歳の離れた友人(主人公視点)
Side ???
「…………っっ……いたい……ここはどこ……」
ポタポタと、滲み出た血が地面に跡をつける。
表情を歪ませて路地裏をふらふら覚束ない足取りで歩いているのは、引き摺っている長い長い銀髪が目立つ少女だった。
彼女の瞳は両目の色がそれぞれ違った。
右目は深紅。左目はまるで星を纏ったような透き通る青色に、金色のグラデーションが目立つ、一目見れば忘れない特徴的な目をしていた。
その瞳で辺りを見渡す少女には不安と焦燥感があった。
何かに怯えるように、些細な変化を感じ取ろうと必死だった。
「……だれか、たすけて……だれか……っ」
しかし少女は理解していた。
己を助けてくれるような人間はここにはいないということを。
運良く少女は逃げることができた。
地獄のような環境下から。
だが索敵の"異能"を持っている人物がいれば、即座に少女は見つかって再びあの地獄のような環境に戻されてしまうだろう。
そんなことは少女も理解していた。
それでも……一世一代の機会が訪れたのだ。だからこそ少女は縋るしかない。誰かに助けて欲しいなんて、起こるわけない奇跡を信じながら。
「……なに、これ……」
少女はとある電柱に無造作に張ってあった紙に意識を奪われた。
──『助けが欲しいか?』
紙にはそう書かれていた。
偶然ではないと。少女には分かった。
まるで己に向けられているかのメッセージ。
それに、どうにもその紙からは不思議な引力のようなものを感じる。
「……でんわ、もってない……住所も、わかんない……」
紙には電話番号と住所が書かれていた。
しかし着の身着のまま逃げ出してきた少女にスマホなんてものは持っているわけがなく、さりとて土地勘も無い少女には書かれている住所がどこら辺なのかも分からなかった。
「もう……だめ……」
少女は体力が限界だった。
逃げ出す際に傷を負ったのもあって、少女は血を流しすぎていた。
少女は最後の抵抗と言わんばかりに、電柱に張ってある『助けが欲しいか?』と書いてある紙を引き剥がし、端をクシャッと握った。
「どうか……たすけて……くだ…………さい」
祈りながら、少女は路地裏で倒れ伏した。
きっとこのままでは1日も経たないうちに追手が少女を見つけ、厳しい折檻を食らいながら地獄のような環境に引き戻されるだろう。
生憎とこの街は廃ビルだらけで非常に人が少ない。
もしも誰かが倒れ伏した少女を見つけたとしても、一般人であればトラブルを避けるために無視をするし、異能犯罪者や裏社会の人間であれば、見目美しい少女を利用するために下卑た笑みをしながら少女に手を伸ばすだろう。
この街に、見ず知らずのあからさまに厄ネタを抱えた人間を助け出そうなんていうお人好しはいない。
──いない、はずだったのだ。
「……この紙……。ふ~ん、あたしと同じってわけね」
☆☆☆
「ここが私の経営してる喫茶店ですよ」
「なんかお前話し方変わったか?」
「ほら、こういう場所って形から入るのが一番じゃないですか」
「あっさい理由だなぁおい」
文句ばっかり言うなこの骨董屋の店主は。
とはいえホイホイ俺に着いてきたあたり興味がないわけでもないらしい。どうにもこの店主からはツンデレの気配がする。
薄っすらと生え際が後退しかけている50代くらいのおっさん……俺がいつもお世話になっている骨董屋の店主は、店内に入るなり興味深く見渡し始めた。
「ほーん、立派なもんじゃないか。ここが夜はバーになるんだって?」
「ええ。昼はお洒落な喫茶店、夜は大人が楽しめるバー……というコンセプトで営業していますよ」
「……今は営業前か。そういや従業員はどうした?」
「彼女は昨日重要な仕事をしてくれたので、今日は休みを取らせています。あとバリバリ営業中ですけど客がいないだけです」
「そりゃ立地が悪いよ立地が。なんでこんな場所で店構えたんだマジで」
「あなたが言います??」
……あー、そういや骨董屋は道楽で始めたって言ってたっけ。確かに利益とか一切気にしてない感じだったもんな。
変に推しが強くないのが俺の気に入ってる部分でもあるし。
でも最近はやけに変なもの勧めてくるんだよなぁ。
カッコよくないから全部断ってるけどその度に俺を殺しそうな目で見てくるのどうにかならんかな。
カツラとかいらんやろ。どう考えても。
……なぜかカツラ断った時が一番キレてたけど何かカツラに恨みでもあるんだろうか。……俺には分からんね。
「そんじゃまあ、適当にモーニング的なヤツをお願いしようかね」
「かしこまりました。すぐにご用意いたします」
「お前に畏まられると変な気分だな……」
「別に普段から失礼にしてないと思うんですけど」
「慇懃無礼って知ってるか?」
マジで酷いなこの店主。俺は好きだけど。
嫌われてるのか好かれてるのか妙にどっちか分からんけど、俺はこの骨董屋のおっさんのことがめっちゃ好きだったりする。
だって、厨二病センサーがビビっ! と反応する道具がめちゃくちゃあるし、きっとあの骨董屋が無かったら俺は未だに雰囲気づくりの道具探しに奔走していたに違いない。
あと、このビルからわりかし近いってのもグッド。
俺は心の中で店主の良いところを挙げながら、慣れた手つきでエッグベネディクトを作り上げていく。
エッグベネディクトって名前カッコよくて良いよね。
だからメニューに入れてるんだけどさ。
ソースを作るのが若干面倒だったりするけど、その分味も見栄えも良いし、一人暮らししている時は練習がてら結構な頻度で作っていた。
それだけあって、俺が自信満々で振る舞える料理の一つだったりする。
「お待たせいたしました。エッグベネディクトです」
「おおお、美味そうじゃねーか。じゃあ遠慮なく食べさせてもら……ってお前も食うんかい。別に良いけどよ」
サラッとおっさんの隣の席を陣取って俺はエッグベネディクトを頬張っていく。
朝ごはんまだなんだ。どうせ客来ないし許してクレメンス。
「ん、そういや俺の親友がよ、一回お前に会ってみたいってことでこの後来るんだけど良いか?」
「ぜひぜひ。客として来ていただけるなら誰でも歓迎しますよ」
「了解。伝えておくわ」
ほーん、おっさんの親友か。
俺に会いたいってどういうことだろうか。
……それにしてもシャルミナがいない時に限って客が入るとはな……また嘘ついてるみたいになるやん……いや別に今度は本当に客が来たんだけどさ……いやでもほぼ内輪じゃん。
まあ、おっさんの親友が来るらしいし、その人を客のカウントに入れても良いだろ。
……なんてことを考えていると、バンッ! と勢いよく開け放たれた扉から、やけにキラキラした輝くエフェクトを放ちながら一人の青年がやってきた。
「グッドモーニングエブリワンッッ!! やあやあ久しぶりだね、アキラ。はいこれお土産」
「……まーた変なもん持ってきやがって……」
「おおっと……君が……」
金髪赤目の青年。
見た目は20代にしか見えないこの超絶イケメンが恐らくおっさんの親友なのだろうけど……え、めちゃくちゃ若くない??
まあ、友達関係に年齢差なんて関係ねぇか。
俺もおっさんのことは友達だと思ってるし。
そんな親友くんは俺を見るなり首を傾げた。
んでもって、次の瞬間にはパッと輝くような笑顔に変わった。
「ははぁ、なるほど!! どうもどうもはじめまして! 僕は石園権三郎! 僕のことはゴンくんとさゴンさんとか適当に呼んでくれ!!」
そのビジュでガチガチの和名ッッ!!!
めっちゃ違和感あるけど……人の名前にケチつけるなんて一番失礼だからな。親が付けてくれた大切な名前なんだから。
ゴンさんね、ゴンさん。おけおけ。
「私は星絢斗と言います。よろしくお願いします、ゴンさん」
「うんうんよろしく絢斗! 君にもお土産さッッ! これをあーげる!!」
「うおっと……これは?」
ゴンさんはニコニコしながら何かを投げ渡してきた。
ん………?
うおおおおおおお黒いマントだぁぁぁあ!!!
かっけえええええええ!!!!
多分俺には似合わねぇけど誰かに付けさせたい!!
今後秘密結社ごっこに人員が増えたら付けさせたい!!!
具体的には眼帯とかモノクルとか付けた上でマントを羽織って欲しい!!!
片目に魔眼宿してるっぽい従業員来ねぇかなぁぁ!!!
いるわけねぇわ。まあいいや。
魔眼はな、カラコンで作れんねん。
「これはね、マチュピチュの地下神殿の奥地で発見した古代のマントさ!!」
「え、本当ですか!?」
マチュピチュ!?!? あの世界遺産の!?
地下神殿なんてあったの!? そこで見つけたとかロマンの塊じゃねぇか!!!
めちゃくちゃ興奮しながら聞き返す俺に、おっさんはため息を吐きながらゴンさんに向かって言った。
「おいおい嘘教えるんじゃないよまったく……あと言っておくが、コイツは俺と同じ52歳だからな。いい歳こいてホラ吹きやがってよ……」
「やれやれ酷いねアキラは。嘘じゃないのにぃ」
ぶつぶつと文句を言い始めるゴンさん。
……え、この人52歳なの? それこそ嘘でしょ???
肌艶とかすげぇしシワとかも一切ないんですけど。
俺より年下って言われても全然通じる外見なんですけど。
……ま、まあ良い。たまにそういう人とかいるしな。
某漫画家の人とかさ。あれは吸血鬼だろうから納得だけど。
「とりあえずありがたく受け取らせていただきます」
「うん、ぜひ──"有効活用"してくれると嬉しいよ」
「もちろん! 《《有効活用》》しますよ!!」
うひょー、これで秘密結社ごっこが捗るぜ!!
どうにもおっさんの話じゃゴンさんが骨董品を仕入れてくれているみたいだし、俺も仲良くしておいたほうが良いかもな。
というわけで連絡先を聞いてみたらあっさり「おっけー!」と快い返事が返ってきた。どうやらこっちにいる時で暇だったらこれからも来てくれるらしい。
まったく最高じゃねぇか。
「……ふむ……彼、面白いね。アキラとは別だ」




