破産RTAの喫茶店
『◯◯通りの公園で異能犯罪者を捕らえたわ。名前は茶柱来男。有している異能は《催眠》と《保管庫》。その能力を使って若い女性を拉致監禁していたみたいね。……ごめんなさい、ボス。戦闘は避けられなかったわ』
『いや、君は正しいことをしたに過ぎない。君のお陰で異能犯罪の犠牲者を減らすことができたんだ。謝罪は不要さ』
『ボス……ありがとう。……でも、残念ながらヤツへの手掛かりはゼロ。茶柱は野良の異能犯罪者だったみたい』
『そうか……ふむ、また情報を探る必要があるな』
──というやり取りが昨日の深夜の出来事。
どうやらシャルミナは調査に向かった公園で異能犯罪者と戦った……というていの設定で行くらしい。
にしても《催眠》の異能って……エロ同人みたいやなぁ……何でまたそんな男と戦った設定にしたんだろうか。まあ良いか。
「……そういえばだが、捕らえた茶柱はどうしたんだ?」
「あぁ、報告し忘れてたわね。裸にしてぐるぐる巻きにしてやったわ。後はお国の公権力が何とかしてくれるんじゃないかしら?」
「そうか、良い判断だ」
クラシックメイド服を着たシャルミナは平然と澄ました表情で答えた。……裸でぐるぐる巻き……随分と豪気な捕縛手段取るんだな……。
まあ、連れて帰って尋問……とかは犯人役の役者がいないと設定的に出来ないもんな。警察に何とかしてもらった、っていう方が説得力が出る。
……昨日のことは一旦良いとして。
「客、来ないな」
「そうね。隠蔽結界があるから当然だと思うけれど」
シャルミナ曰く開店した喫茶店に客が一人も来ないのは、俺が張り巡らせた(※という設定の)隠蔽結界が原因らしい。
そのせいで一般人にはこのビルを発見することができず、結果的に破産RTAの喫茶店営業になってしまったそう。
経営の危機でも設定を貫くとは、おのれシャルミナ……俺よりも一歩も二歩も先を歩いてやがる……。
ま、実際単にここら辺に人が寄り付かない、ってのが理由だと思うがな。
このビルはかつてバブル時代に建てられたもので、周辺も好景気からバンバンビルが建てられ栄えていたそう。
しかしバブル崩壊後、経営を維持できなくなった人々が次々にビルを売り出し、結果的に完全に人のいない地区になったらしい。
そのせいか治安も最悪で、噂によればヤの付く危ない人が薬の取引現場にしている場所……みたいなことも言われている。
そんな場所に突如として開店した喫茶店なんて気になっても誰も行かないに決まっている。
"インシタ"という写真をシェアするSNSアプリで宣伝もし、割と好評価だったり「ぜったいにいきます!」みたいなコメントも貰ったのだけど……場所が場所だからやめたのかな。悲しい。
ただ昼の喫茶店と夜のバーを開店したのは、あくまで秘密結社として活動するカモフラージュのためである。
栄えすぎていてもそれはそれで困るというもの。
どのみち赤字なんて覚悟の上だしな。
「……ボス、このままじゃ潰れるわよ?」
「営業時間中は店長と呼びなさい」
「店長、この店潰れるわよ」
「小さな喫茶店を細々と営業できるくらいには資金はあるさ」
「ふ~ん、そっか」
営業するだけなら200年くらいできるんじゃねぇかな。
とはいえ、シャルミナ目線じゃ心配になるのは当たり前の話。どれだけ資金があるのかも伝えていないしな。金の出どころが説明できないから。
「それに、昼はともかく夜のバーには少ないがお客さんはいるのでね。君はそこまで心配せずとも良い」
「──隠蔽結界を潜り抜けて来る客が……っ!? ……いえ、ボスの協力者という線も……」
めっちゃ嘘を付くと、シャルミナは真剣な表情で何かをブツブツと呟き始めた。……バーの時間帯はシャルミナの任務中の時間だからな……幾ら法螺吹いてもバレないと思うが……。
なんか申し訳ないな。
早めに集客できるように頑張るしかないか。
はぁ〜、さすがに今夜のバーにお客さんくるといいなぁ……いやまあ半ば諦めてるけどね。昼に来ないなら、もっと分かりづらい夜の営業時間にお客さんが来るわけないんだよな。
☆☆☆
「……グラス磨きすぎてピッカピカなんだけど」
俺は何度拭いたか分からないグラスを戸棚に戻してため息を吐いた。
現在時刻は夜の0時過ぎくらい。
喫茶店からバーへの変貌を遂げたこの場所に、相変わらず人の気配は一切ない。
なんかカッコいいから、って理由で大学中にインターナショナル・バーテンダー呼称技能認定試験に合格したのに!!!
通常のバーテンダー資格よりも上位の資格に合格したのに!!
一切それが活かされていないんだが??
「立地ミスったかなー。でも人通りの多い場所に秘密結社があるのも味が無いというかさー。ロマンと実利どっち取る? って言われたらそりゃロマン取るだろ。男だもん」
後者が正解なのは流石に俺でも分かる。
だからと言って、ロマンを存分に実行できる環境と能力があるのに実利を取るとは──あまりにもダサいと思わないか?
天国で俺を見ている爺さんもめちゃくちゃ頷いているに違いないぜ。
「明後日からいよいよシャルミナはここに住むらしいし、バーの手伝いも申し出てるんだよなぁ……いよいよ客がいないことを隠せやしないか」
クラシックメイド服を着た美少女のいるバーとか、それってなんのコンカフェ? って感じだから、シャルミナにはあまりバーの方は手伝って欲しくないんだけどな。
まるで尻尾をぶんぶん振っているかのように「なにすれば良い!!」って聞いてくるから断れないねんな……。
「はぁ……」
そうため息を吐いた瞬間──
──からん、と扉に付けた鈴が鳴った。
「あー、ここは営業してたりするか?」
現れたのはヨレヨレのワイシャツを着たスーツ姿の中年。
無精髭を生やし、やけにくたびれた印象を受けるものの、全体的にガッシリとした筋肉質であり顔も整っている部類に入る。
ちゃんと見た目を整えたら超絶モテそうなおっさん、って感じの雰囲気である。
──まさか客か!?!?
つ、ついに現れたのか!!
いや待て落ち着け。
焦ってへりくだった態度を取るのは、あまりにもバーの雰囲気をぶち壊してしまう。腰がクソ低くてゴマを擦るバーテンダーなんてバーテンダーじゃない。
ここもロールプレイだ。
俺は温和で只者では無さそうなバーの店主……。
よし、行こう。
「ええ、営業していますよ。ご覧の通り、静けさに満ちていますが」
「そうかそうか、それは良かった。……あー、丁度酒が飲みてぇ気分でなぁ。良かったらオススメのを一杯いただけるかい」
「ええ勿論です」
きゃ、客だぁぁぁあああ!!!!!
こんなやり取りがしてみたかったんだよなぁぁあ!!
なんかお酒の味が分かっていそうなおっさんだし、初めての客としてはベストオブベスト。最悪、初めての客はヤの付く人になっても仕方ないとも俺は思っていたからな。
内心の喜びを隠しつつ、俺はおっさんをバーカウンターの椅子に座らせる。
おっさんはお酒を作ろうとする俺を厳しい目で見ていたが──そうだな、こんな若造に美味いお酒が作れるのかと疑ってるんだな??
「…………」
……って仮面してるから分かんねぇか。
とはいえお酒の通にとって、出されたお酒がお金を支払うに値するかどうか気になるのは自然の摂理。自ずとその目線が厳しくなるのは仕方ないに決まっている。
受けてやろうじゃねぇか。
インターナショナル・バーテンダー呼称技能認定試験に合格した俺の知識と経験を舐めるなよ。今におっさんを唸らせる酒を作ってやらぁ!
よーし頑張るぞ!!!




