なんかやけに設定凝ったヤツがやってきた
「……っし、とりあえず完成ってところかな」
秘密結社と言えば何だろうか。
こればっかりは人それぞれがイメージするものだとは思う。
だからこそ俺は思う。
秘密結社とは秘密である必要がある、と。
いや何を当たり前のこと言ってんだお前と言われるかもしれないが、要は"世を忍ぶ仮の姿"が必要ということだ。
まあ、デカデカと会社を構えて「秘密結社です!!」なんて言っているのがロマンあるか? と言われればそんなもの当然無い。
だからこそ、秘密結社は秘密である必要がある。
そして秘密を覆い隠すためのカモフラージュ的な存在が必要なのではないかと考えたのだ。
「昼は喫茶店、夜はバー。そして深夜は秘密結社として暗躍……くぅ~、良いね良いね。これだよ」
そのために俺はわざわざ食品衛生責任者の資格(1日で取れる)を取り、防火管理者(二日で取れる)の資格を取り、飲食店営業許可申請をし、深夜酒類提供飲食店営業開始届出書を出し!!
なる早で内装工事や必要なものを揃え、ビルを購入してから一ヶ月ほどで営業開始できるまでの地盤を整えた。
勿論普通であればそこまで早く事を動かすことはできないが、ここは速さを重視してお金で動いてもらった。
『助けが欲しいか』という絶対に来るわけない募集ビラとは別に正式な雇用募集も掛けたし何もかも問題ないと言える。
「……ぜんっぜん、人来ない」
募集を掛けてから一週間、電話は掛かってこなかった。
……確かに周りは廃ビルだらけで、お世辞にも治安が良いとは言えない。だがしかし、その分時給2500円とかなり弾んだし、お金のない大学生あたりは食いつくだろうと思ったのだが……。
「このままじゃ営業開始が頓挫するな……」
まあ、最悪は俺だけで営業するしかない。
なんてことを考えながら、俺は暇すぎて骨董屋から調達した謎の仮面を被って一人秘密結社ごっこをしていた。
ちなみに格好はバーテンダーみたいな感じである。
「……ふっ、我ながら決まってるな」
厨二病と言われようと何も響かない。
なぜなら俺には夢を形にした達成感があるからだ。
「でもなぁ……一人で満足するのは夢を叶えたとは言い難い」
せめて全力で楽しみながらノッてくる厨二病仲間がいれば……って今のご時世にそんなヤツいるわけないか。
ははは、と内心で軽く笑う。
すると────コンコンコン、と喫茶店の入り口のドアからノックする音が聞こえた。
……えっ、びっくりしたぁ……びっくりすぎて声が出なかったレベルにはめちゃくちゃビックリした。
まさか人が来るなんて想定してなかったのに。
「……ごほん。──はい」
「失礼するわ」
あ、仮面付けたまんまだ……と若干焦った俺は、次の瞬間視界に映った女性の姿に完全に思考が停止した。
──凄まじい美貌だ。瞬時にそう思った。
くすみのない黄金色の髪の毛。
長く伸ばされたそれは後ろで一つ結びされていた。
まるで雪のように白い肌。目は翡翠のようで、少しばかり勝ち気のありそうな吊り目が特徴的か。
造形美。そんな言葉がよぎるほどに、彼女の顔面は整いすぎていた。綺麗、美しい、可愛い。ありふれた言葉じゃ、むしろ彼女の美貌を損ねてしまうのではないかと思えるほどには、俺の人生で出会った人間の中で最も可憐だった。
しかし、遅れて俺は気がついた。
彼女は全身が血まみれだった。よく見ると足取りは重く、小刻みに体が震えている。
着ている服もどこかおかしい。
身体の線を隠すような黒のロングコートだが、所々それが何かに切り裂かれたように破かれていて、タイトなボディースーツのような黒色の衣装が目に入ってくる。
正直言って目に毒だった。
そして一番アレなのは、耳がまるで異世界ファンタジーのエルフのように尖っていることと、太もものスリットに仕込まれている何やら面妖なカタチをしたナイフが数本あること。
……あの、明らかに銃刀法違反なんですけど。
戸惑う俺。
女性は黙る俺に向かって一枚の紙を突き出した。
むっ、アレは!!
「この紙を書いたのはあなたよね?」
「……ああ、そうだが」
「……位置を捕捉する異能かしら。……いえ、書かれている通り、あたしは助けて欲しくてここに来た」
俺は心の中で叫んだ。
────厨二病仲間きたぁぁぁぁあああ!!!!!!!
なんかチラッと異能とか聞こえたけど!!!
なるほどね!! ビラ貼ってる時の俺の様子でも見たのかな!! 血だらけなのもきっとそういう"設定"に違いない!
……ほうほう、やけに設定の凝ったヤツが来たな。
そう来なくっちゃ面白くねぇよな。
内心でテンションの上がる俺。
仲間が来るんだったら仮面を着けたままで逆に良かったな。
……そうだな、ここは俺も話し方から設定に準じねばな。
俺は喫茶店兼バーの店主。
普段は敬語でにこやかに穏やかに過ごしている。
が……ッ!! 秘密結社のボスとしての姿は冷徹無比でクールな感じ!! 硬派で少し陰のある感じ……的な設定を俺はイメージしている。
「……なるほどな。確かに私は助けを求めている者に自動で届くよう設定したが……まさか君のような大物が引っかかるとはね」
「……っ、把握済みってことね。……はっ、随分と手の込んだ殺害計画を立てるじゃない。希望を見たあたしがバカだったわ」
女性は太もものスリットからナイフを二振り抜き、俺に向かって殺意を向けながら臨戦態勢を取った。
……おぉ、すげぇな。いつナイフ抜いたのか全然見えなかったんだけど。設定のために頑張って練習したのかな。
俺も秘密結社のボスとして何らかの技能を持つべきかなー。
今のところ喫茶店とバーを営業する資格しか無いんだけど。
いや、あるにはあるけど使う場面あるかな。
とはいえ、なるほどな。
俺も厨二病歴はそれなりに長い。
ある程度の設定のセオリーは理解している。
今は助けを求めに来たが、実は自分を嵌めるための罠だったと勘違いしているフェーズかな。
となるとここで必要なのは……。
俺はやれやれと呆れるように大仰な姿勢で手を振る。
「そんな傷だらけの体で何ができる?」
「あんたを殺すことくらい訳ないわ」
「強がりはよしたまえ。立っているのも限界なはずだ」
「強がりかどうか、試してみれば分かるんじゃないかしら?」
挑発的な姿勢を取る女性だが、足はぷるぷると震えている。
流石の演技力だ。仮面をしてなきゃ俺は思わず笑ってしまっていたかもしれない。……恐らくこの道は長い先輩だな。
さて、俺の挑発フェーズもそろそろ止め時。
ここからは説得フェーズに移行しようか。
「……君の言う通り、君を殺すことを目的としていた場合、あまりにもこの手法は回りくどい。殺すなら、部屋に入ってきた時点でそうしている」
俺は超高速で袖に仕込んでいたトランプを指先で持つ。
俺のたった一つの得意技、手品を使用して。
「……っ、速い……!!」
「まずは落ち着いたらどうかね、大物くん。コーヒーを入れよう」
「……ふっ、紅茶ではないのね」
「私は生憎と侵略された側だからね。茶会の内容は君の沙汰さ」
俺は一体何を言ってるんだろうか。
学が無いから適当言いまくってるけど合わせてくれてるエルフちゃん優しいな……めちゃくちゃノリ良いし……。
俺がトランプを持った時の驚きを示す表情とか……あれはプロの女優とかそういう領域だ。本当に驚いてるみたいだったし。
俺は内心で彼女の演技に舌を巻きながら、手で指したソファに対面になるように座る。……うーん、血は乾いてそうだけど……あとでクリーニング出すか。
「……よくよく考えれば、こんな高密度の隠蔽結界が施された空間であたしを殺す理由は無いわね。……早とちりしてごめんなさい」
「君に余裕が無いことくらいは分かる。その程度での謝罪は不要さ。まずは傷の手当てをすると良い」
……うーん、包帯とかあったっけ。
ってか、うげ……近くで見ると腕とかめっちゃグロそうな傷あるな……特殊メイクってヤツか? もしも自分で施したんだとしたら凄まじい技能だ。本物の傷にしか見えない。
「……あたしが回復の異能持ちであることも知っているのね。……遠慮なくそうさせて貰うわ」
すると彼女は不意に右腕の傷に左手をかざす。
「──精霊よ、我が祈りに応えて数多の傷を癒したまへ《ヒール》」
ぼわっと左の手のひらから緑色の光が放たれたと思ったら、次の瞬間には右腕の深そうな傷があっという間に消えていた。
……す、すげぇぇぇぇえ!!!!
どこかに特殊な光でも仕込んでるのか? 確か、光で何かを消すみたいな道具があるってSNSかどっかで聞いたことあるけど……うわ~~、マジなんだな……。
レーザー的なのって医療機器だった気がするけど個人で使えるヤツとか発売されたのかな。にしてもすごいな。
……っと、感心してばかりじゃなくて乗らないとな。
「……生憎と私は回復の異能は持っていなくてね」
「ええ、分かっているわ。恐らく前衛で戦う異能でもないのでしょう? 立ち姿がまるで素人みたいだもの」
「荒事には興味が無くてね」
「ふ、どうだか」
素人とか言われたんだが。
いや……なるほど、後衛向きの能力持ちってことにしたほうが設定に準じれる確率は高くなるか。エルフさんが肉体系の技能を有しているならそれはアリな設定だ。
そんなことを考えていると、傷の治療(設定)が終わったのか先程よりも少し元気そうな表情で俺に向き合う。
だからこそ俺も、雰囲気を出して言った。
「────さて、ようこそ。秘密結社【プロトコル・ゼロ】へ。我が社は君を歓迎しよう」
き、決まった……!!!




