疑念
Side 九十九 瑞穂
「白木先輩はこれだから……まったく……」
私の名前は九十九瑞穂。
特別異能対策課──通称、特異で巡査を務めています。
私は犠牲が出ていてもなお動こうとしない巡査部長……心の中では白木先輩と呼んでいる人にひたすらぶつぶつと文句を言っていました。
私とてバカじゃありませんから、どうして白木先輩がすぐに犯人確保に動かないかを知らないわけではありません。
白木先輩の言う通り動きが早いということは、かなり連携の取れた組織だということが分かります。それゆえに、捜査していることが組織にバレてしまえば手が届かない場所まで逃げ去ることは明白です。
ジリジリと追い詰めるように捜査して、一気に攻める。
それが全体にとっての"正義"であることは理解できます。
でもっ!!
今出ている犠牲を見過ごしてでも、未来のために動く──小を捨てて大を得ることは私の理念に反します。
「いいです、特異としての肩書きは使わずに私個人で捜査しますからっ」
私の異能を以てすれば確実かつ秘密裏での捜査は可能です。きっと敵組織にバレることなく情報収集することは叶うはずです。
……そんなわけで私は、とりあえず情報を得るために比較的治安の悪いビル街までやってきました。
裏社会の人間が隠れ住んでいるという噂もありますし、情報を得つつパトロールするには丁度良い地域でしょう。
「……うーん、どうやって情報を集めましょうか。怪しい人を……って言っても現代社会で露骨に怪しい人なんているわけありせんし──っと、す、すみません!」
「ああ、こちらこそすまない。大丈夫か?」
考え事をしていたせいか、私は角を曲がった瞬間に男の人とぶつかってしまいました。
ぺたん、と尻もちを着きながら慌てて謝りながら上を見上げると──そこには仮面を被った白シャツに黒ベスト、そしてスラックスというバーテンダーのような装いをした男性がいました。
──あ、怪しい人いたぁぁああああ!!!!
い、いえ、怪しすぎませんか?
こんなに露骨に怪しさの漂ってる人ってこの世にまだいたんですね……むしろこれで一般人とかだったら笑っちゃうレベルですよ!!!
「え、ええ、ありがとうございます。だいじょうぶです……」
「そうか。ではわたしは急いでいるので失礼する」
差し出した手を握って起き上がると、男性は少し焦ったような声音で足早にその場を去ろうとした。ま、ますます怪しい。
……私は踵を返す男性に向けて掌印を結ぶと、ひっそりと異能を発動しました。
「《市杵島姫命》──【水明の泉声】」
その瞬間、空中に水滴が現れました。
狙い通りにその水滴は男性の頭上から滴り落ち、彼のベストに染み込むようにして消えました。
……成功しましたね。
これで彼があの服を着替えない限り、《《盗聴》》が可能になります。……これは捜査のためですからね!! 私が盗聴したいわけじゃないですからね……!!
ご、ごほん、まあいいです。
もしもあの男性が今回の件と関係ないとしても、何かしらの犯罪組織の情報を手に入れることはできるかもしれません。
あんな怪しい仮面を日常的に被ってる人なんておかしいです。
……ただの変態という可能性は……ありませんか。
うん、きっとあるわけありません。
☆☆☆
まさかこの1ヶ月間で2回もパンチラを見ることになるとは。
ぶつかった女性もめっちゃ可愛かったしラッキーといえばラッキーだけど……あの仮面を被って演技してる時ってイマイチ性欲とか湧かないんだよなぁ……それよりも演技が優先というかさ。
だからこそシャルミナに変な目を向けなくて済むから全然良いんだけども。というかそのままであってほしい。
……おっと急がないと。
ゴンさんに呼ばれてるんだった。
珍しく日本で良いものを見つけたから君にあげるよ! とか言われてたんだっけか。
俺はスマホで時間を確認しながら急いで待ち合わせ場所に向かう。あの骨董屋の裏手に来て欲しいらしいが。
「やあ……ん?」
骨董屋の裏手に行くと、すでにそこにはゴンさんが来ていた。
そしてなぜか俺の肩をジッと見つめると首を傾げた。
無言のゴンさんに俺もつられて黙っていると、ゴンさんは不意に俺の近くまで歩み寄ると、無言のまま俺の肩をぽんぽんと叩いてにっこり笑った。
「君、肩にゴミ付いてたよ!!」
「え、ありがとうございます?」
まじか。バーテンダーがゴミを付けたまま歩くなんて失格すぎる。いやバーテンダーじゃなくても失格か。
……さてさて、それにしても日本で見つけたお宝とは一体なんなんだろうか。
☆☆☆
「反応が、消えた……!? まさかもう見つかって……」




