第3話 戦う前にやること
研修最終日。
居酒屋で懇親会。
肩の力が抜けた新人たちは、居酒屋に流れ込んでいた。
課員十数名が入るお座敷の宴会場で、灰田は迷わず紅林紗香の隣に滑り込む。
「紅林さん、講師、お疲れさまでした!」
「……そっちも研修、ご苦労さんだったね」
「いやぁ、やっぱり美人に教えて貰うと違うっす。
なんか、こうやる気が出るって言うか」
紗香は苦笑しながらグラスを持ち上げるが、目線は明らかに迷惑そうだ。
灰田はさらに畳みかける。
「紅林さんって、休日は何してるんですか?
映画?ショッピング?
やっぱ、デートっすか?
絶対モテるでしょ!」
「……それ、セクハラだよ」
淡々と返され、灰田は一瞬固まる。
だがすぐに立ち直り、今度は自分の武勇伝を語り始める。
「実は、俺、大学時代はフットサルやってたんすよ。
紗香さん、フットサルは好きですか?」
「……呼び方、紅林でね」
紗香の返事は氷のように冷たい。
周囲のみんなは笑いをこらえ、灰田の空回りぶりを楽しんでいた。
「じゃあ、紅林さん、フットサル、俺が教えますから……」
(さすがに、これはしつこい)
正面に座る悠馬は、灰田を止めようと口を開きかける。
そのとき、横に座った嵐課長が腕を組んで遮った。
「宴会ってのは、座る場所が大事なんだ。
クライアントと飲むときは必ず上座に座ってもらうんだ。
峰、上座がどこか知ってるか?」
「……分かりません」
「よし、教えてやろう!」
嵐課長はビールを片手に、延々と講釈を始める。
「この宴会なら、ここが一番いい。全員が見渡せるからな。
上座にはそういう意味もあるんだ」
悠馬は紗香の様子が気になって仕方なく、曖昧な返事を繰り返す。
「はい……」
「そうですね……」
「なるほど……」
嵐課長はにやりと笑い、低い声で囁いた。
「紅林くんたちが気になるか?」
「す、すみません……」
図星を突かれてドギマギする悠馬に、嵐課長は豪快に笑った。
「心配するな。紅林くんなら大丈夫だ。
彼女の守りは鉄壁だ」
ほどなくして、灰田は肩を落とし、諦めたように黙り込む。
悠馬は胸をなで下ろした。
嵐課長はグラスを掲げ、再び語る。
「『善く戦う者は、先ず勝つべからざるを為す』
――戦う前に防御を固めよ。
君たちも、今はまず、力を蓄えるときだ」
悠馬は、頷きながら、ビールが注がれるのを見つめた。
***
研修が終わり、いよいよ営業実習が始まった。
悠馬と灰田は紗香のチームに配属される。
お客への挨拶回りで、灰田は積極的に自己PRを繰り返す。
「私、若さと元気が売りです!」
相手から「元気がいいね」と褒められ、灰田は鼻高々になる。
一方の悠馬は、にこにこしながら座っているだけで、
「こちらの方は大人しいですね」
と評される始末。
灰田は得意げに胸を張り、悠馬は苦笑するしかなかった。
帰る途中、重そうな荷物を抱える女子社員を見かけた悠馬は、思わず手を貸す。
そのせいで紗香たちを駅で待たせてしまい、灰田に怒鳴られる。
「お前、勝手に抜けるなよ!」
紗香は事情を聞くと納得しつつも、真剣な表情で言った。
「お客様に好印象を与えることは、いいことよ。
でも、ちゃんと連絡して。報・連・相は仕事の基本だから」
「すみません、でも、僕はそんなつもりじゃ……」
「わかってる。
次のお客さんを待たせてはいけないから、急ぎましょう」
紗香はそう言って悠馬の肩をポンと叩いた。
――この人に認められたい。
悠馬は小さく頷いた。




