第6話 不意のプロポーズ
紗香の転勤から一年。
二人は遠距離恋愛を続けていた。
お互いに忙しく、会えるのは月に一度ほど。
それでも、短い時間を大切に重ねてきた。
会うたびに絆は深まっていった。
紗香は任されたプロジェクトを無事に成功させ、再び本社へ戻ってきた。
本社復帰のお祝いの日。
悠馬は少し背伸びをして、高級なレストランを予約した。
紗香が到着し、料理が運ばれる。
「おいしいね」
紗香は楽しそうに食べるが、悠馬は緊張で味が分からない。
フォークを持つ手が少し震えていた。
***
やがてデザートが運ばれ、食事も終わりに近づいた。
悠馬は、落ち着きなくポケットの中を何度も確かめた。
その気配を感じ取ったように、紗香がふっと微笑む。
「ねえ、言いたいことあるんじゃない?」
「えっ……あっ、はい」
悠馬は、先手を取られたと焦る。
「ど、どうして分かったんですか?」
悠馬は目を丸くする。
「あんなにそわそわしてたら、バレバレじゃん」
紗香は可笑しそうに笑った。
悠馬が戸惑っていると、紗香はもう一度、真剣な声で尋ねる。
「それって、これからのこと?」
「……はい」
「聞かせてくれる?」
紗香がやさしく見つめる。
悠馬は深く息を吸い、ゆっくりと頷く。
そして、震える指で小箱を取り出し、そっと開いた。
「紗香さん、結婚してください」
「はい」
二人は静かに微笑み合う。
テーブルのキャンドルが揺れ、二人の影が静かに重なった。
***
次の日。
悠馬と紗香は、結婚の報告のため嵐課長を訪ねた。
「結婚するんだってね、おめでとう」
「はい、ありがとうございます」
二人は、嬉しそうに答えた。
「もっと早く一緒になるって思ってたけどな」
「『まず勝ちて、しかるに戦いを求む』
――自信が持てるまで、時間がかかりました」
悠馬が、照れながら頭をかいた。
嵐課長は、「峰らしいな」と頷く。
紗香は隣で笑いながら続けた。
「私は『疾きこと風の如し』でも、よかったんですけどね」
それを聞いて、嵐課長は豪快に笑った。
「はははっ、この分だと峰は、まだまだ紅林に尻に引かれそうだな」
三人の笑い声が響く。
悠馬と紗香の新しい人生の幕が上がる。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
孫子の「軍形篇」は、
「まず勝ちて、しかるに戦いを求む」と説きます。
勝てる形を整えてから動く――
それがこの篇の兵法です。
そこで本作では、この考え方を
恋における「準備」と「積み重ね」として描きました。
派手な告白や駆け引きよりも、
日々の仕事をきちんとこなし、
信頼や距離を少しずつ築いていくこと。
そうして気づけば、
「想いを伝えてもいい場所」に立っている。
それが悠馬にとっての“軍形”でした。
紗香の強さと脆さ、
灰田のまっすぐさ、
嵐課長の豪快な兵法指導。
そのすべてが重なり、
悠馬の恋は少しずつ形を整えていきます。
読んでくださった皆さまの中にも、
「急がば回れ」の恋や仕事があるかもしれません。
この物語が、少しでも寄り添えたなら嬉しいです。
「こじつけが過ぎる」
……など、感想をいただければ励みになります。
どうぞ、次編もご期待ください。




