ぎながら言った。

「私達がこうしてる今にも、誰かが出会ってるという事ですね」

 二ノ宮が顔だけを向けて結論をまとめた。天川が資料を置いて「ん~まぁ」と前置きして言う。

「実際はそうはいかないだろうけどな。そもそも出会い系なんてのは、セフレを作る為の場所、いわば社会人の憩いの場だ。アール指定目一杯の社交場。そんなのに高校生が手を出したらどうなるか……。簡単な事だろ?」

「…………。うわぁ、最悪です!」

 二ノ宮が想像して感想を言うと、はっとして、笑顔の廣瀬に顔を近付けて訊ねる。

「ま、まさか、廣瀬さんはそんなのやってないですよね!? いくらお金を稼ぐ為だからと言って、こんな不埒な事!」

「やってないよー」

 今まで聞いた事のない、女子らしい高い声で答えたので、俺達は驚いた。

「夕ってそんな声出たんだ……」

 最も関係が深いであろう天川でさえ、聞いた事のない声らしい。暑さというのはキャラさえも崩壊させてしまうらしい。俺も気を付けなければ。

「なぁ、一つ訊きたいんだけど」

 不意に、恵が挙手する。天川が「どうした?」と促すと、

「セフレって何?」

 首を傾げながら訊いた。

 それに思わず俺は咳払いをし、天川も一瞬視線を逸らした。その後、何とも言えない表情で回答する。

「んっ。……ググレカス!」

「は? 何て言った?」

「あー駄目だ、メグには効かないかぁ……」

 天川が次の手に苦しんでいると、二ノ宮が元気良く挙手して、

「私も知りたいです! セフレって何ですか!」

 質問に加わってきた。これに天川は「むむむ」と頭を悩ませた挙句、俺を指差した。

「龍。君に、説明の義務を与える」

「なっ――。な、何で俺が説明しなきゃいけないんだ! 会長らしく、お前がよく解る解説をすればいいだろう!」

「それじゃあ単調でつまらないからな。最近はろくな働きをしてなかっただろ? たまには副会長らしいところを見せてみろ!」

「ぐっ……」

 言われてみれば、ここ数日、執行部の方は放りっ放しだったな。色々と用事が重なったせいで、赴く事も出来なかった。否定しようの無い事実だが、だからってこの仕打ちは酷すぎるっ!

 かと言って、投げても投げ返されるだけ。以下ループなんだろうな。どうせそうなるのなら、潔くこの役目を受け入れた方が得策か。

「解った……。説明すればいいんだろ」

「おぉ、龍知ってるのか! 博識じゃねえか!」

「見直しましたよ、龍さん! よーし、後で奮発してキャビアをあげちゃいます!」

 俺は恵が〝博識〟なんて言葉を知ってた事に驚きだ。褒めてやりたい。二ノ宮はどうでもいい。餌付かせようとしても無駄だ! まぁ貰える物は貰っておくが。

 それに、こんな事を知ってるのを褒められても、何も嬉しくない。普通は要らない知識だ。知ってて損は無いが……。知ってても得をするかと言われると首が折れるようなもの。

 出来ればこの場で披露したくない事だが、尊敬の眼差しが二本も向かれてる中、応えない訳にもいかない。

「ていうか廣瀬、お前も知ってるんじゃないのか?」

 俺が訊くと、ぷいっとそっぽを向かれた。絶対知ってるよな。ネット通な廣瀬が知らない訳がない。けどあの様子じゃ加勢は期待出来ないか。

 仕方ない、孤軍奮闘の如く、やるしかないっ!

 俺は深呼吸して精神統一。そして、俺の知識を脳内でまとめ、言葉にして吐き出す。

「では説明しよう。セフレとは、人間関係を表す言葉の一つで……。単刀直入に言うと、セックスフレンドの略称だ。意味としては、恋人ではなく、友人でありながらセックスを行える関係という事。つまりは文字通りの意味だ。これは浮気や不倫だけでは成立せず、あくまで行為によってつながった男女、または同性同士を指す。この単語は大きく二つに分けられて、〝セックスするだけの関係〟と〝セックスもする関係〟に分かれる。大体は前者を指す事が多いが、後者の意識でそう称する事もあるかもしれないな。ただし、これは互いの合意の上で成り立つ関係。一方的であってはならない。それではただの肉便器だからな。常に同じ立場である事が必要になってくる。また、〝できちゃった婚〟にも関連があると言われており、時事的にもそろそろ問題になってくる可能性があるだろう。受験生には持って来いの課題という事だ。更に深く掘り下げるとするならば――」

「いや」

 俺の必死な説明を、恵が右手で制し、

「もういいです」

 二ノ宮もそれに倣った。

 そうして、二人同時に口を揃えて、

『この変態』

 蔑むような目付きで言った。

 いやいやいや、何故だ、何故そうなるんだ! 俺は再び必死に弁解する。

「待て、待ってくれ! 俺はお前達の希望に則っただけだけじゃないか! お望み通り説明してやったんだから感謝するべきだろう! なのに何で軽蔑されなきゃなんないんだ!? これじゃ俺の苦労が報われないだろ!」

「そんな卑猥な知識、誰が教えてくれって言ったよ」

「お前らだよ! 二人揃って教えろと迫ってきただろうが!」

「別にそこまで求めてないです。せいぜい二行だと誰もが予想してたのに、何ですかこれ。数倍以上はあるじゃないですか。どういう事ですか、これ」

「俺なりに解り易くしようと頑張った結果だ! ――何故そんな風に俺を見る!? 俺が何か悪い事をしたか!? なぁ、してないよな!?」

「まぁまぁ。落ち着け、龍」

 俺は息を切らし、微笑んでる天川に顔を向ける。

「大丈夫だ。お前はよくやった。副会長の面目躍如ってところさ。俺は会長として、お前を誇りに思うぜ」

「あ、天川……」

「何でそんなに詳しいか、甚だ疑問だけどな」

「うっ……」

『この変態』

「ち、違う! 俺だって好きでこんな知識を身に付けた訳じゃない! 無理矢理覚えさせられたんだ!」

「誰に?」

「誰って……」

 家にこんな事を教え込むのは、一人しかいないだろ。いや一人いれば十分だ。

 そんな俺の心境を察してくれたのか、天川は首筋を掻きながら言う。

「……詩織さんか」

「……詩織さんだ」

 本人曰く、「正しい性教育の欠如が現代の少子高齢化、幼児虐待に繋がっている」らしい。何となく筋は通ってるし、こちらには否定する材料は無く、最終的には立場の差で抵抗を諦めざるを得ない。

 言い分は解るが、俺一人に教えても意味無いと思うんだが……。布教しろとでも命じるつもりだろうか。

「もしかして……。家じゃあんな事やそんな事を毎日毎晩欠かさずやってるのか!? そうなのか!?」

 興奮気味に訊いてくるが、あくまで俺は冷静に答える。

「残念ながら、お前の考えてるような展開は一切無い。あるのは、眠くなるような講義と筆記試験だけだ。しかも居眠りしたらゲーム剥奪だぞ。恐ろしいったらありゃしない……」

「そしてその後に、お楽しみの実習って訳かい。くそっ、なんちゅー淫らで不真面目な家庭なんだ……! 羨ましい!」

「勝手な妄想して羨ましがられてもな! それに淫らでもないし不真面目じゃないし! 寧ろ真面目に取り組んでるし!」

『この変態』

「何でそうなる!? あのな、変態っていうのはそこら辺の女子に見境無く襲い掛かるような奴らの事を言うんだ! 俺がそんな奴に見えるっていうのか!? 見えないだろ!」

『この変態』

「見えるのか――――――――――――! 俺って変態に見えるのか――――――――――――!」

「お、おい龍、俺は襲うなよ。そんな趣味は無いから」

「誰も襲わん! ていうかそっち方面の変態!? 俺だってそんな趣味は無い! だいたい襲うとしても男なんか狙うか! そうするならまだ女子の方が――」

『この変態』

「あああああああああああああああ! 五月蝿い、黙れ! 俺は変態じゃない! どこにでも居る、極普通で健やかでゲーム好きな高校生だ!」

「ゲームって、美少女ゲーム?」

『この変態』

「があああああああああああああああうぅぅるさあぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」

 何とかこの場は凌ぎ切ったが、この後続いた処理の最中も、悉く俺に災いの種が降り注いだ。

 元凶は、言うまでもない。



 その後、学校内での活動が終わりを向かえた時間。

 低い太陽が照らす整備された道を、廣瀬は一人、鞄を両手で前に下げて歩いていた。

 周りには誰も居なくて、車も走っていない。左手にある家々の窓は閉まり切っていて、通り過ぎた公園も、普段は賑やかだが今日という今日は誰一人遊んではいなかった。町全体が、この日の暑さを物語っている。

「暑い……」

 外では滅多に口を割る事の無い廣瀬も、セミの音につられて漏らした。右手の甲で額の汗を拭うが、滝のように再び流れ出る。

 また汗が滲み出て、同じように拭う。歩いてる途中、それを何度も繰り返した。

 アパートが見えた頃、廣瀬の表情が晴れた。部屋に入ったらまずクーラーを点けて服を脱ごう。パソコンを広げて「暑いぞこの野郎どうしてくれるんだ」と殴り書いてやろう。

 そう思いながら階段を上ろうと一歩踏み出した時、

「ひ~ろせちゃ~ん」

 後ろから聞こえたその声に、身体がびくりと震えた。聞き覚えのある声で、聞き覚えのある呼び方だった。

 顔だけで振り返って見ると、一人の柄の悪い高校生がヘラヘラと笑いながら立っていた。見覚えのある顔で、忘れられない顔だった。

 廣瀬は恐怖に駆られ、脱兎の如く逃げ出そうとしたが、

「おぉっとぉ」

 高校生に肩を掴まれ、失敗に終わった。更に高校生は左腕を肩に掛け、顔を右肩に乗せる。廣瀬は汗を垂らし、表情を怖がらせる。

「久しぶりに会ったのに、それはないんじゃないの~? 挨拶とかないわけ~?」

 高校生の臭い息が顔にかかる。

「ほら、もう卒業式以来じゃ~ん。俺さ、ず~っと会いたかったんだけど、いつの間にか引越してたとかないでしょ~。連絡頂戴よ~」

 加速する心拍数と共に、廣瀬の息は荒くなる。

「にしても、結構綺麗になったね~。八方美人って奴~? 随分とやらしくなっちゃってまぁ~。ここも大きくなっちゃって~」

 太腿から腰、最後に胸を触われた瞬間、廣瀬は反発的に身体を離す。

「……触らないで」

 振り絞った声で言ったが、高校生はヘラヘラと笑う。

「あっれ~? なになに~? 中学ん時はそんな文句言わなかったじゃんよ~。ねぇ~、前みたいにまた遊ぼうよ~。ご無沙汰してたんだからさ~」

 高校生が一歩近付く。

「……嫌」

 廣瀬が一歩退く。

「冗談はよしてよ~。大丈夫だって、前みたいに優しくするからさ~」

 高校生が二歩近付く。

「……来ないでッ」

 廣瀬が二歩退く。

 そして、高校生の顔が強張る。

「あ~そう。そういう事言うんだ。散々弄ってあげたのに、まだ足りないんだ~。――それじゃあ仕方ないなぁ~。もっとキツイお仕置きをしなきゃねぇ~っ!」

 そう言って飛び掛ろうとした高校生に、廣瀬が目を塞いで身構えた時――。

 後ろから別の手が、肩を掴んで高校生を制する。

「やめときな。俺達は連れて行くってだけだ。ヤんなら他にしろ」

「……ちぇ~」

 高校生が渋々引き下がった隙に廣瀬は逃げようと振り向いたが、そこには既に別の男が道を塞いでいた。

「そういう訳だからさ~、ひ~ろせちゃ~ん」

 廣瀬は挟まれて、身動きを封じられる。

「大人しく付いて来た方が、身の為だよ~?」

 飛びっきりの笑顔で、期限切れの保障を込めて優しく言った。

 下卑た笑みに染められた、残酷無比な現実を。



「ふぅ~」

 日が沈んで人工的な光が満ちる時間帯。俺はバイト先のコンビニのロッカー室で、扇風機に当たって涼んでいる。今は休憩時間で、後四時間、つまり十一時までは働かなくてはならない。その束の間だ。

「はぁ~。……ん」

 ポケットの携帯が揺れているのを感じ、取り出す。着信だ。

「お? 夕からだ」

 これは珍しい。夕から電話なんて稀にしか、……ていうか一度も無かった。せいぜい、素っ気無い文章のメールだけだ。

 これはようやく、俺にも女神が微笑んだと言う事か! そりゃそうだよな、俺だって頑張ってるもんよ。ちょっと良い事が一つ二つあったって、バチが当たるはずがない。ご褒美はあの豊満な……ンフフ。

 俺は期待を膨らませて、電話に応答する。

「もしも~し」

 返って来た声は――。

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