episode:0『夢』
ep:0を丸ごと書き直しました。
内容に大きな変化はありませんが、重要なキーワードを挿入したので一読して頂ければ幸いです。
引越しの日の前夜、優心は父の夢を見た。
煌めく水面に反射して光が踊る。
川のせせらぎの優しい音色が沁みては溶けてゆく。
蒸し暑い夏の空気に負けじと、元気いっぱいに緑がさざめく。
一向にかからない釣り糸を眺めながら、優心と父は横並びになって穏やかな光に包まれていた。
父との記憶は数少ない。
父はあまり家に帰る人ではなかった。
今から4年前。
10歳の夏休み。
父の故郷である陰陽町を訪れた時の遠く淡い記憶。
口数の少ない父が滔々と口を開いた。
「優心」
「ん?」
「父親らしい事を何もしてやれてない俺だが…お前に一つだけ伝えておきたい事がある」
「何?」
「『居場所を持つ人』になれ」
「いばしょをもつひと…?」
「今はまだ意味を理解する必要はない。俺も辿り着くまでに時間がかかった。とは言っても今もまだ完全に到達できたわけじゃないんだがな」
「いつになったらわかる?」
「…さぁな。1年後か、5年後か、10年後か…。はたまた永遠にわからないままか…」
「なんだよそれ…。そんな難しいものになれって父さんは言うの?」
「あぁ。俺も酷なことを言ってると思うよ。でもな、幸奈じゃきっと辿り着けない。あの子はその素質を持ってないんだ。でも…」
父は優心の方へ体を向ける。
瞳の奥で何かが揺らぐ。
まるで、炎のようなものが。
「お前ならなれる」
「…なんで姉ちゃんは無理で、僕ならなれるの?」
「それはお前が———」
記憶はここで一度、音を失う。
音が復活した時には、記憶の世界は夕焼けのオレンジで満たされていた。
「帰りに真宮のおばちゃんのとこでかりんとうドーナツ買ってくか」
「まじで!?いいの!?」
「おう。当たり前よ。たらふく食ってやろうぜ」
「おっしゃあーーー!やったね!!!」
はしゃぐ我が子を眺めながら父は目を細める。
前を駆ける息子に届かぬ言葉を小さく吐いた。
「お前ならきっと…『雪』に———」
引越し先へ向かう道中の車内で、昨晩見た夢の内容について考えていた。
『居場所を持つ人』とはどういった人物を指すのか。
それが何を意味しており、それになる事がどんな価値を持っているのか。
朝が早かったからかうまく思考が巡らず、心地よい車の揺れに誘われるように静かに眠りについた。
眠っている最中に姉の幸奈の肩を借りていたのだろう。
そしてきっとヨダレを垂らしまくっていたのだろう。
姉からのありがたいゲンコツによって、まどろみに完全にお別れを告げお目々パッチリモード。
「ほら、優。着いたよ。降りな」
幸奈の言葉に引きずられるように車を降りる。
果たして夢の続きか、否か。
緑豊かな田舎町、陰陽町のはずれにある小高い丘の上に建つ、荘厳で立派な邸宅。
祖母、龍子の住まう家。
父の生まれ育った家。
手入れの行き届いた上品で静謐な庭園に囲われた漆黒の邸宅へと、ボストンバッグを担ぎ進んで行く。
神室優心、14歳の春。
4月の優しい風に包まれ、父の故郷で新生活の幕が開ける。
そう。
これまでの生活とは全く異なる、不可思議で恐ろしくも儚い、胸踊る大冒険の幕が———




