第4話 肩を並べたい
入社から三年が経った。
灰田はすでに営業部のエースとして名を馳せ、トップクラスの成績を上げていた。
上司からの期待も厚く、同期の中では一歩抜きん出た存在になっている。
一方、悠馬は、相変わらずのマイペース。
お客からの評判は「誠実で安心できる」と悪くない。
しかし、数字は伸び悩み、成績は今ひとつだった。
「おい峰、灰田とはずいぶん差がついたな」
休憩室で先輩にからかわれても、悠馬は肩をすくめるだけだ。
「急がば回れ、ですよ。
僕は『迂直の計』でいきます」
そう言って、意に介さない。
悠馬の口調には焦りも悔しさもなく、ただ静かな確信が漂っていた。
***
ある日の企画会議。
灰田が自信満々にプレゼンを始めたが、すぐに空気がざわめき出す。
「データが古いんじゃないか」
提示したデータが数年前の古いものだと判明する。
灰田の顔は真っ青になった。
「え、えっと……」
言葉が詰まり、スライドをめくる手が震える。
そのとき、悠馬がそっとUSBメモリを差し出した。
誰にも気づかれないように、灰田の手元へ滑らせる。
「これは?」
「僕が集めた最新のデータ」
小声で囁くと、灰田は一瞬だけ躊躇し、それから頷いてデータを差し替えた。
「失礼しました。続けます」
最新の資料に切り替わった瞬間、会議室の空気は一変する。
プレゼンは再び軌道に乗り、灰田の企画は見事に採用された。
「さすが、うちのエース!」
「やっぱり頼りになるな」
称賛の声が飛び交い、灰田は胸を張った。
悠馬は静かに頷き、何事もなかったようにパソコンを閉じた。
***
休憩時間。自販機の前で紗香が悠馬に声をかける。
「どうして、自分のデータのお陰だって言わないの?」
悠馬は、穏やかに答えた。
「僕もあの仕事に興味があって、調べていただけなんです。
誰の企画でも、あの仕事が進むならそれでいいです」
紗香は少し呆れたように笑う。
「じゃあ、私からのご褒美。何がいい?」
「ありがとうございます、じゃあ、カフェオレで」
悠馬はコップを渡され、少し照れたように口をつける。
「でも、峰くんは欲がないよね」
紗香の言葉に、悠馬は静かに首を振った。
「僕だって欲はあります。
今は出さないだけです」
「へえ、それはいつ出すの?」
紗香が身を乗り出すように尋ねる。
悠馬は少し真剣な顔になった。
「紅林さんに、認められるようになったときかな」
「ちゃんと認めてるよ」
「う~ん……肩を並べたいっていうか」
紗香の表情が一瞬だけ揺れたように見えたが、
すぐにいつもの落ち着いた笑みに戻った。
「それって、百万年早いわ」
紗香が冗談めかして笑う。
「ちょっと、それはヒドイです」
悠馬は、怒ったふりをしてみせた。
二人の間に、柔らかな空気が流れた。
***
数日後。
紗香の転勤の発表があり、悠馬が仕事を引き継ぐ。
「ここの担当は少し癖があるから、気を付けてね」
訪問前、紗香が真剣な顔で忠告する。
案の定、担当者は紗香の年齢について、
セクハラまがいの発言を繰り返した。
「もうベテランの域だねえ。
初めて来たときは、かわいいお嬢さんだったのに」
「長い間、お世話になりました」
「辞めると聞いたときは、てっきり結婚するんだと思ったけどな」
「辞めません。
これからも、仕事は続けます」
「で、結婚はまだなの?」
紗香は唇を噛み、じっと耐える。
最後には、担当者が悠馬を見て吐き捨てるように言った。
「代わりの人は、若い女の子でって言っておいたのに、
こんな若造でガッカリだな」
紗香の目が怒りに燃える。
悠馬がすぐに間に入った。
「おっしゃるとおりの若造で申し訳ありません。
でも、御社のお役に立てるよう、
精一杯、努めさせていただきます。」
毅然とした態度に、担当者は、少し驚いて悠馬を見る。
「早速、御社へのご提案ですが……」
落ち着いた声で言い、話題を切り替える。
担当者はしぶしぶ黙り込み、場は収まった。
紗香は浅く息を吐き、悠馬を横目で見た。




