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手紙と桜

作者: 日野村 薫

放課後、僕は人気のない校舎に残って一人で中講義室にいた。

窓を開けるとワイシャツが風に靡いた。

「なんで、ふられたんだろう・・」

その呟きはただ響いて、答えが返ってくることはなかった。


適当な席を選んで座る。

意味などない。ただそうしたかっただけだ。

僕は窓際の後ろから3番目の席を選んだ。

思わず机に突っ伏すると、真横になった景色が見える。

緑の葉が風にさわさわと揺られる桜の木が映った。

「はぁ・・・」

何回目とも分からぬため息をついて、もっと冷たさが欲しくなって机の中に手を伸ばした。

ヒンヤリとする感覚とともに、カサリという音がした。

ひっぱりあげてみると、それは古い手紙だった。


黄ばんではいたが、もとは白かったのだろう。

なんでこんなところに?とも思ったが、好奇心でその手紙を開けてしまった。


私の話を聞いてください。

私は彼が好きでした。

靡く髪も、少し低い声も、ときどき眠たそうにする顔も、何もかもが好きでした。

時折ぼんやりしたような目で見つめられると私は心臓が跳ねて、それから嬉しくなりました。

彼のなんともない仕草や言葉も全部私は愛おしかった。

彼はある時、桜が好きだと言いました。

なんともないその言葉を私は今も覚えているのです。

私は桜になりたかった。

この想いを伝えられない事を分かっていたから、せめて最後くらいは彼の目を奪うほど鮮やかで美しく桜のように散ってしまいたかった。

けれど、私は桜になれないから。

どうか桜の散る季節が来たら、あなたがこの手紙をちりじりにして、それから桜の花弁と共に風に散らせて下さい。

お願いします。


                          春日野 桜


「これ、ラブレター・・・?」

いやちょっと違うかと思いなおした。

春日野さんの想いは僕に託されたわけだ。

「でも桜って、まだ半年くらいあるじゃん」

それまでこの手紙持ってなきゃいけないということか。

僕は手紙を睨んだ。

すると足音もなく、中講義室のドアが開いて僕は思わずドアの方を見た。

「あら、人がいたのね。」

セーラー服の女の子だった。僕の学校の女子の制服はセーラー服だけど、それとはちょっと違う気もした。なんとなくだが。

僕は慌てて手紙を隠すように机に入れて彼女に話しかけた。

「何やってるの?もう暗くなっちゃうよ」

「あら、あなたこそ何やってるのよ」

「僕?僕は別に用事という用事はないけど・・。」

失恋の痛手を追ってたそがれているなどとはとても言えない。

女の子はふーんと答えただけだった。

「今日も暑かったわね」

「あぁ、そうだね」

「学校の近くのアイスクリーム屋さんにでも行こうかしら?」

近くにそんな店あっただろうか?

いや、僕が知らないだけかもしれない。

「おいしいのよ、とっても」

「僕はいいよ。甘いものはあんまり好きじゃないんだ」

「あら、そうなの。残念ね」

彼女は窓辺に近づいた。

風がふわりと彼女の肩くらいまでの髪を撫でた。

「桜はまだ咲かないか・・」

「なんだ、君も待っているのか」

「え?君もって?」

「いや、なんでもないけど。桜好きなの?」

「好きって言うか、まぁ・・ね」

彼女は少し頬を染めながら、それでいて少し切なそうに微笑んだ。

それがなんとも言えぬ甘さだった。

「さぁ、もう帰らなくちゃ。暗くなっちゃう。あなたも早く帰った方がいいわ」

彼女は身を翻してまるでふわりと浮いているかのように足取り軽くドアへと歩いた。

「あ、ねぇ」

彼女はなあに?と振り返った。

「名前何て言うの?」

「私?私は春日野桜よ」

にっこりして言った彼女はそのままドアを開けて出ていってしまった。

ぬるい風が吹き抜けた。


季節が巡り、春になった。

ぽかぽかと陽気で暖かい日、僕は卒業した。

桜が咲き乱れて、風が吹くと時折ひらひらと舞った。

僕は手紙を忘れてはいなかった。

手紙を持ち、一人でベランダへと出る。そこは丁度中講義室の反対側だ。

僕は丁寧に手紙を破ってちりじりにすると、それを掌いっぱいに載せた。

すると風が舞って、手紙を持って行った。

桜が舞って、しまいには、手紙か桜か分からなくなった。

ふと反対側を見ると、半年前に会った彼女が窓から嬉しそうにそれを見ていた。

僕は肩に付いた花びらをとって風に流すと、そのままその場を去った。

踵を返す僕を、桜の花びらが舞うように送り出してくれた。

そして彼女を見ることはもうなかった。

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