バイト兼構成員、ゲットだぜ!!
「────さて、ようこそ。秘密結社【プロトコル・ゼロ】へ。我が社は君を歓迎しよう」
完全に決まった。
俺は仮面の下でめっちゃくちゃニヤケながら言った。
「【プロトコル・ゼロ】……ゼロの議定書、と言ったところね。聞いたことない組織だけれど……だからこその秘密結社……」
おお、めちゃくちゃエルフさん考えてくれてるな。
なんかカッコいいからその名前にしただけでバックボーンとかマジでゼロだぞ、本当に。カッコよくない??
ええーと、ところでエルフさんの設定は裏社会的な大物で……追われてて……助けて欲しいんだったか? んで、隠蔽結界とか厨二病心がくすぐられるワードも言ってたか。
ということは……、
「君は今、身を隠す安全な場所が欲しいのだろう。少なくともビル内であれば隠蔽結界が働くこともあって第一の条件はクリアだ。しかしながら、救済にはそれ相応の代償が必要だ」
「……あたしを匿う代わりに秘密結社の一員になれ、ってことね」
「ああ、その通りさ。君にとっては悪くない提案だと思うが?」
「少なくとも──【プロトコル・ゼロ】の活動方針を聞かないことには頷けないわ」
……活動方針……む、難しいことを仰る……。
秘密結社ごっこしながら人生最高に楽しみましょう!! っていう場末の大学生みたいな方針じゃ……ダメだよな。
恐らくコレもごっこ遊びの一環。
秘密結社を演じる上で、必要な設定を諸々聞き出そうという魂胆なのだろう。……流石はこの道が長い先輩だ。俺とはまるで視点が違う。
妥協はしない。
そんな強い決意を感じる。
ならば俺も新参者ではあるが、灰色の脳細胞で秘密結社の活動方針(※という設定)を今ここで捻り出してみようじゃないか!!
きっとこれは先輩からの試験……っ!!
ここに合格して、同じ厨二病仲間として仲良くするんや……!
「────私は長年追っている存在がある。残念ながら今の今まで人手不足で情報は無いに等しいが……裏社会でも生粋の悪人と言っても過言ではない」
「……っ」
その瞬間エルフさんの顔色が険しくなった。
も、もしかしてダメだった……??
「そ、それは、悪人を指揮して罪のない人たちを虐殺する組織だったりするのかしら!? ──答えてっ!!」
え、なにそのえげつねぇ組織。こわ。
エルフさんの設定は結構シビアな世界なんだなぁ。
とはいえ、これはエルフさんからの前振り。
焦り具合から、恐らくエルフさんはそのやべぇ組織を追っているっていう設定なのだろう。いやぁ、設定のパスが上手いな。
「……あぁ、そうだ。ヤツは女子どもでも容赦のしない悪人だ。私も──ヤツとは強い因縁がある」
「そう……あなたも……」
「だからこそ私は仲間を欲している。……情けない話だが、敵は強大で私一人の力じゃ限界はあるんだ」
はぁ、とため息を吐いて気弱に振る舞う。
心なしかエルフさんの俺を見る視線が柔らかくなっていく。ようやく仲間を見つめた……と言わんばかりの表情で、演技力に限って言えば俺が今まで見てきた女優なんかよりも数段上だ。
そして俺は畳み掛けるように言った。
「秘密結社【プロトコル・ゼロ】。我が社の活動方針はヤツを見つけ出すための情報を秘密裏に集めること。そして、これ以上の不幸を見過ごさないよう──理不尽と闘うことだ」
「理不尽と闘う……その手段に殺人は入ってるのかしら?」
こわ。発想が怖いよエルフさん。
まあ秘密結社とかスパイとかってバリバリに人殺しまくるから気持ちは分かるんだけど、俺が目指してるのは"リアルに近い厨二病設定"。
できる限りお金で実現できることはするつもりだが、殺人する組織って設定だとリアルさがどうにもなぁ……設定の齟齬がいつか生まれるだろうし。
情報を集めるってことで有耶無耶にしておいたほうが活動はしやすいと思うんだよ。あとはエルフさんが上手いことしてくれるだろうし。
だからこそ、俺は語気を強めて言った。
「我が社の活動において、殺人は一切認めない! 君もこの理念が飲めないのであれば、私の組織には入らないほうが良いだろう」
「……ふっ」
なぜかエルフさんが俺を認めたみたいな表情をした。
……ハッ! まさか今までが試験だったのか!!
殺人設定は設定の齟齬が生まれるなんてことは先輩のエルフさんには常識なはず……!! それを俺が理解しているのかどうかを確かめたかったのか……ッ!!
なるほど……流石はエルフさんだ。
よし、そろそろ良いかな。
俺はスッとソファから立ち上がると、背を向けながら言った。
「さて……では、我が社に入ると決めたならば私の後を付いてくると良い。断るならばすぐさま立ち去ってもらおう。──ただ、我が社の情報を漏らさぬように口止めの《《異能》》を使わせてもらうがね。……あぁ、勿論傷一つ付けないよ。ただ喋れなくなるだけだ」
「……妥当ね。傷を治す時間まで貰ったもの」
当たり前だがそんな超常現象は俺には使えません。
適当にホラ吹いてるだけだけど、設定に即した無理のない嘘は付けば付くだけごっこ遊びが捗るからな。
そんなことを考えながら俺はスタスタと歩いて、バーカウンターに入っていくと、酒瓶が並んだ棚をズズズと横に動かす。
すると、中から扉が現れた。……まあオーソドックスな隠し部屋だな。
扉を開けると簡素なソファが数脚並んでいる部屋がある。
そして──後ろ手に気配を感じた。
「本当に良いのか? 入ると決めたからには、もう戻れないが」
「……今まであたしには味方がいなかった。心の拠り所だった人たちはもういないわ。──あたしの家族を奪ったヤツを破滅させられるなら、あたしは何だってして良い。……それに、短い時間だったけどあんたのことは信頼してる。仲間として、ね」
ここで俺は振り向くと、微かに尖った耳を赤くしたエルフさんが上目遣いで俺を見ていた。
──ぐっ、か、可愛い!!!!
コスプレとかメイクだろうけど、あまりにもエルフさんは完成度が高すぎるんだよな……うわー、こんな美少女と秘密結社ごっこで遊ぶとかよくよく考えたら幸せすぎるわ。
……とはいえ。
私情が入り込んだ瞬間に、積み上げた設定は塵と化す。
だからこそ絶対に恋慕を抱かないようにしなければならない。
……まあ、俺は初対面で誰かに惚れるほどチョロくないし問題ないけどな。いやマジで。
ふぅ、と俺は微かに息を吐いて落ち着かせると、重厚な声音を意識して言った。
「我が社は君を歓迎する。さて、改めて君の名前を聞こうか」
「──あたしの名前はシャルミナよ。よろしく、ボス」
「あぁ、よろしく頼むよ。シャルミナ」
シャルミナか。良い名前だ。
まさか本名ではないだろうけど。
見た目は日本人には見えないけども、そこら辺はメイクとか云々かんぬんで何とかしてるに違いない。
「ではシャルミナ。これから君を、我が社の本拠地に招待しよう」
俺は"例の部屋"に通じる床板を外し、シャルミナを招き入れた。




