油断したヤツほど負けるバトル漫画みたいな世界線
Side 九十九瑞穂
──シャルミナさんの敵の倒し方、私の心臓に悪いのですが……。
銃や何らかの異能武器で応戦してくる研究員たちを、バッサバッサと文字通り切り裂いていくシャルミナさんの姿を見ながら、私は遠い目で見ながらそう思いました。
詳しく聞くと、《峰打ち》という死に至る攻撃を相手に与えた際に、異能が自動的にダメージを無効化した上で気絶させる……という警察組織が喉から手が出るほど欲しい異能を持っているようです。
傍目から見ていても普通に殺しに行ってるように見えるので、きっと《峰打ち》を食らった方たちはトラウマになっているに違いありません。どうやら痛みは据え置きのようですし。
「《市杵島姫神》──【落水・水鞠】」
「【仇桜】」
それにしても──この人、戦い方が上手すぎる……!!
私の技なんて何も知らないはずなのに、異能を発動した瞬間には意図を察して即座にカバーに回ってくれている。
おまけに、私の撃った技の範囲から撃ち漏らしを正確に予測して叩きに行くという、膨大な戦闘経験を積まないと得られない老獪な動きまでしてくる。
すごく、戦いやすい。
この人が一人いるだけで一個小隊が洗練された特殊部隊にまで化ける……そのレベルの逸材。
……どうして警察組織ではなく、怪しい裏社会の組織に属しているのでしょうか……。
どうやらシャルミナさんは"ボス"と呼ぶあの仮面の男に心酔しているようにも見えますし、もしもそれが《洗脳》などの異能を持ち得たものであれば──私が救う必要があるかもしれません。
……ただ、あの仮面の男……殺害禁止の理念については……まあ、認めざるを得ないといいますか、よくやってるほうだと思いますが……で、でも裏社会の組織であることには変わりませんから!! 怪しい動きをした途端に逮捕してやります!!!
そんな決意を改めて心の中でたて認め、私とシャルミナさんは奥深くへと進んでいきました。
「……ねえ」
「はい?」
「あんたの名前、なんて言うの」
「え、あっ、そういえば結局自己紹介していませんでしたね……私の名前は九十九瑞穂です」
「そう……瑞穂、あんたやるじゃない」
「えっ」
ほ、褒められた……急に……。しかもいきなり下の名前……。なんか、嬉しいですね……どうしてでしょう。
私が認めざるを得ないほどの優秀な人物に認められたからでしょうか。……い、いいえダメですよ私。
あくまでシャルミナさんは今回限りのビジネスパートナーであって、本来は裏社会の危険人物として逮捕すべきの……。
そこで私は、ふと白木先輩の言葉を思い出しました。
『何が正義で何が悪か。大衆の言葉に惑わされず、己の意思で善悪の区別を付けるんだ。一般倫理のみに従うのは……あれだ、人間味が無いだろう』
警察組織に属している身としては本来唾棄すべき言葉のはずですが、それを発したのが尊敬する先輩ということもあり、どうにも私はその言葉を捨て切れずにいました。
……何が正義で何が悪か。
立場上は、無許可で異能を使用しているシャルミナさんは犯罪者であり、怪しげな裏社会の組織に属している以上は取り締まる必要のある人物です。
ですが、今彼女は言葉にできないほど残虐な悪事に手を染める研究員たちの殲滅という──正義ある行動を取っているわけです。
そんなシャルミナさんを悪だと断じることは、私にはどうにもできませんでした。
……落ち着きなさい。
今やるべきことは他にあるでしょう。
現段階での味方を疑っていたって意味がありません。
特異として、やるべきことをやるべきです。
☆☆☆
Side シャルミナ
意外とやるわね、この女刑事。
あたしは瑞穂と名乗った女刑事にそんな評価を下した。
身体能力はまずまず。
異能の扱い方は……もしかしたらあの白木という刑事よりも上手いかもしれないわ。
状況判断は少しバッド。
総合評価として、バディとしては十分な実力がある。
ボスへの悪口については未だに許していないけれど、実力については認めざるを得ないし、あたしは自身の気分だけで戦況を悪くするような馬鹿な真似はしない。
……まあ、さっきはちょっと頭に血が登ってしまったけれど、それについては謝ったし大丈夫ってことにしましょう。
「それにしても広いわね。空間を拡張している異能者を気絶させたら圧死とかしないか心配だわ」
「一度拡張した空間は特殊な道具が無ければ解除できないので、恐らく使用者を気絶させる分には問題ないかと思います」
「そう? なら遠慮なく斬れるわね」
《峰打ち》は単体しか対象にできない代わりに、回数制限とかは特に無い。単体指定だって、斬った側から切り替えていけば実質デメリットにもなり得ないし、集団戦闘においても《峰打ち》は光り輝く異能だと思う。
……それでも人質を取られた時の対処法が少ないというのも、十分な課題ではあるけれど……いずれ、対処法を身につける必要はあるわね。
そんなことを考えながら足を進めること数分。
もう30人ほどは斬ったという頃、私たちはドーム状の一際大きい空間を発見した。
そこにいたのは研究員……ではなく、どこか傭兵に近しい格好をしている20代の男がいた。
「……やれやれ、拡張異能空間に正面切って突入してくる馬鹿なんていないだろうと引き受けた任務だったが……まさかここまで来るなんて思っていなかったぜまったく……。──それに、あんたの顔はよく知ってるぜ。"不殺の妖精"シャルミナ……裏社会の伝説の傭兵……傭兵業をしてあんたを知らないヤツはいない」
「それは光栄なことね。……じゃあそこをどいてくれないかしら? 伝説の傭兵に仇なす恐ろしさくらい、知っているでしょ?」
「それはできねぇ相談だなぁ! あんたのことは別の任務で少しだけ見たことがある!! あの程度の実力なら……今のオレであれば十分に対処できる!!」
……ふぅん、ってことはアイツはあたしが《《裏切った》》組織の傭兵ではないようね。……基本的にあたしは一人で任務に派遣されていたから、任務が被るようなことはない。
アイツがあたしを見たことがあるのなら、それはきっと別組織にいるという証左にほかならない。
「……お知り合いですか?」
「いいえ、見たことも聞いたこともないわよ、こんなヤツ」
空気を読まずに聞いてくる瑞穂に首を傾げながら否定すると、あからさまにブチッと血管が切れたような音とともに、顔を真っ赤にした男が怒鳴ってくる。
「ハッ! 伝説の傭兵様は俺なんて眼中に無いってか!? いいぜ、そのお綺麗な顔を屈辱に歪ませてやるよ!! ──《閃風》!!」
「暴風……ッ、シャルミナさんっ」
男が手を振ると、荒れ狂う暴風のようなものがあたしたちに襲いかかってきた。……確かに言うだけあってかなりの威力があるようね。
当たればきっと体中が斬り裂かれて戦闘不能になる。
そんな状況予測を済ませ、あたしは《コネクト》を発動して【桜花の閃剣】を起動状態にする。
そして異能を発動しようとした瑞穂を制して、あたしはニヤリと笑った。
「残念だったわね。傭兵だった頃のあたしより、今のあたしは何倍も強いのよ──【枝垂れ桜・雨響の言霊】」
「──ぐはっ!!? か、風を斬って───!?」
《《暴風を真っ二つに斬り裂き》》、油断しながら今にも高笑いをしそうな男にそのままの勢いで刀を振るう。
ビシャッ! と激しく血が噴出する音とともに、男は倒れ伏す。
《峰打ち》が発動しないということは、まだ死に至るほどの傷を与えられていないということ。しぶといわね。
……でも傷を見る限り、直に失血で自動的に《峰打ち》が発動する。……あれだけ啖呵を切った割には呆気ない最後だったわね。まあ、それだけ油断が良くないということなのだけれど。
「はっ、はっ、はっ……くっ、くく、お、オレは負けたが傭兵としての仕事はこなした!! 今頃、雇い主はお前らの目的を回収して逃げようって頃だろう……まんまと足止め食らってやがる馬鹿めが!! ハッハッハ!!! ガハッ──ッ!」
高笑いしたせいで出血が迸り、名前も知らない謎の傭兵は《峰打ち》の効果によって白目を剥いて気絶した。
……ふーん、なるほどね。
「どうやらコイツらは例の研究員の奪取が目的だと思っているようね。……まあ、間違いではないのだけれど」
「なにを落ち着いているのですか!! このままだとあなたのボスと傭兵の雇い主が出会ってしまいますよ!?」
焦ったように瑞穂があたしの肩をぶんぶん揺らしながらそんなことを言ってくる。……焦ったときに肩掴んで来るのやめてくれないかしら。酔うのよ。
あたしはまたもため息を吐きながら、何を当たり前のことを思いながら瑞穂に説明する。
「あたしのボスはね、誰であろうと負けないのよ」
「根拠が無い…………っ!!」
ふふーん、と胸を張るあたしに、瑞穂はまるでバカを見るような視線で膝をついた。
なんなのよ!!




