episode:2『真宮和菓子店にて』
まだ肌寒い4月の春風に吹かれながら、優心は真宮和菓子店に到着した。
よく言えば趣のある哀愁を帯びた外観。
正直に言うなら、古ぼけて寂れたやってるかどうかよくわからない外観。
昔ながらの小さな2階建の日本家屋で、建物のちょうど中央のあたりには『真宮和菓子店』の文字が書かれた看板が立てかけられている。
藍色の看板に、白く見事な筆捌きで堂々と書かれている。
戸のガタツキ具合もまた妙に味わい深い。
見てくれはこんなだが、ここの和菓子は絶品であり、町ではかなり有名なスポットであった。
戸を開け中に入ると、そこには先客がいた。
目に飛び込んできたのは緑あふれる田舎町には到底似つかわしく無い黒いテカテカのレザージャケット。
水色のピタピタのスキニージーンズに、赤と白のコントラスが色鮮やかなスニーカーを履いた、黒髪ボブカット女の子だった。
優心が入店すると、女の子はチラリをこちらを振り返った。
振り返った拍子で首元くらいでカットされたボブヘアーがなびき、耳に付けていた純白のイヤリングがキラリと光った。
女の子は優心を一目確認すると、すぐに目の前の和菓子が並ぶショーケースに視線を戻した。
装いは大人っぽくとても艶やかでお洒落だが、顔立ちは優心と同じ中学生くらいの幼さが感じられる。
しかしパッチリと開かれた猫のような目と、シュッとしたスリムな顔立ちで、目を惹く美少女だった。
ただ優心は女の子に興味関心があまりない。
しかし何故か、その女の子にとても心惹かれた。
なぜなのだろう…。
思わずボーッと見惚れていたらしい。
女の子はコチラを振り返る事なく言った。
「和菓子を見るのに私が邪魔ならどいてと言って。真宮さんを探しているなら奥にいるから呼んで。私に見惚れているなら気持ち悪いからさっさと回れ右して店から出てって。不愉快」
かなり突き放すような物言いだが、優心はそんな事気にもせず言った。
「声、綺麗ですね」
「は?」
女の子が振り向く。
眉間に皺を寄せ、心底不愉快そうな顔をしている。
しかし確かにまるで心臓を貫くような透き通る綺麗な声ではあった。
ただこの状況でそれを伝えるべきではないと誰もが思うだろうが、何せ優心は嘘がつけない。
思った事は失礼な事以外全部口に出てしまう、難儀な性格をしていた。
しかめっつらをしている女の子を気にも留めず、スタスタとショーケースの前まで歩く。
かりんとうドーナツは確か注文してから揚げてもらう形式だったか…。
ショーケースの中には見当たらない。
「すいませーん!おばちゃーーん!」
「はいはーい!今行きますよおー」
店のカウンター奥からドタドタと足音が聞こえ、目の前のガラス張りの戸が開く。
パンチパーマと鋭い表情が痛烈な印象を与える真宮のおばちゃんだった。
「あら…?優ちゃん?!」
「あ、どうも。ご無沙汰してます」
「あらあら!なんだい優ちゃん!久しぶりじゃないか!去年の夏以来かい!?」
カウンターの横から回り込み、大はしゃぎしながら優心の頬を両手で撫で回す。
「大きくなったねー!」
「いや最後に会ってから1年経ってないですよ!そんな変わってませんって!」
「いやいやいやー!この年ごろの子は半年見ないうちにメキメキと成長すっからね!アタシの印象だと半年前の優ちゃんはこんなもんだったよ!」
そう言って人差し指と親指を1センチくらいの間隔を開けて表現した。
「いや僕ァミジンコか!!!」
「アッハッハッハッ!!!ツッコミのキレは鈍ってないみたいだねー!相変わらず面白いねー!優ちゃんはー!!!」
狭い店内で真宮のおばちゃんの声量は犯罪級だ。
オマケに声のキーが高いから超音波攻撃を喰らっているような気分になる。
真宮のおばちゃんは優心の両肩を力強くパンパンっと叩きニカッと頬を上げた。
「かりんとうドーナツだろ?!今ちょうど揚げてたとこだからちょっと待ってな!」
「うぇ!?マジですか!揚げたてじゃん!ラッキー!!」
真宮のおばちゃんは優心の背後で澄まし顔をしていた女の子に優心の肩越しから声をかける。
「摩利華ちゃんも待っててな!今持って来てやっから!」
そうして騒がしい動きをして再びカウンターの奥へと戻って行く。
店内の喧騒が過ぎ去り、静かな空気が流れ出す。
「もしかしてあなたが注文してくれてたんですか?かりんとうドーナツ」
「…そうだけど」
「うわー!ありがとうございます!揚げたて、あやからせて頂きます!」
深々と頭を下げる優心。
それを見て不思議な生き物を見るように優心を見つめる摩利華。
「…変なヤツ」
その声が優心に聞こえる事はなかった。
真宮のおばちゃんが「お待たせー!」と言って大量にかりんとうドーナツを持って来た。
摩利華はお金を払い、10個詰められた白い紙袋を抱えて小さく「ありがとうございました」とお礼を言って店を後にした。
真宮和菓子店のかりんとうドーナツはバカでかい。
成人男性の拳より1.5倍ほどの大きさを誇る見事な恰幅ドーナツ君は、カラッと軽やかに揚げられたドーナツ生地に、はちみつとグラニュー糖が混ぜ込まれており、濃厚でまろやかな味わいの中身に外サクサクの食感まで楽しめて、1個税込120円というお得なお菓子であった。
優心は見事大好物を20個手に入れ、残りのお金で陽香と幸奈、そして祖母の分の和菓子をランダムで選び、ビニール袋に詰めて貰った。
「そっか…お父さんが亡くなられたのをきっかけに…」
「そうですね。お婆ちゃんが是非ウチに住んでくれって声かけてくれて、地元に残る理由もあんま無かったのでこっちに引っ越して来た感じです」
「辛くなったり、しんどくなったりしたらいつでもおいでね。真宮のおばちゃんはこう見えても人生色々経験して来てるからさ!」
どう見ても数多の修羅場を生き抜いて来たんだなと思わざるを得ない覇気の強さをビンビンに感じるが、それは口にせず、心に秘めておく事にした。
「ありがとうございます!またすぐに来ます!」
「おう!いつでもおいで!別にお菓子買いに来るだけじゃなくて遊びにでもね!今ウチに今年20歳になる孫がいてさ。面白い子だからきっと優ちゃん気に入るよ」
「あぁ!なんかお婆ちゃん家にお手伝いに来てくれてる方ですか!?」
「あぁそうそう!そうか、そうだよな。龍子さんが話してるか!そんじゃその内いつか会う事になるだろうね!そん時はウチの孫をよろしくね!」
「いえいえ!いつもお婆ちゃんがお世話になってるみたいで本当に感謝です!是非お会いできる日を楽しみにしてます!」
「はいよー!またおいでな優ちゃん!」
真宮のおばちゃんの熱烈な送り出しを背に新たな我が家へと歩き出す。
広大な田園風景を右手に、左手には段々になっている小山にいくつかの民家が点在していた。
祖母の家は陰陽町のハズレに位置しており、ここは陰陽町の中でも全く栄えていないエリアだった。
通りがかる人はほぼおらず、静かな時間がゆっくりと流れていた。
「……ん?」
古ぼけた廃墟が見えた。
小さな民家なのだが、蔦や草木でほぼ完全に覆われてしまい、中に入る事も元の外観を想像する事も難しくなっていた。
だが2階の窓は蔦や草木の被害から奇跡的に避けられ、どの角度からもしっかりと確認する事ができた。
窓はすりガラスなのか、ただの汚れなのかはわからない。
ただそこにはハッキリと『人影』が映っていた。
「元々住んでた人か…はたまたここを根城にしてる浮遊霊か…」
少し気にはなったが、どうやっても入り口は開きそうにない。
何より今は知的好奇心よりも食欲が勝っている。
かりんとうドーナツよりも優先される事柄などない。
「まぁ悪さをしそうな奴ではなさそうだし、姉ちゃんに報告する必要もなさそうだな」
優心は再び我が家へと足を向けた。




