三者三様
「──《コネクト》」
刹那、刀の錆が青く光輝き、その真価を発揮する。
ブブブッ……と小刻みに揺れ始め、その刀身は徐々に青く光りながら半透明になっていく。
あたしの異能は万物の繋がりを察知し、《《接続》》する能力だ。
大まかに言えば物の記憶を読み取って索敵をしたり、周辺情報を探ったりする良くも悪くも補助用の異能ではある。
だがしかし、この刀を装備することで《コネクト》は一気に戦闘用の異能へと"化ける"。
──江戸の異能鍛冶師、蜻蜒・美濃三郎。
彼が打った150本の武器にはそれぞれ特別な力が宿っていて、全てに共通することは"異能"と共鳴することで真価を発揮することだ。
しかしながら蜻蜒・美濃三郎の打った武器は非常に扱い方が難しく、使用した武器と自身の異能が噛み合わなければ最悪爆発四散するという最早呪いの武器でしょ、と言いたくなるようなデメリットがある。
……まあ、あたしには関係の無いことだけれどね。
《コネクト》。それは万物と接続する異能。
あたしは蜻蜒・美濃三郎の打った武器、150本を全て性能を引き出した上で使用することができる。
《コネクト》を使用して武器と接続することで、たとえあたしの持つ異能と武器が噛み合わなくても無理やりに共鳴させて使うことができるのだ。
「異能最盛期の遺物……ッ! 蜻蜒・美濃三郎の武器を持ってるとは驚いたよ……!!」
「へぇ、意外と物知りなのね。学がありそうな顔には見えないけれど」
「こう見えても犯罪者歴は長いんだよ、お姉さん」
「どう見ても犯罪顔じゃない……」
主に人の彼女を寝取ってきそうなタイプの。
……そうね、蜻蜒・美濃三郎は異能に深く足を突っ込んだ者なら誰もが聞いたことのある話だと思うわ。
使いこなすことができれば敵はいないと言われるほどに。
だからこそ異能者は、爆発四散のデメリットを無視してまで蜻蜒・美濃三郎の武器を追い求める。たった一本の武器で最強になれる可能性があるのだもの。
あたしは分かっていた。
《コネクト》があれば蜻蜒・美濃三郎の武器を十全に扱うことができるということが。
けれど現存している本数も正確には分からず、どこに眠っているのかも分からない。そもそも実物を見たことが無いのだから、本当にそんな夢のような武器があるのかもあたしは疑っていた。
その矢先、あたしはボスから刀を下賜された。
持った瞬間に分かった。これがかの伝説の鍛冶師、蜻蜒・美濃三郎の打った刀だと。
ずっとあたしが追い求めてきた武器だ。
ボスとてこの刀の貴重さは理解しているだろう。
なのに、入社記念だとポンッと伝説の武器を渡してくるだなんて──なんて懐が深いんだろうと。ますますあたしは知り合ったばかりのボスへの忠誠心が深くなっていくのを感じていた。
「はっ、だがオレの"盾"も異能鍛冶師が作った傑作だ!! 如何に蜻蜒・美濃三郎の打った武器といえど簡単には破壊されるわけが──!」
「【枝垂れ桜・雨響の言霊】」
──バキッ!! と砕ける音がした。
あたしが刀を振り抜いた瞬間、男を守るように盾が展開され刀を受け止めた──刹那、まるで豆腐のように盾を幾重にも斬り裂き、盾は受けたエネルギーに耐えきれずに破砕音とともに砕け散った。
「は、はぁ?」
男は困惑したように砕け散った盾を見つめる。
どうして盾が砕けたのかも、どうしてあたしが男の後ろに移動しているのかも分からないようね。ただ素早く移動して斬っただけなのに。
この刀の銘は【桜花の閃剣】。
持ち主に絶大な膂力と繊細な武技を与える──身体能力を向上させることに特化した武器──だと《コネクト》が読み取った。
……感覚がまるで違う。
効率の良い斬り方。力の入れ方。
それら全てが刀を手に取った瞬間に理解できる。
まるであたしのために用意された武器──そんな勘違いすらしてしまいそうなくらいには、手足のように扱うことができた、
……手加減できなさそうなんて思ったけれど、どう斬れば死なずに気絶させることができるかも今のあたしなら理解できる。
「悪いけれど、一瞬で終わらせるわよ」
「くっ……勝てねぇ……」
男はあたしの力を感じ取ったのか、悔しげに唇を噛み締めると意を決したように手のひらをあたしに向けてきた。
──やっぱり来たわね。
「──オラッ!! 喰らえッ!! 《催眠》ッ!!」
「【桜影・水面の唄】」
男の手のひらから魔◯光殺砲のようなレーザー光線が放たれ、あたしの額に向かって高速で撃ち放ってきた。
とはいえ高速と言ってもあたしの身体能力なら余裕で避けれる程度のもの。男も半ばやけくそ気味だし、当たればラッキーというイタチの最後っ屁みたいなものだと思うわ。
だからこそあたしは敢えて技を発動させる。
技を紡いだ瞬間、刀身が淡く桃色に輝く。
そしてまるで祈るように目を閉じ、刀身を男に見せるように横向きにして光線を受け止める。
「は、はは!! 馬鹿め!! 《催眠》は物越しでも届くのさ!」
「【仇桜】」
すると、刀身に当たった光線はまるで鏡に反射したように男の元へと跳ね返る。
「うっそだろおい! ──あばばばばば!!!」
光線に当たった男は電気を浴びたように体をビクンビクンとさせて魚のように跳ね回ると、邪心に満ちていた瞳を虚ろにさせてその場に停止した。
……ふぅ、うまくいったようね。
「……《保管庫》以外にも意識を操る異能があると踏んでいたけれど……《催眠》か。当たっても多分あたしには効かないわね」
能力自体が強い異能には必ず制限がある。
最も多いのは異能者には効かないタイプの異能。
一般人にしか効かないような制限がある異能は珍しくないし、そんな異能があるから異能犯罪は一向に減らないのよね。
さて、と。早速情報を引き出しつつ誘拐された人たちを救い出すとしましょう。
このチャラチャラした男がヤツの情報を握っているとは思えないけれど……。
☆☆☆
Side 特別異能対策課 白木 巡
「あー……コイツは確か、A級異能犯罪者の茶柱来男だったか? どーして、裸で簀巻きにされてんだかな」
「私に聞かれても……来た時にはすでにこんな状態でしたし」
俺は頭をボリボリと掻くと、青痣だらけで簀巻きにさらている茶柱と、その周りで丁重に寝かされている女性たちを見ながらため息を吐いた。
……あー、恐らくこの女性たちは茶柱に誘拐された人たちかね。
「通報が入ったんだったか」
「ええ、茶柱が自首してきた……とのことでしたが」
「まあ、んなわけねーわな」
部下の報告に俺は苦笑しながら答える。
被害女性が無事に帰ってきて良かった。さあ、退散退散……なんてそうは問屋が卸さない。
なにせ茶柱は中々に厄介な異能犯罪者だった。
《保管庫》の異能と《催眠》の異能で女性を気づかれずに誘拐し、自身も《保管庫》の異能で空間を移動するという徹底ぷり。
女性を誘拐する時にしか姿を現さないことから、特異課も長年手を焼いてきた極悪犯罪者だが……そんなヤツが自首なんてするわけがねぇ。
第一どうやって自分を簀巻きにしたんだよ。
どう考えても誰かにボコボコにされてんじゃねーか。
「……一先ず茶柱を逮捕しろ。ヤツが目覚めたら話を聞くことにする。……はぁ~、どうせ茶柱を捕縛したの異能者だろ? A級異能犯罪者を捕まえる人材なんて喉から手が出るくらい欲しいんだがなぁ」
「犯罪者同士の諍いの可能性もありますが」
「だったらご丁寧に捕縛した上で被害女性を助け出さねーよ。異能犯罪者ってのはどいつもこいつも自分にしか興味がねぇからな」
あー、めんどくせぇ。
俺はタバコを咥えると火を──チッ、オイルが切れてやがる。
「【軻遇突智】」
俺は指先から小さな"焔"を作り出して、タバコに火を点ける。……チッ、ほぼ燃え尽きてんじゃねぇか。使い勝手の悪い異能だぜまったく……。
とはいえ無事に火は点いたから、スパーっとやけにマズく感じるタバコを吸う。
「あ、ちょっと巡査部長! タバコ付けるのに異能使わないでくださいって言ってるじゃないですか!!」
「あ〜? 細けぇこと言ってんじゃねーよめんどくさいな。誰も見てないんだから良いじゃねぇか。お前もどうせ洗濯するのに異能使ってんだろ」
「げっ、なぜそれを……だって水道代浮きますし……」
「ちゃっちい使い方だなぁおい」
引き攣った表情の部下にくくく、と笑いながら俺は思考を重ねる。
……無許可での異能の使用は犯罪って、ほぼ機能してねぇ裏の法律があるんだよなぁ……そのせいで茶柱を捕まえてくれた実力者も対外的には犯罪者なの納得行かねーんだよな。
「ハァ……探すしかねぇか……めんどくせぇ」
「ん、何か言いましたか?」
「いや、何でもねぇ。茶柱が起きたら面倒だ。さっさと運ぶぞ」
「はいですっ!!」
俺はとりあえず秘密裏に茶柱を捕まえた異能者を追うことにした。敵か味方か分からない以上、どうしても個人で動くしかねぇしな。
俺たち特異課──特別異能対策課の理念と合うようであれば、俺の権限を使って無理やりに捩じ込むし、合わないのであれば外部協力者という形を取る。
そして──茶柱と変わらねぇようなクソッタレな犯罪者だった場合は──、
「──焼き尽くしてやるよ。灰になるまで」




