第5話 気持ちが通うとき
出張の帰り、二人は居酒屋に立ち寄った。
紗香はグラスを片手に、積もりに積もった愚痴を吐き出す。
「もう、あんな担当者ばっかり……。
女だからって軽く見られるの、本当に腹が立つ」
紗香の愚痴が止まらない。
言葉には、怒りと疲れが入り混じっていた。
悠馬は黙って聞き続ける。
やがて紗香は、ぽつりぽつりと弱音を漏らした。
「若くはないって、自分でも分かってる。
仕事ばっかりで……それでも……」
「紅林さん、飲みすぎですよ」
悠馬は、コップの水を差し出す。
「ありがと」
紗香は、それを一気に飲み干すと、
そのままテーブルに突っ伏し、酔いつぶれてしまった。
悠馬はため息をつく。
勘定をすませるとタクシーを呼んだ。
***
紗香を宿泊先のホテルまで連れていく。
部屋に着くと、紗香がか細い声で懇願した。
「もう帰るの? もっと飲もうよ」
「酔ってますね」
悠馬は、はぐらかそうとするが、紗香はさらに問いかける。
「こんな年上の酔っ払いは……嫌い?」
悠馬はドギマギしながら答えた。
「そんなこと言われたら……」
返事はない。
気づけば紗香は静かな寝息を立てていた。
「やれやれ……」
悠馬は布団をかけ、そっと部屋を出た。
***
翌日、紗香は何事もなかったように振る舞う。
悠馬は、覚えていないことに安心したような、
どこか、がっかりしたような複雑な気持ちを抱いた。
その後の引き継ぎは順調に進み、紗香は笑顔で言った。
「もう峰くんに任せても安心ね」
その言葉に悠馬は小さく頷いた。
***
紗香の送別会の前日。
悠馬は灰田に呼び出され、居酒屋へ向かった。
灰田はビールを一口飲むと、唐突に切り出した。
「俺、紅林さんに、告白した」
悠馬は驚いた顔を見せない。
灰田が不思議そうに眉をひそめる。
「なんで驚かないんだ?」
「だって、新入社員の時から、ずっと好きだって。
まだ、告ってなかったのかって感じだよ」
灰田は苦笑し、肩を落とした。
「見事にフラれたよ。好きな人がいるって言われた」
寂しそうな声に、悠馬は黙って耳を傾ける。
「だからもう、遠慮するな」
悠馬が口を開きかけると、灰田は遮った。
「俺はもう行くわ、頑張れよ」
そう言って席を立ち、先に店を出ていった。
悠馬は残ったビールを見つめ、心の中で呟いた。
「……時期が来たんだ」
そして一気に飲み干した。
***
送別会の帰り、二人でカクテルバーに立ち寄る。
グラスを傾けながら、悠馬は口を開いた。
「紅林さんがいなくなると、さみしくなります」
「ありがとう」
紗香は微笑む。
「向こうではプロジェクトリーダーですね」
「もっと現役でやりたかったのに。
管理職なんて柄じゃないんだけどな」
紗香は少し残念そうに言う。
「そうかな。紅林さんは、リーダーに向いていると思います。
僕だって、ちゃんと育ててもらいました」
「マイペースで手がかかったけどね」
紗香は笑った。
***
お酒が進むにつれ、紗香がぼそっと呟いた。
「あの時の返事……まだ、聞いてないんだけどな」
悠馬は飲んでいたカクテルを、思わず吹き出しそうになる。
「お、覚えていたんですか?」
紗香の真剣な眼差しに、悠馬はその視線に引き込まれる。
「聞かせてくれる?」
「……はい」
悠馬は静かにカクテルを飲み干す。
紗香はそれをじっと見た。




