調査の灯火
俺の作ったオムライスを食べて以降、どことなく少女は少しだけ元気を取り戻したように見えた。……というか、何かの決意をした? みたいな凛々しい顔つきになっている。
うーん……部屋から出るようにはなったんだけど、なぜか俺のことを穴が空くくらいにジッと見つめてくるのが気になるところなんだよなぁ……まあ、喫茶店の営業中にも仮面着けてるような変人が気にならないか、って言われたら普通に気になるよね、って回答で終わるんだけどさ。
それはともかくちゃんとご飯は食べてくれるようになって俺は嬉しいな。オムライスが不味かったってわけでもなさそうだし。
でも時折食べた後に泣かれると気まずいんですよね。
「────ボス、頼みがあるわ」
さて、時は深夜2時。
秘密結社【プロトコル・ゼロ】の活動時間となった今、シャルミナがいつもの地下室で神妙な顔つきのまま俺に何かを頼もうとした。
……ふむ、少女が少しだけ元気になったタイミングで頼み事とは……これはミッションを誘導してくれそうな気配がするな!! こういう時のシャルミナは本当にシゴデキだからできるだけ頼み事は聞きたい。
「……なんだ」
「やっぱり素性の知れない人間をここにずっと置いておくのは危険よ。でもあんなボロボロで……後悔を常に滲ませている女の子を見捨てられないのも事実だわ。──だから、あたしはしばらく女の子の情報を集めたいと思っているの。もしかしたら遠回りになってしまうかもしれないけれど……」
シャルミナはぐっと強く拳を握ると、仮面越しに俺の瞳を真っ直ぐに見つめて決意を固めた表情でそんなことを言った。
……ふむ、《《そういうこと》》なんだな?
確かに秘密結社として、素性の知れない人間を本拠地にずっと置いておくのはリスクでしかないし、少女の前でボロは出していないが何らかのタイミングで活動がバレ……もしもスパイだった場合は割と詰んでしまう可能性が高い。
……ううむ、活動のためだったら本拠地を変えるためのお金は惜しまないが、こんな良いビルをまた見つけられる保証もないしな……できるだけ長くここで活動したいものだ。
とどのつまり、シャルミナの言うことは設定に則した場合において、全くもってその通りで反論の余地もない。
しかしながら【プロトコル・ゼロ】の理念は異能によって起こる不幸を防ぎ、被害者を絶対に見捨てないことにある。
だからこそシャルミナは少女のことを調査した上で素性をハッキリし、安心して俺たちが過ごせるようにする……という名目のもと新しいミッションを用意してくれるんだな!?!?
何やらシャルミナは不安がる様子を見せているが、俺がそんな彼女の絶大な超絶優しい配慮を断るわけなかろうに。
とはいえ食いつき過ぎては折角の配慮が無駄になる。
俺はあくまで冷静な口調でふっと笑う。
「ふっ……君から言われなければ私のほうから言おうと思っていたよ。……どのみち、あの少女が異能絡みの案件であることに間違いはないだろう。つまりは、我々が追っている《《ヤツ》》が絡んでいる可能性も高い。君は遠回りだと思っているようだが──調査と言うのは往々にして遠回りなものさ。巡り巡って、必要な情報が手に入るものだ」
「ボス……ふふ、やっぱりボスは優しいのね。裏社会の人間とは到底思えないわ。いつもあたしに寄り添ってくれるんだから」
少し頬を赤くしたシャルミナがそんなことを言ってきた。
……まあ、裏社会の人間じゃないですからね……もっと威厳を出せとかそういう感じ? ムズくない? アウトローな感じ出すの。
ううむ分からん。シャルミナの演技の意図がこればっかりは分からん。というか大事な大事な従業員に寄り添うのは当たり前ではなくってよ。
俺は心の中で切り替えると、威厳のある声を意識してシャルミナに命令をした。
「改めて命令だ。──あの少女の素性を調査しろ。いつも通り、不要な戦闘はできるだけ避け、情報を集めることに徹するんだ。勿論、我々は異能による被害を見過ごさない。良いな?」
「ええボス。あなたの期待を、あたしは裏切らないわ」
☆☆☆
Side 白木巡
「巡査部長。爆発があった施設はすでにもぬけの殻だったようです。……中からは非合法な研究の跡がありましたが……」
「……チッ、胸糞悪い話だ。俺も別口で情報を集めてみるが、今はあまり事を荒立たせ無い方が良い」
「ど、どうしてですか!! 今すぐ動いてこれ以上の被害が出る前に取り押さえるべきでしょう!!」
──《市杵島姫命》。
強大な《《水》》を操る異能を持つ部下が、俺に向かって激情をあらわにしながら言ってきた。
……やっぱりコイツは昔の俺に似ているな。
俺ほどに無鉄砲でバカではねぇが、変に正義感が強くて突っ走るところがどうにも過去の俺を想起させる。
「──あまりにも動きが速すぎる。それに、決定的な証拠は見つからなかっただろ? そういう逃げ足の速い奴らは往々にして証拠を残さねぇ。後手に回らざるを得ないんだよ」
「で、でも……その間にまた被害が拡大したら……」
「そうならないためにも水面下で捜査は続ける。不用意に突っ込みすぎんな、ってことだな」
「……わかりました」
明らかに納得してねぇ表情だな。
俺が言えたことじゃないが、変に突っ走らなきゃ良いんだがな……まあ、こういうヤツは一回痛い目を見ないと変わらないからな。俺みたいに。
正義感は強いがバカではねぇ。
昔の俺みたいに捜査を撹乱するようなことはしねぇだろ。
ため息を吐く。
ただでさえこっちはあのマスターと仮面の嬢ちゃんのことで心労を抱えてるんだ。……敵か味方かも分からねぇ。
だが返しきれない借りがある。
特異としては無許可で異能を使う彼らを見逃すわけにはいかねーんだが……ハァ……俺も随分と丸くなったもんだ。
彼らを《《見逃してもいい》》と思えるほどには、たった数度の邂逅で信を置いてしまっている。
……一先ずは放置だ。
まずは研究施設について情報を探ってみよう。




