厨二病レーダー
「うーん、心霊スポットに行かせるのは気が引けるし、丁度良い何かありそうな場所ねぇかな……」
時刻は深夜3時。
シャルミナは一度自らの拠点に帰って、色々と荷物を持って来るらしい。どう考えても住む気満々っぽいけど……まあ良いか。
どうせだから喫茶店の上あたりを従業員の寮とかにするか。
俺もこのビル買ってからは普通に住んでるし、インフラとかも結構整備したし問題はない。……月々の維持費とかで結構お金は消費するけれど、贅沢な暮らしをしたところで一生遊んで暮らせるだけのお金はある。
だがしかし、爺さんに天国で爆笑しながら見てもらうために、俺は「ロマンを叶える」という夢以外の私的な理由にお金を使わないことを決めている。
元々は俺のお金じゃないんだ。
爺さんに会いに行っていたのだって俺が爺さんを年の離れた友達だと思っていたからで、それ以外に理由があったわけじゃない。
爺さんがどれだけお金を持っていたって、どれだけ権力があったって……ぜっったいに俺は対応を変えなかった。そう強く言える。
むしろそれだけお金あったなら秘密結社ごっこできたやろ!! って全力で説教しに行く気がするけどな。
まあ、そんなわけで必要経費以外のお金を使う気はない。
娯楽費? 今の状況そのものが娯楽ですけど??
と、言うわけで俺は今シャルミナに調査に行かせる場所をネットでカタカタサーフィンしながら調べてる最中だ。
心霊スポットとか都市伝説とかは秘密結社とかじゃなくて陰陽師とかそっちの分野な気がするし、俺が調べるべきは犯罪が起きそうな場所……。
「それでマジで犯罪者いたらシャルミナ危ないじゃん……」
つまりは調査場所として適切なのは、何かありそうで何も無い場所!!! いやムズイわァ!!!
ま、最悪何か起きそうだったら《《調査してるフリ》》をして逃げるだろうと思う。そもそも行ったフリをして帰ってくることも全然考えられる。
だからこそ当初はバチバチに危険な場所を調べてたんだけどさ────アレ? 俺よりもガチでやってる説のシャルミナだとマジで行きかねなくねーか?? という考えに辿り着いてやめた。
あと俺がシャルミナの立場だったら普通にひゃっほ~! ってノリで行ってるしな……くそ、俺も現場に行きたい……。
だがしかし、秘密結社のボスというのは"その時が来るまで"動かない。
ここぞという時に出陣するからこそボスの威厳が保たれるのだ。第一、シャルミナと作り上げた設定的に、ボスがほいほいと現場に現れていたら敵対組織のボスが警戒するに違いない。
うむ、設定には忠実に従わねばな。
「……ふむふむ、この前◯◯通りの公園通ったら深夜なのに公園の一角が昼間みたいに光っていたんだが? って? はぇー、怪奇現象的なヤツかね。おっと続きが……その光の近くに人影があったのがなおさら怖かった、と」
──これは人為的に怪奇現象を起こしてるタイプのヤツ!
きっと光を利用して何やかんやしようとしてるんだろう!
知らんけど。
まあ、初っ端の調査としては妥当だろ。
幸いなことにここからそう遠く離れていない場所が現場っぽいし、サクッと調査派遣して「痕跡は見つかったけど惜しかったわね……」とシャルミナに言わせるか。
よーし、じゃあ早速伝えるぞー!
☆☆☆
Side シャルミナ
『──0230、◯◯通りの公園に出動。そこで異能を使った犯罪の形跡があったという情報を手に入れた。よく注視して辺りを調査して来い。そして──犯罪の現場を見つけた時は──必ず、助けてきてほしい。ただ、君の命が一番大事だ。それだけは憶えていて欲しい』
ボスは周辺情報、異能保有者の容姿や能力──などヤツに繋がる情報を欲した。基本的には戦闘はNGね。
ただ、無辜の市民が巻き込まれようとしている時は別……ふふ、改めて言われると嬉しいわね。
裏の組織としては甘っちょろいことこの上無い。目的を放り出してまで犠牲を出さないようにするなんて、秘密結社のボスとしてあるまじきことなど思う。
だけれど、あたしは嫌いじゃなかった。
もう誰も死ぬところなんて見たくない。ましてや、あたしみたいに無為に突然幸せを奪われるなんてことは……到底許容できないことだ。
「異能犯罪の形跡……基本的に異能による犯罪は証拠が残らない。……ボスは一体どうやって情報を手に入れているのかしら。情報専門の仲間がいるのか……もしくはボス自身がそういった異能を有しているのか……いえ、味方の情報を探ったって詮無きことね」
今は集中しましょう、と腰に差したボスから貰った刀の重さを感じながら、あたしは足早に目的地まで赴いた。
◯◯通りの公園。
深夜ということもあって、人通りはまったくない。
住宅地に面してはいるけれど、そもそも街灯が少ないこともあって公園の全貌はハッキリとはしていない。
……見た限り何も無さそうだけれど。
本当にこの場所に何かあるのかしら。
あたしは微かに疑問に思った。でも、何も無くたって良い。
目的は調査なのだから、しっかりと周りを注視して、結果的に何も無いということが分かるのも調査としては意義がある。
あたしは気配を消しながら公園に入る。
寂れた遊具が数個と、簡素な公衆トイレ。
なんの変哲もない公園でしかない。
"異能の起こり"は異能者同士は理解できる。
だからこそ、何も無いことが現場に来て理解できた。
「ハズレね。もう少し見たら帰ってボスに報告しましょう」
あたしとてそんな簡単にヤツへの手掛かりが見つかるとは思っていない。じゃなければあたしはここまで苦労していない。
何度も何度も調査を踏んで、ようやく砂粒から砂金を一粒発見する。──そんな地味な作業の果てに万金を手にすることができる。
とはいえ……ほんの少し……ほんの少しだけガッカリした気持ちも否めないとは思うけれどね。
ボスがボスだから、期待するのは人間として仕方ないでしょう? あのボスの言うことだから何かあるんじゃないか……って思うのは至極当然だと思うの。
けれどたった一度のハズレで失望することなんて絶対に無い。あたしはそんな恩知らずな人間じゃないわ。
なんて思考を頭で巡らせながら調査すること一時間。
完全に何も無いことが分かったあたしは、公園を後にしようとした──その瞬間、ザッ、ザッ、と足を引きずりながら歩く人の気配を感じた。
「──っ」
あたしは急いで一際大きい木の裏手に隠れると気配を消す。
そして公園内の様子を伺うと、一人の女性が虚ろな瞳で公園に入っていく様子が見えた。
──これは何かがおかしい。
女性の服装は寝間着みたいなもので、髪はボサボサでメイクも中途半端だ。まるで起き抜けで無理やり来たみたいな……。
それに瞳が虚ろなのも気になる。
ここからでは明確に意識があるか無いかも分からない。
……彼女自体に異能者の雰囲気は感じないけれど。
何らかの能力に掛かっている可能性はあるわね。
とはいえ近くに他の人の気配は感じない。
怪しみながら女性を注視していると──"異能の起こり"……つまりは異能が発動した雰囲気をあたしは感じ取る。
「……あれは、光……?」
その瞬間、女性の目の前に輝く光が現れる。
更に、光の中から金髪の男が現れた。
──間違いない!! ヤツは異能力者!!
「発動時の光だけが厄介なんだよねェ、マジで。能力は便利だってのに、これだけがネックだよ本当に」
聴力には自信があるあたしの耳が男の独り言を聞き取った。
……何も無い場所から現れる異能。《《転移能力》》ね。
ただし、転移能力は能力の強力さからデメリットが存在すると聞いたことはあるけれど……彼の場合は発動時の巨大な光のようね。
いえ……でも転移にしては少しおかしいわね。
転移は普通、座標を正確に判断するためのマーカーが置かれているはずだけれど、あたしが調査した時はそんなものは無かった……。
「さて……おい女ァ!! 俺の《保管庫》にさっさと入れェ! 命令だァ!」
「……はい」
女性は虚ろな表情で光の中に入っていく。
……保管庫……まさか彼の能力は空間を作り出す能力!?
マズイ、このままじゃ誘拐されてしまう!!
間に合わない……っ!!!
「……常時発動型の異能は自発的な意識の消失以外で解除できる。──ふふ、早速戦闘になるとはあたしも詰めが甘いわね」
女性が光の中に入っていくのを見届けた男が自らも光の中に入っていく間際、あたしは木の裏手から身を踊り出すと、鞘を付けたままの刀を構えて──男の頭に目掛けて振り降ろす。
──ガキンッ!!!
「うおあっぶね!?!? ……ハァ〜? なんだよお前急に」
「攫った人を解放しなさい。さもなければ殴るわよ」
「もう殴ってんじゃ〜ん!」
あたしは少し冷や汗をかいた。
男を昏倒させるには十分な威力を誇っていた一撃は、男を守るように展開された丸いライトシールドのようなもので防がれた。
完全に意識外からの一撃だったから、恐らく持ち主を自動で守るように設定されているようね。……厄介だわ。
幸運なのは《保管庫》とやらの異能が今の衝撃で解けたこと。
「チッ、異能者かよめんどいな〜。特異のヤツだったりする? バレねぇと思ったんだけどなぁ〜、っとヨイショ」
男自身にも戦闘の心得はあるようで、《保管庫》の異能を発動せずに男は懐からナイフをジャキっと抜き放つ。
……賢い判断ね。あたしのスピードなら《保管庫》を発動させて逃げるまでの間に確実に斬り伏せることができる。
──この刀なら、それができてしまう。
「あたしは何者でもないわ。ただ、犠牲が見過ごせないだけの偽善者よ」
シャラン、と鈴の音のような音が鳴る。
抜き放たれた刀には《《紋様のような》》錆が至る所に入っていて、到底斬れ味があるようにも思えない。
「はぁー? なにその刀。錆だらけじゃん。そんなんで戦えるわけ? ──ってか暗くてよく見えなかったけどお姉さんめっちゃ美人じゃん!! お姉さんもオレのコレクションにしてあげるよ!」
「あたしを仕舞うショーケースは高く付くわよ──あんたじゃ支払えないくらいにね」
ふっ、と鼻で笑ったあたしはヘラヘラと笑う男の眼前で刀を構えると、歌うように"異能"を発動させた。
「──《コネクト》」
刹那、刀の錆が青く光輝いた。




