超人武術──止境の構え……しか知らん
う、腕が痛い……めっちゃ痺れる……最早感覚ない……。
調子乗ってお姫様抱っことかしちゃったけど、多少の筋トレくらいしかしてないモヤシの俺じゃ人一人を抱えて走るのですらキツイんじゃ……。
とはいえ「腕がキツイので下ろしてもいいですかね」とか言えるはずもないので、俺はナインの案内に従いつつ全力で腕の痛みと痺れに抗いながら全力疾走をしていた。
もしもナインが本当にテレパシーとか使えたんだとしたら、今の俺の心の声情けなさすぎるんだろうなぁ……良かった良かった、演技しておけばオールオッケーな世界にいて。
「……この扉の先か?」
「うん……」
「そうか……では降ろすよ」
「う、うん……その、ちょっと……良かったかもです」
「………?」
なにが?
謎の発言に疑問に思ったものの、俺はやっと腕の痛みと痺れから解放された喜びで深く考えることをやめた。
……うー……痛みからは解放されたけど力が入らねぇ……。
まあどうにでもなるか……。
とりあえず俺はかろうじて無事な方の腕……左腕を使って扉を開けたその瞬間──、
「──っ【念力】!!!」
突如飛んできたナイフのようなものが空中でビタッと静止すると、その場にぽたりと落ちた。どうやらナインが能力で止めてくれた……という設定らしい。
──こっっわ!!!
めっちゃビビって声も出んかったわ!!!
多分当たっても大丈夫なオモチャナイフ……あの先がびよんびよんしてるヤツに違いないけど、いきなり刃物が飛来してくるなんて俺は聞いてないぞ!!! いや当たり前か。聞いてたらおもんないもんな。
新鮮な反応できなくてすまんね。
人間、ホンマに驚いたら声も出ないんだ。
「…………ほう、声一つ漏らさないとは。ここに侵入してきただけあって、随分と強心臓の持ち主のようだな」
「なに、《《仲間》》を信頼しただけだ。……ナイン、ありがとう」
「うん。ボスさんはわたしが守るから。──っ、由美さん!!」
なんか知らんけど都合よく解釈してくれたので適当に乗っかりながら、俺は改めて部屋に入って状況を確認する。
そこにいたのは白衣を着た研究員……いや、よく見れば拳にガントレットを嵌め、所々に装甲のようなものを付けていることから只者ではないことが分かる。
おまけに偉そうな言葉遣いに如何にもワルモノ、って感じを醸し出すイカツイ顔面……きっとコイツが今回の黒幕に違いない。
ふむ……シャルミナは俺が解決するシチュエーションを選択したようだな。それも悪くない。
そしてその黒幕の足元には、意識を失ってぐったりしている一人の女性がいた。
茶髪のショートヘアの女性で、近くには割れた丸メガネが落ちている。……顔含め、手足には何かで拘束された跡とその他諸々の痛ましい傷があった。
……うおおお……多分シャルミナの特殊メイク術によるものなんだろうけど、本当にリアルに沿った傷口だなぁ……これがもし映画やドラマならR18G制限がかけられるに違いない。
少なくともナインには見せられないな。もう見ちゃってるけど。
「落ち着けナイン。そう焦っていては救えるものも救えない」
「……っ、でもっ……!! こ、この……! 由美さんから離れてっ!! 【念力】っ!!!」
俺に制止されたナインは、だが辛抱できないという表情で黒幕に異能──【念力】を撃ち放ったが、当の黒幕はニヤニヤと底意地の悪い笑みを披露しながらピンピンとしていた。
「ど、どうして効かないの……」
床に崩れ落ちながら絶望の表情を見せるナインに、黒幕は余裕ぶっこいた表情で高笑いをし始めた。
「ふっはっは!! 貴様に"異能"を与えたのが誰だと思っている!! すでにデータは収集済みなんだ。貴様の異能の波長の狂わせて《超能力》を無効化するなんて朝飯前だよ!」
「わ、わたしに異能があることに気づいていたの……?」
「当たり前だ。本来は異能が発現した時点で貴様を《《収穫》》しようと考えていたのだがな……この愚図が邪魔をしたから、なッ!!」
黒幕は突如足元に蹲る女性に怒りの表情を見せ、まるでナインに見せつけるように女性を蹴ろうとしたその瞬間──、
──俺は懐から取り出したトランプをマジックの要領で素早く投げ、黒幕と女性の間の床の隙間を狙って投げる。鮮やかに。
「────ッ、速い……ッ」
狙い通りにトランプは床の隙間に挟まるように刺さる。
それを見た黒幕は警戒しながら後ろに後退った。
……ふぅ、練習してて良かったぁ!!
決まった。これは決まったやろ。
いやー! テレビとかSNSとかで見たトランプ投げて野菜とか斬るやつ。アレに憧れあったから一時期めちゃくちゃ練習してたんだよなぁ……。
いやそれマジックと関係ないやん、って思うかもしれんけどトランプの扱いは上手くなればなるほどマジックも上手くなるからな。指先の器用さ的に意外と関係あるんよ。
「仲間の恩人を無為に傷つけることを許すとでも思ったか? 随分と弁舌に長けているようだが──実力の方はそうでもないようだな」
「……ッ、……素人同然の立ち姿の貴様に何が分かるッ! 俺はあの暗黒武術を《《あの方》》から修めた武人だぞ……ッ!!!」
暗黒武術? ダサくね?
俺が三日だけ学んだ超人武術のほうがまだ名前的にマシだと思うぜ。まあ超人武術もどうかと思うけどね……ネーミングセンスって本当に大事なので何とかしてください。
とはいえそろそろ言葉での話し合いは終わりか。
……うーん、俺、殺陣的な……組手というか……そういうの一切やったことないんだけど何とかなるもんかね。
へっぴり腰になってダサくなる結末しか見えん。
おまけに今はお姫様抱っこの影響で力入らんし……。
ん? いや──《《それで良いのか》》。
「武人なら……言葉で語る前に拳で語れ」
「言われずとも──!! どうせ貴様は恵まれた異能を持ってそれを振りかざしている脆弱な雑魚に過ぎない─────ッッッ!?!?」
◇◆◇
『う、ううむ……そうだな。うん、折角ここを《《見つけ出した》》というのだ。才能が無いからと言って無為に追い出すのも忍びないのう……そ、そうじゃ、構え! 構えだけ教えよう。この超人武術は十の型まであるが、才能が無くても一の型の構えくらいはできるはずじゃ! 技は絶対に無理じゃが構えくらいなら! 才能が無くても!』
『そんな連呼しなくても良くないですか』
◇◆◇
俺が師匠……三日だけの師匠から教わったことを思い出す。
確か──圧倒的なまでの脱力と集中。
そして、特殊な構え。
そうそう、これってとある漫画の構えに似てたから覚えやすかったんだよな。
簡単に言えば、荒野で対峙する二人のサ◯ヤ人の──王子のほうの構えである。かの有名な七つの球を集めるヤツのな。
これを脱力と集中しながら行うらしいけど、今のまったく力の入らない状況ならできる気がする。
そして──集中──深く入り込むほどの。
────集中。
「──超人武術、止境の構え」
「あっ……あっ、ど、どうしてそれを、貴様が……!!! あぁ……あっ……うわぁぁぁああああああッッッ!!!!!」
え、なんかいきなり黒幕が叫びながら気絶したんだけど。
何事すか?
☆☆☆
Side 黒幕
忌々しい、記憶が蘇る。
「──堕ちたか、玉翠。……いや、前々からお前さんは力への執着が並々ならぬと思っていた。……しかしそれでも暗黒の道に堕ちるとは……」
「うるさいクソジジイ!! あの方から……あの方から教わったこの力があれば、貴様なんぞ簡単に殺せるんだ!!!」
「あの方……裏社会の汚泥か。……《《アレ》》に出会うとはお前さんも巡り合わせが悪い。《《師匠》》として、最後の責務を果たそうか」
力を得た。あの方から力を得た。
これがあれば口うるさいジジイなんて一突きで殺せると思っていた。
しかしその考えは、ジジイの《《構え》》を見た瞬間に変わる。
「──超人武術、止境の構え」
まるで死神に心臓が掴まれたみたいだった。
周りの空気が冷えて冷えて冷え込んで、体中が悲鳴を上げているような……言い表せもしない──圧倒的なまでの恐怖。
俺が見えたのはそれだけだった。
次の瞬間には意識が飛び、次に目覚めたのは三ヶ月後だった。……命があったのは、かつての弟子としての温情だったか。
その出来事は、俺の心に深く深くトラウマとして根付いた。
……拭いきれないほどに。
☆☆☆
「──超人武術、止境の構え」
ど、ど、ど、どうしてお前がそれを使える──!!!
超人武術を修めた者の中でも一握りの選ばれしヤツしか使えない伝説の武技を──裏社会の木っ端組織のボスごときがどうして使える──ッッッ!!!!
あぁ……あぁ……恐怖が蘇る。
体中がかつての痛みと恐怖を訴えて──またもあの冷えて冷えて冷え込んだ空気が全身を包みこんで──!!!
あぁぁぁぁぁあああああッッッ!!!!!!
☆☆☆
「………………ッ、ふっ、ふふっ……ふふふふふふ」
「えっと、シャルミナ、さん?」
「やっぱりボスはすごい……すごいなんて言葉じゃ表せない……いつも欲しい言葉をかけてくれる"優しさ"。他者をまとめる圧倒的な"カリスマ"。裏社会における実力者を構えだけで撃ち倒す"実力"。……ボス……あたしはどこまでも付いて行くわ……」
「あ、これダメなやつですね。私知ってます」
☆☆☆
……いや空気読んで倒れてくれるやろ! とは思ったけど気絶の演技が堂に入りすぎだろ怖いわ。
「…………ぁ」
なんかナインはナインで頬を真っ赤に染めて俺の動きに魅入っていたみたいだったし……演技って分かってるけど肯定される感覚にいつまで経っても慣れない。
仮面が無かったら永続的にニヤニヤしちゃうからやめてねー。
……ん? てか良く見たら後ろにシャルミナと女刑事おるやん。前にある鏡で丸見えですよお二人さん。
とはいえ一切振り向かずに声を掛けるという仕草に憧れがあるため、俺はあくまで威厳のある声(当社比)で呼びかけた。
「シャルミナ」
「──ぇ、ひゃ、ひゃい!」
「……? 研究員……由美さんを治してあげなさい」
「あっ、わ、分かったわ!」
何だか慌ててるようだけど何かあった?
もしかして俺がピンチになってシャルミナが助けるとかそういうシナリオだった!? 今ここにシャルミナがいるってことはそういう線もあったか……うわー、俺もまだまだだな。
……ま、まあ、予想外があってこそ面白いとは言うしええやろ。
なんかあの黒幕も《《含みのあるセリフ》》を言ってたことだし……。
「ゆ、由美さん……」
「落ち着いて。今治すわ──精霊よ、我が祈りに応えて数多の傷を癒したまへ《ヒール》……流石に一回じゃ治らないわね」
「シャルミナさん。ここからは私に任せてください。特異の伝手を使って彼女を安全な病院に連れていけます。そこには治癒系の異能を持つ人もいますから安心できるかと」
「そう? 分かったわ瑞穂。あなたに任せる」
「ええ、お任せください」
なんか知らん間に二人が仲良くなってる。
まあ、共闘を通じて仲良くなるのは定石ですからね。
そのまま百合っても俺は一向に構わんよ。
とはいえ話を進めるために俺はナインに声を掛ける。
「ナイン、君も付いていくと良い。──また後で、会おう」
するとナインはふぅ、と息を吐くと何か決意をした表情で俺に向き直ると、今にも土下座をするような勢いで頭を下げる。
そして、ぽちゃ、ぽちゃと雫が床にこぼれ落ちていく。
「うん……。ボスさん。必ずわたしは、この借りを返します。だからまずは……ほんとうにっ、ありがとうございましたっ……!」
心からの感謝。喜色、喜び。
演技だとしても、それは尊いものに違いなかった。
だからこそ俺は、シャルミナに目配せして踵を返す。
「最後に見た君の涙が、悲しみによるものでなければ──ただそれで良い」
そう言い残して。
第二部、実験体と一般人編──終了!!!!
なんかシャルミナがおかしくなってた? 気の所為ダヨ。
さて、第三部開幕までは少しばかりお時間をいただくことになるかもしれません。
ですので、それまでブックマーク、☆☆☆☆☆評価やレビュー、感想などを残して本作を応援していただけると助かります!!!!
皆様の評価や感想が執筆のモチベになりますので、ぜひ画面下部からしていだけると嬉しいです!!
──では近々投稿する戦後処理と「シャルミナ、給料日編」をお楽しみに!!!




