バッドエンドは許しません
シャルミナに調査を命じてから5日が経った。
その間に俺は骨董屋で店主とゴンさんと戯れながら商品を仕入れたり、あれからご飯を食べに来るようになった例のオッドアイの少女にご飯を振る舞ったりなどしていた。
しかしながらシャルミナは一向に帰ってこない。
調査が難航している……という設定なのか、はたまた調査にかこつけて長期の用事をこなしたりなどしているのだろうか、
俺みたいな趣味人とは違って、シャルミナにも普段の生活……まあ、プライベート的なものもあるだろう。
あまり長く掛かってもちょっと困るけど、多少の休暇くらいは全然構わないところだ。
とりあえず今回の件が終わったらシャルミナに給料を渡すことにしよう。
「……おいひい」
「そんなに忙しくなく食べていたって誰も取らないさ。ゆっくりよく噛んで食べるといい」
「…………うん」
5日も経てば少女も多少は心を開いてくれるようになった。
たまに食事中に泣いてしまうことはあれど、俺の声かけにも普通に返事をしてくれるし、本当に稀にだが少女のほうから話しかけてくれることも数度あった。
……依然として少女の表情に陰があることは変わらないが……まあ、これは演技だし今の問題が解決したら満面の笑みを見せてくれることだろう。
おっと、メタ読みは良くない良くない。
うーん、俺も秘密結社のボスとしてできることがあれば良いんだけどな。
精々最近の新しい出会いと言えば、出会い頭にぶつかってパンチラをしてきたドジっ子美人さんくらいしかいないぞ。
なんか知らんけど俺ってば別に体幹がくっそ強いってわけでもないのに、ぶつかった相手が全員体勢崩すんだよね。……まさかこれが俺の秘められし力!? いやショボすぎだろ。
「相変わらず喫茶店にも客入りは無し、と。結構SNSの宣伝とかも頑張ってるんだけどなぁ……」
仮面の下でハァとため息を吐く。
全然客入りの無い喫茶店が怪しいことしていたって「それはそう」と判断されてしまい、秘密結社としてのギャップが薄れる可能性を俺は危惧している。
いやそんなん当事者だけの問題なんだけどさ、ギャップとかロマンも俺は拘っていきたいと思っている。
とかそんなん考えていたら、ガチャと扉が開く音がした。
もしや待望の客だろうかと身構えたが、扉から現れたのは硬い表情をしたシャルミナの姿だった。
その纏う異様な雰囲気に俺は高速で頭を回転させる。
……調査で何かあった、ということか。
"シャルミナ"という人間像は俺も理解してきたところだ。
芯があるようでどこか脆く、正義感が強い。
ともすれば、自傷すらも厭わない覚悟で悪を滅する。
……うーん、どこからどう見ても復讐に向いてないよな。
そう、簡潔に言ってしまえばシャルミナは優しいのだ。
他人の不幸に憤慨できるほどに。
だからこそ調査を終えたシャルミナの異様な雰囲気はそれすなわち、少女に関することで凄惨な出来事を知ってしまった──という設定に違いない。
自身のキャラ像とそれに合った演技力。
流石としか言いようがない。昇給が決定しました。
「……酷い顔をしている。話は"宵越し"に聞こう。今は部屋に戻って休息を取るといい」
「……うん。そうさせてもらうわ」
宵越しとは深夜のこと。
つまりは【プロトコル・ゼロ】の活動時間まで休んでこい、という微妙に濁した言い方である。言葉遣いとフレーズの置き換えは今もなお勉強中の身ではあるが、なかなかに雰囲気を出すことはできているんじゃないか?
微かな達成感を覚えつつ、俺はトボトボと歩くシャルミナの背中を目で追いかけた。
☆☆☆
「──では聞こうかシャルミナ。君は一体、この調査で何を目にしたのか」
「……酷い。そうとしか思えない話を聞いたわ。……ごめんなさい、ボス。あたしもまだ整理しきれていないのよ」
「ゆっくりで良いさ」
シャルミナの表情は憔悴していた。
裏社会に耐性があるシャルミナが憔悴するほどの出来事とは一体どんなことなのだろうか。話し方もシチュエーションの作り方も上手いシャルミナのことだ。きっとリアリティがあるに違いない。
俺は少しだけワクワクしながら話を聞く体勢を取ると、シャルミナはふぅ、と少しだけ息を吐いて話し始めた。
「……あの女の子は異能犯罪者に拐われた拉致被害者よ。そしてその後、とある研究施設に売られた」
「研究施設……ふむ」
「──《《異能者を人為的に作り出す》》研究施設よ」
……ほう、そう来たか。なるほどな。
秘密結社と研究施設は切っても切り離せない関係だからな(偏見)。異能者を人為的に作り出すという目的も理に適っている。
「……そういった研究があることは聞いていたが、眉唾ではなかったのか」
「ええ。そのであの娘は聞くに堪えない凄惨な実験を受け続けたの。……体中を刃物で切り裂かれたり、電撃を浴びせられたり……肉体的な暴力は日常茶飯事だったようね」
「…………そうか」
お、重いっすよシャルミナさん!!
いきなりの激重設定マジか……いや、まあ確かにシャルミナは重い設定を作りがちだもんな。性癖なのかな。業が深い。
よーし、よし落ち着け俺。動揺するな。
インプットしろ。決して思考を放棄するな。
諦めた時から俺の行動は陳腐なものになる。
ふぅ……インプット完了。どんと来い。
「……それだけじゃないわ。奴らは……実験体と呼んでいた子どもたちに──《《異能者の血を投与》》していたの。……ええ、当然一般人にとって異能者の血は劇物そのもの。拒絶反応で拉致被害者の八割の子どもたちが命を落としたそうよ。……許せない……っ」
シャルミナは歯ぎしりをして拳を強く握った。
なんか話がひたすら胸糞になってきたな。……シャルミナの演技がうますぎて俺までキレてきた。
いや違う正解だ。
俯瞰しすぎるな。没入しろ。
半分客観視、半分没入だ。
状況を理解しながら演出しつつ、あくまで意識は秘密結社のボスとして振る舞うんだ。俺の力が今試されてるぞ。
「そうか、あの娘たちにそんなことを。……それは確かに──確実に許せないことだ」
そこで俺は手に隠し持っていたボタンをポチっと押す。
すると、俺が丁度立っている床下に仕込んだ送風機が音もなく発動し、俺の髪を逆立たせ始めた。
───────────────────────
※送風機は骨董屋で買ったものです。
なんで骨董屋なのに現代機器があるのだろうかとボブは訝しんだが、ゴンさんが怪しい人から貰ったものらしい。
そんなものを売り物にするな。
───────────────────────
さて、これは力が抑えられずに漏れている演出です。
そんな演出にシャルミナはいち早く意図を察して、少しばかり焦りの表情を浮かべながら俺の袖を掴んで言った。
「すごい力……っ。ぼ、ボス落ち着いて。怒りは尤もだけれどあの娘にここがバレてしまうわ……!!」
「……そうだな、すまない」
俺はポチッとスイッチを押すと、どうやら風量のボタンだったようで、さらなる強い力で風が吹き荒れはじめた。
やっべ。
「ボス!?」
「……調節を間違えたようだ」
もう一度スイッチを押すと今度こそ送風機の電源ボタンだったようで、ようやく風は収まって辺りには沈黙が満ちた。
そこまで強い風じゃなかったから誤魔化せたけど普通に今危なかったな……。
「……報告を続けるわ。4ヶ月ほど前、実験は一時凍結された。とある研究者の一言によって」
「それは?」
「『研究体に感情を発露させることで、その身に宿った異能の種が花開くのではないか』という仮説よ。……どうやら異能者の血を投与されても生きていた実験体は、すでに異能者としての素養を持っていると判断されていたようね。だからこそ、あとは発芽するだけ……しかしその発芽方法が分からない。そんな矢先にこの仮説が提唱されて、実験は一時凍結……という名の別の実験に置き換えられたわ」
……なるほどなるほど。難しい話だな?
要は度重なる実験に耐え抜いた個体は異能者として目覚める前段階にある……ってことで、あとは植え付けた素養が発芽するだけまでに漕ぎ着けたけど、肝心の発芽方法が分からないと。
んで一人の研究者が感情を発露……んー、つまりは実験で感情を失ったってことか?
だから、失った感情を穏やかな生活を過ごして取り戻すことで異能者として覚醒させることができるのではないか、と。
超サ◯ヤ人かな?
え、そんな仮説すぎる説を研究者は信じちゃったってこと?
……いやまあ八方塞がりの状況なら何でも試したくなるか。……どのみち穏やかな時間すらも実験だというなら非常に酷い話だとは思うがな。
「……結局は実験か」
俺が微かに怒りを込めて呟くと、シャルミナはふるふると首を横に振ると少し表情を明るくして言った。
「違ったのよ。仮説を提唱した研究者は、最初から実験体を救うために実験を一時凍結させたの」
「旗向きが変わってきたな」
「……ええ、残念ながらあの娘以外の実験体は、実験が一時凍結された頃にはすでに《《手遅れ》》みたいだったけれど、それでも研究者はあの娘を救おうとした。感情を取り戻させて、研究施設から逃れるように」
めっちゃ良い人じゃん。なんでそんな犯罪者も顔真っ青な極悪組織の研究者やってんのか意味不明なくらいには良い人じゃん。
「結果的にその目論見は成功して、あの娘は感情を取り戻すことができた。──けれどいざ脱出の時、仮説を立てた研究者が裏切っていたことがバレて拘束されてしまったのよ」
「なに……? いや、時間の問題だったか」
「ええ。でも研究者は体に仕込ませていた小型爆弾を使って自傷しつつ脱出して、あの娘の元まで辿り着いた。そして無事にあの娘を逃がすことに成功したわ」
……化け物すぎない? その研究者。
行動力と優しさの化身すぎる。
「……それがあたしの調査の結果。あの娘を取り逃がした研究施設はすでにもぬけの殻で、あの娘を助けた研究者も行方知れずよ。……情報を吐かせるために拘束していればまだ生きている可能性はあるけれど……」
シャルミナが暗い表情で言った。
確かに悪の研究組織が裏切り者を始末しないとは考えにくいが、話を聞く限りあの少女が研究施設の実験体で唯一生き残った存在とも言えるわけだ。
当然その価値は計り知れないだろう。
だからこそ少女を逃がした研究者を尋問するために拘束している可能性は十分に考えられ──ハッ!?
気づくのが遅かったよシャルミナ。ごめんな。
これが次なるミッション──あの少女の心を解きほぐしてこの秘密結社に入社させるための必須事項……!!
ここまでお膳立てされたんだ。
俺が動かないで誰が動けるってんだ。
分かったぞシャルミナ。
このミッションの解決方法がな。
☆☆☆
「──白木巡。君に頼みがある」
『ハッ、随分と早い再会になりそうだな』
電話越しに、甘い煙の匂いがした。




